逃げ水

田上

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 トモは、警戒心は強いが程よい愛嬌があった。
 顔を合わせると硬い表情がぱっとほどける。下向きの顔は控えめで、洒落たやつらがいると彼は口を噤んで煙草をすぱすぱしているのだが、俺が手を振ると口元に小さな笑みを浮かべた。
 眠たげな眦は柔らかく、不機嫌な面で己を守るか、それとも肩を組んでわいわいしている若者の中で、彼は極めて静かな平和主義者に見えたものだ。
 しかしステージに上ると驚くほど華やかな空気を纏う。不思議な男だ。
 
 俺も今日は同じ箱でライブがあって、彼らはその日のトリとなるバンドだった。
 ステージを終えて、打ち上げを断った俺は様々な意図をもって箱に集まる観客に混じり、彼らの音楽を聴いた。
 
 瑞々し音。
 青い言葉。
 心地よさがあった。
 時に爽やかな愛を語り、振り返る幼い歩み、胸に抱えた長すぎる人生への不安をそっとした言葉に。
 それは聞く人の胸に共感を呼び、切々とした何かを残すのだろう。
 優しいそれは妙なる美しさがあった。
 どこか白々しくも、光放つ。
 付き纏う心細さに言葉を与え、穏やかに寄り添い、時折吹き荒ぶ嵐のように全てを巻き上げる。
 あまりに明るく和やかな歌だった。
 酒に合わない音楽だ。
 
 俺はそう思いながら、酔いに赤らんだ眦を緩めて彼らを眺めた。
 日差しの下、眩しげに空を見上げ踊るような歌だと思う。
 華やかな舞台。
 演奏する彼らの目の奥には、厳冬に静かに灯る街灯のような、しんとした冷たさがある。

 ステージからはけていく彼らの背を見送る。
 会場に残った客はもたもたと扉の方に流れていく。俺はそれをぼんやりと眺めて、サンダルを脱ぎ落すと右足で脹脛を掻いた。
 柔らかな余韻がある。音楽がぱたりとやみ、人の声がさざめくように響く会場には静かに降り積もる雪のような余韻が。
 なんとなく時間を潰す俺とは異なり、会場に突っ立つ客の表情は様々だ。
 さめざめと泣く女に男が寄り添っている。どうせ今日の夜には二人はしっぽりやっているに違いない。知った顔で喋る姦しい女二人、悩まし気な表情でステージを見つめる陰気な男。よくいる客、よく見る人間。
 肩を竦めて目線だけで周りを見渡し、俺はへっと小さく笑った。手すりを握って重心を後ろにして身体を伸ばす。
 なんて美しい光景だろう、物語の一ページのようだ。
 待ち切られずに大きく捲ったページの先にはきっと、華々しい未来が待っているに違いない。そうであって欲しいしそうでなければならない。そうだろう、人生。
 ぱっと手すりから手を放して、固いカーペットにサンダルの底をこすりつける。そろそろ楽屋にお邪魔してもいい頃合いだろう。
 いい加減しくしく泣き続ける女の背中を睨んで、俺はすっかり空いた扉を抜けた。

「調子はどうよ?」
 ひらりと手を振ると、まだまだ幼い顔が明るく光る。
「お疲れっした!」
 茶目っ気のあるマサムネが軽やかに声を上げた。ユキヤもにこにこ笑いながら、手に持っていた缶ジュースを一息に飲み干す。
 トモは、べたべたにシールの貼られたギターケースをパチンと閉じていた。
「聞きましたよ。歓声すごかったっすね」
「ドラムの迫力エグかったっす。テクやばいですね」
 わいわいとマサムネとユキヤが俺の演奏に感想を言う。こういうところも、本当にかわいい奴らだ。世辞だろうに、こうも純真な顔されると素直に胸に響いて嬉しくなってしまう。裏表もないんだろう、と。
 ありがとありがとと緩む頬を押さえて言い、俺はゆっくりとトモに目を向けた。
 ギターケースを手に、立ち上がったトモが俺を見返す。
「泣いてた客、いたぜ」
 ぽつと言うと楽屋が凪ぐように静かになる。
 すとんと表情を抜け落とした三人はぼぉっと俺を見て、仲間の顔を見つめた。
 カバー曲だけでない、オリジナルの曲で心をつかむ彼らの未来は明るい。空気で伝わるだろうそれを、言葉にする。
 自覚を持つべきだ。
 壊れないように、崩れないように。自分らの価値を正しく理解すべきだ。
彼らの容姿は飛びぬけたものでなく、どちらかと言えば垢抜けない、ありきたりな若者の顔をしていた。性格が見栄えに直結するような、タイプは異なるが、誰も未完成な揺らぎがある。
 マサムネの口元が突っ張るようにニヒと笑む。
 ユキヤの眼は神経質に震えた。
 トモは、眩し気に微笑んだ。

 一人のために歌われない歌が、時折人生を変える。
 音楽には力がある、人の心を動かす、思考の埒外でその瞬間が永遠に引き延ばされるような、激烈で静謐な力が。
だったら、俺のたったの一言。

 石を投げた。
 
 俺の言葉にどれ程の力があっただろうか。
 祈りは微かだ。
 暴力は届く。
 
 言葉は、どちらにも、なりうる。
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