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第三部『終焉と破滅と』

神通恭介の場合ーその13

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「神通ッ!」

美憂は大きな声を振り上げて、恭介の元へと駆け寄ろうとしたのだが、側に立っていた志恩が慌てて美憂を静止させる。

「離せッ!離さないと神通がッ!」

「ダメだよ!今あの人との戦いに割り込むと、姫川さんまで巻き添えになっちゃうよッ!」

だが、今の美憂は志恩の懇願に対してもドライであった。志恩の手を振り解き、恭介の元へと向かっていく。そのまま恭介に槍先を突き付けようとしている福音に向かってレイピアを突き付けていくが、福音のバリアは容易く美憂のレイピアを弾いていく。
そして、レイピアの空振りによって隙だらけになっている美憂の腹に向かって福音から容赦のない蹴りが叩き込まれていく。
美憂は悶絶してその場へと倒れ込む。背後から聞こえるのは真紀子の哄笑である。不愉快な笑いの洪水が美憂の耳をつん裂いていき、美憂は気を悪くしていた。

「貴様、何がおかしい?」

「いや、だってよ、姫川、お前まだサタンの息子を進化させてねぇだろ?そんな状況にも関わらずよぉ、その進化した鎧を身に纏っている福音と戦おうとしてたんだから、ちゃんちゃらおかしくてよぉ」

「……待て、貴様。今なんて言った?進化だと?悪魔というのは進化するのか?」

「進化するのは悪魔じゃあないぜ、あくまでも武装だよ。姫川」

「つまり、今のお前の鎧や神通の武器の様に変化をするというわけか?」

「イグザクトリー。その通りでござーい!」

真紀子は調子のいい声で美憂の疑問を肯定した。美憂は不本意ながらも真紀子の解説を受け入れたのである。
美憂はどうすれば自分の武装が恭介や真紀子の様に進化するのかと考えようとしたが、福音に体を押さえつけられていては敵わないと判断し、今はその場から脱する方法を考えていた。
美憂が頭を絞りながら、その場を脱する方法を考えていたのだが、福音が突然悲鳴を上げた事に気が付いて、美憂が悲鳴を上げた方向を振り向くと、そこには福音の背後に双剣が突き刺さっている事に気がつく。
美憂は先程倒れた恭介が立ち上がり、油断していた福音の背中を切ったのだろう。美憂は背後で荒い息を吐いている恭介に向かって感謝の言葉を告げた。

「すまん。助かった」

美憂の感謝の言葉を聞いた恭介は歓喜の声を上げた。それから勢いを付けて福音を襲っていくのである。
福音は兜の下で舌を打つと、そのまま両手槍を振っていくのだが、恭介はそれを頭を下げる事で回避し、ガラ空きになっている腹部に向かって剣を繰り出していくのである。
福音は悲鳴を上げてその場へと倒れ込む。これまでは圧倒的な強さを誇っていただけの事はあり、美憂は呆気なさを感じてしまう。
恭介は引き続き攻撃を行なっていくのだが、福音も自身のプライドの問題か、やられっぱなしというわけにはいかなかったらしい。両手槍を使って恭介を弾き飛ばして、一応の危機を脱し、そのまま恭介に対して強力な蹴りを喰らわせていくのであった。

「ハァハァ、酷いなぁ、恭介くん……ぼくにここまでするなんて」

「お互い様じゃあないか、それにあんたは姫川を傷付けた。その件についてもまだ許しちゃあいない」

「姫川?あんな奴のどこがいいんですか?」

福音の声はあからさまに美憂を軽蔑していた。その不機嫌そうな声に恭介が思わずカチンとなった時だ。
不意に真紀子が襲い掛かってきた。福音は体をひねらせて、槍とそれとを重ね合わせる事で防いだのであるが、真紀子の声からは彼女の怒りの具合が伝わってきた。

「テメェの様にイライラさせる奴には久し振りに出会ったぜ、第一テメェは何様なんだよ。え?偉そうにほざきやがって、テメェ自身の手で地位も財産も獲得したわけじゃあねぇだろ?全部親父の七光じゃあねぇか!」

「七光だと、チンピラのくせにぼくをバカにするのか?」

「あぁ、バカにしてるぜ。だからなんだ?この場で殺すのか?それとも終わったら妹にチクるつもりでいるのかい?」
真紀子の挑発は明らかにわざとらしい挑発であった。だが、それに乗ってしまったのは彼自身の汚点ともいえるだろう。
真紀子は勢いを付けて剣を振っていき、福音はその剣に押されていくのであった。

(ば、バカな!?ぼくともあろうものがこんな攻撃に押されてしまうなんて!?)

福音は人生で初めて冷や汗を垂らした。かつてここまで自分が追い詰められた事があっただろうか。受験にしろ、事業にしろ、ここまで追い込まれて恐怖の感情に支配された事はなかった。
福音は真紀子が真の天才である事を感じずにはいられなかった。
これ以上戦えば負けてしまうに違いない。受験や事業とは異なり、この戦いでは負ければ命を取られてしまうのである。
福音は真紀子の脚を薙ぎ払って、彼女を転ばせると、そのまま自身の能力を用いてその場から姿を消していくのであった。

「……あの野郎、逃げやがったか」

真紀子は片手剣を肩の上に乗せ、吐き捨てる様に言った。
その後に起き上がった正彦が壁を破って逃走した事と、そのまま真紀子が入り口から堂々と出て行った事によってゲームはお開きとなったのである。
それぞれが武装解除を行い、廃病院を後にしていくのであった。
美憂は今回の戦いの功労者を上げるとするのならばそれは間違いなく恭介と真紀子であると思った。
というのも、どちらも武装を大きく向上させる事に成功したからである。
美憂は何気なしに懐の中に入れていた携帯電話を眺めると、その時刻が既に終電の前であるという事に気が付いた。
四人が慌てて駅に向かって電車へと乗り込む。恭介は人のいない車両の中で隣に座る美憂に向かって得意気な顔を浮かべながら言ったのである。

「なぁ姫川、今度からはおれ、お前を守るための力も手に入れたからさぁ、その、努力してみるよ。それでゲームで必ずお前を勝たせてみせる」

「ありがたいな。嬉しくて涙が出るよ」

美憂は皮肉半分嬉しさ半分で答えた。
恭介は美憂のその回答に踊り狂いたくなるほど嬉しかった。ようやく自分の手で美憂を、好きな人を守れるのだという思いが彼を絶頂へと昇っていかせたのである。
だが、絶頂に登った彼のテンションは次の瞬間に地の底へと叩き付けられてしまったのである。

「だが、そんな事をしてもらったらあたしは希空に殺されてしまうな。ありがたいが、辞退させてもらおう」

美憂は口元に微笑を浮かべながら言った。
それからは一言も喋らなかった。黙って電車の窓から映る景色を眺めていた。
恭介はその後は志恩、秀明と共に取り止めのない話をしていたが、やはり隣にいる美憂が気になって仕方がない。
そこで、話題に困った恭介は少し前から囁かれていたマヤ文明による地球滅亡の予言の事を語っていく。

「す、少し前に流行ったろ?さ、三年くらい前にも映画になってた様な気がするし」

「あぁ、そういえばあったな。そんな映画に、そんな予言が」

「だ、だろ!三年くらい前にテレビで特集やってたし」 

「だが、あたしはそういったオカルトじみたものは苦手でね。話題にはなったが見た事はないな」

恭介は会話がそこで途切れた事を確信したのである。彼が両肩を落として電車に乗っていると、美憂の最寄駅が見えたのか、そのまま手を振ってその場から去っていく。
恭介はそんな美憂の姿を名残惜し気に眺めていた。

「情けないな、おれって」

「まぁ、姫川は多少気難しいところがあるからな。気にするなよ」

秀明が優しく肩を叩いていく。

「そ、そうだよ!今日だって神通さんが一番活躍してたし!」

志恩が優しい声で励ます。
だが、恭介の心の中にはどこまでも暗い雲の様な気持ちが漂っていたのである。
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