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天楼牛車決戦編
夜は明けた
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玉藻紅葉は九州の端に存在する巨大な王国を統治する王とその妻にして未来を見通す巫女である母との間に生まれた。
同じ日に少し遅れた弟と共に。
二人は蝶よ花よと褒め称えられていた育てられていた。だが、その中でも弟は男らしく武器の扱いに長け、10歳を過ぎる頃には彼の剣の師も驚く程の上達ぶりを見せていた。同時に、弟は男らしさにあふれていた同年代のどの少年よりも。
年齢が殆ど同じであり、尚且つ優れた武術を持ち、自分を将来守る事になるであろう弟と共に育つ中で彼女が弟に好意を持つのは彼女にとっては兎を見つければ、弓矢を持ってきて狙うのと同じくらいに当たり前の事であった。
彼女は弟という兎を狙うために、ありとあらゆる手段を尽くした。
彼女は弟と繋がるために、多くの彼を慕う女性を陥れ、追い落とし、更に当初は嫌がっていた彼に愛を迫ったのだ。
とうとう彼も折れて、彼女を愛する様になった。双子同士の恋愛がここに完了したのだった。
だが、妹の姑獲鳥は薄々それに気が付いていたらしく、彼女を追い落とそうとする姉をその件で脅し、自らの地位を守るための有効な武器として使用したのだった。
当時は彼女をどう失脚させようかと悩んだのだが、後年になり、彼女の肥大した頭脳の事が分かり、捨てずにとっておいてよかったと安堵する事になったのだった。
女王時代も放浪時代も、そして平安以後の時代も常に的確な助言を与え、多くの人間を部下として引き入れたのは彼女であり、対魔師たちとの戦いが始まって以降、軍師となったのも彼女である。
だが、あの事だけは未だに許せていない。そう、自身を跪かせ、みっともなく命乞いをさせた事を。
そのために、妖鬼を増やすための鏡は大王なら男に割られ、同じく鏡を使って妖鬼になった同盟国の諸王は皆殺しにされてしまった。
その後も時の権力者に擦り寄っては、九州の地を手に入れようしたが、とうとう一千年以上の時間を掛けても、元の国は手に入らなかった。
玉藻紅葉は白い着物に赤い袴という姿ではなく、それ以前の古い時代、神話の時代に人々が着ていた真っ白な麻の服に、多くの石や貝でできた首飾りを着けていた。
大昔の衣装を着た彼女は真っ黒な空間の上で、つい先程、自身の力を歳入し、自身の意識の中に引き入れた女、斑目綺蝶と向き合う。
彼女は暫く無言で紅葉を見つめていたが、直ぐに口を開いて、
「成る程、これがあなたの人生の全てでしたか。何とかして国を取り戻そうとしてきた。けれど、あなたは国を取り戻す事はできず、ただひたすらに人を呪い、人を殺して時間を過ごしてきた。そうではありませんか?その挙句、あなたはここで死ぬ。全く馬鹿げた生き方ですね」
と、冷たい視線で紅葉を睨みながら自身の考えを述べていく。
だが、彼女は口元に笑いを浮かべながら首を横に振っていく。
「いいえ、決して、馬鹿げた生き方ではなかったわ。だって、多くの人の人生を壊し、多くの人間を殺し、多くの人間に取り入り、明暦のあの頃には九州に領土を貰える所までいったんですもの。私はその時、その時を必死に生きてきたのよ」
だが、綺蝶はそれを聞いても感銘を受けるどころか、鼻でその主張を嘲笑って、
「笑わせないでください。あなたが必死に生きてきた?やってきたのは無意味な人殺しに、呪い……そんなものに何の意味がありますか?」
「……意味ならあるわよ。こうして、あなたを引き入れる事ができたんだもの。ねぇ、鴉星?」
綺蝶はその名前で紅葉が自分を呼んでいる事に気が付く。どうやら、彼女が言っていた前の24魔将の筆頭にして、木本奏音に敗北したという最強であり、最悪の部下であった男の名前だろう。
だが、ピンと来ない。全く馴染みのない言葉であるし、それで前世の記憶が解き放たれたという事もない。
やはり、目の前の女の思い込みであったに違いない。そうとも知らずに、彼女は自身に向かってきて、大きく自分を抱き締める。
「良かったわ!あなたの闇の破魔式と私の力とが合わされば、今度こそ目障りな対魔師の連中を始末できるわ!」
胸元で泣き喚く玉藻紅葉を彼女は黙って突き放して、彼女に背中を向けていく。
同時に、自身の体が光り輝き、浄化の光が全身を包む。
どうやら、光の破魔式が体の中に入った玉藻紅葉の力を消し去ってくれたらしい。
背中を向けて去ろうとする彼女に向かって紅葉は見苦しくも泣き叫ぶ。
「ま、待って!私にはあなたが必要なの!鴉星!」
だが、足は止めない。綺蝶はひたすらに彼女から距離を取っていく。
同時に自分を呼ぶ最愛の人間の声が聞こえる。「戻ってこい」と泣き叫ぶ風太郎の声が。「負けるな!」という松風神馬の声が。「闇の力に飲まれるな!」と叱責する桐生桃の声が。
彼女は闇の中、声のする方へと向かって走り出す。
それを見て泣きながら、彼女を呼び止める紅葉。
「待って!私はあなたが残ってくれるのなら何でもするわ!不死の命だって与えるし、金が欲しいのなら、幾らでも渡すわ!あなたが靴を舐めろと命令するのなら、靴だって舐めるし、頭を下げろと言われれば幾らだって下げてやるわ!だから……だから……私を置いていかないでェェェェェェェェ~!!」
彼女はそのまま走り去るのかと思われたが、直ぐに立ち止まって泣き叫ぶ彼女の前に立ち止まって、
「私は鴉星じゃないですし、金も不死の命も要りません。ただ、仲間の元に、私の愛する人の元に帰りたいだけなんです。お願いですから……」
彼女は瞳から涙を流しながら、懇願する様に告げた。
「邪魔をしないでください」
彼女はそう言うと背中を向けて声のする方向へと去っていく。
紅葉は彼女の走る背中を眺めながら、乾いた笑いを上げていく。
そうして、真っ黒な空間を見渡していく。自分は直接的にしろ間接的にしろ何人の人間を殺めてきたのだろう。
恐らく自分は地獄の底へ底へと落ちていくだろう。
自分は何処で間違えたのだろうか。彼女は懸命に考えたのだが、思い付かない。
降伏の仕方か、はたまた最初に人を殺し、歯止めが効かなくなった頃だろうか。
分からない。分からない。深い闇の中に揉まれながら、彼女は目の前に手を伸ばして、小さな声で呟く。
「分からないわ」と。
彼女はそのまま深い深い闇の中に消えていった。
同じ日に少し遅れた弟と共に。
二人は蝶よ花よと褒め称えられていた育てられていた。だが、その中でも弟は男らしく武器の扱いに長け、10歳を過ぎる頃には彼の剣の師も驚く程の上達ぶりを見せていた。同時に、弟は男らしさにあふれていた同年代のどの少年よりも。
年齢が殆ど同じであり、尚且つ優れた武術を持ち、自分を将来守る事になるであろう弟と共に育つ中で彼女が弟に好意を持つのは彼女にとっては兎を見つければ、弓矢を持ってきて狙うのと同じくらいに当たり前の事であった。
彼女は弟という兎を狙うために、ありとあらゆる手段を尽くした。
彼女は弟と繋がるために、多くの彼を慕う女性を陥れ、追い落とし、更に当初は嫌がっていた彼に愛を迫ったのだ。
とうとう彼も折れて、彼女を愛する様になった。双子同士の恋愛がここに完了したのだった。
だが、妹の姑獲鳥は薄々それに気が付いていたらしく、彼女を追い落とそうとする姉をその件で脅し、自らの地位を守るための有効な武器として使用したのだった。
当時は彼女をどう失脚させようかと悩んだのだが、後年になり、彼女の肥大した頭脳の事が分かり、捨てずにとっておいてよかったと安堵する事になったのだった。
女王時代も放浪時代も、そして平安以後の時代も常に的確な助言を与え、多くの人間を部下として引き入れたのは彼女であり、対魔師たちとの戦いが始まって以降、軍師となったのも彼女である。
だが、あの事だけは未だに許せていない。そう、自身を跪かせ、みっともなく命乞いをさせた事を。
そのために、妖鬼を増やすための鏡は大王なら男に割られ、同じく鏡を使って妖鬼になった同盟国の諸王は皆殺しにされてしまった。
その後も時の権力者に擦り寄っては、九州の地を手に入れようしたが、とうとう一千年以上の時間を掛けても、元の国は手に入らなかった。
玉藻紅葉は白い着物に赤い袴という姿ではなく、それ以前の古い時代、神話の時代に人々が着ていた真っ白な麻の服に、多くの石や貝でできた首飾りを着けていた。
大昔の衣装を着た彼女は真っ黒な空間の上で、つい先程、自身の力を歳入し、自身の意識の中に引き入れた女、斑目綺蝶と向き合う。
彼女は暫く無言で紅葉を見つめていたが、直ぐに口を開いて、
「成る程、これがあなたの人生の全てでしたか。何とかして国を取り戻そうとしてきた。けれど、あなたは国を取り戻す事はできず、ただひたすらに人を呪い、人を殺して時間を過ごしてきた。そうではありませんか?その挙句、あなたはここで死ぬ。全く馬鹿げた生き方ですね」
と、冷たい視線で紅葉を睨みながら自身の考えを述べていく。
だが、彼女は口元に笑いを浮かべながら首を横に振っていく。
「いいえ、決して、馬鹿げた生き方ではなかったわ。だって、多くの人の人生を壊し、多くの人間を殺し、多くの人間に取り入り、明暦のあの頃には九州に領土を貰える所までいったんですもの。私はその時、その時を必死に生きてきたのよ」
だが、綺蝶はそれを聞いても感銘を受けるどころか、鼻でその主張を嘲笑って、
「笑わせないでください。あなたが必死に生きてきた?やってきたのは無意味な人殺しに、呪い……そんなものに何の意味がありますか?」
「……意味ならあるわよ。こうして、あなたを引き入れる事ができたんだもの。ねぇ、鴉星?」
綺蝶はその名前で紅葉が自分を呼んでいる事に気が付く。どうやら、彼女が言っていた前の24魔将の筆頭にして、木本奏音に敗北したという最強であり、最悪の部下であった男の名前だろう。
だが、ピンと来ない。全く馴染みのない言葉であるし、それで前世の記憶が解き放たれたという事もない。
やはり、目の前の女の思い込みであったに違いない。そうとも知らずに、彼女は自身に向かってきて、大きく自分を抱き締める。
「良かったわ!あなたの闇の破魔式と私の力とが合わされば、今度こそ目障りな対魔師の連中を始末できるわ!」
胸元で泣き喚く玉藻紅葉を彼女は黙って突き放して、彼女に背中を向けていく。
同時に、自身の体が光り輝き、浄化の光が全身を包む。
どうやら、光の破魔式が体の中に入った玉藻紅葉の力を消し去ってくれたらしい。
背中を向けて去ろうとする彼女に向かって紅葉は見苦しくも泣き叫ぶ。
「ま、待って!私にはあなたが必要なの!鴉星!」
だが、足は止めない。綺蝶はひたすらに彼女から距離を取っていく。
同時に自分を呼ぶ最愛の人間の声が聞こえる。「戻ってこい」と泣き叫ぶ風太郎の声が。「負けるな!」という松風神馬の声が。「闇の力に飲まれるな!」と叱責する桐生桃の声が。
彼女は闇の中、声のする方へと向かって走り出す。
それを見て泣きながら、彼女を呼び止める紅葉。
「待って!私はあなたが残ってくれるのなら何でもするわ!不死の命だって与えるし、金が欲しいのなら、幾らでも渡すわ!あなたが靴を舐めろと命令するのなら、靴だって舐めるし、頭を下げろと言われれば幾らだって下げてやるわ!だから……だから……私を置いていかないでェェェェェェェェ~!!」
彼女はそのまま走り去るのかと思われたが、直ぐに立ち止まって泣き叫ぶ彼女の前に立ち止まって、
「私は鴉星じゃないですし、金も不死の命も要りません。ただ、仲間の元に、私の愛する人の元に帰りたいだけなんです。お願いですから……」
彼女は瞳から涙を流しながら、懇願する様に告げた。
「邪魔をしないでください」
彼女はそう言うと背中を向けて声のする方向へと去っていく。
紅葉は彼女の走る背中を眺めながら、乾いた笑いを上げていく。
そうして、真っ黒な空間を見渡していく。自分は直接的にしろ間接的にしろ何人の人間を殺めてきたのだろう。
恐らく自分は地獄の底へ底へと落ちていくだろう。
自分は何処で間違えたのだろうか。彼女は懸命に考えたのだが、思い付かない。
降伏の仕方か、はたまた最初に人を殺し、歯止めが効かなくなった頃だろうか。
分からない。分からない。深い闇の中に揉まれながら、彼女は目の前に手を伸ばして、小さな声で呟く。
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