捨てられた令嬢と幽霊王子

柊木 ひなき

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12. 20日目 魚と光魔法

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 青空の下で、パチパチと火の弾ける音がする。その周囲で、じゅわじゅわと脂を滴らせる魚。
 この魚は、レイスが川に強い光魔法を放って気絶させてくれたもの。この火は、光魔法を一点に集約して木の葉を焼いたものだ。

「レイスは、天才ね」
「だてに長く生きてないからね。ああ、もう死んでたか」
「笑い飛ばしづらいわ」

 そう言いながらも、小さく笑ってしまう。
 川魚は寄生虫が多いと本で読んだけど、レイスの光魔法で消滅したらしい。私の補助魔法が、丸ごと食べられると示していた。


「でもまさか、アリィが魚を手で掴めるとは思わなかったよ」
「魚くらい平気よ? 納屋にいた虫よりよっぽど可愛いわ」
「君の境遇は悲惨なのに、憐憫より賞賛したい気持ちになるなぁ……」
「その方が私も嬉しいわ」
「アリィは強い子だね」
「それ、子供の褒め方じゃないの」
「僕の方が、四つも年上だからね」

 レイスは私の頭を撫でて、大人っぽい笑みを浮かべる。手は触れないのに、何故か温かさを感じた。

(レイス、二十歳なのね……)

 そこでふと、あることに気付く。


「四歳年上って……レイス、何か思い出したの?」
「年齢は最初から覚えてるよ?」
「そうだったの?」
「年上に見えるだろうし、特に言うことでもなかったから」
「それもそうね」

 私も、レイスが悪人じゃないこと、名前を呼べること、それ以外は知らなくても問題はなかった。

「本当の名前も覚えてるの?」
「それは思い出せないな」

 さらりと答える。何となく、嘘っぽい。でも。

「レイスが気に入ってるなら、レイスで問題ないわね」
「君はこの名前、気に入ってくれてる?」
「気に入ってるわ。音の響きが綺麗で、あなたに似合うもの」
「……アリィって、いや、何でもないよ」

 気になるわね。そう言うと、レイスはもう焼けたみたいだよ、と笑顔で魚を指さす。


(大切にいただきます)

 心の中でそっと手を合わせて、魚をさした枝を、火傷しないようにそっと地面から引き抜く。じゅわじゅわと音を立てる脂。ふーっと少し冷ましてから、かぷりと噛みついた。
 パリッとした触感と、香ばしさ。弾力のある白身を噛むと、口の中に甘い脂の味が広がる。はふはふしながら噛みしめて、ごくりと飲み込んだ。

「美味しいっ」

 魚も、温かい食べ物も、とても恋しかった。もう一口かじって、しっかりと堪能した。
 二口目を飲み込んだところで、レイスが私を見つめていることに気付く。

「あっ……」
「気にしないで。アリィが美味しそうだと、僕も嬉しいから」

 罪悪感に駆られた私に、レイスはそう言ってくれる。

「僕が穫ったものだから、美味しそうに食べてくれないと悲しいよ」
「レイス……ありがとう」
「どういたしまして。ほら、他の魚が焦げちゃうよ?」

 指さされて、慌てて魚を火のそばから離す。
 その日はたくさんの魚と、デザートに木の実を食べて、お腹いっぱいに満たされて洞窟に戻って眠りについた。


***


「光魔法……聖女……」

 アリィが起きないように背を向けて、小さな光を手のひらに浮かべる。
 昼に、何かを思い出しそうだった。でも何かに邪魔されるように消えてしまった。
 記憶がほとんどないけど、僕が聖女だった気はしない。生まれ変わりというには、僕はまだ死んでいる。

 死んでる僕に、聖女の力が発現した? ……いや、あり得ない。
 それなら、アリィが守らないといけないくらい特別な子……聖女の生まれ変わり、とか?


「……聖女」

 振り返ると、アリィは大の字で眠っていた。最初の頃より随分と開放的な寝相になっている。
 すうすうと心地よさそうに眠るアリィに近付いて、ついジッと寝顔を見つめる。

 アリィが聖女……ない、かな。

 理由は色々あるけど、アリィには特殊な補助魔法がある。希少性の高い能力はひとつしか保持できない。力の大きさに、身体と魂が耐えきれないからだ。
 ……なんて、どうして知ってるのかな。
 さっきまで光魔法の基礎知識すらなかったのに。生きていた頃の僕は、大魔法使いだったかもしれない。……いやこれは、基礎的な知識なのかな。


「レイス……」
「っ……」

 起こしたかな。どきっとして見つめても、アリィの目は開かない。

「だめよ……往来で、脱いじゃ……」

 往来では、さすがに脱がないかなぁ……
 どんな夢見てるんだよ。

「夢に見るほど衝撃だったんだ」

 思わず小さく笑ってしまう。生きてた頃の僕がしっかり鍛えてて良かった。
 もしかしたら僕は、騎士だったのかな?
 ……欲張りすぎか。一般兵か……いや、剣を持つ職業にしては手にまめの痕もない。

「アリィの方が、よっぽど……」

 苦労した手をしている。
 光魔法でも消えなかった傷跡に、胸が痛む。僕がその頃の君のそばにいられたなら、こんな傷つけさせなかったのに。僕が君を、守ったのに。


「ほら……服、きて……」

 わりとしっかりした寝言だ。夢の中の僕、どうなってるの。
 でもアリィは、あれから過去の夢は見ていないみたいだ。
 それが僕のおかげだと、自惚れたい。アリィにとって特別な、心を開いて寄りかかれるような、そんな存在になりたいから。

「僕にとって君はもう、特別な子だよ」

 むにゃむにゃ言うアリィの頬をそっとつつく。触れられないけど、安眠を妨害せずにつつけるのはいいかもしれない。
 ……そのはずなのに、アリィは小さく唸って、ごろりと寝返りを打ってしまった。


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