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皇帝の星『オクタヴィル』

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 後日もう一度ヘ・リーマの案内によって修也と修也の通訳という体でジョウジの両名が会談の場所となる食事の場へと赴いていった。

 昨日と同様にダクティアナ帝国式の正装に身を包んだ二人は長机の前に案内されて皇帝の前の席に座らされた。
 昨日と比較して確かに机や燭台などは一日で綺麗になっていた。

 だが、流石に壁そのものを修復することは不可能であったらしい。レ・ラクスの手によって粉砕された壁はまだ穴が空いていたし、砕かれた床からは破片が飛び散っている様が見受けられた。

 昨日とは一変してどこか傷だらけの部屋でレ・ラクスは待っていた。
 今回の会談である昼食の席には皇帝一家や重臣は列席しないようだ。徹底した様子からも皇帝デ・ラナは本当に修也と一対一の会談を希望したかったらしい。

 それでも皇帝の隣には昨日と同様に幼い皇女の姿が見えた。
 幼い皇女ことデ・レマは修也が姿を見せるなり、立ち上がり手を振って自身の居場所をここぞとばかりにアピールしてみせた。その後で修也に向かって自身の前に座るように指示を出した。

 修也は苦笑いを浮かべながらデ・レマの前に腰を掛けた。
 その隣にジョウジが座ることでようやく階段が始まったのである。

「本日は昼食の場に来てもらって感謝する。お主に話があるのだ。シュウヤ・オオツよ」

「は、はい」

「今日はわしのたっての頼みがある。聞いてくれんか?」

「は、はい。なんでしょうか?」

 緊張からか、修也は声を震わせながら問い掛けた。

「わしに仕えないか? わしに仕えて騎士としてこの国で働いてみたいとは思わんかね?」

「えぇ、わ、私がですか!?」

「左様」

 修也は困惑した顔を浮かべていた。それは通訳を行ったジョウジも同じだった。

 だが、そんな二人の様子など無視をしてデ・ラナは話を続けていった。

「今我が帝国は危機に瀕しておる。あのごろつきが幼い姫に求婚していることもそうだが、一番は魔物を操る我が帝国最大の脅威ノーグラトビア帝国が差し迫っておるのだ」

「大津さん、魔物などこの世にはいません。全てはこの星の独特の生態系が生み出した生物のことを原始的な言葉でそう喋っているだけに過ぎないんです」

 デ・レマの言葉を通訳したジョウジが自身の判断で勝手に日本語で補足事項を付け足す。

 そんなことは言われなくとも分かっていた。オクタヴィルの住民であったのならばともかく地球出身で幼い頃より地球人類にとっての繁栄の象徴である科学のことについて叩き込まれてきたのだ。

 それでも口に出せば面倒なことになるのは確定なので、修也は反論することもなく黙っていた。

 それから気分転換も兼ねて食事に目を向けていった。修也が見たところこの星で食べられている肉に関しては地球と変わらないらしかった。シェフの話によれば鹿のソテーや猪と野菜を使ったミートローフ、そして兎を使ったシチューといった作り手が精魂を込めて料理したと思われる凝った形の料理が長机の上に並べられていた。

 それ以外でも鶏肉の普及具合も地球と変わらなかったらしい。これもシェフの話によると百羽鳩なる翼のうちに百枚の紋様を刻み込んでいるような鳩の肉を詰めた三角形のパイなどもあった。
 それ以外でも星でしか取れない黄色のトマトや緑と青色の混じった地球人の修也から見れば独特なサラダなども並べられている。

 どれも地球の料理に比べれば異彩を放っていた。だが、その中でも唯一地球と同じ用法と材質で作られている料理があった。それはサラダの隣に置かれていた二個の白パンである。

 白パンといえば修也が連想するのは一般的なスーパーで販売されている白色のロールパンであった。実際にこの時食卓の上に並べられたパンは修也の想像通り見事なまでに白い色をした丸パンだった。

 その名の通り真っ白なパンを指すこともあったのだが、主に『白パン』という言葉を指し示すのは小麦粉全体からふすまと胚芽層が除去された小麦粉から作られたパンのことを指し示すのだそうだ。
 恥ずかしい話であったが、修也はそのことを後にジョウジから聞いて知った。

 修也はそんな豪華な料理を口にしながらデ・ラナとの交渉に臨んでいた。
 そしていよいよ長机の上に並べられた食事の皿も残り半数ほどに減ってきた時だ。デ・ラナは真剣な顔を浮かべながら修也に向かって言った。

「我が帝国には一つの伝承があるのだ。神より与えられし地位を持つ皇帝のもとに最大の危機が瀕した際、神は天より勇者を使わし、皇帝を助け危機を退けるだろう、と」

「そ、そうは言われましても」

「頼む。今我が帝国を救えるのは天より来たという勇者だけなのだよ」

 修也としてはそんな確信もないような伝承を持ち出されてメトロポリス社から引き抜こうとされても困惑するばかりだ。

 第一家族は地球にいるのだし、修也としても宇宙や他の惑星で仕事をするというのならばともかく、他の惑星で残りの一生を過ごすということはどう足掻いても不可能だった。

 だが、我儘というデータがあるデ・ラナのことである。家族や自身の思いなど汲んでくれないことは明白である。

 仮に家族のことを伝えたとしても家族ごとダクティアナ帝国に住めと言いかねないし、修也の率直な思いを伝えればそれこそ気を悪くして交易を打ち切りにされかねない。

 修也は悩み抜いた末にこの場を乗り切り、尚且つデ・ラナの機嫌を保つための最高の言い訳を思い付いた。

「分かりました。陛下の素晴らしいご提案ですが、今回は保留という形にさせていただき、我が社の方に持ち帰らせていただけないでしょうか? その上で社長や家族と十分な話し合いを行なってから返事を述べさせてもらいます」

「うーむ。確かに、それも一理あるな」

 修也の意見を聞いたデ・ラナは腕を組みながら唸り声を上げていた。
 ケチがつけたくても完成された理論であった。

 それに加えて目の前にいる大津修也という人物が得体の知れない宇宙から来た人物であったということも大きかった。

 もしデ・ラナの前にいる相手が自身の国にいる人物や或いは他星ではなく、他国からの使者であったのならばダクティアナ帝国内にいる事、すなわち敵の渦中にいるという状況を利用して脅すことも可能だっただろう。

 だが、相手は宇宙よりの使者。得体の知れない鎧を用いて強力なガーゴイルをいとも簡単に始末したような男である。
 無理やりに引っ張るようなことがあればこちらの身が危ういのだ。

 デ・ラナが反論の言葉を考えていると、白い清潔な調理帽を被ったシェフがデザートを持って入ってきた。
 シェフの説明によればデザートとして用意されたのはデ・ラナの娘であるデ・レマの好物ばかりだそうだ。

 エッグタルトに砂糖をまぶした揚げパン、クリームを載せた長方形となった薄焼きの菓子などだった。

「シュウヤ様、これは全てレマの好物ばかりです。シェフに頼んで特別に作らせたんですよ。どうぞ召し上がってくださいませ」

 修也が困ったような笑みを浮かべながらエッグタルトに口をつけようとした時だ。大きな音を立てて扉が開き、ラ・レクスが現れた。彼は血走った目を黒い兜から覗かせており、その姿がかえって恐怖心を煽られた。

 フーフと荒い息が兜の下からも漏れている。相当に興奮していたらしい。その証明とばかりにラ・レクスは椅子の上に座っている修也をいきなり椅子ごと蹴り飛ばしたのだった。

 椅子のまま地面の上を滑っていく修也をラ・レクスはその髪を掴み上げ、その耳元で大きな声で叫んだ。

「このクソジジイが! 人の妻に何をしていやがるんだッ!」

 修也は答えなかった。ただ椅子ごと蹴り飛ばされた衝撃によって唖然した様子で目を丸くしながら自身を見下ろすラ・レクスを見つめていた。

 そんな無抵抗ともいえるような修也をラ・レクスはギラギラとした両目に憎悪の炎を宿しながら睨んでいた。
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