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ウィンストン・セイライム・セレモニー編

やがて異世界から始まる英雄譚とそれにまつわるエルフとの恋物語

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街は歓待ムードで一杯だ。それもそうだろう。今日、この街にやって来るのはスパイスシーの向こう側で大の人気を誇る劇団なのだから。
彼らは多くの荷物を載せた荷車と役者や座長を乗せたと思われる馬車がコロコロと音を立てるたびに、出迎えに現れた街の住人達の歓声が飛ぶ。
また、そんな役者たちも馬車の中から手を振ってこの街に存在する劇場へと向かう。
それが、私が学院に来るまでに見た景色だ。同じクラスの仲間の何人かは私と同じ景色を見たらしく興奮のあまりに息を弾ませていた。
私も見たのだが、昨日の話と連日の緊張感のために、話す気にはなれないので黙っておく。
すると、タイミング良く私の机の前にケネスが現れ、私の机の上に右手を載せ、身を乗り出して私を見つめながら、
「なぁ、みんなが話している劇団の事なんだが……」
「ええ、分かっているわ。みんなは知らないのよ」
「あぁ、知らなければ知らない程、良いのさ……」
ケネスの表情が曇っていく。彼も人気の劇団の秘密など知りたくはなかったのだろう。
すると、私とケネスが話している前にソルドとカレンの二人が現れて、先程まで話していた劇団の事について明るい顔で語っていく。
俳優の誰それが格好良いとかこの演目が一番面白かったか、とか。
『ダヤン』に興味を持ったのならば、誰もが関心を持つワードだったが、私もケネスも事情を知っているためか、苦笑いを浮かべて流していく。
その後、授業中も食堂での話題も全てダヤンの話で持ちきりになっていた。
それこそ、学年も実力も関係無しだ。彼らは劇団の芝居に夢中になっているらしい。
私はそんな彼らに対する憂鬱な思いを抱えながら一日を過ごすのだった。
結局、私の胸の中にあるモヤモヤとしたすっきりとしない思いが晴れたのはその日、劇場に向かい始めて彼らと対峙した時だ。
学院前の街にある劇場。ここは通常は常駐の劇団が存在し、普段はその彼らの世界観を息抜きのために集まる学生や地元の住人に向かって表現するステージである。
だが、今回は劇団員のメンバーは全員が休暇を取っているらしい。
大陸の向こうの劇団のたった一回の公演のために。
私はチケットを手に入れ、邪神が支配するという劇団の芝居を鑑賞に向かう。
受付で切符を切られ、小さな劇場の用意した赤いシートの上に座っていく。
そして、受付で渡されたパンフレットに目を通し劇団員の数を確認していく。小さな劇場の小さなステージを占領した劇団員の数は裏方を合わせて総勢で58名。
中々に多い数だ。そのため、劇団総員ではなく、団長と花形役者とが代表して劇場の舞台の上に上がり、暗がりの中、彼らにスポットライトが当てられ、その姿をはっきりと表した後に、私たちの座る観客席に向かって一礼をする。それから、中央に立っている団長は手をポンと叩いた後に両手を左右に広げて、
「レディース・アンド・ジェントルメン!ようこそ、『ダヤン』へ!今宵は皆様を知らない世界へとお連れ致しましょう!」
団長はその太った体を大きく鳴らし、腹の底から出たと思われる大きな声で世界観の説明を始めていく。
何でも今回の舞台は異世界にて執事としてた勇者の話であり、彼は悪女と呼んでも他ならない程の性格の悪いお姫様に仕えていたのだが、ある日、そのお姫様に冤罪を掛けられ、身一つで王都を追放された後に、拾った棒切れを使用して成り上がっていくという話らしい。
そして、最後には勇者を陥れて追放した悪いお姫様に制裁が加わり、そのお姫様はそれまで虐めてきた妹から制裁を課せられた後に王宮を追放されたのだという。
そのお姫様は魔法の学校に潜入させられた後に劣等生として虐められたのだという。
何処かで聞いた事があるような話だ。いや、もしかしたのならば、これは私の話なのかもしれない。
もし、幼い頃にピーターと出会っていなければ私はこんな風になっていたのかもしれない。幼い頃からピーターと出会っていなければこんな高慢な女性になっていたかもしれない。
そして、最後の場面、棒切れを持った勇者に悪女の元お姫様がナイフを持って襲い掛かる場面だ。だが、お姫様の前に棒切れを持ったエルフと呼ばれる種族の恋人が立ち塞がり、彼女を一刀両断に斬り伏せて彼と永遠の愛を誓い合って終了という何とも言えない物語だった。
舞台が終了し、誰も居なくなった舞台の上に例のブヨブヨとした体の団長が現れて、大きく両手を左右に広げて、
「皆様!どうでしたか!?我が劇団が送る、屈折した勇者の物語は?」
団長の言葉に観客が沸き立つ。その誰もが口々に団長を述べていく。
不思議な事に、団長は物語の最大の悪役である悪い王女への罵声が飛ぶ度になぜか、私に向かってニヤニヤとした笑顔。
勝ち誇ったような笑顔を浮かべているのはどういう事だろう。
釈然としない気持ちの私を放ったまま団長は話を締め括り、観客たちを元の世界へと放逐していく。
私が劇場を出て学院へと戻ろうとした時だ。受付の人間から、団長の楽屋に私が呼ばれている事を伝えられる。
断っても良かったのだが、やはり、好奇心が勝ったのだろう。私は劇団員の待機する楽屋へと向かっていく。
劇場の裏側に存在する楽屋はこじんまりとした場所ではあるのだが、中々に設備が良い場所だと知られている。
私が劇場の裏側の扉を叩いて団長の待機する控え室の扉を開ける。
扉を開けると団長は満面の笑みを浮かべて私を出迎えた。
「やぁ、よく来てくれたね」
「お招きに預かり、光栄です。それよりも、私に用とは?」
団長は口髭の下に隠れて唇は緩めて、嬉しそうな表情を浮かべていた。
「なぁに、今日の芝居は気に入ってもらえたかと思ってね。あのお方から教えられた別のきみの未来を少々、改変して劇として表現させてもらったんだよ」
どういう事だろうか。私が首を傾げていると、背後から多くの人間に囲まれて出入り口を防がれている事に気が付く。
それを見た団長は顔を歪めて大きな声で笑うと大きく右腕を振り上げて、
「フッフッ、ウェンディ。私はねずっーとキミが嫌いだったんだ。前世からね。オレの推しヒロインをあんなにも苦しめやがって……あんなにあっさりとした制裁じゃあ、物足りんッ!今、この場で処刑してやるよッ!」
団長が右腕を振り下ろすと、それにに従って部屋の中に雪崩れ込む団員たち。
私は部屋の奥に逃げたが、あまりにも数が違い過ぎる。
私はこの窮地を見て、思わず歯を軋ませていく。
そして、一人で来る事を決意した自分を殴りたくなった。
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