おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

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.第九十四話 王都陥落 ③

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 しつこいですが、ちょっと戻ります。

 王宮に開かれたゲートをくぐって、一階の広間に出てみれば、薄暗い王宮は閑散としていた。
「なんだこりゃ?廃墟じゃないか。」
 カズマは、ぐるりと見回して、情けなさに眉尻を下げた。
「暗うございますね。」
 アリスティアは、不安そうにカズマの肘に手を添えた。
「ライト。」
 ティリスは、光の魔法を広間の上空に高く上げた。
「うむ、人っ子一人見当たりませんな。」
 ユリウス=ゴルテス準男爵は、ひとり言のようにつぶやいた。
「まことに…」
 マリウス=ロフノールも、周囲を見回して、嘆息交じりに答えた。

 ゲオルグ=ベルンもあきれたように声を上げた。
「国王陛下をお連れせず、よろしかったですね。」
「まったくだな、こんな様子は見せられんよ。」
 カズマは、情けない顔をしている。
 ろくでもない話だ、ジェシカに聞いてはいたが、まさかこれほどとは思ってもみなかった。
 ホルスト=ヒターチも出て来て、あんぐりと口を開いた。
 マルノ=マキタは、皮肉な笑みをほほに浮かべている。
 マルス=リョービは、憤慨しているようだ。
「王国騎士ともあろうものが、なんたく体たらく。」
 まあ、そう言うなよ、貴族なんて平和な時が長くて、役に立たんのだ。

「みんな、玉座の間に行くぞ。」
「「「はい。」」」
 一同は、カズマの声に我に帰った。
 周りを警戒しながら、玉座の間を目指す。
 高さ三メートルを超える、巨大な扉をいくつも開けて、やっとたどり着いた。
 中から話し声が聞こえてくる。
 カズマ達は、謁見席の横の小さなドアから中に入る。
 オシリス女神像の真横に出る。


「ガストン国王陛下、みなどこへ?」
 シェルブール伯爵の声が響く。
「逃げたよ、もうだれもいない。」
 オルレアン公爵、(いまは国王か…)の声が低く聞こえた。

「なんとのう。」
 マゼラン伯爵は、あきれてため息をついた。
「お前たちも逃げろ、もう、ここは落ちる。」
「いまさら、逃げることもできんよ、ゲルマニアはすぐそこまで来ている。」
 シェルブール伯爵は、窓の外を見た。
「ワシに着いてきたのは、利益を求めるものだけじゃったのう。」
「あはははは!なんのための簒奪であるかのう?腐敗をうれいたのではなかったのかでおじゃるかのう?」
 マゼラン伯爵は、高らかに笑った。
「お主の言うとおりじゃ、ワシは、兄より優れていると証明したかったのだよ。」
「そのために利用したゲルマニアが、実は利用されたふりをしていたと…。」
「そのとおりじゃ。」

「読みが浅いでおじゃる。」
 辛辣に、マゼランは横を向いた。
「…」
 ガストンは、苦笑をもらした。
「そのとおりだな、利用しているつもりが、いいように利用されてしまった。おかげで、わが国は終わりだ。」
「ゲルマニアは、この機会を狙っていたのだな。」
「これでは、わが領土も攻め込まれて、一巻の終わりでおじゃる。」
 マゼランは、暗い顔をして、敵ゲルマニア軍を睨んだ。
「そうだな、わが領土も安閑とはしておられん。」
 シェルブール伯爵も、マゼランに同意する。
「では、帰って門を閉ざして篭城するか?」
 ガストン=ド=オルレアンは、ぼそりとつぶやいた。
「それも無理でおじゃる。わが兵力では、対抗できんでおじゃる。」
 マゼラン領の兵士は約二千ほどである。
「兵士の数が違いすぎるからなあ。」
「八方塞りでおじゃる。」

 窓からは、ひしめき合うゲルマニア軍二万人の兵士が並んでいる様子が見てとれた。
 いつでも総攻撃に移れる状態で、今か今かと突撃命令を待っている。
 マゼランのバリスタを警戒して、一旦、様子を見るようだが、油断はできない。
 と言うか、絶体絶命を絵にかいたような状態である。
 じりじりと、その巨体を進ませる、巨大な竜のようにゲルマニア軍は、王都の陥落を求めて歩を進めようとしている。
「あのように、王都の前面にまで敵軍を迫らせるとは、失策もここに極まれり。」
 マゼランは、眉間にしわを寄せた。
 ガストンは、蒼い顔をさらに白く染めた。

 がらんとした王宮は、まさに死に体である。

 暗い部屋には、ガストン王の自戒を込めた笑いが、くつくつと響いた。

 それが聞こえるほど、王宮は静かなのだ。
 近従、大臣などみな逃げ出してしまったようで、誰の声もしわぶきも聞こえない。

「神にでも祈るか?」
 ガストンは、自嘲をこめて傍らの、オシリス神像を見上げた。
 オシリス女神をかたどった、うつくしい大理石の神像は、やさしく微笑んで三人を見下ろしている。
 その白いほほには、怒りの色はない。

「それはよいお考えですね、ガストン。」
 ティリスは、我慢できなくて声をあげていた。
 王として、あまりに情けない様子に、黙って聞いているのもいやになっていた。
 端的に言えば、あきれていたのだ。
 温厚を絵にかいたような二人の聖女がである。

 王国が、カズマが守ろうとした王国が、こんなかたちで裏切られる。
 ティリスは、ただ悲しかった。
 アリスティアは、騎士の子として、ただ情けなかった。
 自分の信じてきた道が、こんなにももろいものだったのかと…
「女の道は一本道…」
 ティリスの声に、アリスティアは振り向いた。
「亭主くらいは信じてあげましょうよ。」
 アリスは、目にいっぱいの涙を浮かべて、うんうんと頷いた。


 二人が、カズマを励ましまくったことは、想像に難くない。





 まあ、そんな訳で、ゲルマニア帝国軍は、カズマに撃退された訳なんだけど。

 問題は、イシュタール王国に、国王が不在となってしまったことなのだ。

 ヘルムートは、すでに国王に返り咲く気がまるでない。
 血縁である、ガストンもいない。
 ガストンの子、二男ロイ=ピエール=オルレアンは震えあがって、レジオからいずれかに逃げているようだ。
 長男は、これも戦場で行方知れずになっている。
 戦闘にまきこまれて、野辺の露となっているのか…

 ヘルムートの娘、アンリエットは十二歳、スエレンは十歳。
 宰相トルメスが補佐をするにも、幼なすぎる。

 カズマは、頭を抱えてしまった。

「お主が国王をやればよいでおじゃる。」
 マゼランは、平気で無茶を言う。
「そう言うわけにいくかよ。」
「しかし、お主がゲルマニアを撃退してしまったではないか、そのうえ身代金まではいるのじゃぞ。」
「う~ん。」
「われらにどうせよというのじゃ。」
「いや、しかし、俺はロワール海岸に新しい街を作ってしまったんだよ。」
「それも含めて、統治すればよいでおじゃる。」
「無茶言うな、どれほど離れていると思う。」
 鳩首会談は、堂々巡りになっていた。

「お屋形さま、お茶でもいかがですか?」
 横合いから、ティリスがワゴンを押して現れた。
「おお、そうだ。少し休もうぜ。」
「それもそうでおじゃる。」
「カズマ、酒はないのか?」
 シェルブール伯爵は、手をくいっと揺すった。
「リンゴ酒(シードル)くらいならあるぞ。」
「お茶もいいが、俺は酒が欲しい。」
「そうか?ほら。」
 カズマは、リンゴ酒の瓶を出して、テーブルに置いた。

「お屋形さま?」
 アリスティアが、テーブルにクッキーを置きながら、カズマに声をかけた。
「なんだ?」
「いっそのこと、帝国に売却なされてはいかがですか?」
「はあ?」
「帝国は、王国の領土が欲しいのでしょう?」
「そりゃまあそうだが…」
「ならば、適正価格でおわけすれば、万事解決ではありませんか?」
「ふむ…」

 選択肢が一つ増えた。

「だいたいな~、なんで俺が王国の行く末を考えなきゃいけないんだ?」
 カズマは、お茶のカップを両手で持って、ぶつくさ言っている。
「いまさらそれを言うでおじゃるか?」
 マゼランは、呆れた顔をして、カズマに聞いた。
「だいたい、お前が帝国軍を撃退しちまったのが原因だろうが。」
 シェルブール伯爵は、シードルの入ったコップに口を付けて、目だけでカズマを見た。
「そうなの?」
 カズマ絶句。
「そうでおじゃる、あのまま王都を陥落させれば、この国は消えていたのでおじゃる。」
「そうそう、風前の灯だったわけじゃないか。」
「じゃあ、俺、余計なことしたのか?」
「まあ、王都の住民や兵士が死ぬことはまぬがれたわい。」
「そうだな、平民の命は助かったな。」

 マゼランは、紅茶のカップに目を向けて言った。

「それに、カズマが来てくれなければ、我らの命も消えていたでおじゃる。」

 二万人対四千人では、どうにもならんな。
 城門も破壊されていたし。
 風前の灯というやつだ。


 カズマは少なくとも、盟友の命を救うことはできたのだ。
「そのことには感謝しているぞ。」
 シェルブール伯爵も、頷きながら言った。
「それなら、余計なことじゃなかったんだな。」
「まあそうでおじゃる。」
 いくら勇猛果敢なシャルル=ド=マゼランと言えども、帝国軍二万を相手にどう戦うかはあまり考えられなかった。
 籠城戦と言うものは、援軍ありきで考えるものだ。
 孤立無援の王都では、じりじりと削り落されて行くのが目に見えている。
 抵抗は、まさに無意味。
 籠城などしてもしかたがない状態なのだ。

 王都には、いまだに三十万人の住民が残っていたが、徹底的に抵抗できるかは未知数だし、住民が戦えるかもわからない。

 カズマが鍛えた陸軍の三百人余りと、近衛の二百人が頼りになるだけだ。
 それを思えば、マゼランとシェルブールが生きているのは、奇跡に近い。

「あ~、もう!めんどくさいでおじゃる!この行く末は、カズマに任せた!」
 マゼランは、乱暴にテーブルをたたくと、シェルブール伯爵の酒瓶を奪い、自分の空になったカップに注ぎこんだ。
「ぷは~!うまい!」
「そりゃあうまかろうぜ、ぜんぶ丸投げとは。」
「お屋形さま~、もうじき夕食です。じっとしていては良い考えもうかびませんよ、少し休みましょう。」
 ティリスは、アンジェラを抱いて現れた。
「おお!この子がアンジェラ姫でおじゃるか、かわゆいのう。」
 アンジェラは、物おじせず、マゼランの髭を引っ張った。
「あひゃひゃ、これもっとやさしゅう。」
「そうだな、堂々巡りになってもアカン。休むぞ。」

 カズマは、新レジオ(名前はまだない。)に居るヘルムートに事の次第を告げた。
 ガストンの自決もふくめて、すべて教えた。
「ガストン…」
 そのうえで、彼の遺骸への対面を自分で決めるよう促した。
 ヘルムートが悩んでいるうちに、恵理子やトラの居るサンルームに向かい、赤子の顔を見る。
 まだ、名前もない赤ん坊だ。
「お、お屋形さまだにゃ。」
「ただいま、トラ。」
「おかえりなさい、お屋形さま。」
「ただいま、恵理子。」

 カズマは赤ん坊を抱き上げた。
「お屋形さま、はよう名前を決めなアカンでしょう。」
「そうやな~、どうしようかなあ?」
「日本の名前にしはるの?」
「そのほうが、ええんとちゃうかな?」
「お前の希望は?」
「そうやな~、琢磨って言うのはどう?」
「タクマか~、えんちゃう?語感もええし。」
「ほな、この子はタクマくんや。」
「おっけー、タクマ!おおきくなれよ。」
 生後何日かの赤ん坊である、首も座っていないので、慎重に抱いているところ。

「ふにゃ~。」
 タクマは、たよりない鳴き声を上げた。
「はいはい、おっぱいやね~、まっててや~。」
 恵理子は、そそくさとタクマを受け取り、胸をはだけた。
「う~ん、そうやって授乳しているところを見ると、お母さんしてはるなあ。」
「そりゃまあ、ウチがママですよって。」
「不思議な気分や。」
「十八の小娘に赤ん坊産ます方が、不思議やと思わへんのかいな?」
「それは、産める環境ならええやん。」
「産める?旅の夜空で?ええかげんにしときや。」
「はあ、すんません。」

「まあええわ、こうして落ち着いて育児に専念できる環境になったし。」
「ああ、それは大丈夫やろう。」
 ホンマかいなあ?

 カズマは、ベスとマリアをたずねて、厨房に向かった。
 ちょうど、チコとチグリスも来ていた。
「おう、カズマ王都はどうなった?」
「かくかくしかじかで、二万人の捕虜を捕まえた。」
「どわ~!二万人!」
「それよりも、王都の政治ががたがたで、どうしようもないんだ。」
 カズマは、四人に現在の状況をかいつまんで説明した。


「は~、そりゃあお屋形さまがなんとかするしかないねえ。」


 ベスは、こめかみに指を当てて、目をつむった。

 眉間に縦じわが寄っている。
「そうですねえ、そのままでは危ないですから、お屋形さまが何とかして差し上げないと。」
 と、こちらは、マリア。
「まあ、あたしが着いて行ってあげるから、なんとかしよう。ウォルフもいるしさ。」
「まあ、チコならうまく使ってくれるだろうさ。」
 ベスはからからと笑った。

 は~、チコだけが頼りだよ。

「お屋形さま、メルミリアス様に相談されてはいかがです?」
 チコは、いま思いついたように声をかけた。
「メルミリアス?ドラゴンがなにをするんだよ。」
「だって、何千年も生きている、伝説の竜ですよ。」
「まあ、人間よりは知恵があるか…」
「そうですよ、エンシェントドラゴンなんですから、いい知恵もでようってものです。」
「ま、参考にさせてもらうさ。」
 あまり気のないカズマである。

 前国王、ヘルムートは、館の前で、海に沈む夕日を見ていた。
 ざっくりしたシャツと、黒いズボンと言うラフな格好だ。
「…カズマか。」
「ああうん。」
 ヘルムートは、海に顔を向けたまま、カズマに話しかける。
「私とガストンは、二つ違いの兄弟で、ほとんど一緒に育った。」
「…」
「あれは、あれなりに国を心配していたのだろう、まじめな弟だった。」
 ヘルムートは、夕日にほほを光らせていた。
「カズマよ、私を王城に連れて行ってくれ、弟を葬ってやらねばならん。それは、兄たる私の務めだ。」

 ヘルムートの見つめる先には、子犬のように駆けまわる幼いガストンや、シャルルの姿があった。
 それは白い影となって、波間に消えて行った。

「そうだな、丁重に葬ってやろう。壊れた教会もなおしてやろう。」
「できれば、その教会の礎にしてやってくれ。」
「承知。」

「それがすんだらな、カズマ。」
「うん?」
「お前に国を譲る。」
「ヘルムート。」
「好きなようにせよ、私はここでただのヘルムートとして暮らしたい。」
「無責任だな。」
「お前ほどではないわ。」
「ちげぇねえ。」
「…」
 ヘルムートに見つめられて、赤くなった夕日は海に消えていった。
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