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交流
しおりを挟む俺は珍しく管を巻かなかった。
理由は、彼の方がよく飲んだから。
悪いお酒と言うわけではない、よほどそこらの東京の若者の方が飲み比べでイッキだのなんだの飲み方が汚い。彼はとにかくよく飲んだ、それだけだ。値の張らない、度数だけが取り柄といった酒を次々。早く酔い潰れてしまいたいとでもいうようにただ喉奥に流し込んだ。
俺はその勢いに圧倒されてしまってぼやぼやしていたのだ。本日の上限はおおよそ一万。彼は飲むだけで食う方に手を回さなかったから、酒代を先に取られてしまった俺は金勘定の結果メシに多く手を付けるしかなくなったのだ。仲間たちは慣れたもののようで、めいめいつまみと酒をほどほど遠慮なく飲んで食ってして、ああだこうだと今日の反省を侃々諤々語り合っている。彼はいいのだろうかと思うが、彼を真ん中に賑やかに笑う彼らを見ていると、そういうものなのだと、それで納得できてしまう。
反省会も飽きたのか、彼の仲間のうちの一人が俺ら上京してきたんですけど、あなたはどうですかと言うから俺も上京組ですよともろきゅうを噛みしめた。へぇへぇと興味があるんだかないんだか微妙な反応をし、彼らは地元がどうのこうのと仲間内の話を始める。どうやら彼らのうちの誰かの生家にほど近い電車が廃線になるかも、とかなんとか。
会話からはじき出されたところで、聞きなれない訛りの理由を知って、俺は日に焼けない顔を真っ赤にぼーっとしている彼を眺める。テーブルにはやっぱり、灰皿に立てかけられた一本のタバコがすぅっと天井から細い糸を垂らしたように煙を揺らしていて、それに誰も触れなかった。
儀式なんだろう、きっと。そうバカなことを考えてタバコを吸う。煙は相変わらず煙の味がして、気休めと言うにはなと苦笑いをする。
「みんな同郷で同学年?」
「はい」
素直に頷いて、声を上げた青年があと口を押さえる。ベースの好青年で、俺よりも彼に水を回すだのせっせと世話をしていたイイ奴。地方出身と聞いたからなのか、ますますみんな純朴に見える。そのくせ当たり前のように酒を嗜みタバコを吸うちぐはぐさが良かった。
「仲良いんだね」
笑って空になったグラスにビールを注いでやると、彼は露骨にほっとした顔でありがとうございますとそれを注ぎやすいように傾けた。
「もちろん。ああ、ただこいつはもともとは他の奴らとバンド組んでたんですけどね」
彼はもうほとんど目を閉じてしまいそうな仲間を親指で指し示す。
「へぇ」
「ライブハウスが少ないから、バンドやってりゃ大体みんな仲良いんすよ」
「そりゃいいね。東京はあれだなぁ、母数が多いからかな。結構バチバチしちまうかんなぁ。すんげぇ奴はそりゃね、すげぇけどね、みんな売れたいからね」
「それはどこでも一緒ですよ。みんな有名になりたくてうずうずしてるし、すごい奴はすごい」
からりと言って、彼は少しだけ後ろめたげな顔をした。
彼らにはどこか憂いがあった。
若さ弾けるとは言い切れない、後引く何かを抱え、それに目を逸らして騒ぐような。きっとバンドマンという連帯から嗅ぎ取れる微かなにおいだろうに、それは俺にとってやけに強く香った。
「いい曲だし、いい演奏だった」
「こいつ、すごいんすよ」
「君らみんないいよ」
タバコ吸う? と誘うと、彼は逡巡してからいただきますと軽く頭を下げ、俺の差し出したタバコを手に取った。慣れた様子で火を点け深く吸い込む。どこか満足げな顔で、立ち上った一筋に向かって口の中の煙を吹きかけた。
「こいつとできるの、ほんと嬉しいんすよ。誘ってよかったなって。申し訳ないけど、そう、いいんです、楽しいんですよ」
ふと、口元に小さく浮かんだ笑みが背徳的に映り、俺は目を細めた。視線の先にいる彼は相変わらずうとうとと船を漕ぎつつも酒の入ったグラスから手を離さず、脂色を滲ませた手でタバコのパッケージを握りしめている。
事情が、あるのだ、きっとのっぴきならない。
それが彼らの表現に深みを与えるのならばもっともっと。
ひどいなと、正反対の思いでもって俺はベースの彼に笑いかけた。
いい仲間とできてよかったね、と。
特別になれない俺だから、ただ特別が羨ましいだけなのだ。
〇
彼の名が『トモ』だと知ったのはその日の帰りのことだった。
彼の仲間が彼の処遇を決める過程で、トモはと、名を呼んだのだ。居酒屋に行けば大体深酒になるそうだが、酔い潰れた彼は持ち回りで家に送還されているらしい。付き添って彼を家に送り届け、そのまま彼が目覚めるまで泊まる。それで、起きたら一緒に朝飯に行ったりして、それから帰宅するのだという。
ホスピタリティのある人間ばかりなのだなと思えば、彼の家にはCDだのDVDだのゲームだのが山のように積まれているらしい。それに冷蔵庫を開けば酒がぎっしり詰まっている。
気の置けない仲でもあるわけで、行けば楽しい家なのだという。
ドラムのマサムネ、ベースのユキヤ。二人は特に押し付け合う様子もなく、今日はマサムネが付き添いとなったらしい。決定すればさっぱりと解散する。
トモの肩を抱いてゆっくりと歩いていくマサムネの背を見送り、ユキヤは隣にぼんやりと立つ俺を見上げた。
「トモは本気なんです」
垢ぬけない金髪の青年の目は真剣そのものだ。
少し眠たげに垂れた瞼から覗く目は明るく輝く。
「分かるよ、分かるさ」
ゆっくりと回らない舌で言えば、ユキヤは細い眉を緩めた。
「分かんないですよ」
「冷たいな」
「あいつは、違うんです」
ユキヤの声にはどこか浮かれたような響きがあった。
妙な熱のこもった、ふわふわとした声。
「君ら全員じゃないの?」
ぽつと尋ねれば、彼は赤らんだ顔をくしゃりと笑ませた。
「身の程くらい弁えてますよ」
滲むような愁いを帯びた笑み。
その後ろに何があるのかは分からない、分からないけれども、そこには何かがあるのだろう。普通は持たない何かがあって、それが彼らの演奏をこういうものにしているのだとしたら、それは、表現者にとって幸運だろう。
幸運でなかろうと、それが途方もなく暗い不幸であっても、それはきっとどちらに向かおうが幸運だ。
そう、俺は思っていた、少し、羨むように。
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