おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

文字の大きさ
114 / 115

第115話 マリアの旅路②

しおりを挟む

 ロイ=ピエールさまは、嬉々としてレジオに入りましたが、そこにはほとんど人がいませんでした。
 もちろん、レジオのパンを生産する職人もおらず、劇場に踊り子は影もなく。
 サイレーンの世話をするものもなく。
 まさに廃墟のようだったそうでございます。
 しかも、詰所にいるはずの国軍の兵士たちは、すべて王都に戻ってもぬけの殻。
 レジオの常駐兵はひとりもいないときてます。

 ロイ=ピエールさまが屋敷に入ったところ、きれいに掃除が行きとどいていて、ちりひとつ落ちていなかったそうです。

 清掃の行きとどいた廃墟が、これほど恐ろしいものと初めて知ったと、随行のメイドが言っていました。
 聞きましたところ、レジオの住民は男爵さまを慕って、はるかダイアナ峡谷を越える旅に出たそうです。
 まあ、中の話だけ聞いていても、お屋形さまのなさりようは、いかにも貴族的で強欲に見えましたから、ちょっと引いてました。

 お嬢様は、あまり気にしていない様子でしたが、この話を聞いて手を叩いて笑っていました。
「まあ!ロイ=ピエール兄さまのお顔が見たかったわ!」
「お嬢様…」
「廃墟はいきょ!くくく、ああおかしい。」
「わ、笑っちゃロイ=ピエールさまに悪いですわよ、くく。」
「ザギトワだって笑っているじゃないの。」
「そりゃまあ、ここまでバカにされた話は、古今東西聞いたことがございませんもの。」
「ほんとうね~、私は男爵にもっと土魔法のお話を聞きたかったわ。」

 エリシアお嬢さまは、男爵とお話されたそうです。
「男爵さまのですか?」
「そうよ、あの方は、わたくしと同じように、魔法を攻撃に使わないのよ。」
「え?でもランドランサーの名手で…」
「いえ、攻撃以外の魔法の使い方に、重点を置いていらっしゃるの。」
「はあ…」

「だれが土ボコしかできない魔法使いを集める?そんな使い道のない魔法を。」
 土魔法の最初に覚えるのが、土をポコっと持ち上げる魔法、通称『土ボコ』です。
「土ボコですか、初歩の初歩ですね。」
「それを、たくさん並べて、畑の土をひっくり返すのに使ったのよ。」
「ははあ、お嬢様の魔法といっしょですね、土の中何センチで土ボコを起こせと言うやつですか?」
「ザギトワ、正解。そんなこと考える人が、わたくしのほかにいらっしゃるとは、意外でしたわ。」
「たしかに、魔法を系統立てて考えたのは、お嬢様だけと思います。」

 ここがエリシアお嬢様のすごいところ。
 人が思いつきもしないことに、あっさりと気が付いてしまう。
 有史以来、魔法は魔物を倒すためにあると、世間の人は信じていたようです。
 ですから、攻撃に使えない魔法は、用なしと言われ続けてきました。
 まあ、水が出るとか、火が付くとかは、使用人としては使い道がありますが。
 レジオ男爵は、大規模な土ボコを行い、ヘクタール単位で畑をひっくり返すことができたそうです。
 すごいですね。

 公爵さまは、大々的に領民の移住を決め、レジオに住民を送り込むことにしました。
 まあ、九十七万石の大所帯です、たかが一万人の住民を送り込むことなど、造作もないことでしょう。
 その住民が不満を持たなければですが。
 さすがロイ=ピエールお兄さま。
 領民には、『何月何日、レジオに移住せよ。』というお触れを、なんの前触れもなしに出しました。
 そのうえ、その作業を、下級の役人に丸投げしました。
 そりゃあ、彼はなにも知りませんよ。
 ええ、家族五人が宿代がないからと、野宿をしなければならないなんて。
 オルレアンからレジオまでは、だいたい歩いて三泊四日での移動になります。
 その間の、荷馬車代や食事代や、そんなものは誰が出すんでしょうか?

 答え:住民

 あのオルレアン公爵さまをして、『移動にいくら持たせたか?』とお聞きになったのに。
 ロイ=ピエールさまは、『なんでですか?』とお聞きになったとか。
 完全な世間知らず。

 金貨一枚で、なにが買えるかもご存じない。
 彼は、豪華な馬車での移動でしたが、歩いて移動する領民たちには、水の一滴もお金だと言うことです。
 さてさて、レジオに移り住んだ領民は、何を思ったことでしょう?
 整備された町並み、強化された城壁、広大な農地。
 レジオは、オルレアンから比べて、はるかに豊かな土地でした。
 ただ、それを活用する技術だけが欠落した。
 どこをどうすれば、作物が実るかすらわからないのです。
 初年は、旧レジオ領民が整備したので、畑も活用できましたが、その後は広すぎて耕こすこともできない畑。

 水車が外された水車小屋は、水を汲み上げません。
 用水に、どうやって水を流すのか?
 サイレーンにはどんなエサを与えるのか?
 すべてがわかりませんでした。
 街角に立つ交番には、一人の兵士もいませんから、街の治安が守られません。
 ならず者も、多く逃げて来ましたから。
 レジオで一旗上げたい貧民は、着の身着のままでやってきました。
 また、担当役人がサボって、スラムの住民を重点的に追い出したとしても、だれも気が付きませんし。
 そういった人たちが、何をおこすか?
 レジオの治安は、一気に最低になったそうですが…

 そのころ、オルレアン領都に、繁茂に黒い軍服を着た使者が来るようになりました。
 こちらからも、書簡を持った使者が何度も走り出していました。
「なんでしょう?」
 お嬢様も、あまり気にしていない様子ですが、そのうちになかなか立派な装飾の馬車もやって来るようになりました。
「今夜は晩餐会があるわ。」
「はい、準備ができておりますよ。先に湯あみをすませましょう。」
「わかった。」

 エリシアさまは、あいかわらず細くて、言うならばガリです。
 ガーリーならよかったんですけどね。

 話題は、次女エルファさまの腰入れについてでした。
 なんでも、ゲルマニア帝国公爵のオットー=フォン=リューデスハイムさまのご長男、オスカーさまがお相手とか。
 濃い栗色の髪をして、スミレ色の目をしたなかなかの偉丈夫。
 画家が美化したとしても、そこそこ見られるお顔ですね。
 王国としても、外交上これは大変めでたいと、認められました。
 ご婚礼は、半年後となり、めでたく婚約の儀は相調いました。
「おめでとうございます、エルファ姉さま。」
「ありがとう、エリシア。あなたも、もうすぐね。」
「私のようにみすぼらしい娘は、良縁など望めません。」
「なにを言うのよ、あなたは栄えあるオルレアン侯爵家の三女なのよ、堂々と王家にだって嫁げる身の上なのよ。」
「ええまあ…」

「フォン=リューデスハイムさまだけでなく、帝国の貴族でもいいわね。」
 二女エルファさまは、妹の嫁ぎ先にもご執心のようすです。
「まずは、お姉さまのご成婚ですよ。」
「それもそうね、いいわ、私が良縁を見つけてくるわ。」
 期待しないで待ちましょう。
 帝国のお使者は、ほくほくしながら帰って行きました。
 よほどいいお土産を貰ったのでしょうね。
 お屋形さまは、帝国とのつながりが強くなったことで、かなり強力な野心を見せはじめました。

 帝国の後ろ盾をもって、政権をひっくり返すのが、最終目的となったようです。
 メイド間の、給湯室ネットワークでもって、お屋形さまの周囲がざわつくのを、いち早く把握しました。
 お嬢様は、どう思うのでしょうか?
「まあ、長続きはしないと思うけど、やってみれば気が済むんでしょう。」
 と、冷淡ともいえる意見を出しました。
「でも、外戚のバロア侯爵さまも、参加なさるんですよ。」
「バロアのおじさまは、読みの浅さでは定評がある人です。」
「はあ。」
「お父様も、楽観的な読みでは、負けていませんし、このクーデターは長続きしません。」
「そうでしょうか?」
「問題は、帝国がどう出るかでしょう?」
「はあ?どうしてそこに帝国が?」

「あたりまえでしょう、帝国がお父様に肩入れするのは、この国の支配権をどうむしり取るか考えているからでしょう。」
「ひい!それでは、王国が帝国の属国に?」
「そうなりますね。」
 ちょっと!そこで冷静に返さないでくださいよう。
 この公爵家も、生き残れるんですか?
「さて、どうでしょうね?」
「いいいいやですよう、お嬢様。」
「さいあく、自害も視野に入れておきましょうか。」
「ごくり。」
「帝国兵に乱暴されるのもいやでしょう?」
「いいいいやでございます!」
 まだ恋もしていないのに!
 この身を汚されてなるものですか!


 次女エルファさまのお腰入れのあと、帝国兵はやってきました。


 領地を縦断し、乱取りを重ねながら、領都を素通りして王都に向かったのです。
 なぜ、領都を蹂躙しなかったか?
 現王が、まだ生きていたからでしょう。
 街道辻は別にして、領館のある領都を蹂躙しては、後味の悪いことになります。
「新参のヨメの言うことなど、聞いてくれるような帝国貴族は居ないということです。」
「そのようですわね。」
 荒廃した領土は、半分が荒れ果てて、来年をどう乗り切るか、家老たちは真剣悩んでいました。
 収穫量が半分ということはないでしょうが、人馬に踏みしめられた畑は、当然労力が倍近くかかります。
 ご家来衆も頭の痛いことです。
 街道辻は、ほとんど踏み固められて、畑というより道になっていますし。


 すぐに、伝令が来ました。

 やってくれましたね、帝国軍は王都の手前二キロのところに陣を張ったそうです。

 お屋形さまは、まんまと騙されて、帝国軍を招き入れてしまったようです。
 なんということでしょう?
 王都は絶体絶命のピンチになってしまいました。

 …

 なんというか、ヒーローは来るべくして来ると申しましょうか。
 敵対していたあの人がやってくるとは…
 王都の住民五十万人を救うため、推参しましたよ、ええ!
 レジオ男爵さまですよ。
 二万人の帝国兵を、あっという間に捕虜にして、一人の犠牲も出さないという徹底ぶり。
 マゼラン伯爵、シェルブール伯爵さまを従えて、男爵さまが勝鬨を上げるとは、ヨモスエですね。

 帝国から、捕虜の身代金をさんざんふんだくったそうです。

 なにやってるんですか?あの方は。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...