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エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

復讐の事を考えた場合

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「長晟教授ですよね?あなたもそろそろ戦いを止めるのではなく、戦いを続ける事を選択したらどうでしょうか?」

明日山百合絵は長晟剛の研究室を訪れるなり挨拶もせずにそう言い放った。

「いきなりやってきて最初の言葉がそれとはね」

剛は皮肉を含んだ言い方で言葉を返すものの、百合絵は意に返していない。
百合絵はその後に剛が持ってきたコーヒーを啜りながら告げた。

「確かにアポもなしに訪れて、そんな事を述べたのは悪かったです。それでも、私は伝えたかった……戦いを辞める事が愚かだという事を」

「成る程、一理ある」

剛の脳裏によぎるのは昨夜の出来事だろう。昨夜に恐ろしい不良たちに絡まれてからというものの、剛は少しばかり人間不信になりつつあった。
それでも人類社会全体を通してみればいい人間もいる。最上志恩や真行寺美咲の様な素晴らしい人間もいる。
剛が主戦派へと転向しないのはこの様な理由があるからだ。
そんな剛に対して百合絵は強い口調で訴え掛けていく。

「お願いです!あなたもゲームに加わってくださいッ!あなたは願いをーー」

「生憎だが、私は先に三割の願いを叶えてもらって参加した者じゃあないからね。キミと同じで途中参加組だ。おまけにルシファーから参加も認められていないんだ」

「じゃ、じゃあルシファーに言って途中参加をーー」

「私がするとでも?」

剛が目を光らせながら百合絵を睨む。それを見て百合絵は肩をすくませた。

「もう帰りたまえ……これ以上は話す事もないだろうしね」

その言葉を聞いて百合絵は肩を落としながら大学を後にした。
そしてそのまま隠れ家にしているアパートへと戻っていく。その家に帰る過程の事であった。不意に周りを黒色のスーツにサングラスを掛けた男に囲まれてしまったのだ。

「あ、あなたたちは!?」

「我らのボスがお呼びだ。悪いが来てもらおうか」

「は、離してください!」

百合絵は暴れて解こうとしたものの、突然現れた男たちの一人によって口元を防がれて、半ば強制的に連れ去られてしまう。その際に百合絵は意識を落としてしまった。恐らく口元を防いだハンカチの中に薬でも入っていたのだろう。
百合絵は夢の中で囲まれていた。そこは自分の家の中であった。家の中で大好きだった祖母が集団で暴行される光景を見た。その後に暴行されたのは母親であった。次は父親。最後に自分であった。
隙を見て逃げ出したものの一度は連れ戻された。嫌だ。もうあんな地獄は嫌だ。
百合絵が目を覚ますと、そこは自分の家ではなくどこかの宮殿の一室かと見間違える程の巨大な寝室であった。
天蓋が付いた贅の施されたベッドの他に果物の入った籠が載った机と椅子。洋服箪笥や整理箪笥などが揃っていた。他にも見た事もない程の豪華なテレビが置かれていたし、ベッドの前方向には百合絵がテレビなどでしか見た事がなかった暖炉が置いてあった。
百合絵が自身の真上を見上げると、そこには煌びやかに光るシャンデリアが吊り下げられていた。

「なんなのこれ……童話に出てくるお姫様の部屋みたい」

その時だ。部屋の扉をノックする音が聞こえた。百合絵が入室を許可すると、これまたテレビや本でしか見た事がないメイドと呼ばれる女性たちが姿を現したのである。
メイドたちは百合絵の眠るベッドの上に食事を運び、そのまま彼女の丁寧に頭を下げたのであった。
それから一言、

「お嬢様はそろそろ参られます」

と、だけ告げて部屋を去っていく。
お嬢様というのはどのような人物の事なのだろう。百合絵が首を傾げていると、メイドが言った『お嬢様』なる人物が姿を現す。
その姿を見た時に百合絵はその美しさに思わず惹かれていた。まるで、古の絵画に描かれた美少女が絵を抜け出して現実の世界に現れたのかと錯覚させられた程だ。
服も上等のものであった。紫色のスカートスーツに白色のインナーという服装はその少女の美しさを存分に引き出し、人々を魅了させてしまう程だ。
ギリシャ彫刻の様に整った顔をした少女は顔に人の良い笑顔を浮かべると言った。

「乱暴な真似をしてしまってすまなかったな……けど、あんたの力が必要だったんだ」

その声と口調を聞いて百合絵は驚きを隠しきれなかった。というのも、それは自分が参戦したゲーム以来自分と共に何度も刃を交えてきた相手であったからだ。
百合絵はこれまではその少女ーー最上真紀子の武装した姿しか見た事がなかったのだから当然といえば当然であろう。
百合絵は暫く真紀子の顔を見つめて目を大きく見開いていたのだが、すぐにいつもの様に調子を戻して言った。

「ううん。構わない。それよりも私を拉致してしてまで呼んだ用事というのは?」

「実さぁ、あんたに取り引きを持ちかけたくてさ」

「取り引き?」

「……あんたの家を取り返してやる。そう言ったらわかりやすいかな?」

その言葉を聞いたその言葉が信じられずに固まってしまったが、やがて意味を理解すると、確証を得るためにもう一度問い掛けていく。
それでも真紀子の返す言葉は先程と同じだった。
真紀子は百合絵がようやく意味を理解したのだと直感し、口元を歪めながら言った。

「悪い条件じゃあねぇだろ?今のあたしの力があればあんたの家に巣食うならず者なんぞすぐに片付けられるぜ」

「……わかった。あたしはあんたの部下になる事を約束する」

百合絵は決意を確かなものであるらしい。彼女は自分の目の前で腕を組む真紀子の目をしっかりと見つめながら言った。
加えて、真紀子には自分の素の姿を見せる事にしたらしい。一人称が変わったのがその証拠である。百合絵の真の一人称は「私」ではなく「あたし」であり、それは本当に気を許した人間にしか見せなかったものである。

「よし、それでいいぜ!このあたしが保証してやる!」

真紀子は百合絵の『忠誠』という言葉に気を良くしたのだろう。
上機嫌な様子で手を叩きながら言った。それから百合絵の側によると、彼女の首元に手を伸ばし、百合絵の頬を優しく撫でていく。

「もう何も心配はいらねぇ。あたしに忠誠を誓う限りはあんたの事を助けてやるよ。復讐だけじゃあねぇ、衣食住に娯楽、嗜好品。それらの全てを保証してやらぁ」

真紀子は勝ち誇った様な笑みを浮かべながら百合絵に笑い掛けた。
百合絵はそんな真紀子がどんな男性よりも逞しく見えた。
復讐はその日の晩に決行された。真紀子の指示によって特殊部隊が編成され、ならず者たちは一人残らず葬り去られていく。
それから百合絵自身の手によって始末させろ、という真紀子の命によってならず者のボスが特殊部隊の男によって捕らえられ、車の中に放り込まれてしまう。
真紀子や百合絵たちも部隊に紛れて多くのならず者たちを始末していく。
自分の人生を壊し、自分の家族を殺したヤクザ者たちが死んでいく姿は百合絵に爽快感を与えた。

それから百合絵は家の奥に隠れていた妹を引っ張り出して引き摺り出す。
実の妹ではあるが、百合絵からすれば勝手なコンプレックスを爆発させて、ならず者の主犯に従って祖母や両親を殺した憎い相手の一人であったのだ。
百合絵は泣きながら命乞いを行う妹を蹴り、その頭に銃口を突き付けた。

「ま、待って!お姉ちゃん!あ、あたし騙されてたの……あいつに……バカな事をしたよね!?バカな事を言ったよね!?お姉ちゃんが許してくれないのも当然かもしれないけど……あたしはーー」

「あんたはお父さんとお母さんを笑いながら蹴飛ばしたよね?あたしが暴行された時にあんた何がした?してないよね?教えてくれる?ねぇ?」

真紀子は泣き喚く妹相手にサディスティクな質問を行う百合絵を見て笑っていた。
希空の時といい、今の場合といい、かつては醜い行いをしていた人間が制裁を受ける姿というのはいつ見ても心地がいいものだ。
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