王立魔法学院の落第生〜王宮を追放されし、王女の双子の姉、その弱い力で世界を変える〜

アンジェロ岩井

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エージェント・ブリタニアン編

凶悪生物密輸作戦

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「なぁ、あんまり強くは言いたくないんだが……こいつを輸出するのには些か無理があるんじゃあねぇの?」
ウィンストン・セイライム王国の中に存在する地下組織の一つ、ララミー・ブラザーズのボスであり、弟のダグラス・ララミーは屋敷の地下室。飾りも何もない煉瓦に覆われた殺風景な部屋の中で唯一存在する家具である木彫りの椅子の上に座り、同じく木彫りの机の向こう側、自分の目の前に同じく木彫りの椅子に座る自分の兄にして参謀であるオニールにそう進言したのだが、オニール・ララミーは弟の言葉を一蹴し、彼に引き下がるように伝えた。
それに対し納得がいかなかったのが、弟であったのだが、彼は弟を引き止めて、
「なぁ、弟よ……お前は欲しくないのか?スパイスシーの向こう側にある大量の麻薬を……」
それを聞いてダグラスは無意識下のうちに自分の口から涎が垂れている事に気が付く。
彼は慌ててそれを拭うと、あまりにも行き当たりバッタリな計画を進める兄にどうしてその生物を仕入れたのかを尋ねたのだが、彼は口元の右端を吊り上げて、
「弟よ。それを聞いたら、きっと腰を抜かすと思うぜ」
兄にしてブラザーズ一の頭脳派であるオニールの口から放たれた言葉はまさかの人物であった。昨日の事件ではこの国を危うく戦争に巻き込み掛けたストロンバーグ前大統領の近くに居て事件への関与が見受けられないとして処分を見送られた現政権を裏で操る影の大統領。
「まさか、ドラッグス上院議員が関わっていたとは……」
「あぁ、この取り引きを成功させりゃあ、オレ達には向こうの組織エテルニタとの取り引きで得られる莫大な量の麻薬だけに留まらねぇ、共和国のお偉いさんから得られる高価な金がオレらの元に転がり込んでくるんだぜ」
オニールは葉巻を人差し指と中指の間に挟み、膝を突くなどの慇懃な態度で弟でありボスであるダグラスに接したのだが、ダグラスはつくづく兄の手腕に感服するばかりであったのだ。
ダグラスはここでふと部屋の端に縛られている男が存在している事に気が付く。
ダグラスは何でも知っている兄に対し、体をガチガチに縛られている男を指差す。
「兄貴、ありゃあなんだい?」
弟の問い掛けにオニールは口元を綻ばせて、弟の指差すものに親指を向けて、
「ありゃあ、議員様からのもう一つの条件って奴だ。国の機密を探っていたネズミを甚振った後に必要なものを吐かせて始末しろとよ」
オニールの口から飛び出したもう一つの条件に彼は顔に太陽のように眩しい笑顔を浮かべて、
「じゃあ、早速やろうぜ、オレ達がいつも国王の犬を甚振るよーによぉ~」










「まさか、失敗するとは……」
ティファニーは忌々しげに吐き出す。まさか、ここまで失敗するとは思わなかった。途中までの計画は順調であったのだ。上手い具合に彼女は誘き出され、この下宿で紅茶に口を付けようとした。
後、もう少しで喉の中を通り、彼女の息の根が止まろうとした時にあのチャイムが鳴り、あの二人が現れた。
それだけでも充分に計画に支障をきたしたというのに、一番納得がいかなかったのだが、あの二人が用意した書類だ。
その書類にはよくない事が書いてあるらしかった。咄嗟にジェーンが転んだ振りをして紙を台無しにした事でその場は何とか凌ぐ事が出来たものの、ここまできた以上は彼女は自分を警戒するだろうし、ジェーン程の刺客を返り討ちにした彼女ならば、容易に自分などは返り討ちにできるだろう。
彼女は自分が無意識のうちに人差し指の
爪を噛んでいる事に気付き、咄嗟に口から離したのだが、やはり噛んだ跡というのは爪の上にも残ってしまうものらしい。
他の爪が綺麗に揃っている事に対し、自分が噛んだ爪はいつまでも消えない。
美しくないと彼女が思った時だ。こんな時でも首席死刑執行官らしく動揺した様子を見せないジェーンは彼女に人差し指を立てて、
「こうなれば一か八かです。多くの人が集う場所で人混みに紛れて彼女を刺しましょう。昔から『木を隠すのなら、森の中。人を隠すのなら、人の中』と……」
ティファニーは彼女の真意を悟った。どうやら、彼女は人混みに紛れてウェンディを消すつもりらしい。
賞金稼ぎ部の活動の際に地元の保安委員を買収し、偽りの賞金首を仕立て彼女がそれを探す間に抹殺するか、はたまた本当の賞金首や凶悪犯が現れるのを待って行動に移るか、悩む所である。
ティファニーが難しい顔で考えていると、メイド服を着た国の最高の暗殺者が丁寧に頭を下げてから、長椅子に座らせた後に自分に紅茶と茶請けの載ったお盆を渡す。
彼女はそれを見て思わず絶句してしまう。もしや、彼女は今回の責任を取って自分一人だけで死ねというのかと。
だが、ジェーンは彼女の表情を悟り、首を横に振って、
「いいえ、メイドたるもの、主人が疲れていたとすれば、疲れを労るのが義務でございます。それはお嬢様が落ち着いて考えるために用意したものです。最も、次の計画をしくじった際にはまた別のものをご用意させていただく可能性が高くなるかと思われますが……」
彼女は思わず唾を飲み込む。恐らく、目の前に差し出された茶と菓子は自分への警告を含めたものに違いあるまい。
この次に失敗すれば、自分は殺されるだろという。
この紅茶には毒が入っていないのだろうが、やはり口を付けるのに躊躇してしまう。
すると、ジェーンはティファニーの感情を察したらしく、お盆の上に載っていた紅茶を手に取り一気に飲み干していく。
ティファニーは瀟洒な従者の喉を通ったのを確認した。ジェーンはもう一度丁寧に頭を下げて、
「失礼致しました。直ぐにお代わりをお持ち致しますわ」
先程の彼女の行動に含まれていたのは自分が淹れたお茶の安全性を示すためだろう。
彼女はそれが終わるとティファニーを連れて台所へと戻り、また別のカップを用意し、主人の少女の見ている前でお茶を淹れていく。
そして黙々と部屋の中を進む。そして、先ほど置かれていたお盆の上に紅茶を置き、後から付いて来た彼女に紅茶を勧める。
ティファニーはそれに従い長椅子の上に座り、紅茶を味わう。
やはり、彼女は国家における最高の暗殺者であるのと同時に完璧なメイドだ。
紅茶はいつも同様に美味い。ジェーンは側で彼女が佇む様を見ていたのだが、玄関からブーと来客を告げる音が聞こえたかと思うとそちらの方へと向かっていく。
ティファニーは暫くは紅茶と茶菓子を味わっていたものの、彼女が招き入れた客を見て思わず驚いてしまう。
黒のジャケットに黒のシルクのスーツを着た男が立っていたからだ。
男はジェーンに招き入れられ、長椅子の上に座ると深刻な顔を浮かべて一枚の書類を懐から取り出す。
彼は笑いも浮かべずに、低い声で、
「すまないが、二人の任務は暫く変更となる。この国のギャング団の一つララミー・ギャングの頭目二人を始末してもらいたい」
と、二人を険しい目で睨みながら言った。
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