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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』
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修也と悠介、そしてコブラ男の3名はアンドロイドの手によって捕えられ、彼らの宇宙船に連行されることとなった。
その場で装備や武器を没収されたかと思うと、電子手錠を両手に嵌められたのだ。
両手の自由を最新機の機器で奪われた末に銃筒で尻を突き付けられながら歩いていく姿は、修也の中で戦争映画などで見る捕虜を連想させた。戦争映画等で人質に取られなす術もなく自由を奪われて連行される情けない姿が今の自分そのものだと思うと修也は筆舌に尽くしがたい思いであった。
随分と情けない姿を晒してしまったと感じるのと同時に修也の中で自らの情けない姿を恥じる気持ちが湧き上がっていく。
自身の身柄は敵に囚われているため「嫌なのでやめてください」などという言葉を吐いてもどうにもならないことは確かだ。諦めの境地へと至るには早いような気もしたが、今や修也の中ではこの状況を打開しろという方が無理だった。
どう足掻いても抜け出せない底なし沼に両足を取られてしまったような心境だ。
虚無というにはいささか自我が残っていたものの、ほとんど頭の中が真っ白になった状態で銃筒に臀部を小突かれ、歩かされること数十分。ようやく彼らが乗ってきた宇宙船へと辿り着いた。
大きくて巨大な宇宙船は円形の姿をしていた。巨大な円形の円盤は惑星サ・ザ・ランドの太陽の光に照らされて銀色の光が反射しているのが見えた。
その上で巨大な二本の腕が左右から出ていた。とはいっても人間が用いるような5本の指が付いた腕ではない。
工場で車や精密機器を作成するようなシンプルなデザインの腕だった。
メタリックな装甲が施された巨大な円盤に左右からやじろべえの玩具のように垂れている両腕。どこかアンバランスな取り合わせではあったが、不思議なことに見た目が合わさっていたこともあり、修也たちの中から違和感という感情をものの見事に消し去っていた。
修也がそんなことを考えながら宇宙船を見上げていると、突然ガコーンと大きな音が聞こえた。修也が音の鳴った方向を見つめると、そこには円盤の頂上付近に人が通れるサイズの穴が開いているのが見えた。
どうやら自動扉が開いたらしい。目の前にはご丁寧にもタラップが降りてきた。
修也たちは異星人たちに乗せられるままタラップの上を歩いていく。捕虜にされた全員がタラップを昇り終えると、またしても大きな音が生じていった。修也が背後を振り返ると、地面の上に下がっていたはずのタラップが円盤の中へと仕舞い込まれていく姿が見えた。使ったら片付けるという地球において保育園で学ぶ精神は別の宇宙においても健在であったらしい。
規則的な音を立て収容されていくタラップは地球の宇宙船と変わらないように見えた。
かと言ってここは敵地のど真ん中。同じ性能のタラップがあるからといって親近感が心の中で生じたかといえばそんなことはない。
修也は特に何も考えることなく、相手に突き動かされるまま、工場のコンベアから出荷口へと落とされていく製造品のようにゾロゾロと宇宙船の中へと入っていった。
肝心の宇宙船の中とはいえば修也は外見の様子からてっきり中は宇宙人たちがすし詰めの状態で満員電車の中を通勤通学する人々のように必死な顔を浮かべているかと感じたのだが、見た目とは裏腹に宇宙船の中は広汎性に富んでいた。
入り口を入ってすぐに広がっていたのは
公民館ホールのような広々としたスペースであり、修也はその広さに思わず圧倒された。これならば空を埋め尽くすほどの大部隊が控えていたとしても不思議ではない。修也からすればマジックの種が明かされたような心境だった。
物珍しさからキョロキョロと見渡している姿は他の人から見れば落ち着きがないと称されても仕方がないのだが、ホーテンス星人が乗っている高性能な宇宙船は見たことがない。
地球の技術力では到底再現できないような精錬度のコンピュータが現れ、宇宙船を動かしている姿が見て取れた。
複数の宇宙服を被ったホーテンス星人たちが人差し指を使ってサラッと宙をなぞるだけで修也の足元に自動通路が現れた。修也たちは海の中を漂う海藻のように自動通路と化した床に流されていく。
高度に発達した科学は魔法と変わらないとはよく言ったものだ。
修也が複雑な思いで宇宙船を動いていると、円盤の一番奥へと辿り着いた。
円盤の奥はただの壁のように見受けられたが、すぐに扉が開き、人1人が通れる場所が出来上がった。ぽっかりと開いた穴は型抜きでくり抜いた型抜きの玩具のように思えた。
突然の轟音に思わず身をのけ反った修也であったが、護送役の異星人たちが握り潰さんばかりの強い力で修也の腕を掴み、上げ、部屋の中へと強制的に連れ込む。あまりの手際の良さに修也が感嘆していた時だ。
そのまま修也を地面の上へと突き飛ばしていった。
実験部屋のように四方を何もない壁と地面に覆われた部屋である。シンプルな白色の椅子と机の他には応接用の長椅子と長机が置いてあるだけの小さな部屋だ。その中央にある椅子の前には色も何もない壁を見つめている軍服姿の男が見えた。
部屋に付属しているものを存分に見渡し、満足した後で物を投げるかのように乱雑に放り投げたので文句の一つでも言ってやろうと振り返った時のことだ。
宇宙服の頭部を包んでいたヘルメットが取れ、異形の姿が現れた。
あろうことか、彼ら全員がビー玉のような巨大なアイスブルーの瞳に常に一文字の形に結ばれた唇、鷲のように尖った鼻といった明らかに人間であれば付いていないような部位が山ほど付いている。その上で体全体が強靭な人工皮膚によって覆われている。
修也が驚きながら椅子の前に手を後ろに伸ばして組んでいる地球の軍人が着るような柿色の肩パットが付いた紺色の軍服を着た恰幅の良い男性の姿を見た。
修也はようやく姿を現したホーテンス星人の姿を見て堪らなくなったのだろう。思わず大きな声を上げた。
「な、なんだこいつらは!?」
「精巧なアンドロイドさ。もっとも他の星の連中はホーテンス星人と呼ぶがね」
修也は背後から聞こえてきた声を聞いてもう一度振り返った。するとそこには先ほどと同様の人工皮膚を顔いっぱいに塗り、後から肉付けされたことによって不恰好となったそれぞれの部位を付けた男の顔が見えた。先ほどの男は修也たちを見下ろすように立っていた。
信じられない光景を目の当たりにして両目を見開く修也を放ってその男は口元に不気味な微笑みを浮かべて話を続けていった。
「我々はホーテンス星人。いや、真のホーテンス星人だ」
「真の?」
「その通り、愚鈍で己の正義に酔っていた先のホーテンス星人を我々の手で皆殺しにしたのだよ」
男は自信たっぷりと言わんばかりに胸を大きく張りながら言った。
「つまりお前たちはホーテンス星人の名を騙るアンドロイドということだな?」
修也は敵が相手だということもあり、普段初対面の相手に使う敬語ではなく敵意を剥き出しにした強い言葉で問い掛けた。
「騙る? 失敬な。我々は新たなホーテンス星人だご」
「それを人によっては簒奪と呼ぶと聞いたが」
「目的? 我々にそんなものはない。あるのは我々がいかに素晴らしい星の住民であり、他の星の住民たちが下等であるのかということだ」
男の口からは一種の自惚れが垣間見えた。自信と才能に溢れた優越感、他者を虐げる自虐感、そして他社の生殺与奪の権限を握る支配感。そういった人間が唾棄すべき感情を全て込めたかのような不快感を感じる声だった。
地球より何倍も優れた科学力を持つ星の住民が地球人が20世紀の悲しい歴史を通して学んだことを何一つ学んでいないのはどこか皮肉めいていて滑稽だった。
図らずとも歴史の皮肉を実感することになった修也が思わず笑いを溢しそうになったが、ここでほんの僅かでも相手を刺激してしまえば自分たちが処刑場へ連れ込まれることは分かっている。
自分自身の手で処刑台のベルを鳴らすほど修也は愚かではなかった。
必死に先ほどの感情を抑え付け、気を張り詰めながら男を見つめた。
男は自分を強い目で見つめてくる修也に対して不快感を持ったのかもしれない。
ビー玉のような巨大な両目をギョロギョロと動かし、白目を何度も剥き出しにしながら修也を睨んでいた。
互いの睨み合いが続く中で先に根負けしたのは男の方だった。ギュルギュルとゴムの音を鳴らしたかと思うと一度修也から顔を逸らす。かと思うと、また修也たちの方を見下ろすかのような態度で言った。
「言い忘れていたな。私は今回の人間狩り計画における長官だ」
「長官?」
「そう。人間狩り部隊のな」
長官を名乗る男が『人間狩り』と繰り返し復唱し、強調した単語を改めて噛み締める。なんと残酷な言葉だろうか。修也は胸の内が苦しくなるのを感じた。
善良な人間の証。とまでは言わずとも彼が良心を持っているという証拠となるだろう。
背後にいた悠介は感情を心の中だけで抑えることは難しかったようで、拳をプルプルと振るわせながら長官を睨み付けていた。
「フッ、若造が。貴様に何が分かるというのだ?」
問い掛ける長官の声からは明らかな侮りの色が含まれていた。
悠介はそんな長官の態度に苛立ちを覚えたのか、双眸を大きく吊り上げ険しい表情を浮かべて睨んでいく。あからさまな敵意に満ちた視線を向ける悠介に対して彼も不満を覚えたのか、先ほどより不機嫌な調子で言葉を返した。
「全くいちいち睨みおって。人間というのはすぐ感情に溺れるのがいかん。やはり我々アンドロイドの方が優れているな」
悠介は長官の賤んだような態度を聞いてまたしても反発を覚えた。思春期特有の年上や権威に対する反発のためか、全宇宙の人類の代表たる意思でも芽生えたのか、彼は口を尖らせながら批判していった。
「お前たちを作ったのはそのホーテンス星人だろ!? それにカサスさんやアリサさんから聞いたぞ!! お前たちはなんの罪もない星に押し込み強盗のように押し入ってるそうじゃないか!」
「押し込み強盗? 人間らしい野蛮な喩えだな。有能なアンドロイドである我々が未開の惑星へと『進出』させてもらったのだよ」
悠介に向かって言い返した長官の目や声色には明らかな軽蔑の念が込められていた。間違いない。長官やこの場に居合わせているホーテンス星人もといホーテンス星のアンドロイドたちは明らかに人間を見下ろしているのだ。
恐らくではあるが用が済めば自分たちも殺されてしまうに違いない。
修也が後のことを考えて途方に暮れているのとは対照的に悠介はまだやり込めようとしていたらしい。
「押し込み強盗が嫌ならハイジャック犯がいいか? それとも誘拐犯か?」
長官はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる悠介に対して言葉を返さなかった。代わりに無言で悠介を睨み付けていた。
まだ、何か言いたげだった悠介を制止したのは先ほどまで沈黙を貫いていたコブラ男であった。彼は例のイヤリングを没収されていたので厳密には『コブラ男』と称するのは正確な表現ではないのだが、この場においては便宜上『コブラ男』と呼ばせてもらいたい。
コブラ男はその場から飛び上がったかと思うと、状況を飲み込めずまだ嬉々として野次を飛ばそうとする悠介の頭を押さえ付けてそのまま地面の上へと押し倒していく。顔面が地面の上へと強く押し付けられるのと同時に悠介は圧迫感を感じてバタバタと暴れていった。
「や、やめてください! 悠介はもう何もできませんよ!!」
修也は必死になってコブラ男を引き剥がそうとしたが、彼は地面に落ちたチューインガムのようにべったりと貼り付いて離れなかった。
悠介の両足の抵抗がそろそろ弱りかけた頃にようやく長官が、
「もういいだろう。そんなところで死んでもらっても困る。離してやれ」
と、命令してくれたことで彼はようやく解放されたのである。
その場で装備や武器を没収されたかと思うと、電子手錠を両手に嵌められたのだ。
両手の自由を最新機の機器で奪われた末に銃筒で尻を突き付けられながら歩いていく姿は、修也の中で戦争映画などで見る捕虜を連想させた。戦争映画等で人質に取られなす術もなく自由を奪われて連行される情けない姿が今の自分そのものだと思うと修也は筆舌に尽くしがたい思いであった。
随分と情けない姿を晒してしまったと感じるのと同時に修也の中で自らの情けない姿を恥じる気持ちが湧き上がっていく。
自身の身柄は敵に囚われているため「嫌なのでやめてください」などという言葉を吐いてもどうにもならないことは確かだ。諦めの境地へと至るには早いような気もしたが、今や修也の中ではこの状況を打開しろという方が無理だった。
どう足掻いても抜け出せない底なし沼に両足を取られてしまったような心境だ。
虚無というにはいささか自我が残っていたものの、ほとんど頭の中が真っ白になった状態で銃筒に臀部を小突かれ、歩かされること数十分。ようやく彼らが乗ってきた宇宙船へと辿り着いた。
大きくて巨大な宇宙船は円形の姿をしていた。巨大な円形の円盤は惑星サ・ザ・ランドの太陽の光に照らされて銀色の光が反射しているのが見えた。
その上で巨大な二本の腕が左右から出ていた。とはいっても人間が用いるような5本の指が付いた腕ではない。
工場で車や精密機器を作成するようなシンプルなデザインの腕だった。
メタリックな装甲が施された巨大な円盤に左右からやじろべえの玩具のように垂れている両腕。どこかアンバランスな取り合わせではあったが、不思議なことに見た目が合わさっていたこともあり、修也たちの中から違和感という感情をものの見事に消し去っていた。
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どうやら自動扉が開いたらしい。目の前にはご丁寧にもタラップが降りてきた。
修也たちは異星人たちに乗せられるままタラップの上を歩いていく。捕虜にされた全員がタラップを昇り終えると、またしても大きな音が生じていった。修也が背後を振り返ると、地面の上に下がっていたはずのタラップが円盤の中へと仕舞い込まれていく姿が見えた。使ったら片付けるという地球において保育園で学ぶ精神は別の宇宙においても健在であったらしい。
規則的な音を立て収容されていくタラップは地球の宇宙船と変わらないように見えた。
かと言ってここは敵地のど真ん中。同じ性能のタラップがあるからといって親近感が心の中で生じたかといえばそんなことはない。
修也は特に何も考えることなく、相手に突き動かされるまま、工場のコンベアから出荷口へと落とされていく製造品のようにゾロゾロと宇宙船の中へと入っていった。
肝心の宇宙船の中とはいえば修也は外見の様子からてっきり中は宇宙人たちがすし詰めの状態で満員電車の中を通勤通学する人々のように必死な顔を浮かべているかと感じたのだが、見た目とは裏腹に宇宙船の中は広汎性に富んでいた。
入り口を入ってすぐに広がっていたのは
公民館ホールのような広々としたスペースであり、修也はその広さに思わず圧倒された。これならば空を埋め尽くすほどの大部隊が控えていたとしても不思議ではない。修也からすればマジックの種が明かされたような心境だった。
物珍しさからキョロキョロと見渡している姿は他の人から見れば落ち着きがないと称されても仕方がないのだが、ホーテンス星人が乗っている高性能な宇宙船は見たことがない。
地球の技術力では到底再現できないような精錬度のコンピュータが現れ、宇宙船を動かしている姿が見て取れた。
複数の宇宙服を被ったホーテンス星人たちが人差し指を使ってサラッと宙をなぞるだけで修也の足元に自動通路が現れた。修也たちは海の中を漂う海藻のように自動通路と化した床に流されていく。
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修也が複雑な思いで宇宙船を動いていると、円盤の一番奥へと辿り着いた。
円盤の奥はただの壁のように見受けられたが、すぐに扉が開き、人1人が通れる場所が出来上がった。ぽっかりと開いた穴は型抜きでくり抜いた型抜きの玩具のように思えた。
突然の轟音に思わず身をのけ反った修也であったが、護送役の異星人たちが握り潰さんばかりの強い力で修也の腕を掴み、上げ、部屋の中へと強制的に連れ込む。あまりの手際の良さに修也が感嘆していた時だ。
そのまま修也を地面の上へと突き飛ばしていった。
実験部屋のように四方を何もない壁と地面に覆われた部屋である。シンプルな白色の椅子と机の他には応接用の長椅子と長机が置いてあるだけの小さな部屋だ。その中央にある椅子の前には色も何もない壁を見つめている軍服姿の男が見えた。
部屋に付属しているものを存分に見渡し、満足した後で物を投げるかのように乱雑に放り投げたので文句の一つでも言ってやろうと振り返った時のことだ。
宇宙服の頭部を包んでいたヘルメットが取れ、異形の姿が現れた。
あろうことか、彼ら全員がビー玉のような巨大なアイスブルーの瞳に常に一文字の形に結ばれた唇、鷲のように尖った鼻といった明らかに人間であれば付いていないような部位が山ほど付いている。その上で体全体が強靭な人工皮膚によって覆われている。
修也が驚きながら椅子の前に手を後ろに伸ばして組んでいる地球の軍人が着るような柿色の肩パットが付いた紺色の軍服を着た恰幅の良い男性の姿を見た。
修也はようやく姿を現したホーテンス星人の姿を見て堪らなくなったのだろう。思わず大きな声を上げた。
「な、なんだこいつらは!?」
「精巧なアンドロイドさ。もっとも他の星の連中はホーテンス星人と呼ぶがね」
修也は背後から聞こえてきた声を聞いてもう一度振り返った。するとそこには先ほどと同様の人工皮膚を顔いっぱいに塗り、後から肉付けされたことによって不恰好となったそれぞれの部位を付けた男の顔が見えた。先ほどの男は修也たちを見下ろすように立っていた。
信じられない光景を目の当たりにして両目を見開く修也を放ってその男は口元に不気味な微笑みを浮かべて話を続けていった。
「我々はホーテンス星人。いや、真のホーテンス星人だ」
「真の?」
「その通り、愚鈍で己の正義に酔っていた先のホーテンス星人を我々の手で皆殺しにしたのだよ」
男は自信たっぷりと言わんばかりに胸を大きく張りながら言った。
「つまりお前たちはホーテンス星人の名を騙るアンドロイドということだな?」
修也は敵が相手だということもあり、普段初対面の相手に使う敬語ではなく敵意を剥き出しにした強い言葉で問い掛けた。
「騙る? 失敬な。我々は新たなホーテンス星人だご」
「それを人によっては簒奪と呼ぶと聞いたが」
「目的? 我々にそんなものはない。あるのは我々がいかに素晴らしい星の住民であり、他の星の住民たちが下等であるのかということだ」
男の口からは一種の自惚れが垣間見えた。自信と才能に溢れた優越感、他者を虐げる自虐感、そして他社の生殺与奪の権限を握る支配感。そういった人間が唾棄すべき感情を全て込めたかのような不快感を感じる声だった。
地球より何倍も優れた科学力を持つ星の住民が地球人が20世紀の悲しい歴史を通して学んだことを何一つ学んでいないのはどこか皮肉めいていて滑稽だった。
図らずとも歴史の皮肉を実感することになった修也が思わず笑いを溢しそうになったが、ここでほんの僅かでも相手を刺激してしまえば自分たちが処刑場へ連れ込まれることは分かっている。
自分自身の手で処刑台のベルを鳴らすほど修也は愚かではなかった。
必死に先ほどの感情を抑え付け、気を張り詰めながら男を見つめた。
男は自分を強い目で見つめてくる修也に対して不快感を持ったのかもしれない。
ビー玉のような巨大な両目をギョロギョロと動かし、白目を何度も剥き出しにしながら修也を睨んでいた。
互いの睨み合いが続く中で先に根負けしたのは男の方だった。ギュルギュルとゴムの音を鳴らしたかと思うと一度修也から顔を逸らす。かと思うと、また修也たちの方を見下ろすかのような態度で言った。
「言い忘れていたな。私は今回の人間狩り計画における長官だ」
「長官?」
「そう。人間狩り部隊のな」
長官を名乗る男が『人間狩り』と繰り返し復唱し、強調した単語を改めて噛み締める。なんと残酷な言葉だろうか。修也は胸の内が苦しくなるのを感じた。
善良な人間の証。とまでは言わずとも彼が良心を持っているという証拠となるだろう。
背後にいた悠介は感情を心の中だけで抑えることは難しかったようで、拳をプルプルと振るわせながら長官を睨み付けていた。
「フッ、若造が。貴様に何が分かるというのだ?」
問い掛ける長官の声からは明らかな侮りの色が含まれていた。
悠介はそんな長官の態度に苛立ちを覚えたのか、双眸を大きく吊り上げ険しい表情を浮かべて睨んでいく。あからさまな敵意に満ちた視線を向ける悠介に対して彼も不満を覚えたのか、先ほどより不機嫌な調子で言葉を返した。
「全くいちいち睨みおって。人間というのはすぐ感情に溺れるのがいかん。やはり我々アンドロイドの方が優れているな」
悠介は長官の賤んだような態度を聞いてまたしても反発を覚えた。思春期特有の年上や権威に対する反発のためか、全宇宙の人類の代表たる意思でも芽生えたのか、彼は口を尖らせながら批判していった。
「お前たちを作ったのはそのホーテンス星人だろ!? それにカサスさんやアリサさんから聞いたぞ!! お前たちはなんの罪もない星に押し込み強盗のように押し入ってるそうじゃないか!」
「押し込み強盗? 人間らしい野蛮な喩えだな。有能なアンドロイドである我々が未開の惑星へと『進出』させてもらったのだよ」
悠介に向かって言い返した長官の目や声色には明らかな軽蔑の念が込められていた。間違いない。長官やこの場に居合わせているホーテンス星人もといホーテンス星のアンドロイドたちは明らかに人間を見下ろしているのだ。
恐らくではあるが用が済めば自分たちも殺されてしまうに違いない。
修也が後のことを考えて途方に暮れているのとは対照的に悠介はまだやり込めようとしていたらしい。
「押し込み強盗が嫌ならハイジャック犯がいいか? それとも誘拐犯か?」
長官はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる悠介に対して言葉を返さなかった。代わりに無言で悠介を睨み付けていた。
まだ、何か言いたげだった悠介を制止したのは先ほどまで沈黙を貫いていたコブラ男であった。彼は例のイヤリングを没収されていたので厳密には『コブラ男』と称するのは正確な表現ではないのだが、この場においては便宜上『コブラ男』と呼ばせてもらいたい。
コブラ男はその場から飛び上がったかと思うと、状況を飲み込めずまだ嬉々として野次を飛ばそうとする悠介の頭を押さえ付けてそのまま地面の上へと押し倒していく。顔面が地面の上へと強く押し付けられるのと同時に悠介は圧迫感を感じてバタバタと暴れていった。
「や、やめてください! 悠介はもう何もできませんよ!!」
修也は必死になってコブラ男を引き剥がそうとしたが、彼は地面に落ちたチューインガムのようにべったりと貼り付いて離れなかった。
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