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船橋事変編
不可逆的なまでの決定は如何にして覆されたのか
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あれから、暫くの間、日向は船橋ヘルスケアセンターに行きたいと駄々をこねつつあった。風太郎も綺蝶も呆れた目を向けるばかり。
どうしようかと途方に暮れていた時だ。その訪問者がやって来たのは天啓にも等しかった。
訪問者はかつて、自分が征魔大将軍への目通りに向かった際に僅かながらの会話を交わした女性、氷堂冴子だった。
彼女は風太郎の元を訪れると、彼に一枚の紙を手渡して言った。
「上様からの預かり状だ。明日、斑目綺蝶の謹慎の身を解くというな……」
「綺蝶の?」
冴子はそれに対して黙って首を縦に動かす。
「あぁ、あの任務から帰って来て三週間も経つから、もうそろそろ許してやろうという上様からの御慈悲だよ。それと、もう一つ……千葉の船橋の方に私と一緒に行かないか?」
それを聞くと風太郎は思わず肌を赤く染めてしまう。
初めは首を傾げていた冴子であったが、次第にその意味が理解できる様になると、耳までも赤く染めて、
「ば、馬鹿ッ!違うぞ!千葉の船橋の方に妖鬼の目撃情報が警察から寄せられたから、偵察に行くだけだッ!船橋ヘルスケアセンターに遊びに行くわけじゃあないぞ!それに二人っきりという訳じゃあない!斑目もこの任務にはついて行くんだッ!」
それを聞いた風太郎は落胆して大きく溜息を吐く。
「な、何だ。船橋ヘルスケアセンターに行くんじゃあないのか……」
「当たり前だろう!そもそも、お前の頭の中には遊ぶ事以外ないのか!?」
「そりゃあ、あるにはあるけど……」
風太郎はしみどもろに言い放つ。その煮え切らない態度を見て拳を震わせていく冴子。
彼女は小さく溜息を吐くと、風太郎に向かって冷たい声で告げる。
「まぁ、今回の任務は大掛かりだからな。遊ぶ暇は殆どないと思えよ。じゃあな。先に千葉に行っているから、後で合流する様に斑目にも伝えておいてくれ」
彼女はそう言って門の前から下がっていき、討滅寮が用意したと思われる黒い車の中へと乗り込む。
風太郎は彼女のの乗る車が小さくなって、やがて視界から消えるのを見届けると、大きな声で喜びの声を上げて屋敷の中へと戻っていく。
屋敷の中に戻り、興奮の冷めぬ様子で船橋市への任務の事と冴子との合流の事を語る風太郎。
綺蝶はそれを辛辣な瞳で眺めていたが、やがて、またいつもの柔和な笑顔を浮かべて、
「分かりました。次の任務は船橋市ですね。準備を整えたら、早速行きましょう」
「ま、待てよ!」
そこに口を挟む日向。彼は両手で拳を握り締めながら、綺蝶の両肩を掴んで、
「船橋市への任務という事だから、今回は船橋ヘルスケアセンターにも行けるんだよな!オレ、噂の大プールで泳いでーー」
「行きませんよ」
これはまたキッパリと切り捨てる。あまりの決断の早さに日向は涙目を見せていたが、彼女は首を横に振ってどうしていかないのかを説明していく。
だが、それでも納得できない様で、懇願して縋り付く。
やむ無しに綺蝶は額を右手で抑えて、小さく溜息を吐いてから、呆れた様な表情で告げた。
「じゃあ、こうしましょうか?私たちと獅子王院さんが任務から帰るまでにあなたが破魔式を使える様になっていたら、船橋ヘルスケアセンターにでも何でも行きましょうか?何なら、私もそこで泳ぎますよ」
『船橋ヘルスケアセンター』という単語だけでも強烈であったのに、後に加わった『私も泳ぐ』という単語に日向は突き動かされていく。
と、言うのもそれは彼女の水着姿が見れる事に他ならないからだ。
大学に潜入していた頃に、彼はたまたま海外の女性の水着姿を見る事があったが、あの様な衣装を、師であり、憧れの女性である綺蝶が着るというのは彼にとっては大きな事であった。
彼は水着姿の綺蝶を意識し終わると、胸を大きく叩いて、
「オレに任せておけ!破魔式なんてチョチョイのチョイで身に付けてやるよ!」
と、大口を叩く。彼女は呆れた顔を浮かべて、
「まぁ、期待してますよ」
と、だけ告げて部屋に荷物を取りに行く。風太郎もそれに続いて荷物を取りに行き、彼女に続いて任務に就く。
荷物を手に取ると、日向に家の留守を頼み、二人は家を歩いて都会へ行くためのバスに揺られていく。
バスは田舎という事もあってか、相変わらず人はまばらだ。
それに加えて、自分たち二人はトランクを持っている。刀と太刀は体の中に隠してはいるが、あまり人の出入りのない田舎という事もあり、東京郊外の田舎に住む人々の目はトランクとそれを持つ若い二人に集中していく。
二人は複雑な思いを抱えながら、窮屈な旅を終えてバスから東京の端の方はと降りていく。
二人はそこから暫く歩き、足がヘトヘトになった際に風太郎は改めて口を吐く。
「あー、冴子は車で来れたのに、どうして、オレと綺蝶は電車やバスを乗り継がなくちゃあならねぇんだよ!」
風太郎の憤りも最もだ。綺蝶だって実際にそう感じている。
だが、それを口にし、直接、冴子や討滅寮の側に打診するのには憚られるとある事情があった。
と、言うのも……。
「あの車を利用できるのはその時に頼んだ上位の対魔師だけなんですよ。初めは私も戸惑いましたよ」
綺蝶は涼しい笑顔で言っていたが、微かに眉が寄っている事はこちらからでも分かる。
風太郎は苦笑しながら、路面電車とバスを乗り継いで千葉の船橋市へと移動する。
千葉の船橋市は東京よりは確かに建物の数は劣るものの、それでも、田んぼより家の方が多かった。
着いた時にはもう遅かったので、二人は宿を取り、一泊して近くの公衆電話で冴子との待ち合わせの場所を問う。
電話口の向こうの相手はあろう事か信じられない場所を口にした。
「え、映画館ですか!?」
「ええ、合流前に観たい作品があるそうで……」
電話口の向こうからも戸惑いの声が聞こえる。風太郎はそれを聞いて不満を覚えてしまう。
偉そうな事を言いつつも、自分だって遊びたかったのではないか。
憤りを感じつつも、風太郎は綺蝶から聞いた場所を辿って、その船橋市の映画館へと向かう。
朝の上映であるから、もうそろそろ終わる筈だ。風太郎と綺蝶の両名が足を鳴らして待っていると、何故か刀を持った冴子が出て来た。
彼女は清々しい顔を浮かべて言った。
「ようやく狩れたぞ、明治の頃から奴はこの建物を根城にしていたらしいが、ようやく居なくなった。これで、ここらの人も安心して映画を観れるだろうな」
と、彼女は予想外の言葉を吐いた。拍子抜けしたのは風太郎たちの方だった。
てっきり、映画の感想でも言われるのかと思っていたのだが……。
驚愕した表情を浮かべる二人に向かって冴子は勝ち誇った様な笑顔を浮かべていた。
どうしようかと途方に暮れていた時だ。その訪問者がやって来たのは天啓にも等しかった。
訪問者はかつて、自分が征魔大将軍への目通りに向かった際に僅かながらの会話を交わした女性、氷堂冴子だった。
彼女は風太郎の元を訪れると、彼に一枚の紙を手渡して言った。
「上様からの預かり状だ。明日、斑目綺蝶の謹慎の身を解くというな……」
「綺蝶の?」
冴子はそれに対して黙って首を縦に動かす。
「あぁ、あの任務から帰って来て三週間も経つから、もうそろそろ許してやろうという上様からの御慈悲だよ。それと、もう一つ……千葉の船橋の方に私と一緒に行かないか?」
それを聞くと風太郎は思わず肌を赤く染めてしまう。
初めは首を傾げていた冴子であったが、次第にその意味が理解できる様になると、耳までも赤く染めて、
「ば、馬鹿ッ!違うぞ!千葉の船橋の方に妖鬼の目撃情報が警察から寄せられたから、偵察に行くだけだッ!船橋ヘルスケアセンターに遊びに行くわけじゃあないぞ!それに二人っきりという訳じゃあない!斑目もこの任務にはついて行くんだッ!」
それを聞いた風太郎は落胆して大きく溜息を吐く。
「な、何だ。船橋ヘルスケアセンターに行くんじゃあないのか……」
「当たり前だろう!そもそも、お前の頭の中には遊ぶ事以外ないのか!?」
「そりゃあ、あるにはあるけど……」
風太郎はしみどもろに言い放つ。その煮え切らない態度を見て拳を震わせていく冴子。
彼女は小さく溜息を吐くと、風太郎に向かって冷たい声で告げる。
「まぁ、今回の任務は大掛かりだからな。遊ぶ暇は殆どないと思えよ。じゃあな。先に千葉に行っているから、後で合流する様に斑目にも伝えておいてくれ」
彼女はそう言って門の前から下がっていき、討滅寮が用意したと思われる黒い車の中へと乗り込む。
風太郎は彼女のの乗る車が小さくなって、やがて視界から消えるのを見届けると、大きな声で喜びの声を上げて屋敷の中へと戻っていく。
屋敷の中に戻り、興奮の冷めぬ様子で船橋市への任務の事と冴子との合流の事を語る風太郎。
綺蝶はそれを辛辣な瞳で眺めていたが、やがて、またいつもの柔和な笑顔を浮かべて、
「分かりました。次の任務は船橋市ですね。準備を整えたら、早速行きましょう」
「ま、待てよ!」
そこに口を挟む日向。彼は両手で拳を握り締めながら、綺蝶の両肩を掴んで、
「船橋市への任務という事だから、今回は船橋ヘルスケアセンターにも行けるんだよな!オレ、噂の大プールで泳いでーー」
「行きませんよ」
これはまたキッパリと切り捨てる。あまりの決断の早さに日向は涙目を見せていたが、彼女は首を横に振ってどうしていかないのかを説明していく。
だが、それでも納得できない様で、懇願して縋り付く。
やむ無しに綺蝶は額を右手で抑えて、小さく溜息を吐いてから、呆れた様な表情で告げた。
「じゃあ、こうしましょうか?私たちと獅子王院さんが任務から帰るまでにあなたが破魔式を使える様になっていたら、船橋ヘルスケアセンターにでも何でも行きましょうか?何なら、私もそこで泳ぎますよ」
『船橋ヘルスケアセンター』という単語だけでも強烈であったのに、後に加わった『私も泳ぐ』という単語に日向は突き動かされていく。
と、言うのもそれは彼女の水着姿が見れる事に他ならないからだ。
大学に潜入していた頃に、彼はたまたま海外の女性の水着姿を見る事があったが、あの様な衣装を、師であり、憧れの女性である綺蝶が着るというのは彼にとっては大きな事であった。
彼は水着姿の綺蝶を意識し終わると、胸を大きく叩いて、
「オレに任せておけ!破魔式なんてチョチョイのチョイで身に付けてやるよ!」
と、大口を叩く。彼女は呆れた顔を浮かべて、
「まぁ、期待してますよ」
と、だけ告げて部屋に荷物を取りに行く。風太郎もそれに続いて荷物を取りに行き、彼女に続いて任務に就く。
荷物を手に取ると、日向に家の留守を頼み、二人は家を歩いて都会へ行くためのバスに揺られていく。
バスは田舎という事もあってか、相変わらず人はまばらだ。
それに加えて、自分たち二人はトランクを持っている。刀と太刀は体の中に隠してはいるが、あまり人の出入りのない田舎という事もあり、東京郊外の田舎に住む人々の目はトランクとそれを持つ若い二人に集中していく。
二人は複雑な思いを抱えながら、窮屈な旅を終えてバスから東京の端の方はと降りていく。
二人はそこから暫く歩き、足がヘトヘトになった際に風太郎は改めて口を吐く。
「あー、冴子は車で来れたのに、どうして、オレと綺蝶は電車やバスを乗り継がなくちゃあならねぇんだよ!」
風太郎の憤りも最もだ。綺蝶だって実際にそう感じている。
だが、それを口にし、直接、冴子や討滅寮の側に打診するのには憚られるとある事情があった。
と、言うのも……。
「あの車を利用できるのはその時に頼んだ上位の対魔師だけなんですよ。初めは私も戸惑いましたよ」
綺蝶は涼しい笑顔で言っていたが、微かに眉が寄っている事はこちらからでも分かる。
風太郎は苦笑しながら、路面電車とバスを乗り継いで千葉の船橋市へと移動する。
千葉の船橋市は東京よりは確かに建物の数は劣るものの、それでも、田んぼより家の方が多かった。
着いた時にはもう遅かったので、二人は宿を取り、一泊して近くの公衆電話で冴子との待ち合わせの場所を問う。
電話口の向こうの相手はあろう事か信じられない場所を口にした。
「え、映画館ですか!?」
「ええ、合流前に観たい作品があるそうで……」
電話口の向こうからも戸惑いの声が聞こえる。風太郎はそれを聞いて不満を覚えてしまう。
偉そうな事を言いつつも、自分だって遊びたかったのではないか。
憤りを感じつつも、風太郎は綺蝶から聞いた場所を辿って、その船橋市の映画館へと向かう。
朝の上映であるから、もうそろそろ終わる筈だ。風太郎と綺蝶の両名が足を鳴らして待っていると、何故か刀を持った冴子が出て来た。
彼女は清々しい顔を浮かべて言った。
「ようやく狩れたぞ、明治の頃から奴はこの建物を根城にしていたらしいが、ようやく居なくなった。これで、ここらの人も安心して映画を観れるだろうな」
と、彼女は予想外の言葉を吐いた。拍子抜けしたのは風太郎たちの方だった。
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驚愕した表情を浮かべる二人に向かって冴子は勝ち誇った様な笑顔を浮かべていた。
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