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第三部『終焉と破滅と』

最上真紀子の場合ーその17

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「……それで、あたしはいつまであいつの侍女をしないといけないんだ?」

「さぁな、あいつが飽きるまでだろ」

真紀子は美憂の作る鶏鍋を突きながら言った。美憂の作る鶏鍋は鳥と大根を使った豪華な鍋である。
この鍋は美憂が時代小説からヒントを得て作ったものだという。
美憂はモシャモシャと大根と鳥を口に膨らませている。やけ食いという奴だろうか。

「そのためにあたしは昼間から夕方のバイトを辞め、深夜のアルバイトを休止し、学校まで休んでるのか?プー太郎のお前はいいとして、あたしは困るんだよ。おまけに二週間もお前としたくもない同居をしてるんだ。いい加減にストレスが溜まってくるぞ」

「殺すぞ、誰がプー太郎だ。ブローカーつってんだろ、それにストレスが溜まるのはあたしも同じだ。クソが」

「ブローカーっていうのは自称だろう?ニートがフリーターって見栄を張るようなものじゃあないか」

美憂は鶏鍋のスープを啜りながら言った。

「テメェ、時代劇に登場するお淑やかさはどうした?随分と口が悪いじゃあねぇか」

「趣味と本人の性格は別だぞ」

「ケッ、抜かしやがる」

真紀子は鶏肉と大根とを箸に挟み、そのまま口の中へと運んでいく。
コンロの上で鶏鍋が煮えていた。残り僅かな具材を残してぐつぐつと泡立っていくのが見えた。このまま何事もなく一日が過ぎていく筈だったのだが、今日に限ってはそうではなかったらしい。
二人の携帯電話が鳴り響き、二人は希空の別のボディガードに呼び出されたのであった。
真紀子は電話を切ると、忌々しそうに吐き捨てた。

「クソッタレ、時間外労働だぞ!労働基準法無視にも程があるだろうがよ」

「だが、希空の部下ならばそんなのものはあってないようなものだろ?」

「あーってるよ、クソッタレ!」

真紀子はスーツの背広を羽織りながら吐き捨てた。
二人はそのままスーツ姿に着替えると、希空の住む屋敷へと向かっていく。
あの日以来、二人には移動用のスポーツカーが与えられていた。無論真紀子しか運転できないが、二人は共に住む様にと図られているので、不便が生じる事はない。
車を飛ばすと、日本家屋は巨大な門が壊され、塀のあちこちには多くの傷や亀裂があった。
二人が歩いていると、あちらこちらにボディガードが倒れているのを見かけた。

「……どうやら招かれざる客が現れたようだぜ」

「その通りらしいな。だが、あたしらに責められる筋合いはないぞ。勤務時間外の事だしな」

「……希空がそんな事を認めてると思うか?居なかった事を責め立てられてーー」

美憂はそこで話を区切ると、そのまま指を使って首を切る真似をしてみせた。
真紀子はそれを見て微笑んでみせると、そのまま美憂の前に立って屋敷の中へと向かう。
屋敷の中も死屍累々といった惨状であり、外と対して変わらない。
真紀子も美優もその光景を見て吐き気を感じていた時だ。
少し前に通された天堂門首郎の部屋の中には既に心臓を刃物で貫かれて絶命している門首郎の姿と侵入者を睨んでいる希空の姿が見えた。

「あんたら、何やってたの?どうしてこんなになるまで放っておいたの?」

「勤務時間外でしたので」

真紀子は悪びれもなく答えた。
希空はそんな真紀子を睨んでいたが、真紀子は気にする事なく、侵入者を睨んだのである。
侵入者は予想通り、武装を施した正彦の姿が見えた。
真紀子は自身に武装を施し、その機関銃の銃口を突き付けながら言った。

「おやおや、あんたは大阪に居たはずじゃあなかったのかい?二週間でここら辺に帰ってきたのかッ!」

真紀子は機関銃の銃口を引いていく。真紀子は足元に射撃を喰らわせていき、正彦を跳び上がらせると、そのまま強化された鎧を身に付けて、片手剣を使って正彦に向かって剣を振り上げていく。
正彦の鎧が火花が生じていき、正彦は障子を吹き飛ばし、地面の上に倒れ込む。
真紀子はそのまま飛び上がって、剣を突き付けていった時だ。正彦は起き上がってクローを突き上げていく。
正彦はクローを用いて、真紀子の剣を防いでいくのである。暫くの間両者の武器の間が重なり合い、互いに火花を散らし合う。
それを見た希空は密かに懐の中に隠し持った拳銃で真紀子と正彦の両者に狙いを定めていく。

(お父様亡き後、日本を支配する私にとってはテロリストも、ある意味無敵な奴も、どちらも危険な存在……私の覇業の妨げとなる存在……どちらも危険な存在。消えてしまいなさい)

希空が引き金を立てようとした時だ。自身の目の前にレイピアが突き付けられたのを見た。

「手出しをなさらない様にお願い致します」

その一言は希空を萎縮させるには十分であった。希空は歯を軋ませながら、武装した美憂を睨む。
超常現象的な力があれば流石の希空であったとしても手出しは難しいのだろう。
希空は舌を打ち、戦いを見守っていた。
戦いは真紀子が始終有利で進んでいた。真紀子はその片手剣と蛇を思わせる鎧とで正彦を一方的に追い詰めていき、正彦の鎧を叩き壊したのである。
真紀子は倒れている正彦に剣先を突き付けながら問い掛けた。

「テメェに聞きたいんだけどよぉ、どうしてここの居場所を突き止めたんだ?それに、あたしと姫川が居ない時を狙ったのも計算のうちなのかい?」

正彦は沈黙で帰したのだが、真紀子はそれを同意とは受け取らなかったらしい。剣を逆手に持ち、肩に攻撃を喰らわせていく。

「とっとと答えなぁ!気になって夜も眠れねぇぜッ!」

「……私は正攻法を用いたのだよ」

彼によれば武器を備えて、屋敷の中へと攻め込み、そこにいるボディガードを皆殺しにして屋敷の中へと突入したんだ」
話によれば彼は手榴弾と突撃銃を用いて、屋敷を破壊し、そのまま屋敷の中へと突入したのだという。
そこで自身に武装を施し、ボディガードや召使いを射殺していき、門首郎の元へと辿り着いたのだという。
「見上げた覚悟だぜ、時代劇に登場する正義感の強い侍を思い出したな」
真紀子はここまで語ったところで自分が相当なまでに美憂の影響を受けているという事を自覚し、思わず苦笑してしまう。

「……侍というのはやめてくれ、例えるのならば百姓一揆だ。これは重税に喘ぎ苦しむ農民が引き起こしたうちこわーー」

「ハァ?何をほざいてやがんだ?テメェの動機は復讐であり、追い詰められての結果じゃあねぇだろ?元々自分が手に入れるはずだったものを手に入れるためにわざわざテロリストになったんだろ?百姓にはそんな権利はねーぜ」

真紀子の皮肉は正彦に対して予想外の効果を施す事になった。
正彦は激昂して立ち上がり、真紀子の足を払うと、そのまま真紀子に向かって熾烈な攻撃を繰り出していく。
クローと剣とを重ね合わせながら、二人は兜越しに睨み合う。それから両者共に屋内で激しい戦いを繰り広げていくのだった。
クローが左右から振り下ろされていき、真紀子はそれを剣で防ぐ。両者ともに睨み合う。

「このクソ野郎がッ!さっさとくたばりやがれ!」

真紀子は剣を左斜め下から突き上げながら叫ぶ。

「お前こそッ!天堂希空の犬がッ!」

「あたしが犬なら、あんたは狂犬だッ!なんにでも噛み付いて吠えるド外道だよッ!」

真紀子はそう叫ぶと、そのままブーツで正彦を蹴り飛ばす。
正彦はまたしても畳の上を転がっていく。だが、真紀子は容赦しない。
畳の上に転がっている正彦を蹴り飛ばし、その上に剣先を突き付けていく。

「さてと、そろそろお時間かな。心配するな。痛みは一瞬だからよぉ」

「この剣で人を斬った経験は?」

「ないね。けど、天才のあたしならあんたの首を掻き切ってやれるぜ」

真紀子は兜の下で勝ち誇った様な笑みを浮かべたのであった。
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