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第二部『箱舟』

居合わせた五人の場合

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「何って仲のいい友達と話し合っていただけですけど、それの何がいけないんですか?」

「仲のいい友達同士だと?そんなに歳が離れてるっていうのにか?」

「大体あなた何者なんですか?急に現れてそんな事を言って、少し失礼じゃあないんですか?」

「おっと、じゃあこういうものだとわかれば話してくれるか?」

男は懐から桜田門の象徴である菊の花が記された黒色の手帳を取り出して言った。俗に言う警察手帳である。

「警察がオレらに何の用だ?」

「なぁに、大した用じゃあねぇよ。すぐに済む話だ。ちょっと署まできてもらいたいだけだ」

「生憎とすぐに済む話じゃあなさそうだがな、第一あたしたちを無理に警察署まで引っ張る権限はないはずだ。他で用が済むんだったら別の場所で済ませろ」

美憂は無愛想な調子で言った。男はそれを聞くと、舌を打ちその場に居合わせた五人を駅の喫茶店へと連れて行く。
駅の中に存在する大きな喫茶店に五人を連れて行くと、男は神妙な顔を浮かべて聞いた。

「実はだな、お前たち五人に廃工場殺人の件についての疑惑がかかってる。いや、正確には四人か、そこのチビは関係なかったな」

「……最上真紀子からいくら貰った?いや、何を貰ったと聞くのが正しいのか?はたまたどんな事をされた?と聞いた方が正しいかな。いずれにせよ、あんたがあたしたちの元まで来た目的を知りたい」

「な、何をほざきやがる!」

わかりやすい動揺の言葉が口からこぼれた。

「『そこのチビは関係ない』とさっきあんたが言った時点でお前が真紀子の息のかかった人間だという事はわかった。さぁ、言え」

美憂の視線が険しくなっていく。
無論この段階では美憂の決めつけに過ぎない。だが、目の前の刑事が志恩の無関係を強調した事はどう考えても不自然である。なにせあの場に居合わせたというだけであるのならば志恩だって例外ではないのだから。
すると『最上真紀子』という単語にピンときたのか、秀明が立ち上がってその刑事に掴み掛かっていく。

「き、貴様、公務執行妨害で逮捕するぞ!」

男の両眉が吊り上がっていく。だが、秀明はそんな言葉など意味はない。秀明が逆に激昂しながら返したのだった。

「やってみやがれってたんだッ!このカスがッ!言っておくがオレは手加減なんてしねーぞ。間違っているんならオレの財力を使って国を相手にだって戦ってやるぜ」

「……貴様ァァァァ」

刑事が秀明を睨み付けていた時だ。不意に彼の携帯電話が鳴り響いていく。彼は慌ててパカパカ式の携帯電話を開いていく。

「もしもし?」

『牙塚、あんた今どこだ?』

「ま、待ってくれ!今は不味いんだッ!」

『はっ?お前何を言ってるんだ?』

予想外の着信に冷や汗をかく牙塚。秀明は膠着している隙を狙って牙塚から携帯電話を取り上げたのである。

「な、何を……」

「やっぱりな、着信の相手を見てみろよ」

秀明がその場に居合わせた全員に携帯電話の相手を見せる。するとそこには『最上真紀子』の文字が映っていたのだった。

「な、し、しまったッ!」

「やっぱり、テメェ、真紀子に頼まれてやがったのか!?オレたちを逮捕して裁判にかけてゲーム終了の来年まで拘束する気だったんだな!?」

牙塚の表情が青ざめていく。

「んで、捕らえた後に証拠を捏造って事か、てめーは昭和の悪徳刑事かよ」

「警察式の拷問か……考えたもんだな」

美憂が両腕を組み皮肉混じりに呟いた。

「そもそも、キミに我々を捕まえる権利があるのかい?通常逮捕ならばまず令状持ってくるのが筋というものだがね」
友紀が嘲るような笑いを浮かべながら言った。

「き、緊急逮捕という奴だ」

「緊急逮捕?証拠もないというのにか?」

美憂が鼻を鳴らしながら反証の言葉を浴びせた。

「証拠だと!?笑わせるなッ!目撃情報があるんだぞ!」

「それがオレやオレの友人だという確証はあるのか?」

「そ、それは……」

牙塚は困惑した。確かに目撃情報はあったのだが、それは人影を見たという曖昧なものであったのだ。ここにいるダラの特徴を述べたわけでもない言葉に過ぎない。そもそも自分がこうしてサタンの息子たちを拘束しに来たのも少し前に寝床で真紀子が語った話が要因であり、ならばと勇み立ったのだ。
なのでこうして反証の言葉を突き付けられれば牙塚としては動けない。
おまけに牙塚の所属は暴対であり、先日の廃工場の事件には無理を言って関わっている身なのだ。
その上真紀子には無断でこんな行動を行なっている。
案の定携帯電話の真紀子が声を荒げるのが聞こえた。

『牙塚さん。もしかして逮捕しようとしてたんですか?こいつらを?』

「その通りだ。こいつお前の手下だろ?ちゃんと見張っておけよ」

携帯電話からは呆れた様な溜息が聞こえた。

「ま、待て!オレはお前のためにーー」

『あんたにゲームの件を 話したのは間違いでした。まさか証拠もなしに逮捕に踏み切ろうなんて、牙塚さん、相手が一般人の時は暴力団相手の手は使えないと思いますよ。それにバレたら警察にだって迷惑が掛かります。あたしの言っている意味がわかりますよね?』

真紀子の言葉に牙塚はすっかりと項垂れてしまったらしい。彼は秀明の手から一方的に切られてしまった自身の携帯電話を引ったくると、そのまま喫茶店から姿を消したのであった。

「なんだったんだ。あいつ?」

「恐らく最上の関心を買おうとして突っ走ったんだろうが、いかせん証拠不足のためにあたしたちを捕らえられず、独断行動を咎められて落ち込んだという事か」

美憂の推測は当たっていたし、的を得ていたのでその場に居合わせた全員が首を縦に動かした。
だが、志恩だけが首を傾げていた。

「そういえばどうして、ぼくだけ例外なんだろ?」

「そりゃあ、あいつが話したからに決まってるだろ?お前の事を」

秀明の言葉に志恩は納得と言わんばかりの表情を浮かべて首を縦に動かした。

「で、だ。姫川、昨日お前に絡んできた刑事ってのはあいつか?」

「……違う。あたしに絡んできた刑事はあいつじゃあない」

美憂のその一言に一同が凍り付いた。という事は警察が本気で自分たちを狙っているという事かもしれないのだ。

「ま、待てよ、しかしあの廃工場の件については目撃者なんていない筈だろ?オレらが捕まる理由はねぇ」

秀明が少しばかり焦った様子で答えた。
先程はあの様な大言を吐いたが、やはり逮捕というのは不味いのだろう。彼の顔から脂汗のようなものが滲み出ていた。

「……わかってる。警察に睨まれたらあんたの会社が不味事くらいはあたしだって理解できるからな。あたしとしてはーー」

「そこに座ってるキミたちいいかな?」

と、ここで無精髭を生やした中年の男が二人の会話に口を挟んだ。そしてそのまま許可も得ずに先程まで牙塚が座っていたはずの椅子の上に腰を掛けた。

「私は大阪府警の者でね。昨日の廃工場の件について聞きたい事があるんだ」

男は先程牙塚刑事が座ったのと同じ位置に腰を掛けると、厳かな顔を浮かべて言った。

「実はだねぇ、我々はあの事件を引き起こしたのは最上真紀子だと思っているんだ」

「と言いますと?」

志恩がその場に居合わせた全員を代表して刑事に尋ねた。

「例の少年院惨殺事件の首謀者だよ。あいつは罪のない刑務官や院生を何人も殺し、多くの人の人生を狂わせた。廃工場の事件と惨殺事件の被害者の手口には共通点が多くてねぇ、我々としては最上真紀子と関わりのあるキミたちにーー」

「どうして、志恩はともかく、オレやこいつが最上真紀子と関わりがあると見抜いたんですか?」

秀明の質問に刑事の男は口元に笑みを浮かべながら答えた。

「それはだねぇ、我々の情報網を使えば容易い事なんだよ」

刑事の男は警察手帳と共に教団のバッジを共に机の上で取り出したのである。

「教団本部までご同行願おうか……コクスンがお呼びだ」

「……成る程、あんたは偽物だったというわけか?」

「偽物だと?とんでもない。私は本物の刑事だよ。ただし、忠誠を誓っているのは桜田門やこの国ではなく、コクスンだがね」

「……昨日あたしに声をかけたのは監視目的か?」

「それもあるし、揺さぶる目的もあった。キミたちが惨殺事件を恐れているのは目に見えてわかったからね。本当だったのならばあの場でキミを連行と称してコクスンの元まで拐ってしまいたかったのだが、生憎と周囲に別の警官が通り掛かったものでね、打ち切らざるを得なかったんだよ」

昨日の声掛けの真相は本当の警察ではなくカルト教団によるものであったという事であったらしい。
おまけにカルト思想に嵌った刑事はとんでもない事を言った。

「逃げようとしてみろ、この場に潜入した私の仲間が極秘に持ち込んだ突撃銃を店内で乱射するぞ、アメリカの悲劇が日本で再現される事になるぞ」

この一言は五人の動きを縛る見えない鎖としては十分なものとなったのである。
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