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新しい命

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「さっきは手伝って貰って、ありがとう!」

 境内のそばにある女体宮のところでホロさまと光さまが食事を作っていた。
 ホロさまが先ほど襖や戸板でわたし達を隠してくれた巫女たちに作った食事を振る舞っていた。

「お~来た来た、食え食え!」

 わたしはまず、女体宮に手を合わせ、お二人が作った料理を見た。

「あぁぁ・・・いい香り」

 ホロさまが仕留めた、イノシシの肉と途中の農家で手に入れたゴボウ。
 山で取った椎茸。
 そして光さまが道中、仲間からもらった味噌を仲間からもらった鍋で煮ていた。
 その香りが食欲をそそられた。

「サクヤ様、どうぞ・・・」

「あ・・・ありがとうございます・・・」

 光さまがお椀にわたしの分をよそってくれた。

 パク・・・。

「・・・おいしい」

 くさみもなく、肉の味が味噌を合わさっておしいかった。これには落ち込んでいたわたしも元気になった。

「お頭~~~~~~~~~~!!!」

「うわぁ出た!」

 宿坊の縁側で食事していると僧侶姿の中年無学が光の下まで走ってきた。

「な・・・なんじゃあれは?」

「あれは・・・無学さまでして・・・じつはわたしも、結構苦手なのです・・・」

 無学さまが真顔で全力疾走する姿にククリさまは気味悪がっていた。
 わたしは一応説明はしたが、確かにあの姿は見ていて怖い。

「おい、ククリ。あの男、どっかで見たことねぇか?」

 だが、ホロはこの全力疾走する無学の顔を見ると首をかしげた。

「知らぬわ」

「はい、サクヤ様と、光様とあとその他のお着替え!」

 無学が新しい着物を持ってきてくれた。

「奥州は?」

 光が情報を聞いた。

「だめだこりゃの四代目をまわりの郎党達が父親の遺言を守るように言ってるようで・・・四代目は裏切る様子はあ~りません!」

「鎌倉は何か聞いているか?」

「鎌倉も動きませんな・・・待っているのかな~?」

「・・・・・・」

 光さまが無学さまの一報を聞いて、考え込んでいる。わたしは黙っているが、何にも知らないわけじゃない。

 鎌倉殿が後白河法皇に奥州追討の宣旨を要請を何度も出しているのは4代目も知っているはず。
 鎌倉殿は鬼神を頼っているはず。法皇は鬼神に言われれば素直に出すに違いない。
 或いは宣旨が出ずとも鬼神は4代目を殺すかも知れない。

 光さまは鬼神と戦うことを常に考えている。
 光さまの眼が異常なほどそれを言っている。

「・・・ごくろう!」

「では!」

 無学は返事すると再び全速力でまた走って消えた。と、思いきや全速力で消えた無学が全速力で戻ってきた。

「石階(いしばし)で赤ん坊が生まれそうです!!!」

 皆で石橋の所へ行くと、そこに若い夫婦がいた。身重の女が石橋でうずくまって苦しがっていた。

「お願いです。うちの、かよを助けてください!」

 男は光さまにしがみついて助けを求めた。

「・・・・・・」

 光さまが黙っている。
 小さく震えているのが見えた。
 
 あのときを思い出してるのだろうか?

「かよは、生まれつき身体が弱いんです。それでもおら達は子供を産もうと決めたんです!」

「身体が弱いじゃと!?それでは母親が赤児もろとも死ぬぞ!」

 ククリさまが信じられないように聞き直した。

 わたしも驚いた。
 出産はとてつもない体力を必要とする。体力の無い女が子供を産もうとすれば、死ぬことだってある。

「かよは弱いながらも必死に体力をつけたんです・・・二人で・・・子供を作って強く生きようって決めたんです!」

「その言葉に偽りはないか?」

 黙っていた光さまが口を開いた。

「・・・はっはい」

 夫は頷いた。

「サクヤ様、あの女に力を貸してやれますか?」

「はい!」

 わたしはためらうことなく承知した。

「ホロ、そっちを持ってくれ!」

「ええい、仕方ねぇ!」

 光さまとホロさまが陣痛に苦しむ女を宿坊へと運んだ。

            *       *       *

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!あっぁ、あぁぁぁぁ、だめ、死ぬー!」

「死ぬでない!サクヤ殿、どうじゃ?赤ん坊は見えたかー?」

「まだ見えません!」

 陣痛に絶叫しながら女をサクヤとククリが支えている。
 女達は興奮を抑えることが出来なかった。痛みを伴う命がけの行為に冷静でいられるはずがない。

「おかよ~、死ぬな~!お前が死んだら俺はどうすれば良いんだぁ~、あああああ~!」

「うるせぇ、男なら腹据えて待ちやがれ!ぶっ殺すぞー!」

「ホロ、夫を殺すな!落ち着け。はい、息をすって!すっすっは~・・・」

 興奮を抑えることが出来ないのは男達もだった。
 隣の部屋で耐えられず泣き叫ぶ夫をホロが激怒して、それを光がなだめていた。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 母親の息が弱くなっていく。

「もし!?」

 母親の意識が消えかかっている。
 
 まずい。
 
「冗談じゃありません!あなたはこれから母親になって子を育てるのです!」

 わたしは女の手を握って必死に祈った。何かが奥底から湧き出して、それが女へと伝わっていくのが分かる。
 だが、女の息はますます弱くなっていく。

「ククリさま!?」

 ククリさまがわたしの手に自分の手を重ねてくれた。更なる力が、女に伝わっていくのが感じられた。

「オギャァァァァァー!オギャァァァァァー!」

 真夜中に赤ん坊の泣き声が聞こえた。

「・・・・・・・・・・」

 男達は一時、静寂になった。

「「「うぉおおおおおおー!」」」

 そして歓声を上げた。

「コココココ、キキキキキ!」

 外で木霊たちの祝福の声も聞こえた。わたしは生まれたばかりの赤ん坊をおくるみに包んで大事に抱えて皆に見せた。

「見ろ、お主の子だ!」

 光さまは父になった男の肩をおして子供の側に行かせた。男は涙を流しながら、喜んでいる。

「光さま・・・よろしければ抱いてみませんか?」

 わたしは光さまに赤ん坊を近づけた。
 光さまの表情が曇った。

 やはり光さまもあの時の出来事に傷ついている。
 でもだからこそ光さまに見て欲しい。眼が開いていない、これから人生を歩もうとする新しい命に触れて欲しい。

「・・・・・・・・・・」

 光は震える手でサクヤから赤児を抱き取った。さっきまで泣いていた赤ん坊は今はおくるみに包まれて、すやすやと眠っている。

「・・・・・・・・・・」

 光の眼から涙がこぼれてきた。この生まれたばかりの命がとても温かかった。

「少し、心が軽くなりました・・・」

「わたし謝りたかったんです・・・あの時、子供が死んだのを光さまのせいにしてしまったことを・・・」

「ありがとうございます」

            *       *       *

「・・・・・・!?」

 朝早く何かを感じて目覚めた。
 童女の木霊が立って外を指さしていた。

 宿坊(しゅくぼう)から境内へと飛び出た。
 階(きざはし)に光さまとホロさまが座っている本殿の前で白髪を風になびかせながらククリさまが優雅に舞っていた。

「美しい舞いです・・・」

「一緒に舞うか?」

「えっ!?」

 ククリさまが舞いを誘った。
 わたしはどうしようかと迷った。

「サクヤも一緒に舞え!光、お前もサクヤの舞いが見たいだろ!」

「・・・うむ」

 光さまは階に置いていたもう一つの玉串をわたしに片膝をついて手渡した。

「では、お一つ・・・・」

 光さまから玉串を受け取った。
 サクヤさまの舞に会わせてわたしも舞った。

 周りの木から音が流れた。
 木霊が音楽を奏でていた。

 不思議だった。
 ククリさまとは今、初めて一緒に舞っているのに呼吸が合っている。
 お互い共感し合っている。わたしはククリさまと心地よく舞うことができた。

「よし、旅支度をして、とっとと出立しよう!」

 舞いが終わると、光さまの号令で宿坊に戻り、旅支度を始めた。 そして準備が終わると境内に出た。

「あら!」

 本殿で光さまとホロさまが木霊の男の子と遊んでいた。
 光さまが人差し指で木霊の男の子をつつき、それを木霊の男の子は避けながら持っている小枝で光さまの指を叩いていた。

 光さまがわたしに気づいた。

「久しぶりに木霊に出会えました。もう二度と会えないかと思っていたのに・・・」

「木霊は良い人にしか姿を見せません」

 その言葉に光さまは照れた。
 だが、次の瞬間その顔が真顔になると、片膝をついた。

「もうすぐ奥州でございます!」
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