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第三部『終焉と破滅と』
神通恭介の場合ーその14
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「しかし、悪い事しちゃったね。急に東京の方に呼び出しちゃって」
東京駅に出迎えに現れた希空が頭を可愛らしく叩きながら言った。
「いいや、おれは大丈夫だ。希空が呼んでくれればどこにだって行くぜ」
「やっぱり、お兄さんは優しいなぁ。そういうところが大好きなんだッ!」
希空は今度は恭介の腕に自身の腕を組ませるという、いつもの誘惑を執り行う代わりに恭介を優しく抱き締めたのである。
「ちょ、の、希空!?」
「……いい匂い。けど、残念だなぁ、一つだけ不純物みたいなものが混ざってるよ。ねぇ、お兄さん。どうして姫川美憂の匂いがするの?」
恭介の背筋に冷や汗が垂れていく事に気が付く。どうしてこんなにも汗が流れていくのだろう。恭介は自分の意思とは無関係に生じていく冷や汗を止めようとしたのだが、幾ら気を張ったとしても冷や汗が止まらない。
希空はそんな恭介の苦悩を見破ったかの様に恭介の首筋に手をやり、その冷や汗をひと舐めしていく。
「……冷や汗だねぇ、どうしたの?今日はそんなに暑くないけど?」
「お、おれって汗っかきだからさぁ!し、仕方ないっていうか!」
「そっかー。お兄さんって汗っかきだもんね。仕方がないか」
希空は感心した様に笑ってみせたが、次第に険しい表情を浮かべて言った。
「……もう嘘はやめなよ。本当は姫川と会ってたんでしょ?ゲーム以外の場所でも」
「そ、そんなおれがそんな事をするわけねぇだろ?」
「……嘘だ。お兄さん。かなりの頻度で姫川と会ってるよね?」
希空の顔は鬼の様に歪んでいた。なんと恐ろしい光景なのだろうか。同じ人間とは思えない程に恐ろしかった。
ここまで人間は恐ろしくなれるのだろうか。恭介が思わずたじろいでいた時だ。不意に希空が爪を噛みながら一人吐き捨てる。
「姫川の奴、たかだか小娘だと思って放置しておいたら、調子に乗りやがって……反逆を露わにしてきた最上真紀子もろとも地獄に叩き落としてやる」
「の、希空さん?」
「あっ、どうしたの?お兄さん?」
希空は先程の恐ろしい独り言や表情とは対照的なまでの明るい顔を浮かべて恭介に尋ね返したのである。
あまりにも乖離した態度に怯んでしまった恭介は苦笑いを浮かべながら答えた。
「いいや、なんでもないよ……」
「そっか!ならよかった!」
希空は明るい声を出し、それから恭介の手を引いて明るい調子で恭介をリードしていく。
恭介はその違和感に気がつく。あろう事か自分や希空の周りに人が一人もいないのだ。
その姿を見て恭介が思わず怯んでいると、希空はそんな恭介の疑問に答える様に言った。
「これが私の力だよ。気を付けてね、お兄さんやお兄さんの家族くらい簡単に消しちゃえるから」
その一言に戦慄した恭介を希空は更に一つ付け加え、恭介を恐怖の奈落へと突き落としていくのである。
「……姫川の奴は今日の夜くらいには報いを受けるよ。あいつは私のものに手を出した事を後悔する事になると思うよぉ、パパが死んだ時点で余計な事を考えなければあいつのママも長生きできたのにねぇ、可哀想に」
恭介は目の前の童顔の女性の言葉に心の底からの恐怖を覚えた。殺人になんの躊躇いもない。それどころか報復には相手ではなく、その家族をもって応える。
その残虐性に恭介は恐怖したのであった。
恭介が怯えていた時だ。急に彼女の周りに黒服が集まり、彼女の前に跪くとやけに焦った様な口調で言った。
「希空様、申し訳ありませんが今すぐに本社の会議室においでいただく事が可能でしょうか?」
「不可能よ。今デート中でーー」
「株主や幹部の皆様方もお集まりいただいておりますので、どうかよろしくお願い致します」
黒服たちの様子から尋常ではない事に気が付いたのだろう。
「わかったわ」とだけ告げて髪をかき上げて黒服たちと共に向かう。
唖然とした恭介に向かって希空は言った。
「そうだ。お兄さんも来てよ、そこで私がどんな風にして働いているのかを見せてあげるから」
恭介はそれを聞いて、天堂希空の戦場である会長室へと向かっていく。
会長室では真剣な顔を浮かべた重役や株主などが希空を待ち構えていた。
「何よ、みんなして」
希空が抗議の声を上げると、全員が席の上から立ち上がって叫ぶ。
「我々重役一同並びに株主はあなたの会長辞職を要求させていただきます!」
その一言は希空からすれば青天の霹靂、目覚めの一撃にも等しい一言であった。
希空は一瞬たじろいだものの、すぐに正気を取り戻し、いつも通りの腹黒い笑みを浮かべると重役や株主たちに向かって告げた。
「あんたの持ち株は全員の分を合わせても天堂グループの僅か30%に過ぎないわけよね?私が株のうちの40%を私有しているし、兄の福音が30%を所有している。わかる?駒のあんたらに株をやっているのはお情けッ!よくも会長辞職だなんて大それた事を言えたわね!加えて、部下の分際で会長の辞職要求!?バカなの?身の程を弁えなさいッ!」
「身の程を弁えるのはあなたの方でしょう?」
そうして扉を開いて入ってきたのはワインレッドのスーツを身に付けた二人の少女である。間違いない。最上真紀子と姫川美憂の両名である。
真紀子の方が腕を組みながら希空に向かって一枚の書類を突き出す。
それは自身の持株を全て菊岡秀子に引き渡すという同意の書類であったのだ。
「その兄の福音があんたを追い出す事に同意したんですよ。ここに20%の株を私に譲渡する旨が記されています!まぁ、みんなそろそろ我儘なお姫様にはうんざりしていたところだったんだと思いますよ」
勝ち誇った顔を浮かべる真紀子に対して、顔を茹で上がった蛸の様に真っ赤に染め上げていく希空。誰が見ても勝者は明らかであった。
「これで勝敗は喫したな」
美憂が勝ち誇った様な笑顔を浮かべて言った。
「バカな……どうして、福音が、妹の私を?」
「あんたの兄貴はどうやら本当の妹よりも血の繋がらない弟分が幸せに生きられる術を選んだらしいですな」
その言葉で思い浮かぶのは最上志恩の存在。そして、希空の兄が彼をすごく可愛がっていた事を思い出す。
なぜ、自分ではなく見知らぬ他人なのだ。あれだけ兄は家族思いであったというのに。
激昂した希空は会議室の扉を蹴り飛ばし、その勢いのままスーツを着た二人の女子の元へと詰め寄っていく。
「どういうこと!?可愛がっていたのに……よくも裏切ってくれたね!」
「可愛がる?冗談はよせよ?散々人をいびりやがって……日本の王女だか、女王だか知らねぇけど、人の築いた組織の上にやって来て、挙句の果てに組織の再編成だなんてふざけた事をしやがって……本当に心底からイライラさせられたよ」
「挙句の果てに人を殺してもお咎めはなし、逆恨みと嫌がらせで人の大事な家族を奪う。そんな奴に国を治める資格などない」
「わ、私は天堂グループの総帥天堂門首郎の娘天堂希空ッ!由緒正しい血統がーー」
「ざけた事抜かしてんじゃあねぇぞ!」
それを聞いた瞬間に真紀子の態度が一変した。真紀子は両目を見開いて機嫌の悪い声を上げながら希空の胸ぐらを掴む。
それから耳元で大きな声で怒鳴り掛けていく。
「テメェはどこまで王様を気取れば気が済むんだ?テメェなんぞたかだか社長の娘ってだけだろ?何が血統だ、ボケ。そもそもテメェの親父が一大企業を築き上げたのも元は伊達の親父の会社を簒奪したのが原因だろうがッ!」
真紀子はそのまま希空を殴ろうとしたのだが、その前に背後から美憂が歩いてきたかと思うと、そのままその頬に強烈な平手打ちを喰らわせていく。
希空は強烈な平手打ちを食らって地面の上を滑っていく。
地面の上に倒れてショックを受ける希空に向かって、美憂はただ一言だけ、しかしその場にいる全員に聞こえる様な声で言った。
「これは父さんの分の痛みだ」
美憂の言葉は単純なだけ重かった。唖然とする希空に向かって、真紀子は入り口を守る黒服を呼び出して連れて行く様に指示を出す。
この日日本の政財界に大きな影響を施した天堂グループは一族の権威と権勢による支配を終わらせる事になったのである。
東京駅に出迎えに現れた希空が頭を可愛らしく叩きながら言った。
「いいや、おれは大丈夫だ。希空が呼んでくれればどこにだって行くぜ」
「やっぱり、お兄さんは優しいなぁ。そういうところが大好きなんだッ!」
希空は今度は恭介の腕に自身の腕を組ませるという、いつもの誘惑を執り行う代わりに恭介を優しく抱き締めたのである。
「ちょ、の、希空!?」
「……いい匂い。けど、残念だなぁ、一つだけ不純物みたいなものが混ざってるよ。ねぇ、お兄さん。どうして姫川美憂の匂いがするの?」
恭介の背筋に冷や汗が垂れていく事に気が付く。どうしてこんなにも汗が流れていくのだろう。恭介は自分の意思とは無関係に生じていく冷や汗を止めようとしたのだが、幾ら気を張ったとしても冷や汗が止まらない。
希空はそんな恭介の苦悩を見破ったかの様に恭介の首筋に手をやり、その冷や汗をひと舐めしていく。
「……冷や汗だねぇ、どうしたの?今日はそんなに暑くないけど?」
「お、おれって汗っかきだからさぁ!し、仕方ないっていうか!」
「そっかー。お兄さんって汗っかきだもんね。仕方がないか」
希空は感心した様に笑ってみせたが、次第に険しい表情を浮かべて言った。
「……もう嘘はやめなよ。本当は姫川と会ってたんでしょ?ゲーム以外の場所でも」
「そ、そんなおれがそんな事をするわけねぇだろ?」
「……嘘だ。お兄さん。かなりの頻度で姫川と会ってるよね?」
希空の顔は鬼の様に歪んでいた。なんと恐ろしい光景なのだろうか。同じ人間とは思えない程に恐ろしかった。
ここまで人間は恐ろしくなれるのだろうか。恭介が思わずたじろいでいた時だ。不意に希空が爪を噛みながら一人吐き捨てる。
「姫川の奴、たかだか小娘だと思って放置しておいたら、調子に乗りやがって……反逆を露わにしてきた最上真紀子もろとも地獄に叩き落としてやる」
「の、希空さん?」
「あっ、どうしたの?お兄さん?」
希空は先程の恐ろしい独り言や表情とは対照的なまでの明るい顔を浮かべて恭介に尋ね返したのである。
あまりにも乖離した態度に怯んでしまった恭介は苦笑いを浮かべながら答えた。
「いいや、なんでもないよ……」
「そっか!ならよかった!」
希空は明るい声を出し、それから恭介の手を引いて明るい調子で恭介をリードしていく。
恭介はその違和感に気がつく。あろう事か自分や希空の周りに人が一人もいないのだ。
その姿を見て恭介が思わず怯んでいると、希空はそんな恭介の疑問に答える様に言った。
「これが私の力だよ。気を付けてね、お兄さんやお兄さんの家族くらい簡単に消しちゃえるから」
その一言に戦慄した恭介を希空は更に一つ付け加え、恭介を恐怖の奈落へと突き落としていくのである。
「……姫川の奴は今日の夜くらいには報いを受けるよ。あいつは私のものに手を出した事を後悔する事になると思うよぉ、パパが死んだ時点で余計な事を考えなければあいつのママも長生きできたのにねぇ、可哀想に」
恭介は目の前の童顔の女性の言葉に心の底からの恐怖を覚えた。殺人になんの躊躇いもない。それどころか報復には相手ではなく、その家族をもって応える。
その残虐性に恭介は恐怖したのであった。
恭介が怯えていた時だ。急に彼女の周りに黒服が集まり、彼女の前に跪くとやけに焦った様な口調で言った。
「希空様、申し訳ありませんが今すぐに本社の会議室においでいただく事が可能でしょうか?」
「不可能よ。今デート中でーー」
「株主や幹部の皆様方もお集まりいただいておりますので、どうかよろしくお願い致します」
黒服たちの様子から尋常ではない事に気が付いたのだろう。
「わかったわ」とだけ告げて髪をかき上げて黒服たちと共に向かう。
唖然とした恭介に向かって希空は言った。
「そうだ。お兄さんも来てよ、そこで私がどんな風にして働いているのかを見せてあげるから」
恭介はそれを聞いて、天堂希空の戦場である会長室へと向かっていく。
会長室では真剣な顔を浮かべた重役や株主などが希空を待ち構えていた。
「何よ、みんなして」
希空が抗議の声を上げると、全員が席の上から立ち上がって叫ぶ。
「我々重役一同並びに株主はあなたの会長辞職を要求させていただきます!」
その一言は希空からすれば青天の霹靂、目覚めの一撃にも等しい一言であった。
希空は一瞬たじろいだものの、すぐに正気を取り戻し、いつも通りの腹黒い笑みを浮かべると重役や株主たちに向かって告げた。
「あんたの持ち株は全員の分を合わせても天堂グループの僅か30%に過ぎないわけよね?私が株のうちの40%を私有しているし、兄の福音が30%を所有している。わかる?駒のあんたらに株をやっているのはお情けッ!よくも会長辞職だなんて大それた事を言えたわね!加えて、部下の分際で会長の辞職要求!?バカなの?身の程を弁えなさいッ!」
「身の程を弁えるのはあなたの方でしょう?」
そうして扉を開いて入ってきたのはワインレッドのスーツを身に付けた二人の少女である。間違いない。最上真紀子と姫川美憂の両名である。
真紀子の方が腕を組みながら希空に向かって一枚の書類を突き出す。
それは自身の持株を全て菊岡秀子に引き渡すという同意の書類であったのだ。
「その兄の福音があんたを追い出す事に同意したんですよ。ここに20%の株を私に譲渡する旨が記されています!まぁ、みんなそろそろ我儘なお姫様にはうんざりしていたところだったんだと思いますよ」
勝ち誇った顔を浮かべる真紀子に対して、顔を茹で上がった蛸の様に真っ赤に染め上げていく希空。誰が見ても勝者は明らかであった。
「これで勝敗は喫したな」
美憂が勝ち誇った様な笑顔を浮かべて言った。
「バカな……どうして、福音が、妹の私を?」
「あんたの兄貴はどうやら本当の妹よりも血の繋がらない弟分が幸せに生きられる術を選んだらしいですな」
その言葉で思い浮かぶのは最上志恩の存在。そして、希空の兄が彼をすごく可愛がっていた事を思い出す。
なぜ、自分ではなく見知らぬ他人なのだ。あれだけ兄は家族思いであったというのに。
激昂した希空は会議室の扉を蹴り飛ばし、その勢いのままスーツを着た二人の女子の元へと詰め寄っていく。
「どういうこと!?可愛がっていたのに……よくも裏切ってくれたね!」
「可愛がる?冗談はよせよ?散々人をいびりやがって……日本の王女だか、女王だか知らねぇけど、人の築いた組織の上にやって来て、挙句の果てに組織の再編成だなんてふざけた事をしやがって……本当に心底からイライラさせられたよ」
「挙句の果てに人を殺してもお咎めはなし、逆恨みと嫌がらせで人の大事な家族を奪う。そんな奴に国を治める資格などない」
「わ、私は天堂グループの総帥天堂門首郎の娘天堂希空ッ!由緒正しい血統がーー」
「ざけた事抜かしてんじゃあねぇぞ!」
それを聞いた瞬間に真紀子の態度が一変した。真紀子は両目を見開いて機嫌の悪い声を上げながら希空の胸ぐらを掴む。
それから耳元で大きな声で怒鳴り掛けていく。
「テメェはどこまで王様を気取れば気が済むんだ?テメェなんぞたかだか社長の娘ってだけだろ?何が血統だ、ボケ。そもそもテメェの親父が一大企業を築き上げたのも元は伊達の親父の会社を簒奪したのが原因だろうがッ!」
真紀子はそのまま希空を殴ろうとしたのだが、その前に背後から美憂が歩いてきたかと思うと、そのままその頬に強烈な平手打ちを喰らわせていく。
希空は強烈な平手打ちを食らって地面の上を滑っていく。
地面の上に倒れてショックを受ける希空に向かって、美憂はただ一言だけ、しかしその場にいる全員に聞こえる様な声で言った。
「これは父さんの分の痛みだ」
美憂の言葉は単純なだけ重かった。唖然とする希空に向かって、真紀子は入り口を守る黒服を呼び出して連れて行く様に指示を出す。
この日日本の政財界に大きな影響を施した天堂グループは一族の権威と権勢による支配を終わらせる事になったのである。
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