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再会
しおりを挟む連絡先も聞かず、拠点としているライブハウスも聞かずに別れた彼を見つけたのは奇跡的なことだと思う。
彼は青臭い曲を弾いていた。
まだ青々した音が青々と瑞々しい歌声を支え彩り、真ん中でマイクを握る青年は狭い箱から顔を覗かせたばかりの青臭いことを歌っていた。
と思うのは俺がよくない年の取り方をしてしまったからだろう。
大人ぶって若者を諭すことにかぶれた俺だから思うことで、彼は十分、年相応以上の歌を歌っていた。間違いない言葉だったし、間違いない音だった、ただ、たぶん俺があの曲に素直に拍手を送れなかったのは彼に似合わなかったからだと思う。
漠然とした感想だ。勝手な思いだし、失礼な考えだ。
それでも、物足りなかったのだ、たぶん。
彼のことなんて何にも知らないけれど、バンドマン特有のあれだ。
分かるから、分かるのだ。たぶん彼は、何を作っても彼の作ったものだけれども、きっともっと違うものを作るようになるんだと思う。
確信とかじゃない、ただの願望だ。
よかったぜ。
一言言って手をひらりと振ると、彼の周りに立つ青年たちがなんだなんだと好奇心旺盛な顔で彼と俺を交互に見る。彼は吸っていたタバコを誰かの置き土産と思われる、すっかり灰皿に名前を変えたビールの空き缶に捻じ込んでこちらに顔を向けた。
ニット帽の下、眼鏡越しに覗く目はまるで見知らぬ人を見るようで、それがふっと警戒を解く。
朗らかとは言い難い口元が笑みを作り、どうもと彼は簡単に言ってぱちんとギターケースを閉じた。
「撤収準備中?」
バンドマンの馴れ馴れしさを気取って寄っていくと、彼らはライブの満足感からだろう気安い感じで俺を受け入れ幼い顔で頷いた。
彼らの前には千円札と小銭がばらばらと広げられている。
楽器の片づけ自体は彼がどんけつで、炭酸だのタバコだのを片手に青年たちはお金の勘定に熱心だ。
大方次回の出演料だろう。ぱっと見、一万円は越えているが三万には満たない、二万円にも若干、届いていない。このあたりの相場を考えれば指三本辺りはざらであるが二万と見て間違いなかろう。
正直高い気がした。
今日はどこも悪くなかった。それでも、その中で彼らは悪くなかった。悪くないどころでない、よかった、抜群によかった。ライブハウスを一番盛り上げて、一際大きな拍手をもらった。
また、今日の客はこの小さな夢の吹き溜まりにやってくるだろう。その理由の内にはきっと彼らがいるはずだ。
守銭奴めと資本主義に溺れる口で大人げなく唾を吐く。働く彼、遊ぶ俺。余裕があるのはきっと、俺の方だ。
「二万?」
ストレートに切り込むと、カバンから出した皺くちゃの封筒を祈るような面持ちで覗き込んでいた彼が顔を上げた。怒らせたかなと一瞬身構えた。なぜかって、金額はライブハウスを拠点に活動する若者たちのある種の壁だからだ。金をもらおうなんておこがましいことは考えない、ただ、なるべくゼロに近づいて欲しい。たった一円でも、それは途方もなく価値があるものだから。
チケットノルマから解放されたら。
明日もやれる、明後日も明々後日も。俺たちはみんな、そうやって戦っているから。
だがしかしそれは彼の顔を見ればすぐさま否定される。彼はとても素直な顔をしていた。二万ですと、封筒をひっくり返して転がり落ちた小銭と札を数え、足りんなぁと仲間に困った顔を向ける。仲間たちは彼を責める様子もなく、酒かタバコか無駄遣いしたなと笑って困った顔をした。
これが健全なのかもしれないとふと思った。俺たちはあまりに負けを恐れるから、競うことをやめられない、勝つまでやめられない。
そういうのは不幸なのかもしれない。
唐突に、思った。
「ここに一万あるんだが、君らのその一万円に慣れなかった小銭で一緒に飲みに行かないかい?」
酒、好きだろ。交換しようぜ。
ぴらりと一万円札を振る。
バンドマンならなぜとかなんでとか、そういうこと、考えない方がいい。
ただいろんなことを幸運だと思って不運だと思って、悲しいと嬉しいと苦しいと。それだけでいい、それだけがいい。
彼らの少し胡散臭げな、それでいて純朴な感謝の顔に、そう、思った。
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