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第三部『終焉と破滅と』

最上真紀子の場合ーその13

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「気分はどうお嬢ちゃん?」

希空は機嫌のいい態度で再び獄中に囚われる事になった真紀子の面会に訪れていた。
無論、真紀子は凶悪犯であり、通常の面会室は使えない。故に真紀子との面会は直接獄中を訪れ、拘束衣に固められている真紀子との対面という形になるのだ。
拘束衣に身を固められ、口元を枷で覆われた真紀子は喋る事などできない。
希空はその様子を見て楽しんでいるのである。
希空は喋る事ができない真紀子に対して一方的に話を進めていく。

「そうそう、元いたあなたの学校では今の期間は冬休みだっけ、私今日ね、この後は神通恭介とデートするんだよ。新年初のデートだよ。今日は楽しんでくるね」

希空は真紀子を見て心底から楽しそうな表情で告げた。真紀子はそれを激しい憎悪の炎を燃やしながら睨んでいたが、希空は意に返す事なく、楽しそうに外の話を続けていく。

「それでさ、最近になって面白い映画が公開されたんだよ。確か、台湾を舞台にした恋愛映画だったかな?それを神通恭介と見に行こうと思ってさ、ねぇ、お嬢ちゃんは映画はどんなの観たの?ねぇ?」

真紀子は答えない。代わりに枷から荒い息を漏らし、鋭い目で相手を射殺さんばかりの視線を向けて睨んでいた。
希空はそれすらも揶揄いの対象になったらしく、クスクスと可愛らしい笑みを浮かべながら拘束されている真紀子の元へと近付き、その枷を遊びながら言った。

「まぁ、答えられないか……そうだよね?こんな風に捕らえられちゃってるんだもんねー。思えば可哀想だよ。正月早々に捕まって、挙げ句の果てにこんな動物を捕らえるみたいな形で捕らえられちゃってさ。お嬢ちゃんはもう人間じゃあないんだね」

希空は心底からおかしいと言わんばかりの笑みで笑いながら言った。それから真紀子の和紙を思わせるような白い肌を撫でながら彼女の耳元で囁いていく。

「安心して、あんたの組織や恭介だけじゃあなくて、あんたが大事にしてる弟も貰ってあげるからさッ!そして二人が貰われた後でどうなるのかとあんたの組織がどうなるのかを教えにきてあげるね」

真紀子は怒りで我を忘れそうになった。それでも彼女が怒りを抑えられる事ができたのは彼女の理性が本能を抑えつけたからであろう。そのため口元に枷をつけられていたおかげで何万匹もの苦虫は真紀子の歯にすり潰されずに済んだ。
可能であるのならば目の前にいる少女のように小柄な女を蹴り飛ばしてやりたかった。権力など知るものか、こんなにイライラさせられたのは久し振りだ。
真紀子の中の憎悪は膨れ上がっていく一方である。希空はそんな真紀子の心境を知ってか、知らずかして上機嫌な様子で手を振ってその場から去っていく。
真紀子はそれを見届けると、再び独居房にて一人で過ごしていく時間へと戻っていくのである。
独居房での生活は真紀子からすれば退屈極まりなかった。以前とは異なり、本も与えられなければ、食事やシャワーも日に一度だけである。おまけにその食事も自慢の頬にぶつけられたり、外の世界で必死に手入れしていた髪にぶつけられたりするので性質が悪い。

シャワーに至っては拘束衣を付けられたまま、乱暴に水を放射されるだけなのでシャワーというよりは水責めの拷問に近かった。
おまけに枷を常に咥えられているので、抗議の言葉を叫ぶ事もできない。
なので、真紀子の暇潰しの手段としては独居房にいる間に復讐リストを考案するか、或いは自身の優れた頭脳を使っての脱獄計画を考案する事しかできなかった。
真紀子は荒い息を吐きながら目の前の壁を睨んでいると、扉が開いて看守が入ってきた。

髪を一人括りに縛った二十代後半の看守である。彼女は看守という職にピッタリともいえる様な険しい顔を持った女性であった。
真紀子はその看守の事を心の中で侮蔑していた。暴力を振るう事しかできない無能、と。
看守は真紀子の元へと近付くと、その顔に向かってスープをぶち撒けたのである。
真紀子はむせたくても、口枷が邪魔をしてむせる事ができないのをいい事に、看守はわざわざ真紀子の口枷を乱暴に取ると、その口の中に質素な丸パンをねじ込んだのである。

「フン、苦しいかい?けど、あんたに殺されたあたしの妹はもっと苦しんだんだよ。人生これからって時だったというのに……あんたに惨めに殺されたんだ。絶対に許さないよ」

「ハッ、絶対に許さないだと?そりゃああたしの台詞だぜ。あんたのせいであたしの綺麗に手入れしたお肌も髪も台無しだぜ……これに幾ら金を掛けたのか知ってんのか?クソババア」

真紀子は素早く口の中に乱暴に突っ込まれたパンを飲み込むと、看守の女性を煽り始めていく。

「黙れッ!この凶悪犯がッ!お前は人殺しだッ!未成年でも死刑になるんだぞ!」

「16の小娘をどうやって死刑にしようって言うんだい?過去の判例を洗い直してみな、クソババア。未成年つっても死刑判決を食らったのは18か、19ばっかりだぜ。あたしは死刑にならねー。それは覚えておきな」

「貴様ッ!まだ言うかッ!」

看守の女性が拘束衣の真紀子に掴み掛かろうとした時の事である。看守の女性の手首に巻いていた時計の様なものが大きな音を立てていく。

「……食事の時間終了か、命拾いしたな」

「それはこっちの台詞だぜ。次はシャワーの時間だな。クソババア」

「……言っておくが、あたしはお前だけは許さない。少年院の中でお前に殺された挙句に財布までも奪われた妹の無念を必ず晴らしてやるんだッ!」

「そうか、あの財布あんたの妹さんのものか……なら、感謝してやる」

その言葉を聞いて看守の両眉が吊りあがったが、真紀子は興奮していたのか、大きな声を上げて挑発を続けていく。

「あんたの妹さんの財布は大変役に立ったぜ!妹さんの金で食う焼肉は最高だったよ!あんた知ってるか?質素な飯の後の焼き肉の美味さをよぉ。なんでもない肉すら美味く感じるんだぜ」

その言葉を聞いて看守の忍耐は限界を迎えたらしい。唸り声を上げながら両手を用いて真紀子の首元を強い力で掴んでいく。
このまま締め殺すつもりだろう。真紀子は上手くいったとばかりに口元を綻ばせていく。私怨のある看守になど世話をされていてはいつまでも嫌がらせに遭い続けるだろう。そんな事をされてはたまったものではない。なので去る間際に挑発を続けて看守に一線を超えさせる事を計画したのである。
退出を告げるブザーが鳴り響く中で看守の女性は真紀子の首を絞め続けていた。
その時に異変に気が付いて独居房を訪れた同僚が真紀子の監視役の女性を引き離した事によって、真紀子は事なき事を得た。同時にその女性からも永遠に解放されるだろう。
真紀子は同僚に抱き抱えられて羽交い締めにされる看守の女性を嘲笑いながら見つめていたのである。

真紀子は看守が去った後の静寂に退屈しつつも、先程と同じ様に計画を練っていく事で時間を潰していたのである。
すると、またしても面会を告げる声が聞こえた。デート終わりの希空が揶揄いに訪れたのか……。
真紀子は陰鬱な気分であったが、訪れたのは希空ではなく、きっちりした黒色のスーツに身を固めた四角い眼鏡を掛けた女性である。
その胸元に光るのは向日葵を象り、中央には法の下の平等を象徴する天秤が記された弁護士記章であった。

「弁護士連合会からあなたの弁護のために派遣された弁護士の中田京子なかたきょうこと申します。以後、よろしくお願いします」

だが、真紀子は答えられない。口枷をはめられているからである。
だが、心の中では密かに中田という弁護士を利用するための準備は進んでいた。
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