96 / 115
第九十六話 王国の使者
しおりを挟むカズマは、もう一方の反抗勢力、北部のスオミ王国国境のサン・カンタンに向かった。
サン・カンタンは、割と狭い領土であるが、山脈を背にして銅鉱山のある裕福な伯爵領である。
サン・カンタン伯爵は、金髪にお髭の立派な体格をした武人であるが、今回の騒動で自領に帰り、様子を見ていた。
ゲルマニアの侵攻は、どちらかと言うと人ごとだったし。
オルレアン公爵領、バロア侯爵領を蹂躙したが、その周辺にまで手が出せなかったこともあって、自領に立て籠ることにした。
それが良かったのか、サン・カンタン伯爵領にはさしたる影響もなかった。
距離にして二〇〇キロ以上も離れているし。
王都からは登城せよと言う、訳のわからん通知が届いた。
成り上がりものの男爵からの手紙である。
「レジオ男爵など知らん。成り上がり者であろう、ほっておけ。」
家令の差し出す手紙にも、鼻もくれず、ソファにどさりと身を投げた。
今や、王国は混乱の極みである、いっそ領土ごとスオミ王国に寝返るかとも思っているが、山脈が邪魔であまり旨味がない。
向こう七つの山塊が邪魔をする。
銅鉱山を握っているうちは、どこの領土からも重要視されることは間違いがないので、わが領土の安堵は疑っていなかった。
周囲から、獅子伯爵と呼ばれる偉丈夫は、執事の差し出したワイングラスを持って息巻いた。
「何人たりとも、わが領土に土足で入ることは許さん。
美しい刺繍の入った胴衣に、レースの入った大きな襟。
その襟が、ふわりと揺れる。
「御意。」
執事も虎の威を借る狐、追従に余念がない。
主従は、ほがらかに笑った。
「殿の勇名には、国王ですら恐れるでしょう。」
伯爵は、執事のあからさまな持ち上げにも、にやりと笑って見せた。
「ばかなことを。」
そう言いながら、まんざらでもない顔をして見せた。
「いっそのこと、殿が国王におなりになればよろしいのに。」
伯爵は、鼻で笑った。
収入が安定して、莫大な富を持っているサン・カンタン伯爵は、周囲からも殿さまと持ち上げられていた。
専門の兵士を五〇〇人も持っている。
それで、ますます周囲の貴族から、頼りにされているのだ。
銅鉱山の収入は、他領の追随を許さず、一人勝ちの状態である。
おかげで、伯爵の城はマゼランの城より大きい。
頑丈な石造りの、黒々とした城は、荘厳であたりを威圧している。
金があふれているので、貧しい周辺貴族への貸付けだけでも、膨大な額になる。
それだけでも理不尽な要求に抵抗できないのだ。
伯爵は、ワインをあおって、顔を上に向けた。
そこへ、伝令兵があわてて駆けこんできた。
もたらしたのは、恐ろしい一言。
「ドラゴンであります!ドラゴンが、わが領に侵入しました!」
伯爵は、ぐでっていたソファから飛びあがった。
「ど、ドラゴンだと!兵士と冒険者を全員集めるのだ!」
執事はひきつった顔で、部屋を駆けだして行った。
「ははあ!」
続々ともたらされる伝令。
詳細が上がるたびに、伯爵の顔色は赤から青へ、やがて白から土気色へと変貌して行った。
「だめだ、ブルードラゴンと言えば、伝説の巨大竜ではないか、しかも空を飛んでいる。」
伯爵は、その頑丈そうな自分の肩を、両手で抱いた。
「どうしますか?」
「どうもこうも、矢も届かず、魔法も効かないような化け物だぞ、逃げるしかあるまい。」
「領民二万五千人はどこへ?」
「そうだな、とにかく東に逃げよう、西も北も山脈でダメだ。」
「では、そのようにふれを出します。」
『ご注進!』
また伝令である。
『ドラゴンは、城門の十キロ前方に現れました!』
「なんと!目と鼻の先ではないか!」
「これでは避難できません。」
サン・カンタン伯爵は、あわてて窓に向かった。
城は三階建て、その高い窓から前方にふわりと降り立つ青い影が、ここからでも確認できた。
「十キロ離れてあの大きさか!」
「いかがしましょうか?」
「いかがもなにも、さっさと逃げるぞ!家など壊れても建て直せばよいが、命はそうはいかん。」
実にお金持ちらしい考えである。
「御意!」
屋敷の全員が駆け出した。
東に向けて、一目散である。
地響きを立てて歩き出す、巨大な竜は大きな羽を広げて、その巨体を見せつけるように進んでくる。
伯爵は、恥も外聞もなく逃げることを選んだ。
まちがいなく正しい選択である。
ただし、悪乗りしたメルミリアスに対しては、決断が遅すぎた。
「ドラゴン、加速しました!」
そう、メルミリアスは地面を駆けだしたのだ。
だんだんだん!
一足ごとに、地面が揺れる。
走る人々は、その振動でバウンドして動けなくなった。
十キロの距離を、わずか二~三分で駆け抜けられては、逃げを打つ暇もない。
激しい地響きと、地震のような振動が迫り、そのまま城門が破壊された。
巨大なブルードラゴンの体当たりを受けては、まるで、砂の楼閣である。
弾き飛ばされた城門の石材は、まっすぐに飛んで領主の館を直撃した。
がきんがきんと、この世のものとも思えないような破壊音が響き、領主館をぐらぐらと揺する。
あまりの衝撃に、領主館はぐずぐずと半壊した。
正面は、すでにその形を保っていない。
頭を抱えてうずくまっていたサン・カンタン伯爵は、なんとか命長らえたようである。
しかし、そのソファから向こうは、壁すら立っていなかった。
城門からメインストリートに足を踏み入れたブルードラゴンは、天に向かって咆哮した。
「あんぎゃあああああああ!」
びりびりと、領都の家々の壁を震わせて、その咆哮は空に消えた。
古い家などは、それだけでガラガラと崩れていく。
「だ、だめだこの領土はおしまいだ…」
腰が抜けて、動けない伯爵は、脂汗を流しながらブルードラゴンを見つめた。
ズシンズシンと、竜が進むたびに振動が起こり、足に近い家はがらがらとこわれていった。
「な!なぜこの館を目指してくるのだ!」
伯爵の疑問ももっともだが、メインストリートのつきあたりに、領主館が立っているのだから仕方があるまい。
やがて、領主館前の広場で、ブルードラゴンは歩みを止めた。
石造りの建物で囲まれたマルクト広場は、サッカーコートくらいの広さがある。
その広場に足を踏み入れたドラゴンは、くるりと周りを見回した。
長い尻尾は、まだ城門にある。
立ち止まると、さらに一声咆哮する。
「きしゃああああああ!」
その口には、恐怖の塊のような青い光が収束を始めた。
「あわあわあわあああわわわわわわわ」
なにを言っているのかわからない声が漏れる。
サン・カンタン伯爵は、自身の命の尽きるときを知った。
しかし、ブルードラゴンは、その口を山脈に向けて打ち出す。
山脈は、溶けて溶岩を吐きだし、爆発を起こして四散する。
ドラゴンの破壊光線は、そのままスオミ王国の上空に向けて飛んで行き、減衰して四散した。
強力なドラゴンのブレスは、超高温を発し、岩石はそのまま岩石蒸気となって上空に舞い上がる。
やがて冷えて、細かいホコリとなってスオミ王国に向かって、風に乗る。
山脈に近い人々は、何が起こったかわからないが、少なくとも自分の命が助かったことに感謝した。
スオミ王国でも、その様子は観測され、自領へ向けてのドラゴンの攻撃に戦慄した。
スオミ王国でも、溶岩の渦を巻く様子が観測され、解け降ちる山に、地獄を見た。
もはや、どこに逃げ場を得るのか、スオミの人々にはわからなかった。
サン・カンタン伯爵領の次は、自国であるからだ。
山脈はドロドロに溶け、裾野の森は広範囲に火災を起こし、たくさんの動物や魔物が逃げ惑っている。
「うわあああああ!なんと言うことだ!山脈が!」
すっぱりと山脈が切り取られ、向こう側のスオミ王国の領土がかすみ見えている。
ゆがんだ景色は、高熱にゆらゆらと揺れて見える。
あまりの高熱に、周囲の森林に火がついて燃え上がっている。
生木も何も、関係ない。
一気に燃え上がった。
「火事だ!山林火災が広がっている!」
まさに、災害規模の魔獣である、ブルードラゴン。
ブルードラゴンは、山脈に向けて白い風を吹き付けた。
上空から、煮えたぎる溶岩と、燃え盛る火災に覆いかぶさると、その勢いを一気に鎮火させた。
急速冷凍の魔法であろう。
魔力の容量が、無尽蔵と言えるほどのドラゴンだからこそ、こう言う芸当も可能である。
やがて、ドラゴンの頭の上に、蒼い人影が立つのが見えた。
領民は、頭をかかえたまま、ひとりふたりとその人影を見上げた。
『サン・カンタン伯爵!これにまいれ!』
風の魔法により、領都全体に声が響いた。
まるで、竜が声を発しているようだ。
サン・カンタン伯爵は、恐る恐る館から顔を出した。
その顔はすすけて、豪奢な衣装も汚れてしまった。
「こ、ここに。」
すると、ドラゴンの頭から、蒼い影が飛び降りて来た。
「右大臣、カズマ=ド=レジオである。」
「は?」
「間の抜けた顔をしている場合ではないぞ、サン・カンタン伯爵。」
「あ、いや…」
「国の代表たる右大臣である!頭が高い!」
「ははー!」
サン・カンタン伯爵は、あわてて跪いた。
「さて、サン・カンタン伯爵よ、そのほう再三の登城通知になぜ上京せぬ。」
「あの、いや、それは…」
「それがため、わざわざ右大臣たる私が訪問するに至った、この件に関して申し開きがあるなら伺おう。」
居丈高に話すカズマであるが、まるで反発と言う心が湧いてこない伯爵。
「いえ、まだスオミ王国が…」
「スオミ王国なら、ただいまの災害で、何も言うまいよ。それから?」
ゆっくりと声を発するカズマであるが、伯爵は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
あれこれ言い訳をするのは得策でない、伯爵はひっくり返った声で告げた。
「ははっ!直ちに推参つかまつります!」
カズマは、満足そうに頷いた。
「よろしい、素銅など持参のうえ、上京されるがよかろう。」
「はは!」
伯爵は、かしこまって平伏した。
カズマは、にやにやと笑いながら伯爵に告げる。
「ああそうそう、ストラスブール辺境伯は、責任を取って切腹したぞ。」
「あいえ?」
伯爵は、間の抜けた顔を上げた。
「お主はどうする?」
「そそそ右大臣殿!どうかどうか、お許しを!」
「ふむ、隠居して、出家でもなさるがよろしかろう。」
「へ、へへえええ~!」
立派な体格の偉丈夫が土下座するさまに、領民も戦慄し、こぞってその場で平伏した。
「即刻次代の領主を立て、お主の隠居届と共に上京されたし、では、これにて立ち帰る!」
カズマは、ドラゴンの頭に飛びあがると、ブルードラゴンを促した。
ドラゴンは、ふわりと舞い上がり、西の空に向けて飛び去って行った。
「な、なんだったのだ今のは…」
「ゆ、夢でござる。」
家臣の一声に、一同おおきなため息をはいたのであった。
「どうだ、ガスは抜けたか?」
「おおよ、よい余興であった。」
「それはよかった、帰ったら約束の報酬を渡そう。」
「うむ、そうしてくれ。」
転んでもただでは起きない、サン・カンタン伯爵は、山脈にできた巨大な溝を使って、スオミ王国との貿易を始めて、また儲けたらしい。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる