上 下
115 / 135
エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

最上志恩の場合ーその11

しおりを挟む
一触即発ともいえるあの家族会議から既に一晩の時間が経っていた。
その翌日の晩、志恩はまたしても戦いの渦中にいた。場所は郊外の捨て去られた工事現場。朽ち果てた資材のみが見守る中で戦いは行われた。
戦いを止めるため志恩は戦った。相手は四人の上にうち二人は強化した鎧を身に纏っている。もう一人は鎧こそ変わっていないものの、双剣という強力な武器を有しているのだ。
挫けないはずがない。志恩はそれでも懸命にランスを或いは剣を振り回しながらも説得を試みていく。
そんな志恩に向かって美憂が剣を振り上げながら問い掛ける。

「本当にバカな奴だッ!夢物語ばかり語ってッ!」

美憂はそう叫びながら自身の剣を左側へと弾いていく。断末魔と火花を飛ばしながら地面の上へと飛んでいく。
地面の上に倒れる志恩の首元に剣先を突き付けながら問い直す美憂。
だが、先程と同じで返ってくるのは沈黙のみであった。
それに苛立ったのか美憂は剣を逆手に持ち、志恩のもう片腕を抑えたかと思うと、そのまま志恩の頭に向かって剣を突き付けていく。
志恩はその度に機敏に左右へと動かし、剣を避けていくものの次第に交わしきれなくなったのか、至近距離で美憂の刃が兜に直撃した。
同時に志恩の兜から火花が発せられていく。集中して刃を突き立てる事ができれば志恩を倒す事ができるだろう。
だが、それは美咲の鎖によって美優の剣が一時的とはいえ弾き飛ばされた事によって不可能になってしまう。
美憂が慌てて美咲のいる場所を確認しようと腰を上げた時だ。隙が生まれてそこから志恩が脱出してしまう。
脱出した志恩を追うのは恭介と百合絵。二人は同時に剣を持って飛び掛かったものの志恩はそれをランスで受け止めて逆に右側へと弾き返していく。

今度は二人で左右へと展開して各々の思うがままに剣を振るっていく。京介が右、百合絵が左という方向であった。
志恩は最初に恭介の剣を防ぐと恭介を振ってきた方向へと弾き返し、次に百合絵を返り討ちにしたのであった。
このままではいつもと同じ様にまたしても膠着状態に陥ってしまう。
危機を感じた百合絵は手に持っていた槍を円を描く様に大きく振り回しながら志恩へと向かっていく。
志恩は両手で槍を構えながら百合絵が攻めてくるのを待ち構えていた。
百合絵はそのまま穂先を志恩に向かって突っ込んでいく。志恩はそれを目の前で縦の形に構えた槍の穂先で防ぎ、そのまま打ち返すと、返す刀であると言わんばかりに百合絵の体に向かって槍を振っていく。
百合絵の鎧は大きな火花を生じていき、百合絵自身も大きな負傷を受けたらしい。膝を立たせようとした際に体が痛んだ事に気が付いたのである。

このまま戦い続ければ自分は死んでしまうかもしれない。そう考えた時だ。不意にそれも悪くはないと思い始めた。
志恩自身の手で殺す事によって志恩に罪悪感を持たせる事ができたのならばそれだけで非戦派の動揺を誘える。
そうすれば自分の主君である最上真紀子への勝利に繋がるのだ。
仮に自分が勝てたのならばその時はその時である。志恩の死はいずれもこのゲームにとって大きな転換点をもたらすだろう。
百合絵は決死の思いで志恩へと挑み掛かった。突進力を得るために盾すら捨てて。
志恩はそんな野生の猪の如き突進を繰り出した百合絵の前にバランスを崩してしまったのである。
バランスを失った志恩に対して百合絵は自身の槍を用いて左右から叩いていくのである。火花と共に志恩の悲鳴までもが響き渡っていく。

だが、倒れる前に百合絵は更に槍を振って志恩の体を叩いていく。そして、最後に槍の先端を胸部に向かって勢いよく突き付けた瞬間に志恩は地面の上へと倒れ込む。
けれども容赦はしない。百合絵はそのまま倒れた志恩に向かって飛び掛かっていく。
このまま志恩を殺す事ができれば或いは志恩に自分を殺させらればこのゲームは大きな転換点を迎えるはずなのだ。
幸いな事に美咲は二人の対処で手一杯だし、主人の真紀子は志恩の能力のために動けずにいる。
誰にも邪魔をされる事はない。そう考えていた時だ。志恩はあろう事か別の方法を取ったのだ。彼はその場から転がりをつけて逃走したのだ。
まるでぜんまいを巻けばその場から転がるっていくおもちゃの様だ。ちょこまかと動き回り非常に狙いづらい。
百合絵が舌を打っていると、そのまま左斜め下からランスの刃が突き上げられていく。
百合絵はそのまま何も言わずに膝をついた後に地面の上へと倒れ込んだ。

「明日山のやつ……無理をしやがってよ。クソが」

側で動けない真紀子が忌々しさと不安さとが混ざり合った様な声を出して言った。
恭介も美憂もそのまま百合絵の脱落を信じて疑わなかった。
だが、志恩は何もしない。武器すら突き付けずにその場から立ち去っていく。
どうやら何も言わずに立ち去る事で彼自身の非戦の意志というものを示すつもりであるらしい。
百合絵はそれが悔しくたまらなかった。彼女は倒れたまま槍を強く握り締めていく。
志恩が立ち去ろうとする間際、百合絵は足をふらつかせながら槍を構えて叫ぶ。

「待てッ!どうしてあたしを殺さないの!?」

「……この戦いを止める意味がなくなってしまうから。それではいけませんか?」

志恩の問い掛けに百合絵は持っていた槍を震わせながら睨んでいたが、すぐに昨夜の志恩の話の事を思い返し納得していた。
やはり、この少年はヒーローなのだ。百合絵が乾いた笑いを漏らしながらその場を去ろうとした時だ。
不意に彼女の目の前に剣が突き刺さった。振り返ると、そこには剣を放り投げた姫川美憂の姿が見えた。
美憂は予想外の攻撃を繰り出した他の面々に向かって呆れ返った様な態度を露わにしながら言った。

「そこに満身創痍のサタンの息子がいた。だからトドメを刺すために剣を放り投げた。それだけだ」

美憂の言い分は理に適っていた。本来ならばゲーム上はなんの問題もないルールなのである。むしろ派閥に分かれて争いを繰り出す方が異常なのだ。
その事を理解していただけに他の面々は反論しづらかった。
唯一、志恩だけがその兜の下で目を丸くしていた。自分のせいで弱ってしまった参加者が他の参加者によって漁夫の利という形で葬られたという事実だけが彼を唖然とさせていたのだ。
だが、次第に彼は激しい罪悪感に襲われていった。自分のせいで倒すべきではなかった人物を倒してしまったという事実を彼は受け止められなかったのだ。
可能ならば今すぐにでも叫びたかった。今すぐにでも逃げ出しかった。

そんな志恩を思い留めたのはかつて兄と慕った天堂福音の顔である。
彼に向かって叫んだ自分自身のヒーロー像が逃げる事を拒否させていた。
志恩は兜越しに背後から剣を放った姫川美憂を睨む。
だが、彼女は相変わらず兜の下で澄ました顔を浮かべているのだろう。
志恩は武器を構えようかと悩んだが、今回のゲームは終わってしまったらしい。
全員が武装を解除していく姿が見えた。それに従って志恩も武装を解除したが、志恩はそのまま帰もせずに美憂の元へと突っ掛かっていく。

「どうして……どうしてあの人を殺したの!?」

涙目になり訴え掛ける志恩に対して美憂は相変わらず淡々とした声で答えた。

「決まっているだろ?それがこのゲームのルールだからだ。お前はあたしが絶対に参加者を倒さないとでも思ったのか?」

美憂は鼻を鳴らしながら言った。いつもの調子の美憂であったが、今日の志恩にはそれが酷い高慢に見えたのだった。
しおりを挟む

処理中です...