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新しい時代の守護者編

ラグナロックは奏でられた

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一体、何を語っているのだろう。ジョーはこの戦雲玄竜なる男の真意が全くと言っていい程に読み取れない。
つい、先程に唐突にこの現場に現れて、自分の首根っこを抑えると、いきなり謎の演説を始めたのだ。
しかも、その演説の最中に誰もを人を寄せ付けない程の圧倒的な殺気を全身から漂わせながら。
彼は必死な顔で語った。革命の正当性。人類が同時に革命を起こさなければならない理由。
それらの全てを語り終えた彼の顔は実に清々しい。
だが、やり遂げたと全身で主張せんばかりの彼の顔とは対照的に、対魔師も妖鬼対策研究会の面々もみな、口を紡ぐ。
誰一人として拍手を起こさない。教授への抵抗運動を目論み、正妖大学の根本をひっくり返した菊園寺和巳でさえ無言を貫いていた。
演説を終えると、彼は得意げな表情を浮かべて拍手を求めていく。
だが、誰も拍手をしないという状況に彼は少なからず不服の念を抱いたらしい。
彼は舌を打って、風太郎を指差して彼を指名する。
「獅子王院風太郎!お前はこの世界同時革命についてどう思う!?」
「……オレはあんたみたいなエリート様とは違って自分は学校に通っていない身分だから、何にも偉そうな事を言えない身分だから、何とも言えないがな。少なくとも、お前のその考えは間違っているとしか思えないんだよ」
「どういう意味だよ?」
「……詳しく聞きたけりゃあ、教えてやろうか。お前がオレたちに語ったその言葉の半分……それはお前の意思じゃあない。別の誰かの意思だ。別の誰かの意思をペラペラと喋るだけなら、そこいらの伝道師だってできるぜ」
それを聞いたと彼は唇を噛み締めながら、風太郎の元に向かって立ち上がっていく。
「貴様ァァァァァァー言っていい事と悪い事があるぞ!よりにもよって、私のこの崇高なる意思を誰かの代弁だと?」
「そうだよ。まるで、今のお前は腹話術の人形。デパートでひたすらにオススメの商品の名前を流すスピーカーだよ」
風太郎の反論を聞くと、玄竜は心底から絶望した様に青い顔で溜息を吐いて風太郎の元に向き直る。
「……もういい。下賤なお前なんぞに崇高なる意思を期待したオレが馬鹿だったよ」
彼はそう言うと、大きく深呼吸をしてから、懐から鎖鎌を取り出して風太郎に向かって放っていく。
先端が分銅になっており、勢いを付けたこの武器は体の何処かに当たれば即死もしくは後遺症を免れない程の大きな怪我を投げた対象の相手に負わせる事を思わせる程の不気味なものであった」
風太郎はそれを予感してか、太刀を使って分銅を受け止めたのだが、綺蝶は彼の意図に気が付いたのだろう。
直ぐに太刀を手放す様に叫ぶ。風太郎が首を傾げていると、何と、彼の前には蛇の様な鎖が彼の首元目掛けて現れたのだ。
風太郎は当初は驚いて声も出なかったらしいが、直ぐに綺蝶の指示に従って太刀を離したために事なき事を得る。
玄竜の使用する分銅は彼が太刀から手を離すのと同時に彼の元へと下がっていく。
同時に彼は今度は今まで利き手の手の中に持っていた鎌を彼に放り投げていく。
とうとう、鎖鎌の本来の意味さえも見失ったのかと呆れていたのだが、直ぐに風太郎は彼の意図に気が付く。
と、言うのも玄竜の手から離れた鎖鎌が意思を持った様に空中で神話状の竜の様に轟き、あろう事か意思を持って風太郎に襲い掛かってきたからだ。
風太郎は氷の破魔式『氷結牢』で鎖鎌を凍らせたから良いものの、それ以上の動きをしようとする竜に危機感を示す。
だが、玄竜はそれでも怒りが収まらなかったらしい。
彼は背広の下に隠して下げていたと思われる仕込み刀を鞘から取り出して、風太郎に向かって斬り掛かっていく。
風太郎はこの時に氷の破魔式を用いて彼の動きを破ろうとしたが、不意に嫌な予感がして彼は急遽、自身の使えるもう一つの破魔式、風の破魔式で玄竜に向かって対処していく。
玄竜は突風を喰らうと、両目を大きく広げて風太郎を睨む。
だが、直ぐに仕込み刀から幾重もの刃を作り出し、彼を襲わせていく。
風太郎の太刀に今度は割れた仕込み刀の刃とそれを繋ぐ鋼鉄の糸とが風太郎の太刀を襲っていく。
「クソッタレ!まさか、こんな武器があったなんてなッ!完全に予想外だった!」
悔し紛れに吐き捨てる風太郎に対して、玄竜は余裕のある笑顔を浮かべて言った。
「くっくっ、貴様、まさか、今、己を襲っている武器が売られている物だでもね思っているのか?」
その言葉を聞いて彼は思わず絶句してしまう。
「まさか、この武器って……」
「そうさ!この武器はオレの手で作り上げたんだッ!いいや、正確に言えばこれは祖父の仕込刀を基盤にしているが、その後にオレの魔獣覚醒で全く別の武器に変えたと言っても良いだろうな」
風太郎は果てしない絶望の底へと叩き落とされた様な気がした。
この男の言っている事が本当であるのならば、この男はとんでもない魔獣覚醒を持ってそれを自由自在に操っているという事に他ならない。
風太郎の動きが止まっている時でさえも、仕込み杖は容赦なく動いていく。
そして、彼の太刀を抜けて彼の体へと差し迫ろうとした時だ。
彼の太刀を覆っていた大小の刃は暗黒の雲の中へと吸い込まれていく。
風太郎は荒い息を吐く綺蝶を眺める。どうやら、先程の暗雲は綺蝶のものだったらしい。
それを見た風太郎は奈落の底へと落ちていく自分に差し伸ばされた手を見た様な気がした。
同時に、目の前の男に対しての敵意を剥き出しにしていく。
同時に、風太郎の頭はようやく理解した。どうして、あれ程までに玄竜の演説を受け付けなかったのかを。
要するに、それは相性の問題であったのだ。風太郎と玄竜とは根本的に相対する仲なのだ。
だからこそ、家に寄生する害虫を見た時の様な生理的な嫌悪感が心の何処かに芽生えていたのかもしれない。
風太郎が彼に向かって再度、刃を構えた時だ。彼は何を思ったのか、味方であるジョー・ハンセンの右足に向かって手裏剣を投げ付けた。
「お前はそれでオレが喜ぶのかと思ったのだろうが、残念な事に、今のオレはオ不愉快な気分になっただけだ。興醒めした。今日はやる気になれん」
彼はそう言って仕込刀を元の杖に持ち替えて元きた道を歩いていく。
風太郎は彼が歩いて立ち去っていく姿を黙って見つめるしかできなかった。
だが、綺蝶は違ったらしい。誰よりも勇敢な対魔師は立ち去ろうとする男に向かってある言葉を投げ掛けた。
「覚えておいてください。対魔師はこの程度では済まないと……次にあなたが戦えば、間違いなくあなたの首を撥ね飛ばすと……」
「……対魔師というのはこんなにも好戦的なのか?分からん……だが、まぁいい。オレの演説を複写と言い放ったガキにも興味が湧いたからな。いいだろう。戦ってやる。だが、この戦いなぁ決着はオレが指定する。それで良いな?」
「……指定はこちらでします。二日後の新聞の訪ね人の広告にあなたにしか分からない手掛かりを載せておきますので、どうぞご見聞下さいます様に」
彼はそう言うと、何も言わずに杖を持って帰っていく。
怯えた様子のジョー・ハンセンを置いて……。
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