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第一部 第二章 ヴァレンシュタイン旋風

サイクロプスの洞窟 パート2

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洞窟の入り口を防いでいた大きな岩が取り除かれた。
岩を退かすために、側に置いてあった葡萄を大きな両手一杯に抱えて一つ目の怪物は戻ってきた。
戻ってきた怪物を5人は笑顔で迎え入れる。
怪物は出張の帰りに土産を携えて、家に帰ってきた父親のような笑顔を浮かべて、
「どうだ?この葡萄の量を?これだけあれば、作れるだろ?」
「うん、作れる筈だよ!そう言えば、葡萄酒を作るために、あの場所を利用したいんだけれど、いいかな?」
巨人は二つ返事で、許可を出す。
「ありがとう!じゃあ、早速作らせてもらうね!」
少年の姿をした天使は可愛らしい、思わず庇護欲を掻き立てたくなるような笑顔で言う。
巨人は大量の葡萄を段の上に置き、再び岩で洞窟の入り口を防ぐと、その岩にもたれかかり、
「よし、おれは手出しをせんよ。お前らの葡萄酒が出来るまで、ここで待っておいてやる」
ディリオニスは4人に向かって段に登るように指示を出し、彼は巨人の元に向かい、
「巨人さんも退屈でしょ?待っている間に、ぼくが歌ってあげるよ」
ディリオニスはかつて自分が生きていた世界でよく聴いていたアニメの主題歌を歌う。
よく、勉強の合間に見ていたアニメ。辛い自分を支えてくれていたアニメ。
あらゆる思いを掲げながら、ディリオニスは主題歌を熱唱する。
一つ目の巨人はどうやら異世界の音楽も気に入ったらしい。
愉快そうに手を叩きながら、ディリオニスの歌に相槌を打っている。
ディリオニスは歌う合間に、段差の上で懸命に葡萄を踏んでいる4人の乙女の姿を確認する。
見た目麗しき乙女たちの足の動きと葡萄の量を眺めながら、ディリオニスはぶどう酒ができるのを確認し、巨人から大きな果物を切り抜いたカップを渡してもらい、葡萄酒を汲みにいく。
そして、カップ一杯に満たされた葡萄酒を飲んだ巨人から笑顔を浮かべて、再び汲みにいくように指示を出される。
その作業を繰り返す間も、ディリオニスは自分の知っているアニメの歌を次々と歌っていく。
歌と酒で満足になった巨人は次第に酔いが回ってきたのか、目が虚ろになっていた。それに合わせてディリオニスの歌も次第に小さくなっていく。
巨人は呂律の周らない口調で、
「よーし、小僧。もっと持ってこい。もっと飲ませてオレを満足させろ、お礼にお前は最後に食べてやるからな」
そう言って巨人はその場で眠り込んでしまう。
完全に眠り込んだのを確認して、葡萄の汁で濡れた足を持つ4人の美少女の元へと駆け寄る。
ガラドリエルは長い髪を撫でて、
「でかしたぞ、ディリオニス。流石は私の騎士だッ!後は、先程お前に作らされたお手製の槍であの怪物の心臓を突けばいいのだな?」
ガラドリエルの主張にディリオニスは両手を横に振って否定する。
「ち、違うよ!それだと誰があの岩を退かすのさ!?」
ディリオニスの言葉にガラドリエルはムウと不満を呟いて引っ込む。
ガラドリエルに代わり話に加わったのは、魔導士のユーノだった。
「もしかして、あなた、あの一つ目の怪物ーー我々がサイクロプスと呼んでいる怪物の目を奪うつもりですね?」
ユーノの言葉をディリオニスは首肯する。
「成る程、やっと全貌が掴めたわ、サイクロプスの視界を奪って、上手く岩を退かして、私たちで脱出する。完璧な作戦ね」
ユーノは左手の肘でディリオニスの胸を軽くつく。
ディリオニスは苦笑して、
「そうだよ。昔、観たえい……いや、演劇を元に考えたんだ」
「そうだと思ったわ、だってサイクロプスに捕らえられた5人の盗賊たちは、あなたと同じ方法で脱出したんだもの」
「よし、じゃあ、行こうか!ぼくらの手で脱出するんだッ!」
結論が出たので、これ以上議論する事はないだろうと考えて、ディリオニスはお手製の槍を隠している場所に向かう。
5人で大きな木製の槍をサイクロプスの元へと運ぶ。
その過程で、何度も何度もディリオニスは昔観た、映画と同じ結末になる事を願った。
万が一の可能性だが、サイクロプスが映画と違って目を覚ます可能性もある。
また、映画と違って上手く相手の目に刺せない可能性もある。
更に、このサイクロプスが一体だけではないと言う最悪の可能性さえも考えていた。
ディリオニスは自身の心臓が大きく動いている事に気がつく。
緊張しているのだろう。槍の先端を持ち運んでいる身であるのに、手がガタガタと震えている。
そして、サイクロプスの元にまで寄り、いよいよ、サイクロプスの目に槍を突き刺そうと言う時に、最悪の事が起きた。
あの最悪の巨人が目覚めてしまったのだ。
一行に戦慄が走る。だが、5人がサイクロプスの目を刺す方が早かった。
一番大きく踏み込んだのは、女王ガラドリエルであった。
彼女は戦国時代の武将も真っ青の大きな声で、的へと突っ込み、他の仲間を引っ張って、サイクロプスの目を突き刺す。
サイクロプスがまるでその場でペンキを塗り散らかしたかのような血飛沫を流して悲鳴を上げる。聞こえてくる悲痛は思わず耳を塞いでしまうような悲しげな声だった。
だが、耳を塞いでいる暇はない。5人は洞窟の中に身を潜める。
サイクロプスは耳が裂けそうになる程の大きな声を上げて、
「貴様らッ!よくもッ!よくもッ!こんな事をッ!オレに向かってこんな事を……殺してやるゥ!めェェェェ~!お前が他の奴を唆したんだろ!?そうでなければ、男はこんな卑怯な真似をしねーからなッ!」
通常ならば、声が震えてしまうのだろうが、ガラドリエルは相変わらずの落ち着いた口調で、サイクロプスを牽制した。
「残念だがな、貴様に行った行動を主導したのは、その男なんだぞ、フフン、悔しいか?巨人殿、悔しければ、私を殺してみればよかろう?不可能だとは思うがな」
ガラドリエルの挑発に乗せられ、サイクロプスは怒りのために我を忘れてしまう。洞窟のあちこちを拳で叩いて、周りの壁に穴を開けていく。
そして、最終的には光を得ようと、洞窟の入り口を塞いでいる岩を持ち上げて、洞窟の中に投げ入れた。
岩が藁の場所に降り注ぐのと同時に、五人は洞窟の奥へと移動する。
だが、怪物はその様子が見えていない。
手足をめちゃくちゃに振り回して、周りを壊していく。
このままでは、洞窟ごと埋まってしまうのでは、と言う懸念を全員が抱えていた時だ。
勇敢にも、女王ガラドリエルがサイクロプスの元へと向かって行く。
ガラドリエルは自分の今いる位置を大声で叫ぶ。
サイクロプスは足元を踏み付けるが、ガラドリエルはそれよりも前に、更に奥へと進み、回避していた。
4人は理解した。自分たちの女王が身を呈して臣下を逃がそうとしているのだと。
ならば、先に脱出して、安心させた方が良いと判断したのだろう。
ガートールードは他の3人に耳打ちして、逃げるように指示を出す。
全員が首を縦に動かして、入口へと向かう。サイクロプスがガラドリエルの挑発に乗って、入口から離れていっているのも幸いしたのだろう。
素早く、離れようとした瞬間にディリオニスは目撃した。
ユーノがこっそりと宝石を5個程ローブの中に隠した事を。
だが、咎めている場合ではない。ディリオニスは慌ててついて行く。

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