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第九十五話 王都陥落 ④
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王都の空は晴れて、浮かぶ雲はぽっかりと青い色の中に浮かんでいた。
王宮から見る地平は晴れやかに、この世は神による祝福に満ちていた。
カズマは、語る言葉もなく王宮の窓から、その眺めを見やっていた。
どこまでも続く地平。
はるかマートモンスまでつながる平和な世界。
「ガストン、俺はあんたを許すよ。」
カズマは、神の子として、ガストンですら許す気持ちになっていた。
この世が平和で豊かであればこそ、神への信仰はゆるぎないものになるのだ。
「神はいまし、世はすべてこともなし。」
地球の祝詞が、オシリスに届くものかはしらず。
ただ、人の世で起こったことは、人の手で納めるものというものだ。
山より大きい獅子はでてこない。
国譲り。
古く神代の時代、古き神々は新しき神々にイズモの国を譲ったと言う。
「なんだよそれ?」
「古い神話ですわ、お屋形さまは聞いたことはありませんの?」
アリスティアは不思議そうな顔をして、カズマを見た。
「初耳だな。」
「あらまあ。」
「だいたい、イズモの国ってなんだよ?」
「イズモの国は、神々の最初の国と言われています。オシリスさまたちがお住まいになっていたのも、このイズモの国です。」
「じゃあ、オシリス女神は、今はどこに住んでいるんだ?」
「スワーの国と聞きますが?」
「へえ~、スワーねえ、じゃあ、オオカミはタケミナカタかよ?」
「あら、よくご存じじゃないですか。」
なんだそのいかにも偶然の一致みたいな流れは。
なによりあざとい。
どう見たって、出雲神話じゃないか!
寝物語に語って聞かせる神代の物語は、イズモの神々を彷彿とさせるネーミングで絶句した。
もしかして、この世界は限りなく日本に近いのではないか?
なにゆえ、古くからの勇者は、日本から来ているのか?
聞かない方が良かったような気もする。
しかし、現実にイシュタール王国の国譲りは、行われようとしていた。
「お父様、わたくしがカズマに嫁ぎます!」
わずか十二歳のアンリエット姫は、気丈にそう言った。
そう言う時の、まぎれもない父親の狼狽。
家じゅうの時が止まった。
ヘルムートは、苦虫をかみつぶしたように、顔をしかめてカズマを見た。
カズマは、「とんでもない!」と言う頭に、顔の前で手を横に振っている。
別に、カズマがアンリエットをだました訳ではないよ。
もちろん、立場を利用して、そう仕向けたわけでもない。
ましてや、ロリコンでもない。
いや、あるかもしれないが…
「断じてないぞ!」
カズマは、誰かに抗議しているが。
そう怒るな、ヘルムート。
「カズマは好い人です。きっと私を大事にしてくれます。」
「それはそうだろうが…」
アンリエットは、緊張した面持ちで、父親にうったえた。
「私に無体なことをなさるようでしたら、聖女さまたちが叱ってくれます。」
父親は、情けない顔をして、アンリエットの顔を見つめた。
「聖女…」
ひとりは子供産んじゃって、聖女なのか性女なのか…
「アホなこと言うな!」
「そうですよ、勝手に聖女に祭り上げただけじゃないですか。回復魔法が使える、ただのシスターです!」
そりゃまあ、当時の教会のありかたが、悪かったんですけどね。
ヘルムートは、ティリスに抱かれるアンジェラの顔を見た。
国は譲っても良いが、娘までくれてやるとは言ってない。
国より娘の方が価値が高いヘルムートであった。
そんな心境のヘルムートだったろう。
しかし、無情に時は過ぎてゆく、国譲りは早く行われないと、政治中枢がない状態で、国は維持できない。
ましてや、整理する案件が多すぎる。
「とにかく、ヘルムートは政務委譲のつもりならその書類を書きあげてくれ。」
「王さまをやるつもりですか?カズマ。」
ティリスは不安げにカズマを見た。
「ヘルムートにやる気がないなら、次代の王が育つまで面倒は見るさ。マゼランやシェルブールもいるしな。」
「そう、暫定政権と言うことですか。」
「だって、いろいろ手助けしちまったもんよ。ここで投げ出したらどうなるよ。」
「まあ、大混乱は避けられませんね。」
トルメスは、どうするのか?
「文官は育ててあるが、貴族たちは使い物にならん…」
「一年は、影の宰相として働いてもらうぞ。それ以後は、続けるもよし去るもよし、よく考えてくれ。」
「そう言うことなら引き受けよう、世を捨てる覚悟であったが、まだ私を必要と言ってくれるのだから。」
「よし、じゃあ残っている平民の文官を集めて、事務集団を作ろう。」
「わかった。」
「ジョルジュ!マルメ!お前らは、逃げられんぞ。」
「わかってるよ、もともと陛下を守るためだけに着いてきたんだ。」
シモン=ジョルジュはその秀麗な顔をまっすぐカズマに向けた。
「私も戻る、平民の兵士たちは路頭に迷わぬようにな。」
オルクス=マルメは、いかつい顔に真剣な表情を浮かべて頷いた。
「では行こう、王国の明日のために。」
カズマ、ついに立つ!
その気になったカズマの行動は実に早かった。
国王急病として、宰相、右大臣を発表し、早急に内閣を発表した。
もちろん、国王命代は王女アンリエットである。
まあ、発表したと言っても、各領地に向けて通達を送った訳だが。
オルレアン公爵のクーデターの失敗と、ゲルマニア帝国の侵攻を食い止めたことなどを簡単にまとめて発送した。
まあ、実は使者を立てたわけだが。
貴族一二〇家と言われているが、どいつもこいつも貴族の義務をかなぐり捨てて、家にこもって布団かぶってたやつらだ。
どう攻めても、言い訳はできない。
内務大臣に、シャルル=マゼラン。
外交防衛大臣に、シェルブール伯爵。
軍務大臣に、オルクス=マルメ。
近衛将軍に、シモン=ジョルジュと言う、スッカスカの布陣である。
王都の各城門には、出入りを管理するだけにとどめ、残存住民の把握を最優先させた。
もともとなかった戸籍である。
町内会長たちに、その家族構成や年齢などを、細密に調べさせた。
逃げ出した貴族を別にしても、三十万人は居る計算である。
どれだけの大事業になるかはわからないが、現状の国庫でなんとか賄える。
あとは、帝国がどれほどの身代金をくれるかにかかっているが、そこは外交担当のシェルブールにまかせるさ。
政局が代わったことで、総登城のふれを出している。
外敵が居なくなったので、王城に伺候せよと言うことである。
勝手に王都を逃げ出したことについて、申し開きにこいと言うものであるが、ストラスブール辺境伯が、異議を唱えてきた。
いわく、ロマーニャ王国に不穏な様子が見られるので、領地を離れられないと言う。
さすがに、むかっときたカズマは、さっそく伝説の古代竜メルミリアスを呼びだした。
王都の空に、再びドラゴンの影が差す。
「そうたびたび、我を呼ぶものではないぞえ。」
「まあ、そう言うなよ。ちょっとおやつ出すからさあ、しばらく付き合ってくれよ。」
「まあ、そう言うことなら、手伝って進ぜよう。」
伝説の古代竜・メルミリアスも、存外俗っぽいんだよ。
タダで、おやつくれるなら、つきあっちゃうって、暇なんだねえ。
二五〇〇匹のゴブリンをエサに、交渉してストラスブールまで飛んでもらった。
なにせい、この状態では、国がガタガタになってしまうので、多少脅かしてでも国政に参加してもらわなければならない。
メルミリアスの羽根を持ってしても、ストラスブール辺境伯の居城へは、半日を要した。
「メルミリアス、こうしてみると王国って広いなあ。」
「まあ、カズマが思うよりは広いのではないかな?」
北浜晴子さんのような、ちょっと大人っぽい声で、メルミリアスは語る。
(古い人は、ハッチのお母さんとか、初代お蝶夫人とかを思い出してください。)
「それでも、おぬしにかかれば半日か。」
「古代竜をあなどるでないよ、小童のくせに。私にかかれば、人の国など一日で滅ぼして見せるよ。」
「それはそれで怖いものがある。クワバラクワバラ。」
「なんじゃ?その呪文は。」
「俺の国の古い話だ。政敵にだまし討ちに会った大臣が、左遷されて死んだ後、王都に雷が落ち続けた。」
「ふむふむ。」
「それが、その大臣の領地だけには落ちなかったそうだ。その領地がクワバラと言う名だったんだと。」
「それで、災難よけのまじないになったのかえ?」
「その通り。」
「難儀なことよのう。」
「それでも、人の世は回さなければならんのさ。俺にかかれば、王都など一時間もかからず落雷で砕いて見せるものを。」
「おや、クワバラクワバラ…ふふふ。」
翼の全長は約一〇〇メートル、頭からしっぽまでは約七〇メートルはあろうかと言う巨大なブルードラゴンが、悠々と空を行く。
王国の住民は、そろって空を指差し、自分たちの上に災厄が降りてこなかったことを喜んだ。
王国の国土は、広い畑が波のようにうねる平野になっている。
ところどころにこんもりと盛り上がる森には、魔物が住まうが、平地の畑には魔物は出ない。
ドラゴンの影は、滑るように麦畑の上を走ってゆく。
王国の西の地域からは、何台も馬車を連ねて王都を目指しているのが見える。
上空からそれを見て、カズマは少しほっとした。
まだ、国の機能は無くなってはいない。
心ある貴族は、なんとかしなければと、王都に向けて走っている。
そのうちの何割かは、打算が大きいが。
長年培って来た国の政治体系が、一朝一夕で崩れ去るとも思えないが、えてしてそう言うことが起こるのも国である。
幕藩体制を速やかに天皇制、廃藩置県に移行できた明治政府の荒業は、驚くべき速さである。
しかし、その移行がスムースにできたのは、平民の従順さを育てて来た徳川幕府のおかげと言うのは皮肉なものである。
そんなこんなで、南西のロマーニャ国境に位置するストラスブール上空は、よく晴れていた。
領都ストラスブールは、さしわたし五キロに及ぶ大きな城壁に囲まれた城塞都市である。
周辺には、のどかな田園が広がり、領土の豊かさを物語る。
ロマーニャとの国境は、千メートルクラスの山々に遮られ、容易に侵攻はできなくなっている。
それを見ただけで、辺境伯爵の言い訳が、口から出まかせであることがわかる。
こんな山脈を越えて、戦争に来る阿呆はおるまいよ。
領都の城壁には兵士が集まり、上空を指差してなにやら叫んでいる。
集まった兵士は、てんでに弓を射るが、まるで届きもしい。
「ふすん」
メルミリアスも、鼻で笑っている。
「メルミリアス、あそこの広場に降りてくれ。」
「わかった。」
メルミリアスの巨体が舞い降りると、広いはずの広場がその半分を持って行かれたようである。
メルミリアスの頭は、城の塔と同じ高さにある。
ごわああああああ!
メルミリアスは、広場に降り立つと同時に、天に向かって咆哮した。
大きな足は、長距離バスより広い面積を持つ。
石畳が割れ、めくれ、ずしりと沈んだ。
メルミリアスが地面に向かって吼えると、家がなぎ倒され、人々は吹き飛ばされるから、上に向かって吼える。
背中のひれが、咆哮と同時に青白い光を放つ。
これは、実は人畜無害な代物で、魔力を纏った咆哮の、余剰魔力を放出するためにおこる現象である。
しかし、それをまともに見させられた領都の住民にはたまったものではない。
どこへ逃げたらいいのか、見当もつかず広場を中心に右往左往。
城壁付近の住民は、城門に殺到して、押すな押すなの大騒動。
はっきり言って、むちゃくちゃ怖い!
とにかく、命が危険!
住民は、どこに逃げていいのかも判らず、右往左往している。
「うお~!」
「さお~!」
「かあちゃ~ん!」
「たすけて~!」
メルミリアスの頭に立つと、思い切り息を吸い込む。
風の魔法に声を乗せて、カズマは領都じゅうに聞こえるよう、大音声を発した。
『しずまれ~い!』
パニックに陥っていた領民は、ぴたりと止まる。
恐る恐ると言った風情で、古代竜を振り返る。
『ストラスブール辺境伯爵、王都よりまかりこした右大臣カズマ=ド=レジオである!これへまいれ!』
ストラスブール辺境伯は、腹の出た小男である。
赤い上着に宝石をちりばめて、南国風のチョウチンブルマに白いタイツでまろびでてきた。
「な、なにごとでござるか!」
『そのほう、再三の登城勧告に従わず、のらりくらりと言い訳三昧、許すべからず。よって、領都民三万人と共に瓦礫の屑としてくれる!』
「あ、あわわわわわ」
ストラスブール辺境伯は、地面にへたりこんで座りションベンをもらした。
領都住民にしてみれば、とんでもないとばっちりである。
このションベンタレのせいで、三万人がいきなり殺されるとは、理不尽もここに極まれり。
住民は、広場に集まって平伏した。
『恐れながら、もの申す!』
住民の中から、恰幅のいい男が進み出て、メルミリアスの足元に平伏した。
『ゆるす!なにごとであるか!』
今度は、女性の優雅な声で、広場が埋められた。
メルミリアスの声である。
(北浜晴子さんである。)
男は、戸惑ったように左右を見回す。
「なにをしている、今のは古代竜メルミリアスの声だ。」
地面に降り立ったカズマは、足元の男に声をかけた。
「お、大臣<おとど>に申し上げる。」
「なにごとか、申してみよ。」
「先ほどの、住民三万人ごと領都を瓦礫にとは、ま・まことでございましょうか。」
「言ったことは、着実に実行するものよ。」
(今回は、まことまことのフレーズは使わなかったらしい。)
「し、しかしながら、我らはなにもしておりませぬ。」
男は、冷や汗をかきながら弁解する。
「ばかものが!」
びりびりと、広場の石畳がきしるほどの大音声が響いた。
ひれ伏す住民はみなびくっと体をゆすった。
「なにもしていないからこそ、罰が下るのであろう!貴様ら、国の大事になにをしておった!」
「は、はひ!」
男も、その迫力にカズマの前で、石畳を濡らした。
「いっかな辺境であろうと、国の大事、おっとり刀で馳せ参じるのが国民の務めであろう。それを、領都でのほほんと、全員死罪でどこが悪い!」
「ひ、ひえええええ!」
恥も外聞もない、ズボンの後ろは盛大にこんもりしてきた。
「貴様名はなんと言う?」
「はひ!西地区区長モンドスであるます。」
「そうか、領都の一大事であるが、貴様は剣を取ってドラゴンと戦うか?」
カズマはにやにやといやな笑いを浮かべている。
「めめめ、めっそうもございません、すべて大臣の申されるとおりにいたします。」
「では、黙って死ぬのか?」
「そ・それは…」
「賢しらに進み出て、もの申すこともなしかえ?くだらん。」
「レジオ男爵殿!」
広場にまろび込んで来たストラスブール辺境伯は、カズマの前に手を突いた。
「このたびは、まことに!まことに…」
「みなまで言うな、死にゆく者は何も残さぬものよ。」
「ひいい!」
辺境伯は、盛大にひきつった。
「黙って領民ごと、あの世に行くが好い。」
「しええええ!お許しを!おゆるしをおおおおおおおお!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を地面にこすりつけて、カズマに許しをこう。
「なんだよ、ロマーニャの侵攻を抑えるんじゃなかったのか?鎧を着ろよ。」
「ひいいいいいいい!」
もはや、漏らすものはすべて漏らしたように、放心したまま気を失った。
「ふん、眠ったまま死ぬなら、それも良いのう。」
「ひ、ひえええええ。」
モンドスも、後ろにいざりながら、悲鳴を上げる。
「お、お許しを!」
「ならぬ、領主が道を外れたならば、それをいさめるのが忠臣と申すもの、それを領都民こぞって浮かれ騒いでおるとは、許し難し!」
タイミング良く、メルミリアスが天に向かって咆哮し、巨大な火柱を吐き上げる。
「あんぎゃああああああああ!」
それを見た領民は、みな腰を抜かして座り込んだ。
「逃がすものかよ、くっくっくっく。」
カズマの悪人笑い。
「お待ちを!しばしおまちを~!」
場内から一人の騎士が徒歩で駆けて来た。
がしゃがしゃと、鎧が騒がしく音を立てる。
「なんだ、お主は。」
メルミリアスの咆哮にも腰を抜かさず、ここまで走って来るとは、なかなか肝の据わった御仁である。
「は、騎士アルロンであります、右大臣殿にはまことに御不興でございましょうが、曲げてお願い申し上げる。」
「許す、申してみよ。」
「はは、主君持病悪化のため隠居いたします、跡継ぎは長男ソロンが務めますれば、どうかどうか、ここはお納めくださいませ!」
「隠居?切腹でなしにか?」
「隠居でございます。」
毒でも飲ませるつもりか?
いま死なねば、責任を取ったことにはならんぞ。
「主、不手際の責めは、この騎士アルロンめが、腹かっ捌いてお詫び申し上げる、ゴメン!」
騎士は、甲冑を脱ぎ捨てると、懐の短刀を持ち出して、一気に腹に突き立てた。
「ばかもの!」
ちゃり~ん
カズマに蹴りあげられた短刀は、石畳に跳ね返って、澄んだ音を響かせた。
「お前の首などいらん。」
「う、うおおおお~!」
騎士アルロンは、その場で男泣きをしている、なにを勘違いしたのか…
「わかった、ストラスブール辺境伯は、蟄居の上切腹!長男ソロン、家督相続を認め、ストラスブール辺境伯とする。早急に王都へ登城せよ!」
「は、ははあ~!」
城から出て来た家臣一同は、その場で平伏した。
「軍隊を出さぬのは温情じゃ、次はないぞえストラスブール辺境伯ソロン。」
「ははあ~!」
見れば、十二歳ほどの栗色の髪の男の子が、先頭にいて平伏している。
カズマは、ついでにロマーニャに向けて、警告を発する。
「ごわああああああ!」
「撃て!焼きはらえ!」
きしゃーん!
メルミリアスの口から、超高温の光線が発射され、南西の山脈に当たる。
山脈は、どろりと溶けた上、爆発して四散した。
光線の通った後には、巨大な裂け目ができ、はるかロマーニャの地が見えていた。
「なんと!山脈が!」
騎士アルロンは、呆然として口を開けた。
岩肌は溶けて真っ赤になっている。
キラウエア火山の火口のように、溶岩がどろどろとあふれかえっている。
山は、跡形もなく溶けて、その姿を変えて行った。
なんということでしょう。
美フォーアフターである。
山からは、空の魔物が飛び立ち、森の魔物は逃げることもできずに駆逐されていく。
どうやら、こちらには来ないようだ。
まあ、来られないわな。
溶岩で沸き返っているし。
地獄の釜の蓋が開いたように、灼熱の渦がそこにあらわれていた。
ストラスブールの住民はみな、声もなく溶け落ちる山を見つめている。
遠く離れているのに、その顔には熱風が吹きつけてくる。
その熱量に、住民は恐怖した。
なにもできない、なにも対抗する手立てがない。
ちっぽけな人間ひとり、なにができるのか。
これは、動く自然災害である。
これ以上の災厄などない。
魔王すら、その力でねじ伏せるのではないか。
それは、恐怖の対象でしかなかった。
やがて、まっすぐに切り取られたように、山が溶解し、ロマーニャに向けて広く平坦な土地が開けて行った。
だぷりと、粘度の高い水のように、そこで溶岩が渦を巻く。
聞こえないはずの音がここまで届くようだ。
そして、山の木々に火がつく。
どうしようもないくらい熱を帯びたため、生木も一気に燃え上がる。
溶岩を中心に、火が広がる。
煙が、空を焦がしてゆく。
これが青龍メルミリアス!
歩く自然災害。
天井知らずの魔力!
「はなて!」
続けて出た命令に、メルミリアスは白い筋を吐きだす。
すると、燃え盛っていた山脈は、一気に白くなり雪が積もったように染められた。
「山火事にするつもりはない。メルミリアス、気は済んだか?」
「そうよな、気持ち良く放てた、満足じゃ。」
「それはよかった。」
なんと、メルミリアスのガス抜きであったのか!
この後、ストラスブール辺境伯領は、この攻撃でできた道で、ロマーニャとの交易を行いひと旗あげるのである。
「では、我はこれにて王都に立ち返る!その方ども、ゆめゆめ命をたがえるでないぞ。」
カズマは、来た時と同様に、唐突にメルミリアスに乗って空に舞い上がった。
ドラゴンは、悠然と広い羽を広げて、北の空に消えて行った。
改訂版でどうぞ。
王都の空は晴れて、浮かぶ雲はぽっかりと青い色の中に浮かんでいた。
王宮から見る地平は晴れやかに、この世は神による祝福に満ちていた。
カズマは、語る言葉もなく王宮の窓から、その眺めを見やっていた。
どこまでも続く地平。
はるかマートモンスまでつながる平和な世界。
「ガストン、俺はあんたを許すよ。」
カズマは、神の子として、ガストンですら許す気持ちになっていた。
この世が平和で豊かであればこそ、神への信仰はゆるぎないものになるのだ。
「神はいまし、世はすべてこともなし。」
地球の祝詞が、オシリスに届くものかはしらず。
ただ、人の世で起こったことは、人の手で納めるものというものだ。
山より大きい獅子はでてこない。
国譲り。
古く神代の時代、古き神々は新しき神々にイズモの国を譲ったと言う。
「なんだよそれ?」
「古い神話ですわ、お屋形さまは聞いたことはありませんの?」
アリスティアは不思議そうな顔をして、カズマを見た。
「初耳だな。」
「あらまあ。」
「だいたい、イズモの国ってなんだよ?」
「イズモの国は、神々の最初の国と言われています。オシリスさまたちがお住まいになっていたのも、このイズモの国です。」
「じゃあ、オシリス女神は、今はどこに住んでいるんだ?」
「スワーの国と聞きますが?」
「へえ~、スワーねえ、じゃあ、オオカミはタケミナカタかよ?」
「あら、よくご存じじゃないですか。」
なんだそのいかにも偶然の一致みたいな流れは。
なによりあざとい。
どう見たって、出雲神話じゃないか!
寝物語に語って聞かせる神代の物語は、イズモの神々を彷彿とさせるネーミングで絶句した。
もしかして、この世界は限りなく日本に近いのではないか?
なにゆえ、古くからの勇者は、日本から来ているのか?
聞かない方が良かったような気もする。
しかし、現実にイシュタール王国の国譲りは、行われようとしていた。
「お父様、わたくしがカズマに嫁ぎます!」
わずか十二歳のアンリエット姫は、気丈にそう言った。
そう言う時の、まぎれもない父親の狼狽。
家じゅうの時が止まった。
ヘルムートは、苦虫をかみつぶしたように、顔をしかめてカズマを見た。
カズマは、「とんでもない!」と言う頭に、顔の前で手を横に振っている。
別に、カズマがアンリエットをだました訳ではないよ。
もちろん、立場を利用して、そう仕向けたわけでもない。
ましてや、ロリコンでもない。
いや、あるかもしれないが…
「断じてないぞ!」
カズマは、誰かに抗議しているが。
そう怒るな、ヘルムート。
「カズマは好い人です。きっと私を大事にしてくれます。」
「それはそうだろうが…」
アンリエットは、緊張した面持ちで、父親にうったえた。
「私に無体なことをなさるようでしたら、聖女さまたちが叱ってくれます。」
父親は、情けない顔をして、アンリエットの顔を見つめた。
「聖女…」
ひとりは子供産んじゃって、聖女なのか性女なのか…
「アホなこと言うな!」
「そうですよ、勝手に聖女に祭り上げただけじゃないですか。回復魔法が使える、ただのシスターです!」
そりゃまあ、当時の教会のありかたが、悪かったんですけどね。
ヘルムートは、ティリスに抱かれるアンジェラの顔を見た。
国は譲っても良いが、娘までくれてやるとは言ってない。
国より娘の方が価値が高いヘルムートであった。
そんな心境のヘルムートだったろう。
しかし、無情に時は過ぎてゆく、国譲りは早く行われないと、政治中枢がない状態で、国は維持できない。
ましてや、整理する案件が多すぎる。
「とにかく、ヘルムートは政務委譲のつもりならその書類を書きあげてくれ。」
「王さまをやるつもりですか?カズマ。」
ティリスは不安げにカズマを見た。
「ヘルムートにやる気がないなら、次代の王が育つまで面倒は見るさ。マゼランやシェルブールもいるしな。」
「そう、暫定政権と言うことですか。」
「だって、いろいろ手助けしちまったもんよ。ここで投げ出したらどうなるよ。」
「まあ、大混乱は避けられませんね。」
トルメスは、どうするのか?
「文官は育ててあるが、貴族たちは使い物にならん…」
「一年は、影の宰相として働いてもらうぞ。それ以後は、続けるもよし去るもよし、よく考えてくれ。」
「そう言うことなら引き受けよう、世を捨てる覚悟であったが、まだ私を必要と言ってくれるのだから。」
「よし、じゃあ残っている平民の文官を集めて、事務集団を作ろう。」
「わかった。」
「ジョルジュ!マルメ!お前らは、逃げられんぞ。」
「わかってるよ、もともと陛下を守るためだけに着いてきたんだ。」
シモン=ジョルジュはその秀麗な顔をまっすぐカズマに向けた。
「私も戻る、平民の兵士たちは路頭に迷わぬようにな。」
オルクス=マルメは、いかつい顔に真剣な表情を浮かべて頷いた。
「では行こう、王国の明日のために。」
カズマ、ついに立つ!
その気になったカズマの行動は実に早かった。
国王急病として、宰相、右大臣を発表し、早急に内閣を発表した。
もちろん、国王命代は王女アンリエットである。
まあ、発表したと言っても、各領地に向けて通達を送った訳だが。
オルレアン公爵のクーデターの失敗と、ゲルマニア帝国の侵攻を食い止めたことなどを簡単にまとめて発送した。
まあ、実は使者を立てたわけだが。
貴族一二〇家と言われているが、どいつもこいつも貴族の義務をかなぐり捨てて、家にこもって布団かぶってたやつらだ。
どう攻めても、言い訳はできない。
内務大臣に、シャルル=マゼラン。
外交防衛大臣に、シェルブール伯爵。
軍務大臣に、オルクス=マルメ。
近衛将軍に、シモン=ジョルジュと言う、スッカスカの布陣である。
王都の各城門には、出入りを管理するだけにとどめ、残存住民の把握を最優先させた。
もともとなかった戸籍である。
町内会長たちに、その家族構成や年齢などを、細密に調べさせた。
逃げ出した貴族を別にしても、三十万人は居る計算である。
どれだけの大事業になるかはわからないが、現状の国庫でなんとか賄える。
あとは、帝国がどれほどの身代金をくれるかにかかっているが、そこは外交担当のシェルブールにまかせるさ。
政局が代わったことで、総登城のふれを出している。
外敵が居なくなったので、王城に伺候せよと言うことである。
勝手に王都を逃げ出したことについて、申し開きにこいと言うものであるが、ストラスブール辺境伯が、異議を唱えてきた。
いわく、ロマーニャ王国に不穏な様子が見られるので、領地を離れられないと言う。
さすがに、むかっときたカズマは、さっそく伝説の古代竜メルミリアスを呼びだした。
王都の空に、再びドラゴンの影が差す。
「そうたびたび、我を呼ぶものではないぞえ。」
「まあ、そう言うなよ。ちょっとおやつ出すからさあ、しばらく付き合ってくれよ。」
「まあ、そう言うことなら、手伝って進ぜよう。」
伝説の古代竜・メルミリアスも、存外俗っぽいんだよ。
タダで、おやつくれるなら、つきあっちゃうって、暇なんだねえ。
二五〇〇匹のゴブリンをエサに、交渉してストラスブールまで飛んでもらった。
なにせい、この状態では、国がガタガタになってしまうので、多少脅かしてでも国政に参加してもらわなければならない。
メルミリアスの羽根を持ってしても、ストラスブール辺境伯の居城へは、半日を要した。
「メルミリアス、こうしてみると王国って広いなあ。」
「まあ、カズマが思うよりは広いのではないかな?」
北浜晴子さんのような、ちょっと大人っぽい声で、メルミリアスは語る。
(古い人は、ハッチのお母さんとか、初代お蝶夫人とかを思い出してください。)
「それでも、おぬしにかかれば半日か。」
「古代竜をあなどるでないよ、小童のくせに。私にかかれば、人の国など一日で滅ぼして見せるよ。」
「それはそれで怖いものがある。クワバラクワバラ。」
「なんじゃ?その呪文は。」
「俺の国の古い話だ。政敵にだまし討ちに会った大臣が、左遷されて死んだ後、王都に雷が落ち続けた。」
「ふむふむ。」
「それが、その大臣の領地だけには落ちなかったそうだ。その領地がクワバラと言う名だったんだと。」
「それで、災難よけのまじないになったのかえ?」
「その通り。」
「難儀なことよのう。」
「それでも、人の世は回さなければならんのさ。俺にかかれば、王都など一時間もかからず落雷で砕いて見せるものを。」
「おや、クワバラクワバラ…ふふふ。」
翼の全長は約一〇〇メートル、頭からしっぽまでは約七〇メートルはあろうかと言う巨大なブルードラゴンが、悠々と空を行く。
王国の住民は、そろって空を指差し、自分たちの上に災厄が降りてこなかったことを喜んだ。
王国の国土は、広い畑が波のようにうねる平野になっている。
ところどころにこんもりと盛り上がる森には、魔物が住まうが、平地の畑には魔物は出ない。
ドラゴンの影は、滑るように麦畑の上を走ってゆく。
王国の西の地域からは、何台も馬車を連ねて王都を目指しているのが見える。
上空からそれを見て、カズマは少しほっとした。
まだ、国の機能は無くなってはいない。
心ある貴族は、なんとかしなければと、王都に向けて走っている。
そのうちの何割かは、打算が大きいが。
長年培って来た国の政治体系が、一朝一夕で崩れ去るとも思えないが、えてしてそう言うことが起こるのも国である。
幕藩体制を速やかに天皇制、廃藩置県に移行できた明治政府の荒業は、驚くべき速さである。
しかし、その移行がスムースにできたのは、平民の従順さを育てて来た徳川幕府のおかげと言うのは皮肉なものである。
そんなこんなで、南西のロマーニャ国境に位置するストラスブール上空は、よく晴れていた。
領都ストラスブールは、さしわたし五キロに及ぶ大きな城壁に囲まれた城塞都市である。
周辺には、のどかな田園が広がり、領土の豊かさを物語る。
ロマーニャとの国境は、千メートルクラスの山々に遮られ、容易に侵攻はできなくなっている。
それを見ただけで、辺境伯爵の言い訳が、口から出まかせであることがわかる。
こんな山脈を越えて、戦争に来る阿呆はおるまいよ。
領都の城壁には兵士が集まり、上空を指差してなにやら叫んでいる。
集まった兵士は、てんでに弓を射るが、まるで届きもしい。
「ふすん」
メルミリアスも、鼻で笑っている。
「メルミリアス、あそこの広場に降りてくれ。」
「わかった。」
メルミリアスの巨体が舞い降りると、広いはずの広場がその半分を持って行かれたようである。
メルミリアスの頭は、城の塔と同じ高さにある。
ごわああああああ!
メルミリアスは、広場に降り立つと同時に、天に向かって咆哮した。
大きな足は、長距離バスより広い面積を持つ。
石畳が割れ、めくれ、ずしりと沈んだ。
メルミリアスが地面に向かって吼えると、家がなぎ倒され、人々は吹き飛ばされるから、上に向かって吼える。
背中のひれが、咆哮と同時に青白い光を放つ。
これは、実は人畜無害な代物で、魔力を纏った咆哮の、余剰魔力を放出するためにおこる現象である。
しかし、それをまともに見させられた領都の住民にはたまったものではない。
どこへ逃げたらいいのか、見当もつかず広場を中心に右往左往。
城壁付近の住民は、城門に殺到して、押すな押すなの大騒動。
はっきり言って、むちゃくちゃ怖い!
とにかく、命が危険!
住民は、どこに逃げていいのかも判らず、右往左往している。
「うお~!」
「さお~!」
「かあちゃ~ん!」
「たすけて~!」
メルミリアスの頭に立つと、思い切り息を吸い込む。
風の魔法に声を乗せて、カズマは領都じゅうに聞こえるよう、大音声を発した。
『しずまれ~い!』
パニックに陥っていた領民は、ぴたりと止まる。
恐る恐ると言った風情で、古代竜を振り返る。
『ストラスブール辺境伯爵、王都よりまかりこした右大臣カズマ=ド=レジオである!これへまいれ!』
ストラスブール辺境伯は、腹の出た小男である。
赤い上着に宝石をちりばめて、南国風のチョウチンブルマに白いタイツでまろびでてきた。
「な、なにごとでござるか!」
『そのほう、再三の登城勧告に従わず、のらりくらりと言い訳三昧、許すべからず。よって、領都民三万人と共に瓦礫の屑としてくれる!』
「あ、あわわわわわ」
ストラスブール辺境伯は、地面にへたりこんで座りションベンをもらした。
領都住民にしてみれば、とんでもないとばっちりである。
このションベンタレのせいで、三万人がいきなり殺されるとは、理不尽もここに極まれり。
住民は、広場に集まって平伏した。
『恐れながら、もの申す!』
住民の中から、恰幅のいい男が進み出て、メルミリアスの足元に平伏した。
『ゆるす!なにごとであるか!』
今度は、女性の優雅な声で、広場が埋められた。
メルミリアスの声である。
(北浜晴子さんである。)
男は、戸惑ったように左右を見回す。
「なにをしている、今のは古代竜メルミリアスの声だ。」
地面に降り立ったカズマは、足元の男に声をかけた。
「お、大臣<おとど>に申し上げる。」
「なにごとか、申してみよ。」
「先ほどの、住民三万人ごと領都を瓦礫にとは、ま・まことでございましょうか。」
「言ったことは、着実に実行するものよ。」
(今回は、まことまことのフレーズは使わなかったらしい。)
「し、しかしながら、我らはなにもしておりませぬ。」
男は、冷や汗をかきながら弁解する。
「ばかものが!」
びりびりと、広場の石畳がきしるほどの大音声が響いた。
ひれ伏す住民はみなびくっと体をゆすった。
「なにもしていないからこそ、罰が下るのであろう!貴様ら、国の大事になにをしておった!」
「は、はひ!」
男も、その迫力にカズマの前で、石畳を濡らした。
「いっかな辺境であろうと、国の大事、おっとり刀で馳せ参じるのが国民の務めであろう。それを、領都でのほほんと、全員死罪でどこが悪い!」
「ひ、ひえええええ!」
恥も外聞もない、ズボンの後ろは盛大にこんもりしてきた。
「貴様名はなんと言う?」
「はひ!西地区区長モンドスであるます。」
「そうか、領都の一大事であるが、貴様は剣を取ってドラゴンと戦うか?」
カズマはにやにやといやな笑いを浮かべている。
「めめめ、めっそうもございません、すべて大臣の申されるとおりにいたします。」
「では、黙って死ぬのか?」
「そ・それは…」
「賢しらに進み出て、もの申すこともなしかえ?くだらん。」
「レジオ男爵殿!」
広場にまろび込んで来たストラスブール辺境伯は、カズマの前に手を突いた。
「このたびは、まことに!まことに…」
「みなまで言うな、死にゆく者は何も残さぬものよ。」
「ひいい!」
辺境伯は、盛大にひきつった。
「黙って領民ごと、あの世に行くが好い。」
「しええええ!お許しを!おゆるしをおおおおおおおお!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を地面にこすりつけて、カズマに許しをこう。
「なんだよ、ロマーニャの侵攻を抑えるんじゃなかったのか?鎧を着ろよ。」
「ひいいいいいいい!」
もはや、漏らすものはすべて漏らしたように、放心したまま気を失った。
「ふん、眠ったまま死ぬなら、それも良いのう。」
「ひ、ひえええええ。」
モンドスも、後ろにいざりながら、悲鳴を上げる。
「お、お許しを!」
「ならぬ、領主が道を外れたならば、それをいさめるのが忠臣と申すもの、それを領都民こぞって浮かれ騒いでおるとは、許し難し!」
タイミング良く、メルミリアスが天に向かって咆哮し、巨大な火柱を吐き上げる。
「あんぎゃああああああああ!」
それを見た領民は、みな腰を抜かして座り込んだ。
「逃がすものかよ、くっくっくっく。」
カズマの悪人笑い。
「お待ちを!しばしおまちを~!」
場内から一人の騎士が徒歩で駆けて来た。
がしゃがしゃと、鎧が騒がしく音を立てる。
「なんだ、お主は。」
メルミリアスの咆哮にも腰を抜かさず、ここまで走って来るとは、なかなか肝の据わった御仁である。
「は、騎士アルロンであります、右大臣殿にはまことに御不興でございましょうが、曲げてお願い申し上げる。」
「許す、申してみよ。」
「はは、主君持病悪化のため隠居いたします、跡継ぎは長男ソロンが務めますれば、どうかどうか、ここはお納めくださいませ!」
「隠居?切腹でなしにか?」
「隠居でございます。」
毒でも飲ませるつもりか?
いま死なねば、責任を取ったことにはならんぞ。
「主、不手際の責めは、この騎士アルロンめが、腹かっ捌いてお詫び申し上げる、ゴメン!」
騎士は、甲冑を脱ぎ捨てると、懐の短刀を持ち出して、一気に腹に突き立てた。
「ばかもの!」
ちゃり~ん
カズマに蹴りあげられた短刀は、石畳に跳ね返って、澄んだ音を響かせた。
「お前の首などいらん。」
「う、うおおおお~!」
騎士アルロンは、その場で男泣きをしている、なにを勘違いしたのか…
「わかった、ストラスブール辺境伯は、蟄居の上切腹!長男ソロン、家督相続を認め、ストラスブール辺境伯とする。早急に王都へ登城せよ!」
「は、ははあ~!」
城から出て来た家臣一同は、その場で平伏した。
「軍隊を出さぬのは温情じゃ、次はないぞえストラスブール辺境伯ソロン。」
「ははあ~!」
見れば、十二歳ほどの栗色の髪の男の子が、先頭にいて平伏している。
カズマは、ついでにロマーニャに向けて、警告を発する。
「ごわああああああ!」
「撃て!焼きはらえ!」
きしゃーん!
メルミリアスの口から、超高温の光線が発射され、南西の山脈に当たる。
山脈は、どろりと溶けた上、爆発して四散した。
光線の通った後には、巨大な裂け目ができ、はるかロマーニャの地が見えていた。
「なんと!山脈が!」
騎士アルロンは、呆然として口を開けた。
岩肌は溶けて真っ赤になっている。
キラウエア火山の火口のように、溶岩がどろどろとあふれかえっている。
山は、跡形もなく溶けて、その姿を変えて行った。
なんということでしょう。
美フォーアフターである。
山からは、空の魔物が飛び立ち、森の魔物は逃げることもできずに駆逐されていく。
どうやら、こちらには来ないようだ。
まあ、来られないわな。
溶岩で沸き返っているし。
地獄の釜の蓋が開いたように、灼熱の渦がそこにあらわれていた。
ストラスブールの住民はみな、声もなく溶け落ちる山を見つめている。
遠く離れているのに、その顔には熱風が吹きつけてくる。
その熱量に、住民は恐怖した。
なにもできない、なにも対抗する手立てがない。
ちっぽけな人間ひとり、なにができるのか。
これは、動く自然災害である。
これ以上の災厄などない。
魔王すら、その力でねじ伏せるのではないか。
それは、恐怖の対象でしかなかった。
やがて、まっすぐに切り取られたように、山が溶解し、ロマーニャに向けて広く平坦な土地が開けて行った。
だぷりと、粘度の高い水のように、そこで溶岩が渦を巻く。
聞こえないはずの音がここまで届くようだ。
そして、山の木々に火がつく。
どうしようもないくらい熱を帯びたため、生木も一気に燃え上がる。
溶岩を中心に、火が広がる。
煙が、空を焦がしてゆく。
これが青龍メルミリアス!
歩く自然災害。
天井知らずの魔力!
「はなて!」
続けて出た命令に、メルミリアスは白い筋を吐きだす。
すると、燃え盛っていた山脈は、一気に白くなり雪が積もったように染められた。
「山火事にするつもりはない。メルミリアス、気は済んだか?」
「そうよな、気持ち良く放てた、満足じゃ。」
「それはよかった。」
なんと、メルミリアスのガス抜きであったのか!
この後、ストラスブール辺境伯領は、この攻撃でできた道で、ロマーニャとの交易を行いひと旗あげるのである。
「では、我はこれにて王都に立ち返る!その方ども、ゆめゆめ命をたがえるでないぞ。」
カズマは、来た時と同様に、唐突にメルミリアスに乗って空に舞い上がった。
ドラゴンは、悠然と広い羽を広げて、北の空に消えて行った。
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