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妖鬼対策研究会編
夜の闇に従って
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音橋仁也は突然、現れた四人の男女に警戒の目を向けていく。
そもそも、この四人の男女は聴講生という事で突然現れて、妖鬼対策研究会に合流し、自分の放った刺客を返り討ちにしていた。
猿指は中々見所のある妖鬼であり、あんなにも容易く負けたという事実は仁也にとっては納得出来ない事であったらしい。
彼は今日の講義もそこそこに纏めて帰り、大学と駅との間に存在する食堂で必要のない食事を取っていると、その庶民が通う食堂には似つかわしくない全身を派手なフリルで飾り付けた黒いドレスの少女が現れた。
大抵の客が仕事帰りの会社員であったためか、はたまた奥に会計のカウンターやら調理のための食堂が備え付けられている形の食堂であるためか、その格好は余計に彼らの気を引いたらしい。
それを見て自然と焦りを覚えたのは仁也。
彼は食堂の端の席から立ち上がり、突然現れた自身の上司に帰ってもらう様に懇願するが、彼女はその懇願を一蹴してそのまま食堂の中へと入っていく。
緊張した顔の中年の店主に彼女は天井に掲げられていたお品書きに書かれていた定食を注文する。
姑獲鳥は震えた手でお冷やを出す店主の手から奪い取ってそれを飲み干すと、仁也に向き合う。
彼女の顔は笑顔。いや、それどころか、小学生の子供が浮かべる様な屈託のない無邪気な笑顔。
だが、仁也からすればそれが恐ろしい。彼は生唾を飲み込んで彼女が何を要求するのかを考えていく。
彼女はひとしきり、仁也の顔を眺め終えると、暫くの間は笑顔で彼を見つめていた。
だが、異変は直ぐに起きた。姑獲鳥は直ぐに両手で机の上を叩いて立ち上がり、仁也の胸ぐらを掴む。
「ねぇ、どうして勝手に猿指を向かわせたりしたの?答えてよ?ねぇ?」
仁也は答えられない。思わず彼女から視線を逸らす。
だが、姑獲鳥は闘争を許さない。仁也の両頬を強く叩いて、強制的にこちらの方に向かせた。
そして、刃でも含まれているかの様な鋭い口調で問う。
「あたしが答えろって言ってるの!早く答えろ!音橋仁也ァァ~!!」
普通ならば、女性が男性を怒鳴り付け、恐喝しているという行為を彼らは男として見逃す訳したりはしない。
生意気な女の頬を叩いて黙らせるくらいはしただろう。
だが、何事にも例外はある。彼女の全身から放たれる触れてはいけないオーラの様なものに誰もが圧倒され、ただ黙って仕事を片付けていく。
姑獲鳥は一通り、大衆の前で仁也を侮辱し終えると、そのまま黙って元の席に戻り、必要がない筈の煙草を取り出して吸う。
中指と人差し指の間に挟まれた煙草からは白い煙が漂ってくるが、仁也は文句を言う事なくその煙を頭に浴びせ続けられていた。
すると、二人の間に中年の店主が定食を持って現れて、今度は恐怖のために両手を震わせながら定食を机の上に置く。
姑獲鳥は頼んだ魚の定食が来たのを確認し、一口、口にしてから、一言も話す事なく無愛想な様子で料理を口していく。
それから、乱暴に箸を置いて仁也に向き直る。
「ねぇ、あなたにはぁ、もう荷が重いんじゃあないの?天草島原の乱も無能な奴を城攻めの大将に付けたから、あそこまで幕府が面子を落とす事になったのよねぇ~」
それを聞いた瞬間に彼の肌に鳥肌が立つ。天草島原の乱で一揆方を最初に抑えにかかった板倉重昌は無能な指揮のために悪戯に友軍を死なせ、最後には名もない百姓の手で撃ち殺された有名な男であった。
つまり、彼女は自分を……。
この後に続く言葉を想像して男は一人で全身を震わせてしまう。
男は一人で全身を震わせてしまう。もし、目の前の少女に首を宣告でもされたら……。
そんな事は考えたくもない。音橋仁也は必死に首を横に振っていく。
が、彼女は定食屋の机の上に両腕を組んで、身を乗り出し、仁也の顔に自分の顔を近付けて、近い距離で彼の表情を観察していく。
そして、仁也が焦っているというのを彼の目が祭りの金魚の様に泳いでいるのを見て確信を得る。
彼女は無理矢理、仁也を自分の元に近付けて口付けを交わす。
仁也はいや、食堂に集まった人々は一瞬の出来事に唖然とした表情を浮かべていたが、姑獲鳥は直ぐに仁也の唇から自身の林檎のように赤くて美しい唇を離して言った。
「いやだわぁ、こんなはしたない事は姉様の特権なのに、あたしが奪ってしまうなんてぇ。やだぁ、はしたないわぁ」
それだけ言うと姑獲鳥は椅子から立ち上がり、店主への会計を済ませるために、店内奥のカウンターに向かう前に、姑獲鳥は仁也の耳元で低い声で囁く。
「今度しくじれば、この大学に新しい妖鬼を派遣する。ここで問題、史学部のあんたらなら解けて当たり前の問題だけれどぉ、日本では敗北して逃げた大将はどんな処罰を受けたかしらぁ」
仁也はそれを聞いて思わず両目を開いてしまう。そして、玉藻姉妹の前で腹を切らされる腹を切らされる自分の姿が鮮明に思い浮かび思わず腰を抜かしてしまう。
姑獲鳥がそう言って立ち去っていく姿を見送ると、仁也は暫くの間、自らの喉を抑えて食堂の床の上でへたれ込む。
まるで、殿様の狩りに巻き込まれた哀れな猪や鹿の様だった。
多くの犬や人に追い立てられ、最後は平等ではない戦いに引き摺り出され、頭に弓を撃たれて死ぬ哀れな獣。
それが、今の自分。だが、そこで仁也は古来よりの諺を思い出して自身を奮い立たせていく。
絶体絶命の人や生き物はどうしようもない程に追い詰められれば、どうなるのかを。
追い詰められた農民はどうなったのかを思い返していく。
どうして、明治6年に行われた当初定められていた地租の税率が下げられたのかを。
仁也はそれを思い返して自らの顔に指を当てて大きな笑い声を出す。
そうだ。追い詰められれば追い詰められる程、人は動いていけるのだ。
仁也は一通り地面の上で笑った後に立ち上がり、言葉の出ない店主に代金を手渡して大学の方へと向かう。
一度の失態は自らの手で返上できる。彼は大昔に購入したポケットナイフをポケットから取り出すと、それを振り回しながら、大学へと向かっていく。
そうだ、今から皆殺しにしてやろう。あの忌々しい対魔師の連中を。
そう、全てを終わらせてやるのだ。20年の間、人の世に巣食い続けた自身の妖鬼としての手腕を用いて……。
仁也はそう考えると居ても立っても居られずに、大勢の大衆が見ているのにも関わらず、自身の姿を金棒を持った真っ白なのっぺら坊へと変えていく。
周りの人々の悲鳴を他所に、仁也もとい金守坊は手にある金棒を振り回しながら、目的の場所へと向かっていく。
そもそも、この四人の男女は聴講生という事で突然現れて、妖鬼対策研究会に合流し、自分の放った刺客を返り討ちにしていた。
猿指は中々見所のある妖鬼であり、あんなにも容易く負けたという事実は仁也にとっては納得出来ない事であったらしい。
彼は今日の講義もそこそこに纏めて帰り、大学と駅との間に存在する食堂で必要のない食事を取っていると、その庶民が通う食堂には似つかわしくない全身を派手なフリルで飾り付けた黒いドレスの少女が現れた。
大抵の客が仕事帰りの会社員であったためか、はたまた奥に会計のカウンターやら調理のための食堂が備え付けられている形の食堂であるためか、その格好は余計に彼らの気を引いたらしい。
それを見て自然と焦りを覚えたのは仁也。
彼は食堂の端の席から立ち上がり、突然現れた自身の上司に帰ってもらう様に懇願するが、彼女はその懇願を一蹴してそのまま食堂の中へと入っていく。
緊張した顔の中年の店主に彼女は天井に掲げられていたお品書きに書かれていた定食を注文する。
姑獲鳥は震えた手でお冷やを出す店主の手から奪い取ってそれを飲み干すと、仁也に向き合う。
彼女の顔は笑顔。いや、それどころか、小学生の子供が浮かべる様な屈託のない無邪気な笑顔。
だが、仁也からすればそれが恐ろしい。彼は生唾を飲み込んで彼女が何を要求するのかを考えていく。
彼女はひとしきり、仁也の顔を眺め終えると、暫くの間は笑顔で彼を見つめていた。
だが、異変は直ぐに起きた。姑獲鳥は直ぐに両手で机の上を叩いて立ち上がり、仁也の胸ぐらを掴む。
「ねぇ、どうして勝手に猿指を向かわせたりしたの?答えてよ?ねぇ?」
仁也は答えられない。思わず彼女から視線を逸らす。
だが、姑獲鳥は闘争を許さない。仁也の両頬を強く叩いて、強制的にこちらの方に向かせた。
そして、刃でも含まれているかの様な鋭い口調で問う。
「あたしが答えろって言ってるの!早く答えろ!音橋仁也ァァ~!!」
普通ならば、女性が男性を怒鳴り付け、恐喝しているという行為を彼らは男として見逃す訳したりはしない。
生意気な女の頬を叩いて黙らせるくらいはしただろう。
だが、何事にも例外はある。彼女の全身から放たれる触れてはいけないオーラの様なものに誰もが圧倒され、ただ黙って仕事を片付けていく。
姑獲鳥は一通り、大衆の前で仁也を侮辱し終えると、そのまま黙って元の席に戻り、必要がない筈の煙草を取り出して吸う。
中指と人差し指の間に挟まれた煙草からは白い煙が漂ってくるが、仁也は文句を言う事なくその煙を頭に浴びせ続けられていた。
すると、二人の間に中年の店主が定食を持って現れて、今度は恐怖のために両手を震わせながら定食を机の上に置く。
姑獲鳥は頼んだ魚の定食が来たのを確認し、一口、口にしてから、一言も話す事なく無愛想な様子で料理を口していく。
それから、乱暴に箸を置いて仁也に向き直る。
「ねぇ、あなたにはぁ、もう荷が重いんじゃあないの?天草島原の乱も無能な奴を城攻めの大将に付けたから、あそこまで幕府が面子を落とす事になったのよねぇ~」
それを聞いた瞬間に彼の肌に鳥肌が立つ。天草島原の乱で一揆方を最初に抑えにかかった板倉重昌は無能な指揮のために悪戯に友軍を死なせ、最後には名もない百姓の手で撃ち殺された有名な男であった。
つまり、彼女は自分を……。
この後に続く言葉を想像して男は一人で全身を震わせてしまう。
男は一人で全身を震わせてしまう。もし、目の前の少女に首を宣告でもされたら……。
そんな事は考えたくもない。音橋仁也は必死に首を横に振っていく。
が、彼女は定食屋の机の上に両腕を組んで、身を乗り出し、仁也の顔に自分の顔を近付けて、近い距離で彼の表情を観察していく。
そして、仁也が焦っているというのを彼の目が祭りの金魚の様に泳いでいるのを見て確信を得る。
彼女は無理矢理、仁也を自分の元に近付けて口付けを交わす。
仁也はいや、食堂に集まった人々は一瞬の出来事に唖然とした表情を浮かべていたが、姑獲鳥は直ぐに仁也の唇から自身の林檎のように赤くて美しい唇を離して言った。
「いやだわぁ、こんなはしたない事は姉様の特権なのに、あたしが奪ってしまうなんてぇ。やだぁ、はしたないわぁ」
それだけ言うと姑獲鳥は椅子から立ち上がり、店主への会計を済ませるために、店内奥のカウンターに向かう前に、姑獲鳥は仁也の耳元で低い声で囁く。
「今度しくじれば、この大学に新しい妖鬼を派遣する。ここで問題、史学部のあんたらなら解けて当たり前の問題だけれどぉ、日本では敗北して逃げた大将はどんな処罰を受けたかしらぁ」
仁也はそれを聞いて思わず両目を開いてしまう。そして、玉藻姉妹の前で腹を切らされる腹を切らされる自分の姿が鮮明に思い浮かび思わず腰を抜かしてしまう。
姑獲鳥がそう言って立ち去っていく姿を見送ると、仁也は暫くの間、自らの喉を抑えて食堂の床の上でへたれ込む。
まるで、殿様の狩りに巻き込まれた哀れな猪や鹿の様だった。
多くの犬や人に追い立てられ、最後は平等ではない戦いに引き摺り出され、頭に弓を撃たれて死ぬ哀れな獣。
それが、今の自分。だが、そこで仁也は古来よりの諺を思い出して自身を奮い立たせていく。
絶体絶命の人や生き物はどうしようもない程に追い詰められれば、どうなるのかを。
追い詰められた農民はどうなったのかを思い返していく。
どうして、明治6年に行われた当初定められていた地租の税率が下げられたのかを。
仁也はそれを思い返して自らの顔に指を当てて大きな笑い声を出す。
そうだ。追い詰められれば追い詰められる程、人は動いていけるのだ。
仁也は一通り地面の上で笑った後に立ち上がり、言葉の出ない店主に代金を手渡して大学の方へと向かう。
一度の失態は自らの手で返上できる。彼は大昔に購入したポケットナイフをポケットから取り出すと、それを振り回しながら、大学へと向かっていく。
そうだ、今から皆殺しにしてやろう。あの忌々しい対魔師の連中を。
そう、全てを終わらせてやるのだ。20年の間、人の世に巣食い続けた自身の妖鬼としての手腕を用いて……。
仁也はそう考えると居ても立っても居られずに、大勢の大衆が見ているのにも関わらず、自身の姿を金棒を持った真っ白なのっぺら坊へと変えていく。
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