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第七十六話 フロンティア‐Ⅸ(9)

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「四カ月なんて、ちょっと太っただけみたいに見えるな。」
「なにアホなこと言うてますのん。」
「いや、なんかさ、ちょっと不思議でな~。」
「アンジェラのときだって、そうかわらないんじゃない?」
「そうですね~、七カ月目くらいになると、急におっきくなりますものね。」
「そう言えばそうだな。」
 風呂で、くつろいでいると、チコやらトラやらまで侵入してくる。
「なんでチコまで来るんだよ。」
「いいじゃん、あたしだって最初はヒロイン候補かと思ったんだから。」
「アホ、お前じゃ小さすぎだろうが、今だって十四だぞ。」
 第一話のときで、十二歳でしたから。
「あたしは気にしてないもん。」

「へいへい、お前のまねして、踊り子たちもやってくるから困るんだよ。」
「そんなん知らないよ~。」
 言ってる間に、子供たちも乱入してきて、収拾がつかなくなってきた。
 のぼせる前に風呂を上がる。
 みんなそれぞれにくつろいだ様子だ。
 たき火の周りに集まっている。
「なんだ?そろそろ見張り以外は寝たらいいのに。」
「おう、お屋形さま。もうお休みかのう?」
 ユリウス=ゴルテスが、お茶のカップを差し出してきた。

 カズマは、カップを受け取ると、丸太の椅子に座った。
「勇気殿の故郷の話を聞いておったのですよ。」
「ほう、そう言えば、勇気は何年の生まれだ?」
「俺は、平成十三年ですが。」
「そうか、じゃあ俺が死んだ年より二年後に転位したんだな。」
「死んだんですか?」
「ああ、トラクターの下敷きになって即死、そこから転生でここに来た。」
 カズマの家臣たちは、そこそこ知っている情報だ。
「うえ~、ヘビーだなあ。」
「まあ、転位は生きたまま飛んでくるからなあ。」
「で、勇者認定されたんですか?」
「いや、俺は勇者じゃないよ、あくまで女神オシリスの伝道者。」
「そんなに強くてですか?」
「だって、俺の性格で正義の味方なんてできると思うか?」
「それは、わかりませんよ。つきあいが長い訳じゃないし。」

「そりゃそうか、勇者なんか、まっぴらごめんだね。」
「うわ、言いきっちゃったよ、このシト。」
「だいたいなー、たまたま授かった力が強かったからと言って、見ず知らずの人を助けるために、命なんかかけられるか?」
「え~、世のため人のためになるんじゃないんですか?」
「でぇてぇ、魔王ってのは、死ぬほど強ぇえんだぞ。負けたら死ぬんだぞ、死んだら死ぬんだぞ、この世界でも。」
「…」
「お前は勇者補正で、HPゼロになっても一で踏ん張れるがな、俺は嫌だね。身内を守るだけで精一杯だよ。魔王退治なんてごめんだね。」
 カズマは、真顔で勇気に告げた。
「だから俺は、勇者なんかにゃならない、なれない。」
「でも、こうして皆さんを守っているじゃないですか。」
「俺のなかの正義なんてものは、狭いもんなんだよ。俺は、守るべき者のために守るんだ。」
「それは正義ではないと?」

「俺にはなあ、仮面ライダーが人類のために戦う気持ちが理解できないんだ。」
「どうしてですか?ショッカーは悪の組織なんでしょう?」
「たまたまだぞ、ショッカーの改造人間にされて、たまたま対抗できる力があるだけじゃん。」
 勇気は面食らったように、カズマの顔を見た。
「それのどこに、世界平和を守るなんて、義務が生じるわけ?」
 カズマは、呆れたと言うように、両掌を上に向けて首を振った。
「気に入らねえ、むかつくってんなら、ショッカーぶんなぐるのに反対はしねえ。人類のためなんてぇお題目を上げた時点で、偽物だよその正義は。」
 かなりひねくれた感性の持ち主なんだ、カズマは。
「第一、勇者になって苦労して冒険なんて、俺の性に会わない。まっぴらごめんだ。」
「それじゃあ、勇者の存在意義はどうなるんですか?」
「ない頭で考えろ。お前の目標だろうが。おれは、スローライフを満喫するためにこの世界にいるんだよ、正義のためじゃない。」
「…」
「その、正義ですら、一方的なものだぞ。お前の女神だって、一方向からシカものを言っていない。」

 そうなんです、魔王が悪いとだれが決めたんですか?
 女神ですよ。

「魔王の事情も聞かずに、一方的に殺すなんて、俺の趣味じゃねえってことさ。」
「魔物は?ゴブリンとかオーガとか。」
「あいつらは、無条件で攻撃してくるじゃん。喰い物と、攻撃してくる者には容赦はいらねえ。」
「そこの色分けが…」
「だから言ってる、無条件で顔を見たら攻撃してくるからだ。俺は、魔王から直接被害を受けていない!」
「うわ~!論理が破状してるんじゃないのか。」
「これは、俺が生き残るための論理だ。ティリスやアリス、アンジェラたちが生き残るために頑張るんだ。」
「単純な理由ですね。」
「ないアタマで、理由を求めるな。高校生にありがちな童貞臭がするわ。」
「ど、童貞は関係ないでしょ。」
「あはは、人はなぜ生きるかなんて、考えても意味のないことをよく考えるもんだ。」
「なぜなんですか?」
「人生に目覚めるからさ。そして、親に反発するからだ。」

「?」
 勇気は首をひねる。
「親って言うのはな、子供にとっては一度は否定してみる存在なのさ。自分は親とはちがう、もっと何かできるはずだってな。」
 勇気にも身に覚えがある。
 サラリーマンの親父は、朝早く家を出て夜遅く帰って来る。
 休日は、家でごろごろして、ビールなんか飲んで寝ている。
 あんな人間にはなりたくないと、よく思ったものだ。
「親父はなあ、やりたくもない仕事をして、下げたくもない頭を下げて、お前たちを育ててくれたんだ。」
 勇気は顔を上げた。
 たぶん、そんなこと頼んだ覚えはないってところだろう。
 勝手に作って、勝手に産んだ。
「それ以外に、親父としての愛情を示す方法がないんだよ。」
「母親は、子供を産んで育てることで、愛情をいっぱい使う、だが、男親にはその生活を守るくらいしかできないからな。」
 今夜のカズマは饒舌になっている。

「子供に親を選ぶことはできない。いい親だろうが、ひどい親だろうが、親は親だ。」
 勇気には、カズマの言いたいことが分からない。
「だが、生まれてしまえば、こっちのもんだ。自分の人生は、自分のものさ。親のものじゃない。」
 なんとなく言いたいことがわかってきた。
「だから、育ててくれた恩は恩。だが、自分の幸せを一番に求めることは、悪いことじゃないさ。」
 カズマは、グラスのシードルをくいっと呑んだ。
「いいか、勇気。自分の人生だ、好きなように生きる権利がある。だが、周りを良く見ろ。人に迷惑をかけてまで行うのは自由か?」
「人と合わせることは、悪いことじゃない。問題は、迎合していないかってことだ。」
「争いを避けるために、自分をゆがめてまで相手に合わすことは、自分が小さくなることだ。」
「ま、これは俺の意見だがな。ショッカーが気に喰わねえからぶん殴るってんなら、止めやしねぇよ。そのための力はつけてやる。」
 ようやっと、カズマが思う先が見えて来た勇気です。
「お前が、勇者としてあのやくざな大陸に行くというのなら、死なない程度に鍛えてやるさ。」



 ナイア女神は、豊穣の女神と言われている。
 アフロディーテ大陸の女神で、第三位とか、第四位とかの、偉い神様だ。
 豊穣と言うくらいだから、農業関係に強い。
 実りに関しては、大陸随一の神様である。
 もちろん、その関係から、安産の女神でもある。
 恋愛・結婚・出産にまつわる、いくつもの守り神でもある。
 ただし、このへんの神様は、ポンコツが多い。
 最初から、PCのミスパンチで人間を殺したり、転位させたり、迷惑極まりない。
 ナイア女神も、例にもれず意外と嫉妬深いとか、浮気は許さんとか、言われている。
 なぜか、芸術系にも強くて、リュートの女神などとも言われる。
 このへん、日本の弁天様とか、ギリシャのアルテミスとかヘラとか、ごっちゃになった感じだな。

 まあいい。

 カズマは、ジェシカの呼び出しボタンを押した。

 ぽちっとな。
「よばれてとびでてじゃじゃじゃ…」
 カズマは踵を返した。
「ああ!待って待って!ごめんなさいいいいい。」
「ジェシカ、最初とキャラが変わってねえか?」
「いやまあその…場を和ませようと…」
「そんな気遣いはいいから、教えてくれよ。」
「ええ、はい。」
「ナイア女神のところへは、どうすれば行けるんだ?」
「ナイア女神のところ?」
「いや、言い方が悪かった。アフロディーテ大陸だ。あそこにも、人間は住んでいるのか?」
「ああ、そう言うことですね。ええ、イシュタール大陸と同じように、ふつうに人は暮らしています。文化程度も同じです。」

「そうか、人種とか違いはあるのか?」
「まあ、あちらは北方系ですから、獣人の毛が長かったり、人族の髪が濃い色だったりしますね。」
「文化、習慣に違いは?」
「あちらは、ナイア女神の影響力の強い地域がけっこうあります。神殿も大きかったりします。」
「ふん、神殿勢力は?」
「それは、国家権力に喰い込んでいますね。」
「なるほどね、じゃあ、どうすれば行けるんだろう?」
「そうですね、一番は海岸線を北に移動すると、大陸間の一番狭いところに出ます。そこから約三〇〇kmでアフロディーテ大陸の東岸に着きます。」
「そ、そこがいちばん狭いんですか?」
 勇気は冷や汗を流している。
「そうです、他は約三五〇〇kmほど離れていますね。陸路では、その北東岸から南に下がって、約七〇〇〇km。首都ナイアビルドの町に着きます。」
「なんとまあ、ひどい離れ方だな。」

「乖離しているとはいえ、ひどいミスです。オシリスさまは踊りながら喜んでいますね。」
「なんだよそれ。」
「まあ、あまり仲がおよろしいとは言えませんので。」
「まったくポンコツが。」
「私どもとしましても、誤差以前とは思いますが、そこで手を出すつもりはありません。」
「ないのか?」
「向こうさまが、頭を下げてお願いしてくるならまだしも、間違えたまま放置されているわけですから、手出しは無用と理解しました。」
「なんとまあ、やっぱ一万キロを苦労して移動せよと、その間にレベル上げを狙っているのか。」
「面倒くさいことの嫌いなナイア女神のことですから、そうかもしれません。」
「転位場所の間違いを、これ幸いと利用しようってか、きたねえなあ。」
「んま、それも神の采配と言うことですね。」
「ったく、どいつもこいつもポンコツで!」

「それと、お知らせです。」
「なにかいいことでもあるのか?」
「カズマのマップ機能に追加がありまして、転位距離が延びたことと、マップで確認できるところへは、無条件で転位できます。」
「げ、すっげえ不安。今度だってマンモスなんかが出たんだぞ。」
「まあ、それは対処してください。」
「また、丸投げかよ!」
「聞きたいことは、それだけですか?」
「あ!ボクの魔法については?」
「それは、オシリス女神の管轄ではございません。」
 木で鼻をくくったような反応で、ジェシカは消えて行った。
「すっげえひどい女神さまだな。」
 勇気は傷ついたような顔をしている。

「聞いたろう?女神同士で仲が悪いんだよ。」
「それであんな対応しますかね?」
「ばか、日本じゃねえんだ。敵対勢力にいい顔なんてしねえよ。外面如菩薩内面如夜叉ってやつは、日本人だけの特技だぜ。」
「うう…」
「このへんじゃ、気に喰わねえ奴とは口も利かねえもんだよ。」
「殺伐としている…」
「外国じゃ当たり前だ。」
「うう…」
「いつまでもDTくせぇこと言ってると、悪いお姉さんにだまされるぞ。」
「DT言うな!」
「じゃあ、その辺のおねいさんにうまくやってもらえ。お前、こっちじゃ成人扱いの年だぞ。」

「ふえええ、玄人はいやです~。」
「このへんに玄人はいねえよ!」
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