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50 未来の選択

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「・・・ずっと隠れてんだろう?」

 静かで、綺麗な水の中に朽ち果てた建物を見渡した。
 その建物は何一つ音を出すことなく静かに痛ましい姿を見せているだけだった。

「ああ、おっしゃるとおり」

 いけ好かない匂いがそこら中から漂う。

 静かな建物の奥から。

 ダン!ダン!ダン!

 目に見えぬ謎の攻撃が某を襲った。
 心臓や、血が何かおかしくなるような感じだった。

「死なないか、さすがだな」

「何の攻撃だ?」

「【邪眼(イーヴィルアイ)】我らサイクロプスのこの眼が行える特殊技能だ」

 カトスが己の眼を指さした。

「それだけか?眼だけじゃないだろ?」

 いけ好かない匂いはまだまだ感じた。

「教えてやろう、この国の民はまだ生きている。だが、その民が助かるか助からないかはお前達、次第だ」

「人質か!?」

「半分は正解だ!」

 カトスが鎖を振り上げた。

 ダアアン!

 振り下ろされた鎖は地面に亀裂を入れた。

 グン!

 間髪入れず下から顎に向かって鎖が飛んできた。
 それを躱した。

 ギュイイイン!

 躱した鎖が蛇のごとく後ろから襲ってきた。

 ガッ!

「この外道!」

 鎖を掴んだ。

 ビシ!

 カトスが瞳孔を広げた。
 それと同時に複数から身体を押さえつけられたかのように身体が硬くなった。

「じゃかましいわ!」

 気迫で吹き飛ばし、一気に間合いを詰めて太刀を振り上げた。
 だが、それ以上の何も出来なかった。

「・・・お主を殺したらどうなる?」

「くっくっく・・・」

 カトスが笑った。

「国王と王妃は生きているのですか・・・」

 ルナがつぶやいた。

「父と母は生きているのですか!」

「死んだよ・・・反逆の罪で処刑された」

 サイクロプスは答えた。

「そんな・・・」

 再びルナの瞳から涙が流れた。

「魔術を出すなよ。そうなれば民も同じく反逆罪だ!」

 カトスが鎖を振り回し始めた。

「我が言葉をよく聞け、いっさい手を出さずにだ」

 カトスが某の足下、ギリギリに鎖をぶつけた。

 かつて蒙古の戦の時、蒙古は使者を何度も、我が国に送っていたと聞いた。
 内容はどんなのか知らぬが、結局我らは武士らしい決断をした。

 敵の言うことなど無視してしまえ。

 我らは蒙古の意図など知ろうともせず、攻めてきた蒙古共らを叩き切ってやった。

 この1つ目を叩き切ってやりたい。

 だが、今はそれができない。
 ルナどのを見たら、どうすれば良いのだ。

「王は、もういない。だが、帝国は、この国のために新たなる王を用意できる。その王と共に、あらたなるセレーネ国をつくれ」

「あなたたちの・・・傀儡国家・・・になれと?」

 ルナが深い悲しみでつぶやいた。

「それで、この国の民は未来を生きることができる。王女よ。あとは・・・その武士は始末する」

 鎖を振り回しているカトスの前でルナどのが膝をついた。

 どうやら某はルナどのの勇者になれなかった。

「言うことを聞きます。でも、お願いがあります。この者は・・・」

「おい、1つ目。お主に伝える」

「何だ。命乞いか?」

「しっかりと某の頭を粉砕して身体も粉々にぶち壊せ。そうしないと怨霊になってお主の首を持って地獄の土産にしてやる」

「はっ!おもしれぇ」

 カトスが某の顔面に鎖を飛ばそうとした。

 ダダダ!

 後ろから一頭の馬が走ってきて、某の前に立った。
 乗っている何者かが光輝く剣でカトスの鎖を弾いた。

「武士よ、敵を討ち取れ!」

 ロベルトだ。

「その卑怯な敵に屈するな。倒せ!」

 周りから大勢の甲冑を着た者達が現れた。

「隠れても無駄だ。我らが相手をしよう!」

 ロベルトの大声に隠れていたサイクロプス共らが現れた。

「突撃(ナパシチ)!」

 ロベルトの号令で甲冑武者共らがサイクロプスに攻撃を仕掛けた。
 サイクロプス共らは一斉に瞳孔を開いた。

 だが、甲冑武者共らに何か魔術でもかかっているのか身体の表面で光りが発せられ武者共らは何事もなくサイクロプス共らを討ち取っていった。

「ギュオオオオ」

 金棒を持ったサイクロプスの1体がロベルトに襲いかかった。
 ロベルトは馬から降りた。

 ザン!

 振り下ろした金棒を粉々に砕き、サイクロプスを真っ二つに叩き切った。

 形勢逆転か。
 だが、カトスは余裕の顔を崩していない。

「俺を倒したら、この国の未来は永遠に消える!」

 カトスはロベルトに向けて鎖を飛ばした。

 キン!

 ロベルトの側面の壁がえぐれた。
 ロベルトが弾いたカトスの鎖が壁をえぐり取った。

「この国の未来をつくるのはお前ではない!」

 カトスの後ろから声がした。
 カトスが振り向いた。
 後ろに日本の甲冑を着けた女の騎馬武者がいた。

「セレーネ国の民は我ら、太后直属隊が救出した。その民は答えた。今後も自分達の未来は自分達で作ると!」

 女武者の後ろから人が1人、また1人と現れた。

「みんな・・・」

 ルナが涙を流して喜んだ。

「太后直属隊だと!?これは帝国の命だぞ!」

 カトスが瞳を大きくしながら女武者に尋ねた。

「その命を太后は容認していない。わたしは太后の命により、そなたの蛮行を許さぬ!」

「・・・つまり、帝国に守られたくないと?」

「この国の民は選んだ」

 呆れた顔をしているカトスに言ってやった。

「この国の民は、2つの戦を選ばされた。帝国とやらの大きな力に守られながら、大国の言いなりになって耐えるか。小国とわかった上で、いかにしてこの世界で己を弱くすることなく、大きな力に飲み込まれぬよう苦心するか」

 太刀を構えた。

「さて、次はお主が選ぶときだ」

 もう遠慮はいらぬ。
 その首を飛ばしてやる。

「戦をやる者として当然出来てるよな」

 遠慮する必要がなくなった某はこの一つ目の巨人に最後に一応聞いてみた。

「もし出来てないなら、逃げる刻は与えてやるぞ」

「いらん!」

 カトスの一つ目が鋭くなった。
 瞳孔から血管のごとき筋目が幾本も現れた。
 最も痛みを感じ、最も動きを封じられた感覚が襲った。

 カトスが鎖を振り回した。

「はっ!」

 その鎖を『光明』で真っ二つに切断した。

「・・・きさまは・・・・・・絶対に始末する」

「何がだ?」

「俺がなぜ、帝国の後始末と呼ばれる事をしているか教えてやろう。帝国は俺に優雅な暮らしを与えてくれた。俺が帝国の消し去りたいものを始末していけば、帝国が多額の報酬を俺にくれた。その幸福が俺に要求している!」

 カトスの目が輝き出した。

「幼い頃、ノム町の路地裏でわずかな食べ物だけを食べていた俺を拾った帝国と俺の利害は一致している。だからお前は、帝国の望み通り、絶対に始末してやる!」

 カトスの瞳孔の周りに見えている模様が異様に動き出した。

「それなら命を賭してかかってこい!」

 太刀を鞘に収めた。

「俺をなめるな!」

 カトスの瞳孔がますます激しく動く。

「はぁ!」

 武器のなくなったカトスは突進した。
 捨て身の右拳を放った。

 シュパ!

 太刀を抜いてカトスの首を飛ばした。

「・・・・・・!?」

 ガッ!

「お前は今何を斬った?」
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