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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』
白いドレスを着たお姫様
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「お待たせしましたわ。さぁ、どうぞ」
カーラは自分が馴染みの菓子店で買い物している間に路地裏で待っていたと思われる白いドレスの女の子に菓子を手渡す。
カーラが渡したのはかつて旅に出た時にヒューゴも絶賛したカップケーキという菓子だ。
女の子はしばらくの間は見知らぬ人からものを貰ったということで困惑していたが、お腹が鳴ったのか渡されたカップケーキに齧り付いたのであった。
夢中になって食べ終えた女の子は物足りなかったのか、カップケーキの付いていた紙までも食べようとしていたのでカーラは慌てて自分の分を渡す羽目になった。
思えば目の前の女の子は怪我の手当てを行なっていた時から必死に怪我のことを隠そうとしたり、劇団のことを尋ねられれば口を閉ざしたりと妙であった。
それでもカーラ根気よく女の子に劇団のことを話すように訴え掛けた。
そして、女の子は憑き物が落ちたかのようにポツリポツリと話していくのであった。
「あたしね実はお姫様なの。あっ、間違っても本当のお姫様じゃないよ。劇団の設定でお姫様っていうのを充てられてるの。お姫様の格好をして危ないことをするとみんな褒めてくれるんだ」
女の子が明るくなっていく。恐らく褒められたというのは本当なのだろう。だが、その直後に女の子が顔を曇らせたのでカーラは暗いことが起きたのだと判断した。
女の子は暗い表情を浮かべながら自身の今の心境を吐露していく。
「でも、失敗すると怒られるし、ご飯だって抜かれちゃう。お客様の前で粗相をすれば鞭で叩かれちゃうし、あたしこんな生活嫌……パパに会いたい。ママに会いたい。でも、お金を返さないといけないし……」
女の子はここで語るのをやめて、大きな声で思いのままに泣き出していく。
カーラはそんな女の子を背中を摩ったり、励ましの言葉をかけたりして優しく慰めていくのだが、女の子の気分はよくならない。
カーラが困惑していた時だ。カーラと女の子の前に屈強な二人連れの男が現れた。
「テメェ!こんなところにいやがったのか!?」
「テメェが居なくなったせいで他の仲間に迷惑が掛かってるんだよッ!」
男の片方が鞭を取り出して女の子の前に繰り出そうとするが、カーラがその前に立ち塞がって女の子に鞭が飛ぶのを静止させる。
「なんだッ!テメェは!?」
「通りすがりの針子です。それよりもこんな小さな子を虐めて、あなた方は恥ずかしくないのかしら?」
「なんだと!?」
二人のうちの一人が激昂する。だが、構うことなくカーラは話を続けていく。
「鞭でしか躾けないなんてあなた方に落ち度があるのではなくて?」
その言葉を聞いて激昂したのは男たちであった。男は互いに拳を構えながらカーラに向かっていこうとした時だ。
背後から「待ちなさい」と呼び止める声が聞こえた。
二人が慌てて背後を振り返ると、そこにはちょび髭を唇の上に蓄えた大柄な体格をした男の姿が見えた。
「だ、団長!?」
二人の声からして目の前にいる男が白いドレスを着た女の子の所属する劇団の団長であるらしい。
団長は意味深な笑みを浮かべながらカーラに向かって諭すように言った。
「困りましたねぇ。その子を我々の元に返してくれませんかねぇ?」
「一時くらいは構わないではないでしょうか?休まずに仕事を続けるよりも少しだけでも休んだ方が集中して働けるとお聞きしましたわ」
「そういうわけにもいかないんですよ。この子がサボった分、他の人にツケが回ってくるんでね。もっともこの子が働かなかった分、あなたが働いてくれるっていうんなら話は別ですぜ」
男の目が青白く光る。この時の男の背中からは圧のようなものが現れていく。
小柄なはずの男の体が何倍も大きく見えるというのは奇妙なものであった。
だが、屈するわけにはいかない。カーラも殺気を漂わせながら反対に小柄な男を睨み付けていくのであった。
しばらくの間は無言による睨み合いが続いていたのだが、殺気に屈したのだろうか。小柄な男が溜息を吐いて男たちに戻るように指示を出す。
それから白いドレスの少女に向かって厳かな声で言った。
「夜には戻れよ」
少女は団長の一言を聞いて途端に表情を明るくしたのだった。
その後カーラとその少女とはお互いに他愛のない話をしていた。大抵話に上がるのは菓子の話や茶の話ばかりであった。
時たまにカーラは自身が好きな探偵小説についても話してみせた。
探偵小説について熱弁するカーラの言葉に女の子は笑って見せ、とうとう明るい笑顔で笑うようにもなった。
だが、誰かが言ったように楽しい時間は短く、辛い時間というのは長く過ぎるものだ。
あっという間に約束した時間となり、カーラは女の子の手を引いて劇団まで連れて行くことになったのであった。
劇団に辿り着くと眉間に皺を寄せた団長が鞭を鳴らしながら待ち構えていたが、カーラが殺気を出して睨みつけたので、その場では舌を打っただけで済んだ。
カーラは道を引き返し、自宅へと戻っていく。
自宅では酔いから醒したと思われるレキシーが夕食の準備を行っている最中であった。
「おや、遅かったね。今日はどうしたんだい?」
「昨日の晩にヒューゴさんが話していたお方と話しておりましたの」
「会ったのかい!?」
「えぇ、偶然ですけれど」
「情が移るよ。これっきりにしておきな」
「で、ですが……」
レキシーの口が吃る。というのも、接しているうちに情が湧いてしまったからである。
「あんた、あたしたちの仕事の意味を忘れたのかい?」
「はい」
レキシーの一言にカーラは何も言えなくなってしまった。
彼女はその後は料理を手伝っていたが、手伝っている間も食べている間も心ここに在らずという感じであった。
それからしばらくの間、カーラは仕事中であってもどこか上の空であったし、レキシーもそれを見て注意するばかりであった。
お針子の仕事にもどこか張り合いがないように見え、レキシーを呆れさせたのであった。
そんなカーラの姿を見てたまりかねたレキシーがカーラに向かって尋ねた。
「その女の子っていうのがそんなに気になるのかい?」
「申し訳ありませんわ。レキシーさん。そうなんですの。ずっと殴られているように見えてましてね……どこか放っておけませんの」
「でも、あたしらには何もできないだろ?掟に反しなければ食事も与えられてるみたいだし、子どもが仕事するのは悪いことじゃないし、鞭の件も……法に反しているわけじゃないし」
「……そうですが」
「あたしらが関わっても仕方がないだろ?現状では向こうが法に背いているわけでもないし、あくまでも躾の一環だっていうんならこちらも手出しができない。躾なら仕方がないからね」
「もし、その躾とやらで死んでしまっても意図して殺しているわけでもない。それ以外は真っ当な商人であるから殺す必要もない。そういうわけでしょう?」
「そういうことだね。あたしだってそりゃあ心苦しいよ。けど、駆除人が出るほどのものじゃーー」
「……レキシーさん。私あれ以来ずっと考えていましたの。そうした考えこそ間違いなのではないのか、と」
「どういうことだい?」
「どういった理由であっても子どもを苦しめるのは悪ですわ。確かに家庭内の事情で駆除を行うのは道義に外れているかもしれません。ですが、逆に言えば子どもを救うための駆除ならば許されますの」
カーラの目は燃えていた。それから裁縫用の針を握り締めながら、その針にじっと視線を落としていた。
レキシーは悟ったのだ。カーラは女の子を苦しめる団長とその一味を片付けるのだ、と。
カーラはいつも通りの護身用の針を袖の中に括り付けたかと思うと、勢いよく立ち上がっていく。
「どこへ行くんだい!?」
レキシーの問い掛けにカーラは何も答えなかった。レキシーはカーラの表情を見て、女の子を救いに向かうのだと判断し、慌ててカーラの後を追ったのである。
カーラは自分が馴染みの菓子店で買い物している間に路地裏で待っていたと思われる白いドレスの女の子に菓子を手渡す。
カーラが渡したのはかつて旅に出た時にヒューゴも絶賛したカップケーキという菓子だ。
女の子はしばらくの間は見知らぬ人からものを貰ったということで困惑していたが、お腹が鳴ったのか渡されたカップケーキに齧り付いたのであった。
夢中になって食べ終えた女の子は物足りなかったのか、カップケーキの付いていた紙までも食べようとしていたのでカーラは慌てて自分の分を渡す羽目になった。
思えば目の前の女の子は怪我の手当てを行なっていた時から必死に怪我のことを隠そうとしたり、劇団のことを尋ねられれば口を閉ざしたりと妙であった。
それでもカーラ根気よく女の子に劇団のことを話すように訴え掛けた。
そして、女の子は憑き物が落ちたかのようにポツリポツリと話していくのであった。
「あたしね実はお姫様なの。あっ、間違っても本当のお姫様じゃないよ。劇団の設定でお姫様っていうのを充てられてるの。お姫様の格好をして危ないことをするとみんな褒めてくれるんだ」
女の子が明るくなっていく。恐らく褒められたというのは本当なのだろう。だが、その直後に女の子が顔を曇らせたのでカーラは暗いことが起きたのだと判断した。
女の子は暗い表情を浮かべながら自身の今の心境を吐露していく。
「でも、失敗すると怒られるし、ご飯だって抜かれちゃう。お客様の前で粗相をすれば鞭で叩かれちゃうし、あたしこんな生活嫌……パパに会いたい。ママに会いたい。でも、お金を返さないといけないし……」
女の子はここで語るのをやめて、大きな声で思いのままに泣き出していく。
カーラはそんな女の子を背中を摩ったり、励ましの言葉をかけたりして優しく慰めていくのだが、女の子の気分はよくならない。
カーラが困惑していた時だ。カーラと女の子の前に屈強な二人連れの男が現れた。
「テメェ!こんなところにいやがったのか!?」
「テメェが居なくなったせいで他の仲間に迷惑が掛かってるんだよッ!」
男の片方が鞭を取り出して女の子の前に繰り出そうとするが、カーラがその前に立ち塞がって女の子に鞭が飛ぶのを静止させる。
「なんだッ!テメェは!?」
「通りすがりの針子です。それよりもこんな小さな子を虐めて、あなた方は恥ずかしくないのかしら?」
「なんだと!?」
二人のうちの一人が激昂する。だが、構うことなくカーラは話を続けていく。
「鞭でしか躾けないなんてあなた方に落ち度があるのではなくて?」
その言葉を聞いて激昂したのは男たちであった。男は互いに拳を構えながらカーラに向かっていこうとした時だ。
背後から「待ちなさい」と呼び止める声が聞こえた。
二人が慌てて背後を振り返ると、そこにはちょび髭を唇の上に蓄えた大柄な体格をした男の姿が見えた。
「だ、団長!?」
二人の声からして目の前にいる男が白いドレスを着た女の子の所属する劇団の団長であるらしい。
団長は意味深な笑みを浮かべながらカーラに向かって諭すように言った。
「困りましたねぇ。その子を我々の元に返してくれませんかねぇ?」
「一時くらいは構わないではないでしょうか?休まずに仕事を続けるよりも少しだけでも休んだ方が集中して働けるとお聞きしましたわ」
「そういうわけにもいかないんですよ。この子がサボった分、他の人にツケが回ってくるんでね。もっともこの子が働かなかった分、あなたが働いてくれるっていうんなら話は別ですぜ」
男の目が青白く光る。この時の男の背中からは圧のようなものが現れていく。
小柄なはずの男の体が何倍も大きく見えるというのは奇妙なものであった。
だが、屈するわけにはいかない。カーラも殺気を漂わせながら反対に小柄な男を睨み付けていくのであった。
しばらくの間は無言による睨み合いが続いていたのだが、殺気に屈したのだろうか。小柄な男が溜息を吐いて男たちに戻るように指示を出す。
それから白いドレスの少女に向かって厳かな声で言った。
「夜には戻れよ」
少女は団長の一言を聞いて途端に表情を明るくしたのだった。
その後カーラとその少女とはお互いに他愛のない話をしていた。大抵話に上がるのは菓子の話や茶の話ばかりであった。
時たまにカーラは自身が好きな探偵小説についても話してみせた。
探偵小説について熱弁するカーラの言葉に女の子は笑って見せ、とうとう明るい笑顔で笑うようにもなった。
だが、誰かが言ったように楽しい時間は短く、辛い時間というのは長く過ぎるものだ。
あっという間に約束した時間となり、カーラは女の子の手を引いて劇団まで連れて行くことになったのであった。
劇団に辿り着くと眉間に皺を寄せた団長が鞭を鳴らしながら待ち構えていたが、カーラが殺気を出して睨みつけたので、その場では舌を打っただけで済んだ。
カーラは道を引き返し、自宅へと戻っていく。
自宅では酔いから醒したと思われるレキシーが夕食の準備を行っている最中であった。
「おや、遅かったね。今日はどうしたんだい?」
「昨日の晩にヒューゴさんが話していたお方と話しておりましたの」
「会ったのかい!?」
「えぇ、偶然ですけれど」
「情が移るよ。これっきりにしておきな」
「で、ですが……」
レキシーの口が吃る。というのも、接しているうちに情が湧いてしまったからである。
「あんた、あたしたちの仕事の意味を忘れたのかい?」
「はい」
レキシーの一言にカーラは何も言えなくなってしまった。
彼女はその後は料理を手伝っていたが、手伝っている間も食べている間も心ここに在らずという感じであった。
それからしばらくの間、カーラは仕事中であってもどこか上の空であったし、レキシーもそれを見て注意するばかりであった。
お針子の仕事にもどこか張り合いがないように見え、レキシーを呆れさせたのであった。
そんなカーラの姿を見てたまりかねたレキシーがカーラに向かって尋ねた。
「その女の子っていうのがそんなに気になるのかい?」
「申し訳ありませんわ。レキシーさん。そうなんですの。ずっと殴られているように見えてましてね……どこか放っておけませんの」
「でも、あたしらには何もできないだろ?掟に反しなければ食事も与えられてるみたいだし、子どもが仕事するのは悪いことじゃないし、鞭の件も……法に反しているわけじゃないし」
「……そうですが」
「あたしらが関わっても仕方がないだろ?現状では向こうが法に背いているわけでもないし、あくまでも躾の一環だっていうんならこちらも手出しができない。躾なら仕方がないからね」
「もし、その躾とやらで死んでしまっても意図して殺しているわけでもない。それ以外は真っ当な商人であるから殺す必要もない。そういうわけでしょう?」
「そういうことだね。あたしだってそりゃあ心苦しいよ。けど、駆除人が出るほどのものじゃーー」
「……レキシーさん。私あれ以来ずっと考えていましたの。そうした考えこそ間違いなのではないのか、と」
「どういうことだい?」
「どういった理由であっても子どもを苦しめるのは悪ですわ。確かに家庭内の事情で駆除を行うのは道義に外れているかもしれません。ですが、逆に言えば子どもを救うための駆除ならば許されますの」
カーラの目は燃えていた。それから裁縫用の針を握り締めながら、その針にじっと視線を落としていた。
レキシーは悟ったのだ。カーラは女の子を苦しめる団長とその一味を片付けるのだ、と。
カーラはいつも通りの護身用の針を袖の中に括り付けたかと思うと、勢いよく立ち上がっていく。
「どこへ行くんだい!?」
レキシーの問い掛けにカーラは何も答えなかった。レキシーはカーラの表情を見て、女の子を救いに向かうのだと判断し、慌ててカーラの後を追ったのである。
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