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第七十七話 フロンティア‐Ⅹ(10)
しおりを挟む出てくる魔物が小型の魔物や、イノシシ程度で、なんとか対岸に辿りついたカズマ達は、崩れ落ちたような山肌を見上げていた。
がらがらの岩の混じった崩落土である。
その崩落した斜面には、いちしか樹木や草が繁茂して、そこも森林になっているので、それ以上は崩れないようだ。
「すげえなあ、こっちも高さは五〇メートルくらいあるな。」
アリスティアも横にやってきて、斜面を見上げている。
「お屋形さま、道を作りますか?」
「まあ、これだけ木が生えていれば、安全に上がることもできるだろう。プルミエ。」
カズマは、馬車の横に居るプルミエに声をかけた。
「なんじゃ?」
「こうこう、こんな感じか?」
身振り手振りで、道の概要を伝える。
「そうじゃの、とっつきはここらへんじゃのう。」
プルミエも、杖で位置を示している。
「わかった、じゃあとりあえず道を付けるから、プルミエは子供たちの補助を頼む。」
最近は、子供たちの土魔法もうまくなってきて、家ぐらいは作れるようになったんだ。
プルミエの指導が、ここにきてうまく回り始めた様子だ。
「そうじゃのう、ここに駅舎を建てるぞ。」
プルミエは、ここにも駅の村を立てるつもりのようだ。
まあ、坂を上るのに、少し時間もかかりそうだし、いいだろう。
「よろしく。」
カズマは短く答えて、崩れた斜面に向かう。
高さ五〇メートルとは言え、綴れ織りに道をつけようと思うと、案外距離は延びるものだ。
重機を使う場合、いち早く上まで上がって、削りながら降りるのが基本である。
あんまりきつい時は、しょうがないから下から削るけど。
カズマは、プルミエと相談して、崖の上に上がった。
「レビテーション。」
ふよふよと崖の上まで浮き上がる。
上から掻き下ろしたほうが、道は作りやすい。
カズマは、斜面に生えた木を移動させて、綴れ織りの道を付け始める。
精霊は、呼ばなくても集まってくるし、思ったことに反応するようになった。
おかげで、カズマの見た方向に木が割れて移動していく。
勾配にして3%程度の道を開いて行く。
馬の負担を考えると、それ以上の勾配はきびしい。
自然と、折り返す回数が増えて行く。
「もう慣れたもんじゃの。」
プルミエは、子供たちの間から上を見上げてつぶやいた。
「あ、お師匠さま、どうしたんですか?」
ティリスが、アンジェラの手を引いてやってきた。
お茶を持ってきたようだ。
「おお、アンジェラ。よい子じゃのう。」
ネコ耳エルフは、アンジェラを高く抱き上げて、顔を覗き込んだ。
「みみー。」
アンジェラは、プルミエの耳をもふもふして、きゃっきゃと喜んでいる。
「ふむ、ティリスよ、お主は壁が作れるのか?」
子供たちに交じって、駅舎を建てている作業の中、プルミエはティリスに聞いた。
「ええ、まあ少しは。」
「どのくらいじゃ?」
「幅十五センチで、高さ二メートル、長さ二十メートルくらいです。」
たぶん、一気に立ち上げられる大きさだと思うが、連続ではその二十倍以上は出せるだろう。
意外とティリスは強力な魔法が使えるのだ。
「ほう、それは強力ではないか、知らなかったのう。」
「いえ、アリスも同じぐらいできますし、ラルはその倍ぐらいできます。」
ラルの魔力量は、ティリスほどではないので、これは限界値に近いか?
「なんじゃのう、カズマのパーティは土魔法特化なのかのう?」
「まあ、農地などの開発が多いですから、自然とそうなったんじゃないでしょうか?」
レジオでは、特に農地の開発に力を入れていたし、城壁の修理も大変だった。
「ああ、そうなんじゃな。さて、子供たちの小屋作りを見に行くとしようかの。」
「はい。」
二人は連れ立って、斜面から離れた。
峡谷の中は、見知らぬ獣が多く、未知の魔物もいたりして、なかなかバラエティに富んでいる。
ゴブリンはぜんぜん見られたことがない。
出てくる小型の魔物は、犬顔のコボルトばかりだ。
これは、コボルトから派生して、ゴブリンが進化したととらえられる。
峡谷の上では、コボルトの枝葉ができたが、峡谷の中では進化が止まったと言うことだろう。
これは、外的刺激がなかったことに起因する。
これが、ガラパゴス効果と言うものだ。
往々にして、原始の細菌などもこうして残る場合がある。
現代の人間には知られていなかったりして、対処方法も判らないものがある。
エボラ出血熱などもその仲間だろう。
環境の違う場所に行ったら、そこの環境が細菌に好環境で、爆発的に増えたとかね。
コボルトに、なにがしかの同種が接触して、ゴブリンに枝分かれしたもののようだ。
例にもれず、コボルトは人間と見ると、すぐに襲いかかって来る。
攻撃的な脳細胞と、破壊衝動の強い種類である。
原始的な魔物だからだろうか?
彼我の力量差については、あまり考えていないようだ。
いましも、茂みをかき分けて、三匹のコボルトが道に出て来た。
目標は、小さくて弱そうな、プルミエとアンジェラだ。
「おや、コボルトじゃ。」
「お師匠さま、私が。」
ティリスは、両手を前に出して構えた。
「マジックアロー!」
ずばばばばばば
ティリスのマジックアローは、間断なく発射され、二〇発ほど飛び出した。
コボルトは、攻撃の構えをとるまでもなく、その場でハチの巣になった。
「おお、なかなかの攻撃じゃ。奥方はけっこうやるのう。」
「子供を守ろうと思うと、ついやりすぎてしまいます。」
「まあ、そうじゃのう。」
プルミエは、アンジェラをティリスに渡して、顔を向こうに向けさせた。
その手から、小さなファイヤーボールが飛んで行き、コボルトに接触すると同時に一気に高熱の塊となった。
カズマの開発した、粘着性のファイヤーボールである。
周辺に飛び散らず、その対象だけを燃やす。
黒焦げのコボルトは、すぐに灰になった。
「アンジェラには、まだ見せとうはないのでな。」
「ありがとうございます。」
ティリスは、プルミエの気遣いに感謝した。
「奥方さま~。」
前方で手を振っているのは、アルマ(十三)である。
最近、プルミエの指導で、土魔法のほかに水魔法も上手になってきた。
「どうしたの?アルマ。」
「はい、ここに駅舎を建てようと相談していたんです。」
アルマ(十三)は、目の前を指さして話す。
「それで?」
「はい、ここは、いつもより大きいのを作りたいと思うんです。」
隣に立つカリーナ(十二)も振り返った。
「えっと、この辺に建てたいんですけど。」
「カリーナ、森が近くない?」
「そうですね、少し広げた方がいいですね。」
森までは、十メートルほどしか離れていない。
「ふむ、カリーナ、エアカッターで森を切るのじゃ。」
「お師匠さま…やってみます。」
カリーナは、自分の中で魔力を練り始めた。
プルミエの指導は細かく、魔力の有効な使い方を伝授される。
踊り子たちも、ブロワの孤児たちも、めきめきとその実力を向上させていた。
「エアカッター!」
ずばっと切れ込みが入って、森の木は深くえぐられた。
「うむうむ、いい感じじゃ。アルマはどうじゃ?」
「はい、ウオーターカッター!」
カリーナが削ったところに、三分の二ほどずれて、水の板が刺さった。
やはり、この辺は子供なので、精度が低いようだ。
めきめきと音がして、森の木が倒れた。
ど~んと、大きな音がする。
「どうした?」
大きな音を聞いて、ゲオルグ=ベルンが、向こうからやってきた。
「森が近いので、木を減らそうと。」
アルマが説明する。
「そうか、急に木が倒れたので驚いた。」
「どうしました?」
アリスも様子を見に来た。
話を聞いて、アリスはぽきゅっと首を折った。
「えっと、それは木を切ればいいの?」
アリスティアの声に、アルマが答えた。
「そうです。」
「じゃあ、こうしてはどうかしら?」
アリスティアは、指先からホーミングレーザーを一本出した。
彩色されているので、赤い。
本来は、無色透明なのだが、攻撃時にわかりづらいと、カズマが彩色を開発したらしい。
めんどくさい男だな。
「えい。」
気の抜けた声とともに、森の木は根元からすっぱりと切られて行く。
なるほど、レーザーカッターか。
しかし、切り口が鮮やかなので、その場で木は立ったままだ。
「あら?」
「アリス、レビテーションで持ち上げて、その辺に積むのじゃ。」
「あ、はい。」
アリスとティリスは、森の木をレビテーションで持ち上げて、森から運び出した。
「アリス、レーザーの長さをこの辺にして、木を製材するのじゃ。」
プルミエは、手のひらを立てて、距離を指示する。
「おお!そんな使い方ができるんですか!」
ゲオルグは喜んで見ている。
アリスは、すぱすぱと枝を切り落とし、直進性のいいレーザーで、すっぱりと縦に切り込んだ。
「おお!本当にまっすぐだ。」
ゲオルグは、感動して見つめている。
アリスは、またたく間に五〇本はありそうな木材を、すべてさばいてしまった。
「製材所がいりませんな。」
人間製材所…
「まったくじゃ、ここまで凄まじいとは思わなかった。」
プルミエをして、アリスのレーザーの性能には、感嘆の声しか聞こえてこなかった。
レーザーで切るので、おがくずも出ない。
しかも、磨いたようにぴかぴかの切り口。
「俺と、魔力の循環をしていたら、けっこう伸びたんだよ。」
カズマは、道の普請から戻ってきた。
カズマは、あっさりと言ってのけるが、魔力循環をしたからと言って、そう簡単に魔力は伸びないものだ。
「どうしたカズマ、道はできたのか?」
「ああ、こんなもんでどうだろう?」
カズマは、プルミエを案内して、道の端にやってきた。
「おお、これならよさげじゃのう。よし、舗装をするぞ。」
プルミエは、ネコ耳をぴくぴく動かして、地面に手をついた。
アンジェラが、わくわくした目でプルミエの耳を見ている。
プルミエの体勢は、子供がクラウチングスタートを切ろうとしているようにしか見えないが…
「ほっとけ!」
坂道をうねるように舗装された地面が伸びて行く。
どう見ても、チートな現象だ。
これが齢五百歳の力なのか?
「坂道じゃから、滑り止めを入れておくのじゃ。」
上に向かって<<の字が続いている。
「排水も大事じゃからのう。」
たしかに、舗装の上を水が走ってくると危ないな。
「それなら、側溝も必要だろう。」
「ふん、お主、作っておくのじゃ。」
「やっぱりそう来るのか…」
カズマは、あきらめて道に向かった。
ちなみに、両脇に二メートルの壁が作ってある。
獣よけと、ガードレールである。
至れり尽くせりだな。
アリスのおかげで広がった地所は、切り分けた材木で囲いが作られ、なかなか立派な屋敷になった。
この場合、屋敷とは敷地のことである。
建物は、お屋敷。
せっかくできた屋敷である、その上モノにも力が入ろうと言うもの。
アルマ(十三)と、カリーナ(十二)を中心に、子供たちが家を立ち上げた。
「よし、じゃあもう一軒は俺が作ろう。」
カズマも、悪乗りして大きい家を立ち上げた。
「では、馬小屋はあたしが。」
ティリスは、アンジェラを抱きながら、馬小屋を建てる。
二階建ての、立派なものだ。
ほし草などが二階に保管できる。
またたく間に、峡谷の最終駅が出来上がって行った。
土ばかりだが、硬化もかかっているので、五十年や百年はもつだろう。
「みんな~、久々に踊りの練習するよ!」
恵理子が子供たちを集めている。
おなかはまだ目立っていないが、飛んだり跳ねたりはちょっとご遠慮願いたいものだ。
最近は、ブロワの孤児たち二人もレッスンに参加している。
最初は憧れから参加を希望したものだが、中に入ってみるととてつもなく厳しい。
恵理子はけっこう完ぺき主義なのだ。
子供たちもよくわかったもので、自分から準備をし、位置取りを確認し、シンクロを開始する。
恵理子の厳しい指導が入るので、みな真剣だ。
「恵理子どのは、厳しいですなあ。」
ゲオルグ=ベルンは、子供たちが踊る様を見ながら、楽しそうにしている。
「いいかー、手の先まで神経を通す!遊んでいる手に、ちゃんと神経を通す!」
振りを直しながら、恵理子は子供たちをより高みへと導く。
「アルマ、こうだよ。」
「恵理子さま、それ以上はいけませんよ。」
アリスに釘を刺されて、恵理子は振り返った。
「あう~踊りたい…」
「まあまあ、ここはしばらく我慢なさいませ。」
「はあ~い。」
こう言うとき、男はひたすら小さくなっているしかない。
カズマは、少し離れたところに小さくなって椅子を出した。
ガゼボ風味の日除けが立っているところが、芸が細かい。
しかも、地上から五十センチほど持ち上がっているのが憎いね。
隣には、プルミエとティリスがいる。
アンジェラは、アリスティアと踊りの練習を見に行っているのだな。
「プルミエは、この向こうは見たことあるのか?」
「いや、ないな。この峡谷より向こうは、一万年ほどだれも来たことがないのじゃ。」
プルミエの言葉に、ティリスが首をひねる。
「そうなんですか?冒険者も?」
「まあ、来たとしても、先日のマンモスが来たら逃げるじゃろう?」
「確実に逃げますね。真っ向からやろうなんて、お屋形さまくらいのものじゃないですか?」
「まあ、こやつは物好きじゃからのう。」
二人は頷き合った。
「ひどい言われようだな。」
「誰が強さもわからんような相手に、無防備に突っ込んでいくもんかいな。」
「だってしょうがないじゃないか、俺が守らないで、誰が子供たちを守るんだ?」
「まあ、それはそうじゃのう。」
プルミエはシブシブ頷いた。
「マンモスなんて、なに食うかわからんじゃないか。俺の国ならマンモスは草食だが、こっちじゃウサギだって肉食だぜ。」
「ははは、そうじゃのう。ウサギなど我らにとっては、食い物でしかないがのう。」
プルミエは、楽しそうにテーブルからお茶のカップを持ち上げた。
「そう思えるようになったのは、チグリスのおかげだがな。」
「そうか?」
「前も後ろもわからない、迷い人を拾ってめし食わせてくれた、チグリスとチコには、感謝してもしきれないくらい恩義があるのさ。」
「なるほどのう。」
「まさか、全部捨てて俺に着いてきてくれるとは思わなかったけどさ。」
「それも人生じゃ、負担に思うことはない。」
「友達甲斐のある男だよ。」
その男は、いまも塀に板を打ち付けていた。
「とうちゃん、材木こんなもんでいい?」
「ああ、そこに置いてけ。」
ドワーフらしい、口数の少ないチグリスは、娘にもそっけない。
「ちょっと休んだら?お酒、ここに置くよ。」
「ああ。」
チグリスは、金槌をベルトに挿すと、酒を飲みに来た。
チコは、くすりと笑ってその場を離れた。
やはり、ドワーフに酒は、アリに砂糖ほどの効力がある。
ドワーフを休ませるには、喰い物より酒だ。
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