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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』
運命のすれ違い
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ロバート卿なる人物から派遣された兵士や傭兵たちを相手に市内で大立ち回りを演じたエドガーであったが、そのの心境はといえば穏やかではなかった。
立ち回りの際に怪我を負ったからでも、相手を全滅させることができなかったからでもない。
彼自身の仇によって怪我の治療を助けられているというのが悔しくて堪らなかったのだ。エドガーからすれば愛する娘を殺したその手で自身の体を触られるのが果てしない屈辱に思えて仕方がなかったのだ。
だが、肩に傷を負った状況では手を振り払うこともできない。ましてや、周りには無関係の人々がいるのだ。ここで、カーラに対して波紋を立てれば、カーラや周りの人々に警戒されて、今後の動向が掴みにくくなるだろう。そのことを見越して、エドガーはカーラの治療を受け入れていた。
しばらくの間、カーラは夢中になっていたのか、無言で治療を行なっていたのだが、傷を負ったことが気になったのか、恐る恐るという口調で質問を行った。
「何がありましたの?」
「……厄介な連中に囲まれてな。それでこのような傷を負ってしまったのだ」
エドガーは不快感を押し隠しながら事実のみを淡々と語っていく。
「そうでしたの……」
カーラは目を伏せた。そこには人を労る偽りのない表情が見えた。
その姿を見て、エドガーの内に燃えるドス黒い憎悪の炎はより一層激しく燃え上がっていくのであった。
その優しさをどうして娘に向けなかった。どうして、人を殺しているのにそんなに平然として過ごしているのだ。
エドガーは周りにいる人々に自分の手当てをしている少女が過去に自分の娘に対して何をしたのかを叫んでやりたい衝動に駆られた。
しかし、その衝動をグッと堪え、代わりにしおらしい表情を浮かべて言った。
「……お嬢さん、あんたは優しいな」
「……そんな、私はレキシーさんの助手として当然のことをしているだけですわ」
「いいや、おれは大いに助かってる。あんたのお陰だよ」
「ウフフ、私のような者を気遣ってくださるなんて、あなた様こそ大変お優しい方ですのね」
カーラは包帯を巻きながら言った。野に咲きほこり、訪れる人々を癒す花畑の花のように優しい笑顔だ。
だが、エドガーは知っている。この笑顔の裏でここにいる少女が何をしたのか、ということを。
この笑顔を剥がしてやりたい。笑顔の裏に潜んでいる獣のような本性を人々に見せてやりたい。
エドガーはその一環として、彼女が手を掛けたと噂されるプラフティー公爵家の義娘の話題について話し掛けたが、その件についてはしおらしい表情を浮かべ、お悔やみの言葉を掛けるばかりであった。
次に城内で殺されたカミラというメイドについての話題を上げてみせたが、これについてもお決まりの態度を取るばかりであった。
人伝いに通した話題では目の前の人面獣心には揺さぶりも掛けられないらしい。
そこで、エドガーはとっておきの手段として、自身が殺しの場面を目撃した自身の娘について語ることにした。
二人のように噂話としていきなり話題に出すのではなく、別の話題に持っていってからの揺さぶりである。
油断を誘うための雑談は弾み、その間に包帯を巻いたカーラはエドガーを支えて、外からの怪我の治療に特化した大きな病院へと連れて行っていた。
その道中で、エドガーは思い出したように言った。
「おれにはな、昔、娘がいたんだ」
「まぁ、そうでしたのね」
「あぁ、綺麗な娘でな。お世辞にも性格がいいとは言えなかったが、おれにとってはかけがえのない一人娘だったんだ」
「その娘さんは今どちらに?」
「亡くなったよ」
それを聞いたカーラの顔が戸惑ったような表情を浮かべる。口も大きく開いていた。
カーラは咄嗟に小さく頭を下げて謝罪の言葉を述べていく。
「申し訳ありませんでしたわ。私、何も知らなかったもので」
「いいんだ。ただ、娘は事故や病気で死んだのではない。殺されたんだ」
「殺された?」
カーラの目が泳いだことをエドガーは見逃さなかった。それから強い口調で娘を殺した相手に対する憎悪を語っていくのであった。
だが、エドガーが憎悪の感情を語る中で、カーラが浮かべていたのは動揺ではなく憐憫の色であった。悲しげな顔でエドガーを見つめていた。
どうやら話題に上がった娘を殺した存在が自分のことであるとは思いも寄らなかったらしい。エドガーはつくづく自身の肩に怪我を負ったことを残念に思っていた。
エドガーはカーラに運ばれたまま病院に辿り着き、専門の医師へと預けられることになった。エドガーは傷を治すことにのみ専念し、この傷の痛みが治った時にカーラを一刀の元に葬ることを決意したのである。
幸いにも病院の中で割り当てられたベッドは相棒であるマグシーと同じ部屋であった。
本格的な治療が終わり、辺りが夜の闇を包んだ頃になり、マグシーはエドガーへと笑い掛けたのであった。
「しかし、天上にいる神々とやらも粋なことをするねぇ。まさか、あんたとあんたの言う人面獣心と巡り合わせてくれるなんてねぇ」
「あぁ、お陰でますます憎悪の念というものが湧いてきたよ。あんな奴に殺された娘のためにも必ず仇は取ってやらないとな」
「ヘヘッ、あんたの娘さんも幸せ者だねぇ。死んでからもこんなに父親に思われているなんてね」
「あぁ、おれは生まれ変わってもあの子の父親になるつもりだ。そして、生まれ変わった時には今日、店で買ったドレスを着て欲しい。それで、おれの死んだ良い人とお前さんとあの子の四人で平和に暮らすんだ」
エドガーは大胆な笑い声を上げて言った。知らぬこととはいえ、墓前に備えたドレスが娘の仇によって縫われたものだとすれば彼はどのような反応を示すのだろう。
『世の中には知らぬ方がいい』という言葉があるが、それは今のエドガーにピタリと当て嵌まっていた。エドガーは真相も知らずにドレスのことを思い返し、それを愛娘が着ている様を思い描いたのか、上機嫌な様子で笑う。
「おや、おれも混じっていいのかい?」
マグシーが意外だと言わんばかりに両眉を上げながら問い掛けた。
「当たり前だろう。今度生まれ変わる時はお前さんはあの子の兄貴か、弟になるんだ」
「それは楽しみだな。早く死んであんたの息子になりたいって思いが強くなってきたぜ」
マグシーは小さな声で笑い声を上げる。それに釣られてエドガーも小さな声で笑った。
二人の駆除人はこの瞬間、全てのことを忘れて夢中になって笑い合っていたのであった。
豪華なシャンデリアが下げられ、庶民には一生口ができないような高価な料理が並べられていた。
その周りにはカーラが作ったドレスよりも生地がよく、派手な飾りがつき、高価なドレスを身に纏った婦人や紋章の付いた派手な上着やその胸ポケットの中に同じ紋章の付いたハンカチを下げた紳士たちの姿が見えた。
紳士たちは婦人に手を取り、広々とした会場の中で行われる音楽隊による音楽に合わせながらダンスを行っていた。
酒を呑んで笑い合い、お互いの領地や宝石、ドレス、香水などを自慢し合う、まさに貴族社会の縮図とも言える光景がシャンデリアの下で繰り広げられていた。
その中心で酒を呑みながら舞踏会を見守っていたのは国王ではない。
現国王フィンはこうした華美な舞踏会、そして広い庭園を利用した大規模な園遊会などの縮小を行っていたからだ。
こうした貴族たちの不満を解消するかのようにハンセン公爵家は連日のように自身の屋敷を舞台に大規模な舞踏会を繰り広げていたのである。
これは現国王に不満を持つ貴族たちを自身の陣営へと取り込むのと同時に王家に対してその財力を見せつけるという目的もあった。
実際のところは貴族たちの鬱憤を晴らすという目的以外では開かれていなかったのだが、ハンセン家の一族はそれで満足であったのだ。
その憂さ晴らしの舞踏会に今回はとある事情によって、参加を見送ったハンセン公爵夫妻に代わり、その名代として長男ロバートと長女エミリーが姿を見せていた。
だが、舞踏会で進行役をしていたのはロバートであり、エミリーは招かれた名門の貴公子たちと行うダンスに夢中になっていた。
進行役を務めるロバートの傍らには参加した貴族たちを楽しげな顔で見つめるプラフティー公爵夫妻の姿が見えた。
特にプラフティー公爵はここ最近、溺愛していた義娘の死やパートナーであるイメルダの不審な動きなどがあったことから酒を片手に心の底から舞踏会を楽しんでいるように見えた。
やがて、プラフティー公爵は自身でも参加したくなったのか、ロバートの隣を離れ、貴族たちとの話し合いに混じっていく。
それを見たロバートが小さく溜息を吐いた。イメルダは甥の溜息が気になり、すかさず問い掛けたのであった。
「何かあったの?」
「いえ、二日ほど前にうちの兵が一人の無礼な平民に殺されましてね。それの対処に追われているのですよ」
「平民が我々の兵士を?」
「えぇ、平民が無礼にも我が一族の兵士を殺したのです」
ロバートの言葉にイメルダは両眉を吊り上げ、歯を軋ませながら怒りを露わにしていく。
「下賎な平民のくせに……ロバート、その者の正体はわかっているの?」
「いえ、素性もわからぬ流れ者でして……これが自身の領地であるのならばすぐにでも兵を繰り出し、抹殺に乗り出すのですが、生憎とここは王都……陛下のお膝元、我らの兵を繰り出すのは不味いでしょう」
ロバートの言葉は尤もである。ただでさえ保守的な考えに染まる貴族たちを嫌悪しているフィンなのだ。その上で二日前に送り出した兵よりも大きな数の兵士を繰り出して大規模な戦いを仕掛ければ、フィンの怒りを買って、ここぞとばかりに爵位を剥奪され、その身を平民に落としかねない。
二日前の出来事を誤魔化すことさえ困難を極めたのである。そのような真似をしてしまえば一環の終わりである。
ロバートは平民に落とされた貴族の末路というものは悲惨で、多くは住む家も与えられず、働き方も知らず、傲慢な態度を取り、周りの人々から嫌われて、孤独なまま飢えに襲われて死んでしまうと聞いていたので、その行動を実行に移せずにいた。
命さえ無事ならば、なんとか生き残ることができるようにも思えるが、爵位を剥奪された貴族の中で上手く周りと馴染めたのは数えるほどしかいない。
それの最たる例がイメルダとロバートにとっての仇敵であるカーラであるのだが、二人にとって『カーラ』というのは忌むべき存在でしかないので、参考にしたいとは死んでも思わないだろう。
かと言って、危険性を恐れて、このままちょっかいを出した二人を放っておき、その素性も知らぬというのならばハンセン公爵家の沽券に関わる。せめて、素性だけでも明らかにして、他の貴族たちに言い訳の言葉を立てねばならない。
ロバートが頭を抱えていた時だ。ふと、昨日の昼間に報告に訪れた部隊の隊長からもたらされた情報のことを思い返す。
それは襲撃者と思われる二人の男の姿を街の大きな病院で見たというものであった。
ロバートがそのことを話すと、イメルダは得意げな顔を浮かべて笑ってみせた。
「なら、その二人を病院に運んだ人間にその正体を尋ねればいいのよ。いるでしょう?その二人を病院に運んだ輩が……」
「それくらいならば兵士による捜索で誰が運んだのかくらいわかるでしょう?」
「そいつは妙案ですな。叔母上の進言に従って、すぐにでもその案を受け入れましょう」
そうして、酒を片手に話す二人の姿が窓から差し込む月の光に照らされ、怪しく光っていた。
立ち回りの際に怪我を負ったからでも、相手を全滅させることができなかったからでもない。
彼自身の仇によって怪我の治療を助けられているというのが悔しくて堪らなかったのだ。エドガーからすれば愛する娘を殺したその手で自身の体を触られるのが果てしない屈辱に思えて仕方がなかったのだ。
だが、肩に傷を負った状況では手を振り払うこともできない。ましてや、周りには無関係の人々がいるのだ。ここで、カーラに対して波紋を立てれば、カーラや周りの人々に警戒されて、今後の動向が掴みにくくなるだろう。そのことを見越して、エドガーはカーラの治療を受け入れていた。
しばらくの間、カーラは夢中になっていたのか、無言で治療を行なっていたのだが、傷を負ったことが気になったのか、恐る恐るという口調で質問を行った。
「何がありましたの?」
「……厄介な連中に囲まれてな。それでこのような傷を負ってしまったのだ」
エドガーは不快感を押し隠しながら事実のみを淡々と語っていく。
「そうでしたの……」
カーラは目を伏せた。そこには人を労る偽りのない表情が見えた。
その姿を見て、エドガーの内に燃えるドス黒い憎悪の炎はより一層激しく燃え上がっていくのであった。
その優しさをどうして娘に向けなかった。どうして、人を殺しているのにそんなに平然として過ごしているのだ。
エドガーは周りにいる人々に自分の手当てをしている少女が過去に自分の娘に対して何をしたのかを叫んでやりたい衝動に駆られた。
しかし、その衝動をグッと堪え、代わりにしおらしい表情を浮かべて言った。
「……お嬢さん、あんたは優しいな」
「……そんな、私はレキシーさんの助手として当然のことをしているだけですわ」
「いいや、おれは大いに助かってる。あんたのお陰だよ」
「ウフフ、私のような者を気遣ってくださるなんて、あなた様こそ大変お優しい方ですのね」
カーラは包帯を巻きながら言った。野に咲きほこり、訪れる人々を癒す花畑の花のように優しい笑顔だ。
だが、エドガーは知っている。この笑顔の裏でここにいる少女が何をしたのか、ということを。
この笑顔を剥がしてやりたい。笑顔の裏に潜んでいる獣のような本性を人々に見せてやりたい。
エドガーはその一環として、彼女が手を掛けたと噂されるプラフティー公爵家の義娘の話題について話し掛けたが、その件についてはしおらしい表情を浮かべ、お悔やみの言葉を掛けるばかりであった。
次に城内で殺されたカミラというメイドについての話題を上げてみせたが、これについてもお決まりの態度を取るばかりであった。
人伝いに通した話題では目の前の人面獣心には揺さぶりも掛けられないらしい。
そこで、エドガーはとっておきの手段として、自身が殺しの場面を目撃した自身の娘について語ることにした。
二人のように噂話としていきなり話題に出すのではなく、別の話題に持っていってからの揺さぶりである。
油断を誘うための雑談は弾み、その間に包帯を巻いたカーラはエドガーを支えて、外からの怪我の治療に特化した大きな病院へと連れて行っていた。
その道中で、エドガーは思い出したように言った。
「おれにはな、昔、娘がいたんだ」
「まぁ、そうでしたのね」
「あぁ、綺麗な娘でな。お世辞にも性格がいいとは言えなかったが、おれにとってはかけがえのない一人娘だったんだ」
「その娘さんは今どちらに?」
「亡くなったよ」
それを聞いたカーラの顔が戸惑ったような表情を浮かべる。口も大きく開いていた。
カーラは咄嗟に小さく頭を下げて謝罪の言葉を述べていく。
「申し訳ありませんでしたわ。私、何も知らなかったもので」
「いいんだ。ただ、娘は事故や病気で死んだのではない。殺されたんだ」
「殺された?」
カーラの目が泳いだことをエドガーは見逃さなかった。それから強い口調で娘を殺した相手に対する憎悪を語っていくのであった。
だが、エドガーが憎悪の感情を語る中で、カーラが浮かべていたのは動揺ではなく憐憫の色であった。悲しげな顔でエドガーを見つめていた。
どうやら話題に上がった娘を殺した存在が自分のことであるとは思いも寄らなかったらしい。エドガーはつくづく自身の肩に怪我を負ったことを残念に思っていた。
エドガーはカーラに運ばれたまま病院に辿り着き、専門の医師へと預けられることになった。エドガーは傷を治すことにのみ専念し、この傷の痛みが治った時にカーラを一刀の元に葬ることを決意したのである。
幸いにも病院の中で割り当てられたベッドは相棒であるマグシーと同じ部屋であった。
本格的な治療が終わり、辺りが夜の闇を包んだ頃になり、マグシーはエドガーへと笑い掛けたのであった。
「しかし、天上にいる神々とやらも粋なことをするねぇ。まさか、あんたとあんたの言う人面獣心と巡り合わせてくれるなんてねぇ」
「あぁ、お陰でますます憎悪の念というものが湧いてきたよ。あんな奴に殺された娘のためにも必ず仇は取ってやらないとな」
「ヘヘッ、あんたの娘さんも幸せ者だねぇ。死んでからもこんなに父親に思われているなんてね」
「あぁ、おれは生まれ変わってもあの子の父親になるつもりだ。そして、生まれ変わった時には今日、店で買ったドレスを着て欲しい。それで、おれの死んだ良い人とお前さんとあの子の四人で平和に暮らすんだ」
エドガーは大胆な笑い声を上げて言った。知らぬこととはいえ、墓前に備えたドレスが娘の仇によって縫われたものだとすれば彼はどのような反応を示すのだろう。
『世の中には知らぬ方がいい』という言葉があるが、それは今のエドガーにピタリと当て嵌まっていた。エドガーは真相も知らずにドレスのことを思い返し、それを愛娘が着ている様を思い描いたのか、上機嫌な様子で笑う。
「おや、おれも混じっていいのかい?」
マグシーが意外だと言わんばかりに両眉を上げながら問い掛けた。
「当たり前だろう。今度生まれ変わる時はお前さんはあの子の兄貴か、弟になるんだ」
「それは楽しみだな。早く死んであんたの息子になりたいって思いが強くなってきたぜ」
マグシーは小さな声で笑い声を上げる。それに釣られてエドガーも小さな声で笑った。
二人の駆除人はこの瞬間、全てのことを忘れて夢中になって笑い合っていたのであった。
豪華なシャンデリアが下げられ、庶民には一生口ができないような高価な料理が並べられていた。
その周りにはカーラが作ったドレスよりも生地がよく、派手な飾りがつき、高価なドレスを身に纏った婦人や紋章の付いた派手な上着やその胸ポケットの中に同じ紋章の付いたハンカチを下げた紳士たちの姿が見えた。
紳士たちは婦人に手を取り、広々とした会場の中で行われる音楽隊による音楽に合わせながらダンスを行っていた。
酒を呑んで笑い合い、お互いの領地や宝石、ドレス、香水などを自慢し合う、まさに貴族社会の縮図とも言える光景がシャンデリアの下で繰り広げられていた。
その中心で酒を呑みながら舞踏会を見守っていたのは国王ではない。
現国王フィンはこうした華美な舞踏会、そして広い庭園を利用した大規模な園遊会などの縮小を行っていたからだ。
こうした貴族たちの不満を解消するかのようにハンセン公爵家は連日のように自身の屋敷を舞台に大規模な舞踏会を繰り広げていたのである。
これは現国王に不満を持つ貴族たちを自身の陣営へと取り込むのと同時に王家に対してその財力を見せつけるという目的もあった。
実際のところは貴族たちの鬱憤を晴らすという目的以外では開かれていなかったのだが、ハンセン家の一族はそれで満足であったのだ。
その憂さ晴らしの舞踏会に今回はとある事情によって、参加を見送ったハンセン公爵夫妻に代わり、その名代として長男ロバートと長女エミリーが姿を見せていた。
だが、舞踏会で進行役をしていたのはロバートであり、エミリーは招かれた名門の貴公子たちと行うダンスに夢中になっていた。
進行役を務めるロバートの傍らには参加した貴族たちを楽しげな顔で見つめるプラフティー公爵夫妻の姿が見えた。
特にプラフティー公爵はここ最近、溺愛していた義娘の死やパートナーであるイメルダの不審な動きなどがあったことから酒を片手に心の底から舞踏会を楽しんでいるように見えた。
やがて、プラフティー公爵は自身でも参加したくなったのか、ロバートの隣を離れ、貴族たちとの話し合いに混じっていく。
それを見たロバートが小さく溜息を吐いた。イメルダは甥の溜息が気になり、すかさず問い掛けたのであった。
「何かあったの?」
「いえ、二日ほど前にうちの兵が一人の無礼な平民に殺されましてね。それの対処に追われているのですよ」
「平民が我々の兵士を?」
「えぇ、平民が無礼にも我が一族の兵士を殺したのです」
ロバートの言葉にイメルダは両眉を吊り上げ、歯を軋ませながら怒りを露わにしていく。
「下賎な平民のくせに……ロバート、その者の正体はわかっているの?」
「いえ、素性もわからぬ流れ者でして……これが自身の領地であるのならばすぐにでも兵を繰り出し、抹殺に乗り出すのですが、生憎とここは王都……陛下のお膝元、我らの兵を繰り出すのは不味いでしょう」
ロバートの言葉は尤もである。ただでさえ保守的な考えに染まる貴族たちを嫌悪しているフィンなのだ。その上で二日前に送り出した兵よりも大きな数の兵士を繰り出して大規模な戦いを仕掛ければ、フィンの怒りを買って、ここぞとばかりに爵位を剥奪され、その身を平民に落としかねない。
二日前の出来事を誤魔化すことさえ困難を極めたのである。そのような真似をしてしまえば一環の終わりである。
ロバートは平民に落とされた貴族の末路というものは悲惨で、多くは住む家も与えられず、働き方も知らず、傲慢な態度を取り、周りの人々から嫌われて、孤独なまま飢えに襲われて死んでしまうと聞いていたので、その行動を実行に移せずにいた。
命さえ無事ならば、なんとか生き残ることができるようにも思えるが、爵位を剥奪された貴族の中で上手く周りと馴染めたのは数えるほどしかいない。
それの最たる例がイメルダとロバートにとっての仇敵であるカーラであるのだが、二人にとって『カーラ』というのは忌むべき存在でしかないので、参考にしたいとは死んでも思わないだろう。
かと言って、危険性を恐れて、このままちょっかいを出した二人を放っておき、その素性も知らぬというのならばハンセン公爵家の沽券に関わる。せめて、素性だけでも明らかにして、他の貴族たちに言い訳の言葉を立てねばならない。
ロバートが頭を抱えていた時だ。ふと、昨日の昼間に報告に訪れた部隊の隊長からもたらされた情報のことを思い返す。
それは襲撃者と思われる二人の男の姿を街の大きな病院で見たというものであった。
ロバートがそのことを話すと、イメルダは得意げな顔を浮かべて笑ってみせた。
「なら、その二人を病院に運んだ人間にその正体を尋ねればいいのよ。いるでしょう?その二人を病院に運んだ輩が……」
「それくらいならば兵士による捜索で誰が運んだのかくらいわかるでしょう?」
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