転生魔族は人類滅亡の為に暗躍する(仮)

真昼

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1章 転生→カタリナ村脱出

4話 母の心配を他所に 前編

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「キャビーちゃんっ!!??」


 自宅の屋根に登り、カタリナ村を見渡していたキャビーは、悲鳴のような叫び声を耳にする。


 下を覗いてみると、ファイが両手を口に添えて、あたふたしていた。


「えっ、登った? 登ったの!? いや、そもそもどうやって!?」


 彼女は、少しの間待つように告げると、納屋から梯子を取り出してくる──

 
 それを屋根に引っ掛けた。


 梯子を前に、決意表明とばかりに腕を捲る。ガタガタと揺れてしまう梯子を、彼女は慎重に登っていく。


「待ってて。待っててね。今……助けてあげるからね」


 息をするのも忘れ、ようやく屋根の上を覗けるようになったと思えば──


 そこにキャビーの姿は無かった。


「えっ、キャビーちゃんっ!? ど、どこに!? ──きゃあっ!?」


 動揺のあまり、梯子から脚を滑らしてしまう。幸い高さは無かった為、地面に尻餅を付いただけで、怪我には至らなかった。


「はぁ、はぁ──っ」


 落ち着いたのも束の間、落下の際に主人を失った梯子が、彼女目掛けて倒れ込んで来る。


「う、嘘……」


 咄嗟に右に転がって、梯子を避けた。


「あ、危なかった……キャビーちゃん、一体何処に」


 立ち上がり、土を払う。そして、顔を上げると──


 縦に伸びる排水用のパイプに、キャビーが芋虫のように捕まっていた。


 ファイは、思わず絶句する。


「え、キャビーちゃん……?」

 
 状況を呑み込み、一先ず彼をパイプから引き剥がした。腕の中に戻って来た息子は、何食わぬ顔をしている。


 ファイは訝しんで、口にする。


「……えぇ? 赤ちゃんってそんなことも出来るの?」


「めっ、でしょ。落ちたらどうするの!?」


 言葉が通じない──と思っているファイはキャビーに対し、出来るだけ分かり易いよう顔を顰めてみる。頬を膨らませたりと、怒っていることを伝えてみる。


「むぅ、怒ってるよ! 怒ってるんだからね! ご飯抜きだからね……あ嘘、それは嘘。そんなことしないし」


「ふふっ、あはは」


 やっている間に、段々可笑しくなってファイは自ら笑ってしまうのだった。


 それを、キャビーは対照的に表情を作らず、何がそんなに面白いのか、彼は彼で訝しんていた。

 彼女から逃げようと身体を捻ってみるも、しかし大人の力には未だ及ばない。


「こらこら、落ちたら大変でしょ。全く、元気な子ね」


 彼は、無愛想に顔を背けた。ファイはそんな彼の顔を追いかけるように覗き込み、聞いてみる。


「どうして逃げるの? お母さんのこと嫌い?」


 当然、キャビーの答えは「イエス」だった。


 人間が好きな魔族は居ない。あのネィヴィティでさえも、決して人間が好きな訳ではない。


 だが、今ここで頷く訳にはいかなかった。


 人間の子供というものは、どうやら1人で生きて行くことは出来ないらしい。母親か、もしくはそれに準ずる存在から、献身的な奉仕を受けなければ、簡単に死んでしまう。


 それを踏まえれば、ファイという女性は、とても都合の良い人間だった。


 今は未だ、彼女との関係にヒビを入れる訳にはいかない。


 ただそれはそれとして──「嫌い」かと問われれば、頷きこそしないが、首を振ることもしない。


 これは単に彼のプライドの問題である。


「お母さんは貴方のこと好きよ。ふふふ」


 すると、1人の男が近付いてくる。彼は、ファイが梯子を倒した時の音を聞き付けてきたらしい、ら


「ファイさん、凄く大きな音がしたよ!?」


 彼はトッドという名の、眼鏡をしたいかにも勤勉そうな男だった。


「あ、トッドさん!? 別に何も無いのよ。ちょっと転んだだけで」


 惨状を見て彼は、ちょっとでは無さそうだと思い──


「何とも無い……? 本当に?」


「本当に、本当よ! もしかして、心配してくれてるの?」


「え? あ、そ、そりゃまぁ……あはは──」


「わぁ、優しいのねっ」


 無邪気な笑顔を向けられ、トッドは言葉を詰まらせる。キャビーからの強い敵意にも気付かない。


「ファイさん。あの、こ、今夜──」


「あら、アイネちゃんじゃない。こんにちは」


 言葉を遮ったのは、トッドの娘であるアイネが続いて現れたからだった。更にアイネを追うようにして、獣人の女奴隷もやって来る。


 今年で3歳になるアイネは、ファイの腕に抱かれた赤ん坊に気付く。


 興味深々に、じっと彼を見つめる。


「こら、アイネ!! 部屋に居なさいと言っただろ!! 奴隷。お前は一体何をしているんだ!?」


「ご、ご主人様。も、申し訳御座いません。アイネお嬢様……戻りますよ」


 使えない、とトッドが吐き捨てる。まるで人が変わったようだ。


 獣人の女は、何度も何度も謝罪を繰り返す。片耳に大きな穴が開けられ、それに通された奴隷の証である<札>が揺れ動く。


「一般奴隷なら、しっかり見ていないか! アイネ、お前もだ。家に戻りなさい!」


「ちょ、ちょっとトッドさん……あ、あんまり怒鳴っては可哀想よ」


「……すいません、ファイさん。お見苦しいところを。しかし、これも躾なのです」


「でも……」


 アイネが萎縮してしまったのを見て、ファイは彼女の前でしゃがみ込む。


「アイネちゃん。ちょっとこっちおいで」

 
 アイネはファイを前に、少し恥ずかしそうにしている。何度も眼を地面に逃がして、ようやく口を開く。


「……何?」


「この子とは、殆ど初めてよね。キャビネットって言うの。キャビーって呼んであげてね」


「キャビー?」


「そう。今度──もう少しこの子が大きくなったら。是非、遊んであげて欲しいの」
 


「──き、気が向いたら……ね」


「ふふ、ありがとう。キャビーちゃん、良かったね。遊んでくれるって」


 ファイはキャビーの小さな手を取って、横に振る。すると、アイネも手を振りかえしてくれた。


「じゃあ、私は夕飯の支度がまだ途中なので、戻るね。トッドさんも、今日のところは」


「え? あ、うん。そうだね」


 名残惜しそうにファイを見送る。トッドの拳は、硬く握り締められていた。


作者メモ

獣人に限らず奴隷は、耳に大きな穴を開けられて、札がぶら下げられます。一部秀でた能力があれば、奴隷では無くなりますが、耳の穴は一生残るので、そういった人を「穴持ち」と呼んだりします。

因みに王都では絶賛奴隷解放運動が盛んです。
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