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第一〇七話 生きるべきか…
しおりを挟む「プルミエ師匠~。」
「なんじゃ、ラル、妙な顔して。」
領主館のサンルームには、プルミエ師匠(永遠の十四歳)と第三聖女の恵理子がいた。
恵理子の腕の中には、息子のタクマが抱かれている。
プルミエは、そんなタクマをあやしながら、にこにことお茶を飲んでいる。
「いや~、昨夜から肘や膝が痛くて、声もがらがらになってきたんだ、ヒールかけて。」
「ああ?そんなもんヒールで治るものではないぞ。」
「ええ?」
「あのなあ、それは成長痛と声変わりじゃ、ヒールなんぞかけてもよけい悪化するワイ。」
「そ、そうなの?」
「まあ、しばらく我慢するのじゃな、三日もすれば治る。」
「まあ、ババさまが言うんだから、本当だな。」
「だれが婆じゃ!」
横から杖が飛んできた。
「いて!」
それを見て、タクマはきゃっきゃと笑っている。
ラルにしても、避けようと思えば簡単に避けられるのだが、ここは素直にもらっておこうと思ったのだ。
「かなわんなあ、それでなくても手足が痛いのに。」
「ま、それは大人になる通過儀礼じゃ。おおいに受け取っておくのじゃの。」
「そうかなあ?」
「ああ、今夜あたりから、ものすごい立ち眩みが来るぞえ。あまり動きまわらぬようにのぅ。」
「げげ~、このうえめまい?」
「ああ、成長痛に伴って、貧血がおこるんじゃ。たぶん、養分が骨に取られるからじゃろうなあ。」
「うげ~、兄ちゃんはそんなこと教えてくれなかったよ。」
「まあ、いまのお前を見れば教えてくれるじゃろう。」
「それじゃ遅いっての。」
「くすくす、ラルは、お屋形さまのことを本当に信頼してはるんやなあ。」
「そりゃあそうだよ、一緒に死線をくぐった中だぜ。」
「おやまあ。」
「ラルさま、お茶ですにゃ。」
メイドのタマがやってきた、この子はトラの仲間で、ものすごく俊敏だ。
「ありがとうタマ。」
タマは笑って下がって行った。
「じゃあ、二~三日狩りに出ない方がいいね。」
「そうじゃな、その辺で魔法の練習でもするかの。」
「そうするよ、ああ、兵舎に行って剣の練習をしよう。」
「それはいかんよ、めまいが来た時危ない。」
「そうか~。」
「ラル、たまには読書でもしはったら?そう言う勉強も必要やよ。」
「わかったよ、おとなしくしてる。」
ラルは、お茶を飲み干すと、サンルームを出て行った。
「あの子も、そう言う時期なんですねえ、お師匠さま。」
「そうじゃのう、最初はひょろひょろのやせっぽちじゃったが、たくましく育ったものじゃ。」
「士別れて三日なれば刮目して相対すべしというやつやろなあ。」
「なんじゃそれは、わしは五百年生きておるが、聞いたことがないぞ。」
「ああ、ウチの国の隣の国の格言です。呉の呂蒙と言う武将が、主君に言われて歴史の勉強をしたそうなんです。」
「ふんふん。」
「それを聞いた学者の魚粛は、ばかにしていた呂蒙がどれほど勉強したか見に行くことにしました。」
「ふむ…」
「武骨一辺倒だった呂蒙が、勉強してすばらしい見識を得たのを目の当たりにして、魚粛は大変喜び、褒めたそうですが。」
「 」
「呂蒙は、士別れて三日なれば刮目して相対すべしと返したと言う逸話です。」
「なるほどのう、よくできた話じゃ。」
「これを日本では、男子三日会わざれば刮目して見よと訳しました。武士階級の戒めにしました。」
「武士?」
「まあ、騎士のような人たちです。」
「それは、いい教訓であるな。」
「関羽将軍たちに比べて、あまりいい話のない呂蒙将軍ですが、この話だけは有名なモノとなりました。」
「いや、ワシ、そんな将軍知らんし。」
「あはは、そうですね。おや?タクマはおむつかな?」
「おうおう、どれワシがしてやろう。」
「あら、お願いします。」
孫を見つめるおバーちゃんの目で、プルミエはやさしくタクマを抱き上げた。
「うるさい。」
ラルは、ボルク(十二)と広場で土魔法の練習をすることにした。
領主館からは、それほど離れていないが、家も少ないので土の広場は馬が走れるほど広い。
「ランドランサーは、魔力によって長さも固さも変わるんだ。」
二人は広場の隅に座り込んで、土をこねていた、
「ふんふん、しかし、聞きとりにくい声だな~、兄ちゃん。」
「うるせ、すぐ治るわ。」
「へいへい。」
「ボルクはトゲが出せるようになっただろう、だからそれをこう長くするんだ。」
にゅるにゅると、地面から持ち上がる土のトゲ。
「ふえ~、すげえ。」
「これに、硬化の魔法をかけると、固くて刺さりやすい槍になる。」
「うん。」
「やってみろ。」
「はい。」
「えっと、こうかな…」
ボルクは三〇センチほどのトゲを、伸ばそうと四苦八苦している。
「いいか、これを頭に入れろ。」
ラルは、一メートルほどのランサーを持ち上げて見せた。
「うわ~、かっこいいなあ。」
「魔法はイメージだ、こういうかっこいい奴になるように、頭で考えろ。」
「かっこいいやつ~かっこいいやつ~。」
考えているうちに、槍はぼろぼろと崩れて行く。
「ああ!」
「まだまだ、魔力が尽きるまでやるぞ。」
「はいっ!」
広場の手前でのぞいていたカリーナは、そっと近づいてきた。
「やってるわねー。」
「なんだカリーナか、勉強は終わったのか?」
「ええ、今日はベスおばさんのお料理教室だったのよ。」
「へえ、今夜のメニューが楽しみだな。」
「そうね~。」
カリーナは、あさっての方向を見て、相槌を打った。
「なんだよ、失敗か?」
「ううん、ちゃんとできたわよ、ほらこれ。」
カリーナの差し出したハンカチの包みは、バターのいいにおいがする。
「おお?」
「ビスケット焼いてきた。」
「いいねいいね、ボルク、一休みしよう。」
「?」
ボルクはカリーナの居る木の陰にやってきた。
「よ~し、じゃあテーブルを作る。」
ラルは、土を集めてテーブルを形成する。
直径六〇センチくらいのテーブルができあがった。
「こーれーに、硬化をかけるとできあがり~。」
鼻歌交じりに形成して、硬化をかけるラルに、ボルクは憧れを持って見つめている。
「すげーなー兄ちゃんは、鼻歌しながら作るのかよ。」
「まあな、このくらいは余裕でできないと、魔物に勝てないじゃん。」
「そうか。」
「ボルク、椅子作ってくれ。」
「ああうん。」
ボルクは、地面から土を集めて丸い椅子を三つ作った。
「よしよし、いいできじゃん。硬化はかけられるか?」
「もう少し…」
「じゃあ、カリーナだ。できるか?」
「わかった、こうね。」
ボルクの作った椅子に、硬化をかけるカリーナ。
「えっと、この中に…あった。」
革袋の中から、お茶セットを取り出すと、ポットにお湯を入れる。
「え~、熱湯が出せるの?」
「ああ、練習した。これがあると便利だろう?」
「そりゃまあ、でも、魔力は?」
「余裕だよ。」
ラルの作ったテーブルは、天板のはしに飾り彫りのある立派なものである。
木陰は、ちょっとしたオープンテラスのようになった。
ラルの出した皿に、ハンカチごとビスケットを乗せるカリーナ。
「ホイお茶。」
「ありがと。」
「ほい、ボルクも。」
「あ、ありがとう。」
「で、今日はなんでこんなところにいるの?」
「プルミエ師匠に、三日は外に行くなと言われてさ、読書も飽きたし。」
「ふうん、それはそのかすれた声に原因があるの?」
「そう、声変わりだってさ。」
「なによそれ。」
「大人の声になるんだと。」
「ふうん、楽しみね。」
「楽しみって、肘も膝も痛くてさあ、寝られないんだよ。」
「ああ、成長痛?」
「そう!こんなひどいなんてさ!」
「でもいいじゃない、そう言うことを教えてくれる大人がいるってさ。」
「そうか?」
「あたしたちなんか、孤児院ではそんなこともわからずに、死ぬんじゃないかと不安だったわ。」
「そんなもんかなあ。」
「やっぱり、大人ってすごいわ、プルミエ師匠は規格外とはいえ、お屋形さまだって反則よ。」
「まあな、鼻歌交じりに教会作っちまうからな。」
「あれはあきれる。」
「「「あははははははは」」」
「あ!いたいた!なによカリーナ、あたしを置いてきぼりにして。」
スカートをひらりと翻して、ポーラがやってきた。
「あらポーラ、後片付け終わったの?」
「当番だもん、やるわよ。」
「あはは」
「ほいお茶。」
「ありが…椅子がないわ。」
「お前、得意じゃん。」
「はいはい、にょにょっと。」
軽く練り上げて、細い足の背もたれ椅子が出来上がった。
「硬化~。」
「姉ちゃんもすげえなあ。」
「ボルクだって、すぐにできるようになるわよ。」
「どうして?」
「あんたには、完成したモノが目の前にあるじゃない。それが頭の中にあるということは、再現もできると言うことよ。」
「イメージ?」
「そう、魔法はイメージが大事!お屋形さまがよく言ってるでしょ。」
「そうか~。」
みなお茶のカップを持って、こしゃこしゃと話し始めた。
「それはそうだけど、やっぱ魔力の流れがな、うまくつかまないと無駄になるぞ。」
「そこがよくわからないんだよ。」
「まあなあ、魔力交換やってみるか?」
「魔力交換?」
「やだ、アレ?」
カリーナが顔を赤くする。
「アレはねえ。」
ポーラも、動揺している。
「なんだよ、カリーナ。」
「あれはねえ、仲良しの男女でやるもんなんだよ。」
「はあ?あんなもん、魔力の出方を覚えさせるためにやるもんだよ。俺も、お屋形さまに指導してもらったもん。」
「やだあ!」
「びーえる~!」
「アホか!」
「だって、ねええ。」
二人は、顔を見合わせて赤くなる。
「変な奴だな。」
「アレやると、むっちゃ気持ち良くならない?」
「ならない。お前らのやり方がヘンなんじゃないか?」
「「ええ~!」」
え~、魔力交換は、強い人にしてもらうと、自分の魔力が引き上げられます。
同じくらいの魔力だと、性感帯が敏感になります。
原因はわかりません。
「ちょっと、お師匠さまに聞いてみましょうよ。」
「そ、そうね、おかしいわ!」
二人は、あたふたと領主館に向かって駆けだした。
「変なやつらだなあ。まあいい、ボルク手を出せ。」
「こう?」
ボルクは片手を出した。
「両手だ阿呆。一本で循環するか。」
「ちゃんと言ってよ。」
「ああうん、悪い。」
ラルは、ボルクの両手を握って、右手から魔力を流し、左手に戻るように循環させた。
「うあ、なんかくすぐったいな。」
「いいから、それが魔力の流れだ、よく感じをつかめ。」
「う~ん、これ、かな?」
ボルクは、目をつむって自分の内部に集中する。
「そうだ、わかるか?右手から左手。」
「うん、右手から左手…」
ぐるぐると循環する魔力は、やがてお互いの魔力パイプを押し広げてゆく。
「わかった、わかったよ。」
「そうか。」
ゆっくりと手を放す。
「わかった、こうだろ?」
ボルクは、目の前でランドランサーを組み上げて見せた。
「おお!それだ!それに硬化をかけろ!」
「うにゅにゅ!」
かきーんと、効果音付きでランサーの硬化が仕上がった。
こんこんと、棒きれでたたきながら、固さの確認をするラル。
「できてるじゃないか、ボルク、合格だよ!」
「すげえ!ラルにいちゃんと同じものが作れた!」
じっさいには、まだまだのモノなのだが、ここは武士の情けである。
ラルも、頷いて祝福することにした。
「よし、それは大事に部屋に飾っておけ。」
「うん!そうするよ、ありがとう兄ちゃん!」
ボルクは、出来上がったランサーを持って駆けて行った。
「ふむ、じゃあボルクに追いつかれないように、俺の修行をするか。」
成長痛に悩まされて、城壁からの外出を止められているラルは、魔法の練習しかできないのだ。
「この前から練習してる長屋なんだけどなあ、どうも屋根の連結がうまく行かない。」
ラルは、椅子に座ったまま、目の前の地面を見つめる。
「こい、こい、こい…」
練り上げた魔力は、意外と大きい、少年のモノには見えないな。
「それ!ビルドハウス!」
ぎゅい~ん!
魔力の放出に合わせて、地面が盛り上がり、五軒連結の長屋が出現する。
が、はじの方がぼろぼろと崩れて行った。
「ああ!やっぱ足りないか…」
四軒までは成功している。
余剰分で最初から硬化をかけているので、そう簡単には崩れたりしない。
家の中に入ってみると、床もきれいに均されていて、すっきりとしている。
窓などは、枠をはめ込むための溝まで再現されている。
「ここまでできたら、あともう少しなんだがなあ。」
そのもう少しが、なかなか進まないものだよ。
ラルのイメージが及ばない部分があるのだが、それはカズマの持っているイメージ補正と言う感覚がイマイチ理解できていないからなのだ。
ラルは、できるだけきっちりやりたい性格だが、そうすると隅々まで神経が行きとどかないと気に入らない。
あとで補正をかけることができるのが、魔法の強みなのだが、それが理解できていないのだろう。
ここんところは、試験にも出ないので、わすれてけっこう。
まあ、ラルの年齢を考えれば、ここまでできる基本能力に驚愕するのだが。
それは、本人にはまだ言わない方がよさそう。
「ぐわ~、肘が痛い!」
ラルは、長屋の前で座り込んで、肘を抑えた。
「あ~あ、困ったもんだよなあ。」
自分でもわかっているのだが、頭脳で考えることと、感情は別物だ。
「いてーものはいてーよ!」
はいはい、日は中天にかかろうとしている。
「腹減った、そろそろ昼ご飯だ。」
そうだな、領主館に戻ろうか。
痛む肘に気を遣いながら立ち上がると、頭の上からすうっと白いモノが降りて来て、足に向かって血が下がるのがわかる。
「あ、来た。」
ひざががくがくして、目の前が真っ暗になる。
「うあ!」
そのまま、膝から崩れるように、その場に座り込んだ。
頭の中が真っ白で、何も考えられない。
数秒か、数十秒後にやっと血が上がって来る感覚があって、ラルは目を開けた。
「すげえ、こんなすげえ立ち眩みがくるのか。」
ラルは、笑う膝をかかえて、くすくすと笑った。
「すげえすげえ、頭の中がちりちりする。」
いまだかつて、味わったこともないような感覚。
ラルは、すっかり面白がっていた。
それでも、その場で立ち上がると、領主館を目指して歩き出した。
「ババさま~、立ち眩みがきたわ~。」
開口一番、プルミエに報告すると、杖が飛んできた。
「だれが婆じゃ!」
「五百年も生きてりゃ、男ならジジイ、女ならババアじゃねーか。」
「うるさいわ!」
杖はまたしても、ラルの頭を狙い、こつんと音がする。
「なんじゃ、いい音がするのう。中身はいってるのか?」
「はいっとるわい!」
食堂ではみんながそれを見て、笑っている。
そこへ、恵理子がタクマを連れてやってきた。
「じゃますんで~。」
『じゃますんなら帰ってや~。』
「あいよ~ってぇ!なんでやねん!」
定番であった。
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