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第二章『共存と滅亡の狭間で』
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「お疲れ様です。その宇宙人の身柄は我々がお預かりしましょう」
駆け付けた警察官たちが宇宙人を引き渡すように言った。
「すいません。よろしくお願いします」
修也は深々と頭を下げた後に憔悴しているソグの身柄を引き渡した。
「用心してください。この宇宙人は得体の知れない方法で宇宙に逃げ帰る可能性がありますので、くれぐれもこの体を離さないでください」
修也は宙の上を見上げながら言った。ソグが宇宙船からの光を使ってその場から逃げ出そうとしたことを修也はハッキリと覚えていたのだ。それ故に宙の上に目を光らせていた。
「わ、分かりました」
修也の体から発せられるただならぬ気配に怯んだ警察官たちは怯えた様子で答えた。
「それから牢屋は特製の牢獄に繋いでおくようにしてください。四方八方を壁に覆った特殊な牢です。分かりますね?」
ジョウジは釘を刺すように言った。通常の牢屋では宇宙船からの召喚に応じてそのまま逃げ出してしまう可能性があったからだ。
「は、はい」
修也とジョウジの両名による説得を受けて警察官たちは意識を失ったソグを抱えたままその場から去っていった。
やがて警察官たちが車の中に押し込み、立ち去っていくの見届けた後でジョウジは修也に向かって問い掛けた。
「お疲れ様です。大津さん。この後はどうなさるおつもりですか?」
「私としてはまだ残っている休暇を楽しむ予定です。といってもまだ二日ほどしかありませんが……」
「畏まりました。私とカエデはこのまま会社の方に戻る予定です。会社の方で報告書を仕上げないといけませんからね」
ジョウジとカエデもこの戦いで散々苦労したというのにご苦労なことである。
しかし疲れを感じないというのは流石はアンドロイドだというべきだろうか。
と思ったものの、ジョウジに至っては戦いの最中に感情というものに気が付いたせいか、足をふらつかせているような気もした。
「やっぱりやめた方がいいのではありませんか?」
修也は大きな声で呼び掛けた。だが、二人は感情が芽生えたことを否定したかったのだろう。
修也の呼び掛けに対して必死になって首を横に振っていた。
そのため再三『休息』を呼び掛けたが、『感情』が芽生えたことを否定したかったジョウジは意地でも『休息』を拒否した。
性能そのものは高性能のアンドロイドのままだから問題はないのかもしれない。
修也は心の中で二人の労を労っていた。
それから一気に両手を伸ばして「うーん」と疲れを訴える声を上げていった。
両手を精一杯伸ばしていった時のことだ。麻痺していた痛みが生じてきたのか、修也の体全体に大きな痛みが生じていった。そのまま修也は地面の上へ吸い込まれるように倒れ込んでしまった。
「お父さん!」
麗俐と悠介が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫だ。少し疲れが生じてきただけだ。ちょっと疲れてしまったから少しだけ寝るな」
修也はそういうとそのまま子どもたちの腕の中で寝息を立てていった。
しかし到底それは安らかな寝息とは言えなかった。荒くてか細い寝息だ。この時修也の顔が苦しんでいるように思えた。
どうやら夢の中でもソグと戦いを繰り広げているのかもしれない。
そんな父親の顔をパワードスーツを着たまま麗俐は優しく撫でていった。
「お父さんお疲れ様。ゆっくり休んでね」
側にいた悠介が微笑ましい気持ちでそれを見ていた時だ。背後から救急車のけたたましいサイレンが聞こえてきた。
背後を振り返ると、血相を変えた様子の救急隊員たちが修也を救急車の中へと運んでいった。
同行者として二人も救急車の中へと乗せられたのはいうまでもなかった。
警察病院に連れて行かれた二人はこの後で政府からの訪問者による質問責めを受けることになるのだが、この時二人はそんなことも知らずに担架の中で苦しそうに呻いている父親の顔を心配そうに覗き込んでいた。
翌朝。東京都内は混乱し、多くの企業が臨時休業を強いられることになったが、メトロポリス社はその中でも数少ない例外だった。
通常通りの出勤が社員たちに通達され、全員が不満や不安といった後ろ向きの感情を胸に抱きながらも会社の巨大な門を潜っていた。
朝日が差し込む社長室の中、当然社長であるフレッドセンはどの社員たちよりも先に来て社長室の椅子の上へと腰を掛けていた。
ある程度まで目の前に表示されたディスプレイをタップしてそこからキーボードを作り出して事務仕事を行なっていた。
淡々とした顔のまま報告書に対する返答を書き記していた時だ。
扉をノックする音が聞こえてきた。フレッドセンが入室を許可すると、ジョウジとカエデの両名が現れた。
二人はフレッドセンの前で一礼を行うと、手に持っていたタブレットをタップしてフレッドセンのメールボックスに報告書を送っていった。
フレッドセンはメールボックスの箱をタップして報告書を開いていく。
ある程度まで読み進めた後でウィンドウから目を上げて報告に訪れた二人を見つめていった。
「なるほど、結局ソグなる宇宙人の身柄は日本政府が預かることになったわけですね?」
カエデとジョウジからの報告書を受けたフレッドセンは納得がいったように首を縦に動かした。
「えぇ、社長。つきましては日本政府から次の交易に関する要望が降りてきておりまして」
「日本政府から?」
予想だにしない言葉を聞いてフレッドセンは両眉を上げた。
「えぇ、なるべくでいいのでソグの発した『惑星連合』なる存在に近付いて交渉せよとのことでした」
「それは政府の仕事でしょう? なぜ、民間の我々にそんなことを押し付けるんですか?」
フレッドセンは不満そうな目でジョウジとカエデの両名に向かって問い掛けた。
「日本政府以上に我々の方が宇宙の事情に詳しいからということではないでしょうか?」
その言葉を聞いたフレッドセンは呆れてものもいえないとばかりに額に手を当てて溜息を吐いていった。
それからやり切れないとばかりに首を大きく横に振った。
「社長、どう対応なさいますか?」
「……面倒なことになりましたね。仕方がありません。『前向きに検討しておきます』と伝えておきなさい」
「は、はい」
フレッドセンは二人が立ち去った後にピシリと閉じた社長室の扉を見て思わず溜息を吐き捨てた。
『前向きに検討しておきます』というのは100年以上前から日本人が言葉を濁す際に使ってきた言葉だ。
こういう曖昧な態度が日本らしいといえばそうなのだが、同時にそこは欠点でもあるように思える。
フレッドセンはこうした曖昧な表現が嫌いでなるべく使うことはあるまいとしてきたが、まさか自分が使うことにろうとは思いもしなかった。
フレッドセンは自己嫌悪によってもう一度大きな溜息を吐いていった。
あとはもう現実など見たくないとばかりに両目を閉じて眠るような素振りを見せた。
社長としては最悪の部類で中には職務放棄だと言いたくなる人も出てくるだろう。
だが、フレッドセンも人間であり、時として現実を直視したくなくなる。人間というのは厄介なものだ。
フレッドセンは現実逃避の目的から革張りの椅子を回して壁の方を向いていた。
だが、いくら現実を逃避したとしても現実は押し寄せてくる。
フレッドセンは舌を打ち、前回の交易によるデータを再収集して、『惑星連合』なる単語に関連付いたデータを拾い集めようとしていた。
いくら『官民一帯』を政府が打ち出しているといっても『民』にばかり負担を強いるのはやめてもらいたいものだ。
これも昔からそうだ。日本の悪い面そのものだ。
フレッドセンは政府の重役たちの顔を浮かべながら舌を打った。
その時だ。フレッドセンの携帯端末に興味深いニュースが入ってきた。
「まさか、ここにきて宇宙海賊が活発になってくるとは」
フレッドセンの携帯端末に入ってきたのは宇宙海賊が地球周辺を荒らしているというものだった。
宇宙人だけでも苦労しているというのに宇宙海賊までが現れて会社の交易を苦しめてくるとは思いもしなかった。
神とやらがいるのならばどこまで自分を苦しめるつもりなのだろうか。
修也は神を呪いながら続きの仕事へ取り掛かっていった。
駆け付けた警察官たちが宇宙人を引き渡すように言った。
「すいません。よろしくお願いします」
修也は深々と頭を下げた後に憔悴しているソグの身柄を引き渡した。
「用心してください。この宇宙人は得体の知れない方法で宇宙に逃げ帰る可能性がありますので、くれぐれもこの体を離さないでください」
修也は宙の上を見上げながら言った。ソグが宇宙船からの光を使ってその場から逃げ出そうとしたことを修也はハッキリと覚えていたのだ。それ故に宙の上に目を光らせていた。
「わ、分かりました」
修也の体から発せられるただならぬ気配に怯んだ警察官たちは怯えた様子で答えた。
「それから牢屋は特製の牢獄に繋いでおくようにしてください。四方八方を壁に覆った特殊な牢です。分かりますね?」
ジョウジは釘を刺すように言った。通常の牢屋では宇宙船からの召喚に応じてそのまま逃げ出してしまう可能性があったからだ。
「は、はい」
修也とジョウジの両名による説得を受けて警察官たちは意識を失ったソグを抱えたままその場から去っていった。
やがて警察官たちが車の中に押し込み、立ち去っていくの見届けた後でジョウジは修也に向かって問い掛けた。
「お疲れ様です。大津さん。この後はどうなさるおつもりですか?」
「私としてはまだ残っている休暇を楽しむ予定です。といってもまだ二日ほどしかありませんが……」
「畏まりました。私とカエデはこのまま会社の方に戻る予定です。会社の方で報告書を仕上げないといけませんからね」
ジョウジとカエデもこの戦いで散々苦労したというのにご苦労なことである。
しかし疲れを感じないというのは流石はアンドロイドだというべきだろうか。
と思ったものの、ジョウジに至っては戦いの最中に感情というものに気が付いたせいか、足をふらつかせているような気もした。
「やっぱりやめた方がいいのではありませんか?」
修也は大きな声で呼び掛けた。だが、二人は感情が芽生えたことを否定したかったのだろう。
修也の呼び掛けに対して必死になって首を横に振っていた。
そのため再三『休息』を呼び掛けたが、『感情』が芽生えたことを否定したかったジョウジは意地でも『休息』を拒否した。
性能そのものは高性能のアンドロイドのままだから問題はないのかもしれない。
修也は心の中で二人の労を労っていた。
それから一気に両手を伸ばして「うーん」と疲れを訴える声を上げていった。
両手を精一杯伸ばしていった時のことだ。麻痺していた痛みが生じてきたのか、修也の体全体に大きな痛みが生じていった。そのまま修也は地面の上へ吸い込まれるように倒れ込んでしまった。
「お父さん!」
麗俐と悠介が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫だ。少し疲れが生じてきただけだ。ちょっと疲れてしまったから少しだけ寝るな」
修也はそういうとそのまま子どもたちの腕の中で寝息を立てていった。
しかし到底それは安らかな寝息とは言えなかった。荒くてか細い寝息だ。この時修也の顔が苦しんでいるように思えた。
どうやら夢の中でもソグと戦いを繰り広げているのかもしれない。
そんな父親の顔をパワードスーツを着たまま麗俐は優しく撫でていった。
「お父さんお疲れ様。ゆっくり休んでね」
側にいた悠介が微笑ましい気持ちでそれを見ていた時だ。背後から救急車のけたたましいサイレンが聞こえてきた。
背後を振り返ると、血相を変えた様子の救急隊員たちが修也を救急車の中へと運んでいった。
同行者として二人も救急車の中へと乗せられたのはいうまでもなかった。
警察病院に連れて行かれた二人はこの後で政府からの訪問者による質問責めを受けることになるのだが、この時二人はそんなことも知らずに担架の中で苦しそうに呻いている父親の顔を心配そうに覗き込んでいた。
翌朝。東京都内は混乱し、多くの企業が臨時休業を強いられることになったが、メトロポリス社はその中でも数少ない例外だった。
通常通りの出勤が社員たちに通達され、全員が不満や不安といった後ろ向きの感情を胸に抱きながらも会社の巨大な門を潜っていた。
朝日が差し込む社長室の中、当然社長であるフレッドセンはどの社員たちよりも先に来て社長室の椅子の上へと腰を掛けていた。
ある程度まで目の前に表示されたディスプレイをタップしてそこからキーボードを作り出して事務仕事を行なっていた。
淡々とした顔のまま報告書に対する返答を書き記していた時だ。
扉をノックする音が聞こえてきた。フレッドセンが入室を許可すると、ジョウジとカエデの両名が現れた。
二人はフレッドセンの前で一礼を行うと、手に持っていたタブレットをタップしてフレッドセンのメールボックスに報告書を送っていった。
フレッドセンはメールボックスの箱をタップして報告書を開いていく。
ある程度まで読み進めた後でウィンドウから目を上げて報告に訪れた二人を見つめていった。
「なるほど、結局ソグなる宇宙人の身柄は日本政府が預かることになったわけですね?」
カエデとジョウジからの報告書を受けたフレッドセンは納得がいったように首を縦に動かした。
「えぇ、社長。つきましては日本政府から次の交易に関する要望が降りてきておりまして」
「日本政府から?」
予想だにしない言葉を聞いてフレッドセンは両眉を上げた。
「えぇ、なるべくでいいのでソグの発した『惑星連合』なる存在に近付いて交渉せよとのことでした」
「それは政府の仕事でしょう? なぜ、民間の我々にそんなことを押し付けるんですか?」
フレッドセンは不満そうな目でジョウジとカエデの両名に向かって問い掛けた。
「日本政府以上に我々の方が宇宙の事情に詳しいからということではないでしょうか?」
その言葉を聞いたフレッドセンは呆れてものもいえないとばかりに額に手を当てて溜息を吐いていった。
それからやり切れないとばかりに首を大きく横に振った。
「社長、どう対応なさいますか?」
「……面倒なことになりましたね。仕方がありません。『前向きに検討しておきます』と伝えておきなさい」
「は、はい」
フレッドセンは二人が立ち去った後にピシリと閉じた社長室の扉を見て思わず溜息を吐き捨てた。
『前向きに検討しておきます』というのは100年以上前から日本人が言葉を濁す際に使ってきた言葉だ。
こういう曖昧な態度が日本らしいといえばそうなのだが、同時にそこは欠点でもあるように思える。
フレッドセンはこうした曖昧な表現が嫌いでなるべく使うことはあるまいとしてきたが、まさか自分が使うことにろうとは思いもしなかった。
フレッドセンは自己嫌悪によってもう一度大きな溜息を吐いていった。
あとはもう現実など見たくないとばかりに両目を閉じて眠るような素振りを見せた。
社長としては最悪の部類で中には職務放棄だと言いたくなる人も出てくるだろう。
だが、フレッドセンも人間であり、時として現実を直視したくなくなる。人間というのは厄介なものだ。
フレッドセンは現実逃避の目的から革張りの椅子を回して壁の方を向いていた。
だが、いくら現実を逃避したとしても現実は押し寄せてくる。
フレッドセンは舌を打ち、前回の交易によるデータを再収集して、『惑星連合』なる単語に関連付いたデータを拾い集めようとしていた。
いくら『官民一帯』を政府が打ち出しているといっても『民』にばかり負担を強いるのはやめてもらいたいものだ。
これも昔からそうだ。日本の悪い面そのものだ。
フレッドセンは政府の重役たちの顔を浮かべながら舌を打った。
その時だ。フレッドセンの携帯端末に興味深いニュースが入ってきた。
「まさか、ここにきて宇宙海賊が活発になってくるとは」
フレッドセンの携帯端末に入ってきたのは宇宙海賊が地球周辺を荒らしているというものだった。
宇宙人だけでも苦労しているというのに宇宙海賊までが現れて会社の交易を苦しめてくるとは思いもしなかった。
神とやらがいるのならばどこまで自分を苦しめるつもりなのだろうか。
修也は神を呪いながら続きの仕事へ取り掛かっていった。
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