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第一〇八話 国を継ぐもの
しおりを挟むアンリエット姫は十二歳を迎え、ますます王妃に似てきた感がある。
このまま行けば、早晩宮廷の花となるだろう。
しかしながらこの姫さま、ガイエスブルクにあってお外での遊びに夢中のあまり、こんがりと焼けていらっしゃる。
まさに小麦色の姫。
あ~あ、どないすんねんな。
総理大臣、右府様と呼ばれ始めたカズマは、そんな姫を宮廷闘争に放り込むかどうかで悩んでいた。
ありていに言えば、山出しの姫である。
海千山千の貴族たちにかこまれれば、簡単にだまされて利用されてしまうだろう。
近衛の将軍、シモン=ジョルジュは、仰々しく城の執務室に入ってきた。
「おとど。」
「なんだジョルジュ、ノックもなしかよ。」
「まあそう言うな、オルレアンのバカ息子の行方が知れた。」
「はあ?いまさらなんだ?」
「スオミの国の、北部の寒村にいるそうだ。」
「ふむ、そうか、捨て置け。」
「いいのか?返り咲きを狙うとか、担ぎあげるやつが居ないとも限らんぞ。」
「もしあれを担ごうとするものが現れたら、好都合だ。闇から闇に片づけてしまえ。」
「おい、ぶっそうだな。」
「公式発表は、死亡だ。いまさら担いでなんになる?アンリエット姫は、正当な王位継承権を持つぞ。」
「それはまあ、右府どのがついているのだから、不安はないが。」
「が?」
「混乱のタネを見捨てておけるものか?」
「ふむ、ならば彼には、新しい名前をくれてやってはどうだ?」
「ふむ。」
「ジャン=ポールとかカジモドとか。」
「庶民の名前でか?」
「もちろん、性もなしだ。」
「それならば…」
「だいいち、この混乱したイシュタール王国で、どうすれば王位簒奪などと言う、バカげた思考に走るかな?」
カズマは、ため息と共に吐き出した。
「それはそうなんだが。」
シモン=ジョルジュ近衛将軍は、眉間にしわを寄せてうなる。
美男子がそう言う顔をすると、やけに色っぽいから始末に負えない。
これで、また何人の宮廷夫人が失神することか。
「シモン=ジョルジュ、考えすぎるな、彼はもう過去の人だ。ましてや、親父は反逆者の汚名をかぶっている。」
カズマも淡々とそれに答えた。
「…」
「もし、担ぎあげたら、そのとたんに踏みつぶされるぞ。」
「御意。」
「捨て置け。」
シモン=ジョルジュは、だまって部屋を出た。
思うところもあっただろうが、それは部下として内々に処理すればよいことだ。
シモン=ジョルジュは、影に指令を出すことにした。
シモンが部屋を出たところで、内大臣マゼランとすれ違う。
「これは内府どの。」
少しおなかも出て来た、偉丈夫に声をかける。
「おお、近衛殿でおじゃるか。息災じゃのう。」
マゼラン伯爵は、いや、現在は侯爵に上がっている。
近くのレジオの町も、その支配下において隆盛を誇っている。
「は、内府どのもお顔の色がよろしいようですな。」
血色の好いマゼランの顔を見て、シモン=ジョルジュは安心したように息を吐いた。
「なに、よい酒をもろうたのよ。」
知ってか知らずか、マゼランはころころと笑ってシモンを見た。
襟のレースがゆれる。
「どなたに?」
「なに、右府どのじゃ。ガイエスブルクでは、よいカルヴァドスを作っておるそうじゃ。」
「ほほう、それは聞き捨てなりませんな。」
シモン=ジョルジュの目がきらんと光った。
マゼランは、くつくつと笑って、シモンに視線を向ける。
「なんじゃ?まだ家に帰っておらんのかのう?美しい奥方が、美酒と一緒にまっておじゃるぞ。」
美酒と聞いて、浮き立つ心を押さえながら、踵を返す。
「それはいかん、さっそく屋敷に戻るとしましょう。」
「おお、それがよろしかろう。」
マゼランは、頼もしげにシモン=ジョルジュを見送った。
こんこんと、開いた扉を軽く叩いて、マゼラン内大臣がやってきた。
「内府どの。」
マゼランは頷いて、カズマの前の椅子に座った。
「うまく追い返したかのう?」
人の良さそうな目をそのままに、右府どのに向けて言い放つ。
「まあな、首尾は?」
「うむ、クレルモン=フェランの山岳修道院に、一介の修道士として収容させたでおじゃる。」
「上々でおじゃる。」
マゼランは、鷹揚にうなずいて、窓の外に目をやった。
「夏でおじゃるな。」
「うん、そう言えば暑くなってきたな。」
「こうして、なにがあっても季節は巡って来るでおじゃる。」
「そうだな、殿さま、一度領土に戻ってはどうだ?」
「いや、ワシはもうじき隠居して、息子に代を譲ろうと思うでおじゃる。」
「むすこ?あんたんとこ娘ばっかりじゃなかったけ?」
「いや、娘婿でおじゃる。なかなかできた男でのう。」
「そうか、じゃあ、国政に集中してもらえるのか。」
「うむ、妻も王都に呼ぼうと思う。」
「へえ、そりゃあいい。」
「王城に仮住まいも、そろそろ不自由でのう。」
「そうだな、俺も聖女を呼ぼうかな?」
不自由なのは、マゼランばかりではない。
なにしろ、王城に詰めっぱなしで、ろくに風呂も入れない状態が続いている。
執務室を出ることもなかなかできない、不遇の状態である。
これは、宰相トルメスや内大臣マゼランなども同様で、軍隊でもないのに男くさい職場になっている。
季節は夏を迎え、むさくるしいことおびただしい。
「ふむ、全員か?」
マゼランは、立ち上がりながら問う。
「ああ、息子も見てないしな。」
「それはよいでおじゃる。そろそろ夜会のシーズンでおじゃるし。」
「夜会か…」
夏の暑い時期は、ガーデンパーティーなどはできないし。
比較的涼しい夜間に、社交を行うのだ。
「ま、金をかけずにうまくやるでおじゃる。」
「そうだな、花でも集めるかな。」
「ほほほ、よい考えでおじゃる。」
王弟オルレアンの息子は、カルカン族(トラの仲間。)の男たちが、秘密裏に処理してしまったようだ。
命があるだけマシなんだが、姫の従兄弟でもある。
身内はもう、両親と妹、そして従兄弟しか残っていないのだ。
王族にとって、身内と言うのは敵でもあり、味方でもある。
幼い姫にとっては、味方であってほしいのがカズマの心境である。
「トラ!」
「はいにゃ!」
「死なないように気をつけろ。接触は断て。」
オルレアン公爵の息子、ロイ=ピエールの去就については、まだ決めかねている。
だから、簡単に死んでもらっては困るのだ。
「はいにゃ、よく言いつけますにゃ。」
「よし、いけ。」
「御意!」
トラは、来た時と同じように、唐突に消えた。
「あらあら、トラはまた駆けているのですか?」
第二聖女、アリスティアである。
「なんだ、アリス。」
「ごあいさつですこと、ティリスは無事に出発しましたわ。」
「そうか、うまくやってくれるといいが。」
「人遣いが荒すぎでしょう。」
アリスティアは、鼻じろんでカズマをにらむ。
そんな姿も愛らしいから、この聖女さまは困ったものだ。
「そう言うなよ。」
「まったく、わたくしでもよかったのでは?」
「いや、こういうのはティリスでないとな。」
「信頼しているのね…」
アリスティアは悔しげだ。
「なんだ?」
「あなたのそんな老成したところがきらい。」
「どうせ中身はジジイだよ。」
「そういうことじゃないの。」
「お前は、俺のそばにいなくては、俺がさみしいじゃないか。どうした?」
アリスティアは、一瞬息を呑んで、その場で赤くなる。
「なんでもありません、そろそろお昼の時間ですわ。」
「もうそんな時間か?まったく時間の過ぎるのが早すぎる。」
マゼランは、そんなアリスティアの様子を好ましく眺めてから、カズマに言った。
「カズマは、満足することがないのかのう?」
「満足?してるがなあ。」
カズマは、しきりに首をひねりながら答える。
自分のことは、なかなかわらないものだ。
「ほほほ、限界値が高いのであろうよ。さて、食堂に動くとするかのう。」
「そうしよう、みなにも休めと言ってくれ。」
「かしこまりました。」
アリスティアは、嬉しそうな顔を崩さないまま、頭を下げてさがっていった。
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