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第一部 第二章 ヴァレンシュタイン旋風

サイクロプスの洞窟

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足跡を辿る中で、ガラドリエルたちの一行が辿り着いたのは、入り口の前にちょうど狭い入り口を防ぐ岩が置かれた奇妙な洞窟であった。
「ここで間違い無いのだな?」
ガラドリエルの問いに最初に足跡を見ていた二人組は首肯する。
「そうか、ならば、入ってみよう。もしかしたら、何か発見があるかもしれんぞ」
ガラドリエルの言葉に全員が顔を見合わせる。
暫くの沈黙の後で、ガートルードがガラドリエルに向かって、反対の弁を述べる。
「お言葉ですが、陛下……ここは引くべきではありませんか?」
「どうしてだ?」
「いえ、何か嫌な予感がしまして……それに、あの岩です!何者かが、あの岩を動かして、入り口を閉めれば、我らは袋の鼠になってしまいます!」
ガラドリエルはガートールードの主張を聞き入れた上で、黙って見つめている。
暫くの沈黙の後で、
「分かった。だが、少し見ていく分には構わぬだろ?私の知的好奇心を満たしたら、直ぐに出ると約束しよう」
ガートルードはその言葉に諦めにも似た小さな溜息を吐き、洞窟の奥深くに潜っていく。
洞窟の中は中々深かった。が、ディリオニスがかつて別の世界で行った洞窟のように長くて何処までも続いている、と言った場所では無い。
どちらかと言えば、入り口の周りがどこかの屋敷のホールのように広い、とでも評したら良いだろうか。
勿論、洞窟は更に奥まで続いているのだが、ガラドリエルの知的好奇心を満たせば、直ぐに出ていくというので、このホールのように広い入り口の周りを見るだけになりそうだ。
ディリオニスは安心して、この光の差す範囲の周りのみを観光がてらに見ていく。
洞窟の入り口付近には、大きな大木と大量の藁。そして、洞窟の奥へと続く道の前には、大量の金貨と宝石が積み重ねられていた。
ディリオニスはすっかりその財宝に心を奪われてしまい、思わず素っ頓狂な叫び声を出してしまう。
「み、見てよ!これ、本物だよ!金貨にエメラルドにサファイア、オパール、わ、ダイヤモンドまであるッ!」
ディリオニスの言葉に全員が奥へと続く道の直前に寄っていく。
10の視線が宝物に注がれていく。
「こ、これはすごい」
「まさか、こんな所でこんなお宝に出会えるなんて、夢にも思っていませんでしたわ」
「すごいわ~これだけあったら、漫画が何冊買えるのかしらァ~」
口々に賞賛の言葉を宝物に送る中で、ガラドリエルだけがこの中でただ一人、沈黙を保っていた。
その様子を奇妙に感じたのだろう。ディリオニスがガラドリエルの元へと駆け寄り、沈黙の理由を問う。
「ふむ、妙だと思うのだ。何故、このような場所に半ば置き忘れられたかのようにこのような高価な品々が置かれているのかが……」
「きっと、ここに以前住んでいた人が置き忘れていったんだよ。それで、宝物がここにあるんじゃ無いのかな?」
「ならば、この宝はその者の物だ。私たちの物ではない。とにかく、私の知的好奇心は十分に満たされた、そろそろ切り上げて」
その時だ。洞窟の入り口から差す光が立ち消えた。
全員が宝物から目を離し、入り口付近を見ると、そこには半裸の一つの目玉を浮かべた巨人が人間を掴んで立っていたのだ。
ディリオニスはもう一度目を凝らして見る、洞窟の入り口には、巨大な岩が置かれていた。あれは、恐らく最初に洞窟に来た時に見た物に違いない。
最悪の事態が発生してしまったのだ。自分たちは目の前の一つの目の凶悪な顔をした巨人によって閉じ込められてしまったのだ。
天井が広いため、頭をぶつける事はないのだろう。
堂々と立っていた。
一つ目の巨人は5人の曲者の姿を見つけると、ニヤリと笑い、
「これは、これは、お客さんかな?ならば、もてなさんといかんな、あいにく、私の家には火を起こすための設備と藁のベッドしかないが、ゆっくりしていってくれ」
巨人はそう言って手に持っていた農夫と思われる男を口元まで寄せて食べ始めた。
男の悲鳴と巨人の食べる音が同時に耳に届く。
全員が嫌悪の表情や農夫への憐憫を見せる中で、ただ一人ユーノだけが、余裕の微笑を浮かべて巨人に話しかける。
ユーノは黒のローブの両裾を持って、頭を下げて名前を名乗る。
巨人は満足げな笑顔を浮かべて、ユーノの動作を見送る。
やがて自己紹介を済ませたユーノは巨人に向かって交渉を始めた。
「成る程、今の偉大なる魔導士の一人は、女王陛下の配下となり、二つの十字架の家を倒して、この大陸の半分を北の国の脅威に対抗するために、統一させようと?」
「ええ、ガラドリエル女王陛下が正式にこの大陸の覇者となられた暁には、あなたにも報酬を約束しますわ、控えめに申しましても、奥深くの積み上げられた金貨や宝石の3倍の量は約束しましょう」
「ほほう、悪くない条件だ。だが、私はある考えを思い付いてね」
「ある考えとは?」
「女王陛下の肉を私の体内で消化するという目的の事さ、私の夢はね、一度王族や国王のような偉そうな人間の肉を味わってみる事だったんだ。それを味わえるんだったら、宝石なんていらないよ」
ユーノは自身の交渉の失敗を確信した。せめて、亡国の女王だという事を隠し通しておくべきだったのだろうか。
ユーノが唾を飲み込んでいると、彼女の前にディリオニスが現れて、
「あの、巨人さん……あなたワインを飲んだ事がありますか?」
ディリオニスの予想外の問い掛けに一つ目の巨人は首を傾げる。
ユーノも「信じられない!」と言わんばかりの表情でディリオニスを見つめていた。
だが、ディリオニスは口を開けて何かを主張しようとするユーノを手で静止させ、代わりに目の前の出来事を理解していない彼女に先程作ったぶどう酒を渡すように目配せする。
ユーノは困惑していたらしいが、それでもこの食うか食われるかの状態では、ぶどう酒を渡すのが賢明だと判断したのだろう。
魔導士の女性は黙ってディリオニスにぶどう酒を手渡す。
ディリオニスはぶどう酒を渡させると、巨人にぶどう酒の入った瓶を渡す。
「飲んでみてください。きっと、美味しいですから」
声変わり前の少年であるディリオニスは甘い声で人間を誘惑するサキュバスのような声を出して巨人に向かって囁く。
巨人はその声とぶどう酒という未知の飲み物という誘惑に負けて小さな瓶の中の液体を飲み干す。
ぶどう酒を飲み干した巨人は満足げな笑顔を浮かべて、魔性の少年に向かってお代わりを要求する。
だが、お代わりを差し出す代わりにサキュバスの少年はぶどうが必要だと叫ぶ。
「何、ブドウだと?」
「うん、果物の……この近くにも生えてないかな?青い色の実が六つほど付いているの」
一つ目の怪物は少年の甘い声とお代わりを飲みたい、という誘惑に駆られて、必死に思い返す。
そして、洞窟近くの葡萄畑の事を思い返す。
「あ、あそこに行けばいいのか!?」
「うん、あそこにある葡萄を取ってきて、その葡萄を作って、ぼく達が葡萄酒を作ってあげるよ。それでいいでしょ?」
「うーん、分かった。だが、お前たちは取りに行くなよ、お客さんをもてなすのは主人の務めだからな、おれが取りに行く」
怪物は少年の言葉を聞くのと同時に、目の前の岩をどかし、再び岩を防いで洞窟を出ていく。
少年は怪物が出ていくのを見届けてから、ガートールードとユーノとガラドリエルの3人に急いで木を一つ削るように指示を出す。
自身も、剣で木を削る作業をしながら、満面の笑みを浮かべて笑う。
作業の中で笑みに気付いたのは、ただ一人。
妹のマートニアだけだった。彼女は兄の耳元で囁き、
「分かったわ、昔お父さんと見た映画の事ね?あの映画で主人公がポセイドンの息子を倒したのと同じ手段で、あの一つ目の巨人を倒すつもりなのね」
姉の言葉に弟は無言で返す。
次に話しかけたのは、主人のガラドリエル。彼女は自身のサーベルで巨大な木を削りながら、
「ディリオニスよ。お前の人をたらしこむ技見事だったぞ?お前なら、王国の良い合唱団のリーダーになる筈だ。どうだ?再興した暁には、お前を少年合唱団のリーダーとして改めて仕えさせてやろうか?」
ガラドリエルの言葉にディリオニスは小さな声で辞退を宣言した。
「なんだ。つまらぬ、折角、私が王族と合唱団の少年の間で行われるを教えてやろうと思ったのに」
不服そうに鼻を鳴らす、ガラドリエルに向かって頬を膨らませるのは、マートニア。
「陛下!いくら、陛下といえども、お兄ちゃんは渡しませんからッ!」
作業も忘れて兄に抱きつく、マートニアを眺めながらガラドリエルは苦笑いを浮かべて、
「分かった。分かった。この話はやめだ。うん?」
マートニアは尚も不機嫌な様子で木を切り刻んでいた。
ディリオニスとガラドリエルは先程のやり取りを忘れる意味でも尚、懸命に作業に走った。
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