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第二部『箱舟』
神通恭介の場合ーその⑥
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「なんだって、あいつらが教団の仲間?」
恭介はその言葉を美憂から初めて聞いた時に思わず耳を疑ってしまった。
「その通りだ。廃工場の周りにいた連中だが、どうやらあたしたちの誰かの服にすれ違い様に盗聴器をしかけたらしくてな、それでゲームの会場を見つけ出してそのまま居合わせた全員を殺そうとしたんだってさ」
美憂は近くのコンビニで売っているアイスを舐めながら言った。もうそろそろ肌が寒くなってくる季節だというのにも関わらず、よくそんなものが食べられるな、と彼女の隣に座る恭介は感心していた。
二人が話していたのは学校近くの公園のベンチの上である。二人はベンチの冬用の制服という格好で長時間話し続けていたのである。
恭介は浮かれ半分、真面目半分で美憂の話を聞いていたが、美憂はあくまでも同じサタンの息子同士の交流であるとしか思っていなかった。
だから、いつもと同じ無愛想で淡々とした口調で言っていたのである。
恭介はそれが不満であった。本来ならばもう少し砕けた口調になってもいい筈なのだ。だというのに美憂は自分が同じサタンの息子だと告発してから同じ口調で接していた。恐らく彼女からすれば恭介など自身の対象外ですらないのかもしれない。
単に自分と同じく特撮ヒーローじみた武装が施せるだけのクラスメイトとくらいの認識なのだろう。別段それでも構わないが、やはり恭介としてはせめて大事な友人くらいに格を上げてほしかった。
自分に志恩のような愛らしさや秀明のような逞しさなどがない事も理解しているつもりではいる。それでも対象外とすら思われていないのが悔しくてたまらないのだ。
もし、また近いうちにゲームが開かれれば、その時こそ美憂に自分をPRできる格好の舞台になるのではないのだろうか。
恭介は次の戦いが来るのを願った。週末で塾も休み、翌日の塾の講習は夜となれば恭介も自然とやる気が湧いてくるのだ。
恭介が一人で拳を握り締め、美憂を守るための決意を固めていると、不意にその美憂が言葉を投げ掛けたのである。
「お前どうしたんだ?そんなところでずっと固まって」
「い、いや、なんでもないよ……気にするなよ」
「そうか、ならば失礼する」
と、美憂は席を立ってどこかへ行こうとする。恭介は慌てて美憂を止めようとしたのだが、その際に心の中に葛藤のようなものが思い浮かんでそこから先の言葉を詰まらせたのである。
お前がいくら止めたとしても美憂はお前の事なんて見向きもしないよ。お前がいくら愛の言葉を叫んだところでそれは美憂にとってただの戯言に過ぎない。町中で騒音を撒き散らす車か何かと同じ存在なのだ。
恭介は美憂に言葉を掛けられずにヘタレこむ自分が心底から情けなく感じられた。
肩を落としながら自宅へ戻る。幸いな事に電車の中でも駅から家までの道中でもサタンの息子たちを呼び出す音が聞こえる事もなく、ブラブラと惰性で歩いていたのだ。
恭介は自室のベッドの上で枕の上に腕枕をしながら黙って天井を眺めていく。
だが、脳裏に浮かぶのは先程の自分と美憂。あの時に思いを伝えていれば……。
恭介が頭を抱えていると、彼の頭の中にルシファーが話し掛けてきた。
(おっ、これが高校生の恋愛というやつかな?甘酸っぱいねぇ、まるで青春ドラマだ)
久し振りにルシファーと話した気がするが、恭介からすればそんな事はどうでもいい。大事なのはこの悶々とした思いをどう伝えるのかという事である。
「うるせぇな!他人事だと思って!」
(ごめん、ごめん、それで姫川って子の対応に困っているのかい?)
「あぁ、そうだよ!姫川は憧れなんだッ!オレたちのお姫様で、それでいてあの素っ気ない態度とか、いつも淡々として喋るところとか、いじめっ子どもにも毎回言い返すあの冷静さがカッコいいんだよ!わかるか?」
(わからないね。大体なんでそこまで夢中になれるのさ)
「それこそわからん!知れるのならばオレが知りたいよ!」
恭介は答える気がなさそうだ。頭の中でルシファーが溜息を吐くのが聞こえた。
恭介はそれを聞いて機嫌を損ねたのか、黙って両目を閉じた。
(寝るの?もうすぐ晩御飯なのに?)
「うるさい!寝る!」
と、恭介は機嫌を損ねたまま眠りに就いたのである。
だが、そんな恭介の穏やかな睡眠も母親の怒声に近い叫び声によって強制的に遮られてしまう。
恭介は眠い目を擦りながら現実の世界へと戻ってきた。
「ごめん!今行くよ!」
恭介は部屋の扉から階下の母親に向かって叫び返すと、そのまま台所へと降りていく。
恭介は一般家庭で出されるであろう平均的な和食を食べ暫くの間は台所でくつろいでいた。ささやかな一家団欒を終えた後で恭介は部屋へと戻り、復習をしていた。したくはないが、平均ほどの成績を維持するためにはこれが必要なのだ。
恭介がぼんやりと復習を終え、寝る準備をしていると、不意に携帯電話の着信音が鳴り響き、慌てて取る羽目になった。
電話の相手はあの姫川美憂であった。
恭介は慌てて携帯電話を繋げた。
「あ、あのもしもし」
『あぁ、夜中にすまんな。また問題が発生したんだ。悪いが明日の朝に中心部の駅まで来られるか?』
「わ、わかった!」
恭介は即答して携帯電話を切り、明日の用事に備えるために寝床へと入ったのだ。勿論その日の晩彼は今までに見た事もないような心地の良い夢を見ていた。
そして、翌日はまるでピクニックにでも出かけるかのような調子で指定された駅へと向かったのである。
だが、そこには同じくサタンの息子である秀明、志恩、友紀の姿が見えた。
「な、なんでお前らが!?」
「何ってオレらも美憂に呼び出されたからだよ。しかしこんな休日にオレらを呼び出しておいてなんの用事なんだろうなぁ」
秀明の言葉に呼び出された一同が一様に首を縦に動かす。
『噂をすればなんとやら』という諺を恭介は知っていたが、その集まり場所に私服の美憂が現れたのである。
私服姿の美憂は白色のブラウスに赤いスカートという格好の上に青色のシャツを羽織っており、なかなかお洒落な格好をしていた。
美憂はその姿に思わず見惚れていたが、秀明は私服姿など気にせずに話を続けていく。
「で、だ。貴重な休日にオレらを呼び出した理由はなんだ?」
恭介を除く全員の言葉を代表しての問い掛けに美憂は暗い表情を浮かべながら答えた。
「……刑事が我々に狙いを定めてる。と言ったらどうだ?」
「刑事って?あの?」
「そう、テレビドラマでよく見る刑事だ。一昔前ならピストルを片手に凶悪犯と対峙するヒーローで、今は冷徹に犯人を追う捜査官という役割を与えられてる警察の光の部分ともいうべき存在だよ」
美憂の解説に一同が納得の声を上げる。
「しかし、なんで刑事があんたを?」
「……先日の事だ。学校帰りのあたしを一人の男が職務質問をしたんだ。その時は無事に帰れたんだが、その際に男が気になる事を口走ったんだ『悪魔との契約』というな」
「……キミの考えすぎじゃあないのか?」
友紀の問い掛けに美憂は黙って首を横に振る。
「悪いが、考え過ぎだという事はない。そうだったとすれば男がその後に『武装した謎の人たちが戦う』という巷の都市伝説を出した理由が説明つかん。当然だろう。都市伝説の話の中に悪魔などという言葉は一切出てこないからな」
『悪魔との契約』という不穏な単語に例の都市伝説の事まで語られればもう確信犯であるといってもいいのかもしれない。その美憂の言葉に全員が真剣な顔を浮かべていた時だ。
「お前たち、そこで何をしている?」
不穏な声が聞こえた。全員が声をした方を振り向くと、そこには黒いスーツに黒のコートを着た柄の悪い男が立っていた。
恭介はその言葉を美憂から初めて聞いた時に思わず耳を疑ってしまった。
「その通りだ。廃工場の周りにいた連中だが、どうやらあたしたちの誰かの服にすれ違い様に盗聴器をしかけたらしくてな、それでゲームの会場を見つけ出してそのまま居合わせた全員を殺そうとしたんだってさ」
美憂は近くのコンビニで売っているアイスを舐めながら言った。もうそろそろ肌が寒くなってくる季節だというのにも関わらず、よくそんなものが食べられるな、と彼女の隣に座る恭介は感心していた。
二人が話していたのは学校近くの公園のベンチの上である。二人はベンチの冬用の制服という格好で長時間話し続けていたのである。
恭介は浮かれ半分、真面目半分で美憂の話を聞いていたが、美憂はあくまでも同じサタンの息子同士の交流であるとしか思っていなかった。
だから、いつもと同じ無愛想で淡々とした口調で言っていたのである。
恭介はそれが不満であった。本来ならばもう少し砕けた口調になってもいい筈なのだ。だというのに美憂は自分が同じサタンの息子だと告発してから同じ口調で接していた。恐らく彼女からすれば恭介など自身の対象外ですらないのかもしれない。
単に自分と同じく特撮ヒーローじみた武装が施せるだけのクラスメイトとくらいの認識なのだろう。別段それでも構わないが、やはり恭介としてはせめて大事な友人くらいに格を上げてほしかった。
自分に志恩のような愛らしさや秀明のような逞しさなどがない事も理解しているつもりではいる。それでも対象外とすら思われていないのが悔しくてたまらないのだ。
もし、また近いうちにゲームが開かれれば、その時こそ美憂に自分をPRできる格好の舞台になるのではないのだろうか。
恭介は次の戦いが来るのを願った。週末で塾も休み、翌日の塾の講習は夜となれば恭介も自然とやる気が湧いてくるのだ。
恭介が一人で拳を握り締め、美憂を守るための決意を固めていると、不意にその美憂が言葉を投げ掛けたのである。
「お前どうしたんだ?そんなところでずっと固まって」
「い、いや、なんでもないよ……気にするなよ」
「そうか、ならば失礼する」
と、美憂は席を立ってどこかへ行こうとする。恭介は慌てて美憂を止めようとしたのだが、その際に心の中に葛藤のようなものが思い浮かんでそこから先の言葉を詰まらせたのである。
お前がいくら止めたとしても美憂はお前の事なんて見向きもしないよ。お前がいくら愛の言葉を叫んだところでそれは美憂にとってただの戯言に過ぎない。町中で騒音を撒き散らす車か何かと同じ存在なのだ。
恭介は美憂に言葉を掛けられずにヘタレこむ自分が心底から情けなく感じられた。
肩を落としながら自宅へ戻る。幸いな事に電車の中でも駅から家までの道中でもサタンの息子たちを呼び出す音が聞こえる事もなく、ブラブラと惰性で歩いていたのだ。
恭介は自室のベッドの上で枕の上に腕枕をしながら黙って天井を眺めていく。
だが、脳裏に浮かぶのは先程の自分と美憂。あの時に思いを伝えていれば……。
恭介が頭を抱えていると、彼の頭の中にルシファーが話し掛けてきた。
(おっ、これが高校生の恋愛というやつかな?甘酸っぱいねぇ、まるで青春ドラマだ)
久し振りにルシファーと話した気がするが、恭介からすればそんな事はどうでもいい。大事なのはこの悶々とした思いをどう伝えるのかという事である。
「うるせぇな!他人事だと思って!」
(ごめん、ごめん、それで姫川って子の対応に困っているのかい?)
「あぁ、そうだよ!姫川は憧れなんだッ!オレたちのお姫様で、それでいてあの素っ気ない態度とか、いつも淡々として喋るところとか、いじめっ子どもにも毎回言い返すあの冷静さがカッコいいんだよ!わかるか?」
(わからないね。大体なんでそこまで夢中になれるのさ)
「それこそわからん!知れるのならばオレが知りたいよ!」
恭介は答える気がなさそうだ。頭の中でルシファーが溜息を吐くのが聞こえた。
恭介はそれを聞いて機嫌を損ねたのか、黙って両目を閉じた。
(寝るの?もうすぐ晩御飯なのに?)
「うるさい!寝る!」
と、恭介は機嫌を損ねたまま眠りに就いたのである。
だが、そんな恭介の穏やかな睡眠も母親の怒声に近い叫び声によって強制的に遮られてしまう。
恭介は眠い目を擦りながら現実の世界へと戻ってきた。
「ごめん!今行くよ!」
恭介は部屋の扉から階下の母親に向かって叫び返すと、そのまま台所へと降りていく。
恭介は一般家庭で出されるであろう平均的な和食を食べ暫くの間は台所でくつろいでいた。ささやかな一家団欒を終えた後で恭介は部屋へと戻り、復習をしていた。したくはないが、平均ほどの成績を維持するためにはこれが必要なのだ。
恭介がぼんやりと復習を終え、寝る準備をしていると、不意に携帯電話の着信音が鳴り響き、慌てて取る羽目になった。
電話の相手はあの姫川美憂であった。
恭介は慌てて携帯電話を繋げた。
「あ、あのもしもし」
『あぁ、夜中にすまんな。また問題が発生したんだ。悪いが明日の朝に中心部の駅まで来られるか?』
「わ、わかった!」
恭介は即答して携帯電話を切り、明日の用事に備えるために寝床へと入ったのだ。勿論その日の晩彼は今までに見た事もないような心地の良い夢を見ていた。
そして、翌日はまるでピクニックにでも出かけるかのような調子で指定された駅へと向かったのである。
だが、そこには同じくサタンの息子である秀明、志恩、友紀の姿が見えた。
「な、なんでお前らが!?」
「何ってオレらも美憂に呼び出されたからだよ。しかしこんな休日にオレらを呼び出しておいてなんの用事なんだろうなぁ」
秀明の言葉に呼び出された一同が一様に首を縦に動かす。
『噂をすればなんとやら』という諺を恭介は知っていたが、その集まり場所に私服の美憂が現れたのである。
私服姿の美憂は白色のブラウスに赤いスカートという格好の上に青色のシャツを羽織っており、なかなかお洒落な格好をしていた。
美憂はその姿に思わず見惚れていたが、秀明は私服姿など気にせずに話を続けていく。
「で、だ。貴重な休日にオレらを呼び出した理由はなんだ?」
恭介を除く全員の言葉を代表しての問い掛けに美憂は暗い表情を浮かべながら答えた。
「……刑事が我々に狙いを定めてる。と言ったらどうだ?」
「刑事って?あの?」
「そう、テレビドラマでよく見る刑事だ。一昔前ならピストルを片手に凶悪犯と対峙するヒーローで、今は冷徹に犯人を追う捜査官という役割を与えられてる警察の光の部分ともいうべき存在だよ」
美憂の解説に一同が納得の声を上げる。
「しかし、なんで刑事があんたを?」
「……先日の事だ。学校帰りのあたしを一人の男が職務質問をしたんだ。その時は無事に帰れたんだが、その際に男が気になる事を口走ったんだ『悪魔との契約』というな」
「……キミの考えすぎじゃあないのか?」
友紀の問い掛けに美憂は黙って首を横に振る。
「悪いが、考え過ぎだという事はない。そうだったとすれば男がその後に『武装した謎の人たちが戦う』という巷の都市伝説を出した理由が説明つかん。当然だろう。都市伝説の話の中に悪魔などという言葉は一切出てこないからな」
『悪魔との契約』という不穏な単語に例の都市伝説の事まで語られればもう確信犯であるといってもいいのかもしれない。その美憂の言葉に全員が真剣な顔を浮かべていた時だ。
「お前たち、そこで何をしている?」
不穏な声が聞こえた。全員が声をした方を振り向くと、そこには黒いスーツに黒のコートを着た柄の悪い男が立っていた。
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