太刀に宿る守護霊とその上位の神々に認められたので、弟と妹を殺された兄ちゃんは仇の相手である妖鬼に復讐を誓います!

アンジェロ岩井

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新しい時代の守護者編

欲しがらなかった子供はこうして欲しがる子供になった

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約束だよ。おっとさん、おっかさん。都を作り終えたら、オレの元に帰ってきてね。
当時、幼い少年であった阿武の泡沫と呼ばれる妖鬼はそう言って両親との再会を夢見て、村で待ち続けていた。
新しく造る都というのはどんなのものなのだろうか。
天子やそれに仕える貴族の家々の他に京都に住む予定となる多くの人々が住むのだから、さぞ華やかな都になるに違いない。
そんな、都の増設に携われるなんて両親は幸せだ。
彼は切り株に腰を掛け、鋤で自分を支えながら、今は都で働いている両親の事を考えていく。
その内、二人は帰ってくるだろう。もしかしたら、都の造営に携わった褒美として役人の方々がお土産をもたせてくれるかもしれない。
阿武の泡沫はいや、人間の時の名前であった田丸たまろ少年はそんな淡い期待を浮かべていたのだが、その結果は見るも無残な結果に終わってしまう。
と、言うのも役人の男が無造作にやって来て、両親の死亡を告げるのと同時に。今度は老齢の祖父母に両親の稼いだ分と同等の税を納める様に、と要するに、二人の死んだ分の穴埋めを告げたのだ。
幼い田丸少年は何が何だか分からなかった。
だが、その頃から祖父母は口数が少なくなり、遂には無理がたたって両者とも帰らぬ人になってしまう。
この時、田丸少年は僅か六歳だった。六歳の少年の元に鞭を持った役人が現れて、鬼の如き表情で叫ぶ。
「口分田は貴様にも与えている筈だな!田を与えられている以上は子供だからという甘えは許されぬ!税金を納める義務があるのだ!さぁ、納めろ!」
男はそう言うと鞭を上げて田丸少年の柔らかな頬に向かって鞭を振り上げていく。
彼の純粋な気持ち、優しさに溢れた愛の世界は現実の鞭たった一本で終わりを告げたのだ。
少年は家にあった稲束を役人に差し出したが、役人は再度、田丸少年を鞭で打つと、大きな声で要求する。
「こんなものでは足りんわ!朝廷に収める稲はこの倍!今回は儂が立て替えてやるが、次回からは貴様が出せよ」
田丸少年はこうして若干、六歳で借金を背負う事になったのだ。
日本最古の歌集『万葉集』には山上億良の手によって班田制下の農民の困窮ぶりを歌った歌が収録されていたが、田丸少年は六歳にして天涯孤独となった挙句に、その『万葉集』に書かれていた貧窮門歌で唄われた様な寒く苦しい環境に身を置かれ、満足に育たない作物に悩まされ、強制的に出挙の稲と足りない分の役人の建て替えという借金を背負わされてしまう。
全てのものが僅か六歳の田丸少年を痛め付けているかの様だった。
それでも彼は苦境にもめげずに、かつて両親と祖父母とで暮らした家の中で思い出に浸りながら暮らしていた。
だが、そんな暮らしも八歳の時に終わりを迎えた。彼は税金不足と借金返済の滞納のために家と土地を奪われて身一つで放逐される事になったのだ。
村人は少年に同情こそしていたものの、流石に彼を引き取る気にはなれなかったのか、誰一人として声を上げる気配は見えない。
当てもなく頼れる人もないまま、少年は一人、山の中で夕焼けを眺めていく。
綺麗だ。あの宝物の様に綺麗な橙色の空の下に自分は生きていた。
過去形で自分を表現したのは彼がもうじき死ぬことを理解していたからだ。
彼はそのまま目を瞑って死んでしまおうかと考えたのだが、その前に一人の女性が現れた事でそれは立ち消えとなってしまう。
清楚な顔立ちに男に産まれたのならば、誰もが手に入れたいと思う体をした女性を見たのなら、少年だからという理由で例外にはならなかったらしい。
彼はいつもの様な可愛らしいもう一度、自分の瞳に彼女の体を焼き付けていく。
すると、彼女は死に掛けの田丸少年に向かって尋ねる。
「ねぇ、死にたくない?」
「え?それって、どういうーー」
と、少年が何かを言う前に彼女は首元から指を突き刺していく。
少年の首元から何かが入っていくのを感じる。彼の体に何かが混入し、自分の精神と混ざり合っていくのを確認する。
それが終わると、彼は自分の体を触っていく。体に異常は見当たらない。
だが、何処か心地が良い。またとない高揚感を抱えた彼に赤い袴に白い着物という単純な服を着た女性は妖艶に笑って、
「これで、あなたは正真正銘の妖鬼。人を呪い苦しめる存在となったのよ。さぁ、手に入れた力で存分に復讐なさい」
彼女はそう言うと、彼の元を去って、姿を消していく。
同時に、彼は与えられた力を使用して役人の邸宅へと乗り込む。
この地域を支配する役人の屋敷は豪華そのもので、長い長い塀に取り囲まれ、紫色に塗られた瓦が塀と門の上に立っていた。
地方の役人であるというに、何故か彼の元には金が集まっているらしい。
いいや、ここまで来たのならば明白。彼は常に定められた額よりも倍の金額を人々から奪い取り、その利益を不当に貪り食っていただけであるのにも関わらず、自分たちに金を立て替えたと称して借金を貸し付けていた。
裕福になる筈だ。瞬間、彼は悲しくなった。どうして、懸命に働いた自分の両親と祖父母は失意の内に死んで、他人から奪い取った金の上に胡座をかいて酒を啜っている男が長生きをしてこの世の春を楽しんでいるのだ。明らかにおかしい。彼はそう考えると、泣きたくてたまらなくなった。
当時、八歳の少年は少年らしく大きな声で泣いた。
すると、どうだろう。少年の体は大きくなっていき、同時に二本足では大き過ぎて支えられないという理由から、四本足になり巨大な赤ん坊の姿で屋敷を荒らしていく。
その瞬間、役人の屋敷はめちゃくちゃに荒らされて役人の家族は元より、使用人たちも次々と殺されていく。
皆殺しだ。誰一人として楽に殺してやるものか。老いも若きも男女の差も関係ない。足のつま先から頭のてっぺんまでもが腐っている様な役人の側に居た事が死んだ人間の罪だ。
確実に死んでいるのは分かるのだが、あの役人が死んでいるのかを知る術はない。巨大化した赤ん坊の目は常に閉じられているのだから。
そう考えていた時だ。彼の体から多くの岩が出てきて彼の目の代わりとして見えない間の景色を彼の頭の中へと映していく。
どうやら、屋敷の中には自分や祖父母を苦しませた役人の姿がある様だ。恐怖に満ち溢れてそのまま崩れた屋敷の瓦礫の下で動けなくなっているのを確認する。
彼はどうしようかと考えたが、岩から炎を出して生きたまま彼を焼いていく。
その様は地獄で亡者が懺悔の踊りをしているかの様だ。
堪らない。思えば、この日を境に彼の中の良心は完全に欠落していっていた。
何の咎めもなく暴れ回り、人から欲しいと迫るばかりの日々。
そんな日々に自分は満足していたのだろうか?首を斬られる過程で彼は自身に向かってそう問いかける。
否。自分は止めて欲しかったのだ。誰かに。そう、両親に。
そう考えていたのなら、自分が千年近くの時間の中で何を求めていたのかの答えを知れた気がした。
恐らくその正体の名は『愛』
両親からの、そして人からの愛が欲しかったのだ。
だが、そんな事に千年近くも生きていて気付かないとは……。何ともまあ、惨めでそれでいて無様な話なのだろう。
彼は自分自身に呆れながら、深い闇の底へと落ちていく。恐らく、その闇の先は地獄だろう。
田丸少年は悔悟の念に囚われながら両目を瞑っていく。
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