上 下
123 / 135
エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

残された三人の場合

しおりを挟む
山から降りた三人を待ち構えていた光景は悲惨なものであった。既にそこは人々の阿鼻叫喚の悲鳴が叫ばれ、逃げ惑うという地獄の様な光景が広がっていた。
空からは無数の悪魔の群れ。陸は地割れが発生し、逃げる人々を阻んでいた。
迂回する隙を狙って悪魔たちが人を襲う。
地獄の様な光景が続いていく。一体の虫の様な形をした悪魔が小さな少女を襲おうとした時だ。
咄嗟に志恩がランスを握りながらその悪魔に向かって襲い掛かっていく。
虫の様な形をした悪魔は悲鳴を上げて倒れ込む。それから志恩は少女へと向き直りその手を差し伸べる。

「大丈夫?」

だが、少女は泣き叫ぶばかりである。手を握る余裕などあろう筈がない。志恩は慌てて少女を抱き抱えるとその場から逃れていく。背後からは無数ともいえる数の異形の怪物が志恩を追い掛けていく。
志恩は少女を地割れのない場所まで運ぶと、ランスを構えて自分を追い掛けてきた悪魔たちと対峙していく。
空を埋め尽くさんばかりの悪魔たちに向かって志恩は大きな唸り声を上げて威嚇していく。
悪魔たちには効果はないが、志恩には自身を奮い立たせるという抜群の効果を発揮したのである。
志恩はランスを構えると飛び上がって、悪魔たちにランスを振るっていく。

恭介と美憂は互いに背を預けながら周りから溢れる悪魔たちの対処に溢れていた。

「二対無量大数か……少し分が悪いな」

美憂は剣を構え苦笑した表情を浮かべながら言った。

「確かに、だが、オレは後悔なんてしてねーぜ」

「そりゃ嬉しいなッ!じゃあ最後まで共に戦おうじゃあないかッ!」

美憂はそう叫びながら自身の元に向かってきた鳥の形をした悪魔を叩き斬ったのである。

「なぁ、姫川ッ!」

恭介は目の前から迫る黒い目に歪んだ口元を持った猿たちを相手にしながら叫ぶ。

「なんだ?神通?」

美憂は自身の目の前に迫る無数ともいえる馬の頭に牛の体に蛇の尻尾をした怪物たちを相手にしながら問いかけた。

「これが終わったらでいいんだッ!」

恭介は目の前の敵を大きく一刀両断にしながら美憂に向かって叫ぶ。

「どうしたんだ!?」

美憂が馬の頭に向かって自身の剣を突き刺しながら問い返す。

「オレと付き合ってくれないかッ!」

美憂は返答ができなかった。いきなり告白されたという事もそうであったが、こうした状況で言うべき様な台詞ではないと考えていたからだ。
美憂は多くの馬の頭の死体を目から離し、そのまま自身の周りから迫る悪魔たちを叩き斬りながら自身の考えを纏めていく。
この場合自分はどんな返事をするべきなのだろうか。
美憂の中には暗雲が立ち込めた様であった。モヤモヤとした思いが晴れない。
考え抜いた末に美憂は悪魔の首を叩き落としながら叫び返す。

「残念だが、お前とは付き合えないッ!……こんなあたしだぞ……最上真紀子の秘書をしていた様な女だ……そんな女が今更幸せになってなんていい筈がないッ!」

「関係あるかよッ!お前の過去なんてッ!」

恭介は古代ローマの兵士を思わせる銀色の鎧に身を包んだ熊の顔をした悪魔の剣を受け止めながら美憂に向かって叫び返す。

「オレはお前が昔から好きだったんだッ!高校生活の初日……お前を見た時からずっと惚れていたッ!」

「他のクラスメイトも同じ様な事を言っていたぞッ!」

美憂は上空から迫るなめくじの体に蝙蝠の翼を生やした怪物を剣を用いて地面へと叩き落としながら恭介に向かって反論の言葉を返していく。

「でも、オレのお前への思いは本当なんだッ!ずっと、ずっとお前が好きだったッ!」

「……困るんだよッ!今頃にそんな事を言われてもッ!」

美憂はゴポという不穏な音を立てて迫る凶悪な口を持つなめくじの様な怪物を倒しながら恭介への返事を考えていた。
恭介にはどんな言葉を返したほうがいいだろう。正直に言えば恭介に関してはなんの感情も持ち合わせていなかった。
興味がなかったといった方が正解であるかもしれない。美憂の心境としては今までもこれからも恭介に対して特別な感情を持ち合わせる事はないであろうと思われる。
それでも、この場を乗り切るためには恭介の協力が必要であった。
悩み抜いた末に美憂は恭介も以前に活用していた深夜のアルバイトの客だと思い込む事にした。対価は自分と自分の家族の命の保証。
故に美憂も躊躇いはなかった。恭介がもう一度同じ言葉を投げ掛けてきた際に美憂は躊躇う事なく言い放った。

「いいだろう。お前と付き合う事をここに約束しよう」

「ほ、本当か!?」

恭介は歓喜の色を露わにした声で美憂に向かって聞き返した。

「お前に嘘を吐いてどうする?あたしがOKといえばOKなんだ」

その言葉を聞いて恭介は有頂天になったのか、悪魔たちを切る力に力が入っていく。
美憂はそれを見て兜の下で唇を孤の型に歪めて笑う。不本意ではあるものの美憂は最近になって随分と師に似てきた。
下手をすれば自身もあんな惨めな最期を迎えてしまうかもしれない。
人にナイフで滅多刺しにされての死。誰にも看取られる事なく訪れる惨めな死の瞬間。それでも真紀子は笑いながら死んでいったという。
自分にはあんな真似はできない。あんな『稀代の悪女』には絶対になれない。
美憂が兜の下で苦笑しながらそんな事を考えていた。


「みなさん!ご覧いただいておりますでしょうか!?これは映画などではなく現実の光景でありますッ!今我々の世界を得体の知れない悪魔たちが襲っておりますッ!」

レポーターと思われる男性はマイクを握り締めながらテレビ画面とその向こうでこの光景を見ているであろう視聴者たちに向かって語り掛けていく。

「異常気象に疫病……そしてここにきてあの得体の知れない怪物どもですッ!あぁ、皆さん……我々の世界は一体どうなってしまうのでしょうか……」

画面の向こうへと訴え掛けるレポーターの声が次第に弱々しくなっていく。
無数ともいえる数の悪魔たちを見て
その時である。レポーターの体が浮かび上がっていく。体を掴まれたのだ。鳥の脚と蝙蝠の体。そしてライオンの頭を持つ怪物によって。
その怪物の手によってレポーターが連れ去られようとした時の事である。
不意に自身の体に浮遊感を感じた。同時にレポーターは気がついたのだ。自分の体が悪魔の手によって離されたために屋上へと落とそうとした時の事だ。
自分の体が屋上に衝突する直前で止められた事に気がつく。自分の身に何が起こったのか慌てて周囲を確認すると、彼は自分の身に何が起きたのかを理解した。
自分の体が自分よりも小柄な男に支えられていた事に気が付いたのだ。
それは歴史の教科書に登場する騎士の様な格好をしていた。鎧の上にマントを纏った姿は日曜の朝に登場する特撮ヒーローを思わせた。
小柄な男はレポーターの男性を下ろすと彼に向かって優しい声で笑い掛けた。

「危ないから下がっていてください」

それは声変わり前の少年を思わせる様な高い声であった。少年はそのままレポートを下がらせると、手に持っていた槍を構えて空の上から迫り来る怪物たちを相手に立ち回っていく。
その姿を見たレポーターは人々の希望を見出したばかりに慌ててカメラマンにカメラを回す様に指示を出す。
カメラマンは慌ててカメラを回し、怪物と奇妙な鎧を纏った少年とが戦う姿を映し出していく。
レポーターはカメラを前に大きな声でレポートを行なっていく。

「みなさん!このこの光景をご覧くださいッ!ヒーローですッ!絶望に喘ぐ我々の前に本物のヒーローが現れましたッ!これは作り物のテレビの中の光景ではありませんッ!実際に行われているヒーローと敵との戦いなのですッ!」

その少年はレポーターの言葉を聞いて嬉しくなったのか、ランスを振り回す力に力が入っていく。
少年はいや、志恩はこんなに体が軽くなっていくのは初めてであった。
志恩はランスを用いて屋上から迫り来る悪魔たちを殲滅した後にレポーターとカメラマンを屋上の下へと誘導していったのである。
しおりを挟む

処理中です...