太刀に宿る守護霊とその上位の神々に認められたので、弟と妹を殺された兄ちゃんは仇の相手である妖鬼に復讐を誓います!

アンジェロ岩井

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風太郎の旅立ち編

白虎よ、動け!

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近作日向は自分の中にそんな化け物など居ないと思っていたので、突然、自分の意識と肉体とが何者かに乗っ取られて、化け物に変わっていくのが信じられなかった。
折角貰った制服は破け、自らの体は虎の姿をした化け物へと変わっていく。
意識をしないうちに化け物の体は制御ができずにただ、妖鬼を貪り食いたいという衝動に駆られ、ハンチング帽を被った少年へと襲い掛かっていく。
そして、気が付いた時には少年の体を食い千切っていた。自分の口元は少年のものと思われる血で赤く染まっており、全裸になった体にはもっと多くの赤い液体が降りかかっていた。
そして、気が付けば仲間の筈の二人の少年と少女から刃を向けられていた。
元通りの眼鏡を掛けた少年に戻ったものの、動揺した二人にはその姿さえも脅威に映ってしまっているのだろうか。
日向は二人を安心させるためにいつものひょうきんな態度と話題を振り向いていくが、二人は意に返さない。
日向が困惑していると、風太郎が声を震わせて問いかける。
「ひ、日向。それがお前の姿なのか?」
「そうそう、どうもそうらしいんだよぉ~オレも今日、初めてこんな事になってさぁ~いやぁ、参ったよぉ~」
冗談めかして笑ったが、風太郎にはそれが通じないらしい。風太郎は不安と恐怖が入り混じった目で日向を見つめていた。
綺蝶は風太郎と違って恐怖感は感じていないものの、何処か困惑した様子は見える。
風太郎と共に刃を向けているのがその現れだろうか。
そんな事を考えていると、刃を向けている二人を押しのけて全裸の日向の前に両手に衣服を抱えた一人の少年が現れた。
少年は美しい顔立ちであり、まるで海外のルネサンス期の絵画に登場する天使の様に美しかった。
いや、少年のためにはそんな安っぽい形容詞では不十分かもしれない。
そんな事を日向が考えていると、少年は黙って日向に衣服を手渡す。
「……服、上様が破けた事を椿様から聞いたから渡してこいって」
少年はそれだけ言うと踵を返して討滅寮の寮へと帰ろうとしたが、その前に日向が大きな声で呼び止める。
「ま、待てよ!お前の名前は?」
「……順、月島順つきしまじゅん
順はそれだけ言うと振り返りもせずに建物の中へと戻っていく。
その後に刀を収めた綺蝶が日向の前に立って頭を下げる。
「先程は申し訳ありません。やはり、私も初めてみたものですから。つい動揺してしまいまして……」
「ま、まぁ、しょうがねぇさ。オレだって他の人間があんな姿になったら、動揺するって……」
だが、後の言葉が妙に弱々しい。恐らく、信じていた仲間にあの様な態度を取られたせいだろうか。
が、綺蝶としても生で見るとどうしても怯えてしまうのだ。
ここは下手な行動や言動は制するべきだと判断したのか、彼女は謝罪の言葉を口に出して、風太郎を連れて彼と共に討滅寮へと戻っていく。
日向は暫く去っていく二人を眺めてから、黙って足元の砂を弄っていく。
そんな日向の元に一人の青年が姿を表す。ボブショートの髪をした黒色の髪の美男子は日向の元に座り、話し掛けた。
「災難だったな?そうして惚けた顔を眺めていると余程、衝撃を受けたらしい」
「あ、あんたには関係ねぇだろ。って言うか、あんた誰だよ!?」
「オレは松風。松風神馬。みんなからは名前の方じゃなくて苗字の方の松風って呼ばれてる」
松風と呼ばれた青年はあの襲撃事件を生で見ており、その際に白い虎へと変貌した日向の姿を見ていたという。
「案ずるな。過去にも妖鬼に姿を変えた奴は居たらしいぞ。何もお前だけの特殊な事例じゃないさ……」
そう言うと、松風は無言で右手の掌を日向の前に出す。
日向が首を傾げていると、松風は無愛想な声で一言、
「煙草」
と、呟く。どうやら、慰め料として請求したいらしい。
日向は自分は喫煙者ではないと伝えると、松風は一言、静かに「そうか」と呟いて日向の体にもたれ掛かっていく。
困惑した飛び下がろうとした日向を松風は彼の右手の手首を捕らえる事で押さえて、
「待て、お前の肩は居心地が良い。暫くの間、寝かせてくれ」
日向はそう言うと音を立てて眠り始めていく。
彼は日向の困惑など知らない様子で寝息を立てていくので、日向としても悪い気配は見せない。
何よりも、彼は女と間違えても違和感のない美男子であったのでその寝顔を見るだけでも眼福と言えたかもしれない。
日向は子供の様に眠る松風の髪を優しく撫でていく。
一方で、綺蝶と風太郎の二人の様子はといえば穏やかではない。
やはり、将軍から伝えられたとはいえ怪物に変貌する姿を見ては驚きを隠せない。
綺蝶は階段を二階上がっても尚、動揺した様子を見せる風太郎を寮の廊下の道中で振り返り、彼に向かって言った。
「獅子王院さん、やはり、上様の言っている事は本当だった様です。近作さんはあの様な恐ろしい姿に……」
「あぁ、確かに近作のあの様子はあまりにも恐ろしかった。けれど、あれは予想できた事で……オレはあいつに刃を向けちまって……」
「……我々は取り返しのつかない傷を近作さんに与えてしまったのかもしれません。後日、改めて謝罪に伺う予定ですが、それでも許してくれるか……」
二人の間に漂うのは沈黙。ただの沈黙ではない。重苦しく相手に隙を与えない程の空気。
そんな鎖の様に重いものが二人の間に漂っていたのだ。
そんな時だ。背後から声が聞こえて二人は慌てて振り向く。
そこには短い髪をしたブラウスにズボンという格好に腰に仕込刀を下げている鋭い目の女性が立っていた。皺が見えない事から、彼女の年齢が相当に若い事が分かる。
そのいかにも気の強そうな若い女性は綺蝶の前に立つと、彼女の手に一枚の紙を握らせる。
「斑目綺蝶と新入りの獅子王院風太郎並びに近作日向。上様からの辞令である。本日付けで三名は東京の浅草に存在する『ホームズ』なるバーにて発生した怪死事件を追えッ!以上」
鋭い目をした女性はそう言うと黙って背を向けて廊下を歩いていこうとしたが、その前に綺蝶に呼び止められてその足を止める。
「それだけですか?氷堂さん。もう少し丁寧に説明してくれませんか?どうして、私までもが向かわなければいけないのかという事情を」
どうやら、この若い女性の苗字は氷堂ひどうと言うらしい。
だが、彼女は立ち止まっただけでそれ以上は何も答えようとはしない。
そんな彼女に苛立ったのか、綺蝶は彼女の全ての名前を呼ぶ。
「聞こえてますかー、氷堂冴子ひどうさえこさん!上様からもっと詳しい情報を預かってますよね!あなた!」
それを聞くと、冴子は勢いを付けて冴子の方へと向かっていく。
「うるさい!私の本名を呼ぶな!斑目!お前はガキの癖にいちいち行動が癪に触るんだッ!」
「ガキ?失礼ですが、私とあなたとは年齢が四つしか離れてませんよね。たったの四つの差でガキ呼ばわりとは失礼ではありませんか?」
「黙れッ!お前のそう言う人を小馬鹿にした様な口調が苛立つんだッ!それに、お前の取る手段も気に食わん!なんなら、この場で叩き斬ってやろうか!」
冴子が腰に下げていた仕込刀に手を伸ばそうとした時だ。二人の間に風太郎が割って入り、二人の喧嘩を仲裁する。
仲裁に入られた事でヘソを曲げたのか、冴子は綺蝶にそれ以上、何も言う事なく黙ってもう一枚の紙を押し付けてその場を去っていく。
風太郎は二人が離れたのを見て小さく溜息を吐く。
それから、綺蝶に二人の因果関係を問い正そうとした所で綺蝶があっと叫んだ事に気が付く。
風太郎は綺蝶のただならぬ様子に表情を変える。
彼は真剣な顔を浮かべて、
「獅子王院さん。悪いですが、バーの事件はかなりの時間を費やす事になるかもしれません」
「え?それってどういう事だよ?」
風太郎の疑問に綺蝶は一言で答える。
「この事件の背後にはが関わっています」
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