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エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

最上志恩の場合ーその⑨

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「オレはみんなの笑顔を見たいんだッ!」

そう叫びながら人気イケメン俳優演じるヒーローが敵の総大将に向かって殴り掛かっていく。その相手は人間をゲームという理由で殺戮していく怪人の頭目であり、同時にその怪人の頭目であった。
その頭目と主人公とが雪山の中で最後は共にヒーローの姿にも怪人の姿にもならずに殴り合っていくのである。
これはとある特撮ヒーロー番組の一場面である。

それは志恩が生まれた年に放映されていた特撮ヒーロー番組であり、大昔の人気ヒーローの名前を冠した番組とされ、シリーズの復活作品として知られていた。
番組の中に登場する警察のリアリティのある捜査場面や徹底的なリアル志向が追究された設定など大人が見ても楽しめる作りとなっており、実際幼い頃の志恩は姉と共にレンタルビデオという形式を通してこの作品を楽しんでいたのである。
テレビの前で幼い頃の自分。共に我を忘れてテレビの画面にのめり込むまだ小学生の姉。
このビデオは最終巻であり、二人は雪山の戦いが終わり、場面が主人公が関わった人々を描いた後日談となり、最終的に主人公がどこかを旅する場面で物語は終了した。
志恩はビデオの巻き戻す作業をする姉に向かって無邪気な声で叫ぶ。

「お姉ちゃん!ボクもあんな風になるッ!」

「本気か?」

「うんッ!」

志恩は躊躇う様子も見せずに答えた。
真紀子はそんな志恩の様子をじっと眺めていた。世の中にヒーローが現れるだけで全てが好転すると思い込んでいる様な弟を。
だが、真紀子はそんな弟さえも愛おしく思っていた。だから、その頭を優しく撫でて言ったのだ。

「じゃあ、なっちまいな。人を笑顔にさせられるヒーローによ」

それから後も志恩は姉にせがんでヒーロー番組を観続けた。
志恩はその度に励まされ続けられたのだ。番組の中で一生懸命に戦うヒーローたちの姿に。
そんなヒーローたちの姿を見て志恩は思った。
将来はテレビに登場するヒーローたちの様に自分も人を助ける人になりたい、と。
あの狂ったゲームに志恩が巻き込まれても戦いを止めようとしていた理由はそこにあったのだ。
今でもその意志は変わらない。
間違いは今の間に直しておかなくてはなるまい。志恩は廃教会の椅子の上から立ち上がると周りに聞こえる様に叫んだ。

「違うよッ!今の言葉の綾でしかないんだ……みんなも聞いてよ?」

その言葉を聞いて他の参加者たちの視線が集まっていく。

「ボクは思うんだ。もしこの場にいる全員で地獄への入り口インフェルノからの侵攻を止められたのならばどんなに素敵な事なんだろうって思ってさ」

「それは夢物語に過ぎない」

そう吐き捨てたのは美憂である。美憂は立ち上がり志恩に向かって侮蔑するかの様な視線を向けて言った。

「あんたや真行寺の様な奴らはいいだろう?だが、全員で戦ったとしても侵攻を防ぐ事ができる保証なんてどこにもない……故に共闘を行うメリットも思い付かない。それがあたしの私見だ」

「けどよぉ、お前の願いでお前のお袋さんが救われる未来も不確定だぜ。ルシファーの奴は“確かに願いは叶う”といったが、それがお前さんの意に沿うものかどうかは別だろう?なぁ、ルシファー?」

「さぁ、どうだろうね?」

ルシファーは曖昧に肩をすくめてみせた。その曖昧な態度に全員が苛立ちを重ねていく。とりわけ美憂が一番ルシファーを睨んでいた。
ここでルシファーが助けてくれるといってくれなければ美憂の家族が助かるなどという事は虫のいい妄想に過ぎないのだ。
故に美憂はルシファーに対して「ハッキリと答えてくれ」と言いたかった。
それに対して真紀子はクックッと笑い出していく。

「いいじゃあねぇか、こいつら悪魔は元々そういう奴らなんだよ。お前たちが妙な親近感を抱いていただけで、昔からこいつらはこういう小狡い事を考えていやがったんだ。こういう曖昧な態度に表向きは契約者に従う振りをしながら、そいつらを意のままに操って人と神との絆を断ち切ろうとする姿勢……そんな事で人を騙して人と神との絆を断ち切ろうとする。そういう奴らなんだ。こいつらは」

真紀子は言葉の選択こそ厳しいものがあったが、その目は笑っていた。心底から楽しいと言わんばかりの表情である。
それに対してルシファーが手を叩きながら悪魔の分析を褒め称えていく。

「すごいなぁ、流石は最上真紀子だ。最悪にして天才……今の日本のフィクサーに相応しい頭脳を持っているだけはあるねぇ!」

「そりゃあどうも」

「キミみたいな子だったらもしボクらがいなくても大人になったら社会的な力を用いて少年刑務所の報復を行っただろうねぇ」

「イライラしたという理由で毎回人をぶっ殺していたらあたしも生き抜くいだろうねぇ。そうしただろうさ」

真紀子は微笑を浮かべて言った。その時の表情がなんとも言えずに恐ろしいものが見えた。

「さぁ、ボクから伝えたい事は異常だッ!ゲームは明日の翌日の深夜にまたどこか適当な会場で行うからそれまでは各自休んでおく様に」

ルシファーはそう言うと、飛び上がって恭介の中へと入り込む。
恭介が最初の時と同じ様に違和感に苦しんでいたものの、すぐに慣れる事はわかっていたので、各々が教会を後にしていく。
「なぁ、志恩。今日あたしの家に来い」

「えっ、でも父さんと母さんが……」

「あいつらも招待するよ。今日の夕食に預からせてやるよ」

「父さんと母さんを?」

志恩は両眉を上げながら姉に尋ねた。姉の真紀子は志恩の義両親。とりわけ義母を嫌っている事でも知っていたからだ。

「あぁ、あいつらには食った事もないようなものを食わせてやる。あんたの面倒を見てくれた礼をしたいからな」

真紀子はそのまま百合絵と共に志恩を教会近くの駅にまで引っ張ると、そのまま迎えの車を寄越して志恩を車へと押し込む。
こうして真紀子はやや強引に志恩を屋敷の中へと招き入れたのであった。
志恩は姉の住う屋敷の様子に驚いて目を丸くする。というのも、映画やテレビなどで見る屋敷などよりも真紀子の屋敷は大きく豪華であったからだ。
志恩は屋敷の中の一室を与えられ、その部屋でテレビを観るように言い付けられた。そこは志恩のために元から用意されていたのである部屋なのだろう。
部屋の中にはスクリーンが掛かっている他に大きくて座り心地の良さそうな長椅子や書きやすそうな程よい大きさをした机と同じく座りやすそうな心地のいい肘掛け椅子が置かれていた。
そのスクリーンの周りには志恩が姉と共に鳥取に住んでいた頃に好んで見ていたヒーロー番組のDVDが所狭しと置かれていた。
それを見て志恩が思わず目を輝かせていると、真紀子がメイドを手招きしてから言った。

「百合絵。悪いけど、志恩を見ててくれ。あたしはこの後に仕事と会談があるから相手できねーんだ」

「かしこまりました」

百合絵は丁寧に頭を下げて志恩と共に部屋に残る事になった。志恩はその事に少しばかりの気まずさを感じていた。
百合絵は敵対するサタンの息子であるし、少し前には降伏を促した相手であるのだ。
やがて、志恩は沈黙に耐え切れなくなり百合絵に番組を観せてくれる様にせがむ。

百合絵はそのまま淡々とDVDを入れてスクリーン上にヒーロー番組の映像を流していく。
番組の中でヒーローは人々を守るために戦っていた。格好の良い装甲を身に纏い、人々を虐げる怪人を打ち倒す。
志恩が大好きなヒーロー番組を目を輝かせながら見つめていると、不意に百合絵が問い掛けた。

「志恩さん。あなたがそこまでヒーローに入れ込む理由はなんですか?どうしてそこまでお話にのめり込めるんですか?」

「……ヒーローが人々を守る事に惹かれる……そんな理由じゃあダメでしょうか?」

だが、志恩の回答に百合絵は納得がいかなかったらしく、睨む様に志恩を見つめていた。
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