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天使王編

ティーの家庭教師

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「ミーティアの守護者にして我らが民族の導き手たる国王陛下に忠誠をッ!」

その言葉に戴冠式が行われる謁見の間へと集められた私たちは一斉に跪く。
私たちの父がこれからは私たちの主君となるのだ。その事実を聞いて全身が震えた。
体を震わせながらも私は自分の計画が成功したことに安堵していた。
これで心置きなく天使たちとの戦いに集中できる。

冠を被った新しい国王ノーブ・ミーティア一世は玉座に座り、その側に王太子となったブレードが父を守るように立つ。
なんという素晴らしい光景だろうか。まるで、古のお伽話の挿絵に登場するような王様と臣下たちの姿である。

玉座に座ったノーブはブレードから一枚の紙を渡された。
紙を受け取り玉座の上から立ち上がり集まった臣下たちに向かって演説を始めていく。

「親愛なる王国臣民の諸君!私は兄からこの国を受け継いだ。それだけではない。その兄の娘からもこの国を受け継いだ。いいや、それ以前における有史の時代からこの国を治めた祖先からこの国を受け継いだ。その理由は簡単であるッ!それは諸君らを守るためであるッ!我ら一族は諸君らをある時は不忠極まる野盗の如き反逆者からッ!またある時は獰猛な飢えた野獣のような異民族どもから庇護してきたッ!そして、今私は人類にとって絶対の敵である天使たちから諸君らを守り、その勝利を収めることをこの剣に誓って約束しようではないかッ!」

ノーブは側に立っていたブレードから剣を受け取り、その剣を抜き、虚空に突きつけた。
この式に集った人々はその剣先に天使たちの幻影を見たに違いない。
天使たちに立ち向かう勇敢な国王という姿を見て、集まった人々の理性は吹き飛ばされた。人々は狂乱歓喜の姿で拳を突き上げてこぞって国王への忠誠を誓う。

押し寄せた臣下たちによる「国王陛下万歳!」の声はその日に西陽が沈み戴冠式が終了するまで続いた。
その後に家庭教師との面談があるティーを除いた私たち討伐隊は国王と王太子、すなわちノーブとブレードに王の寝室で個人的に会うことを許された。

勿論私たちの仲は変わらないが、それでも他の臣下の手前もあるから表向きは厳粛に行わなければならない。
一応入る際には恭しく礼をしたが、ノーブは手を振って私たちの挨拶を否定した。

「そんなことしなくてもいい。しかし、王様という役も大変だな。あの時は勢いで引き受けてしまったが、やはり、わしは王立孤児院の院長の方がよかった」

ノーブは寝室に設置された安楽椅子に疲れ果てた表情でもたれ掛かりながら言った。

「駄目だよ。父さんは国王となってみんなを守ってもらわないと」

「そうだよ。とおさんは『私たちの』とおさんから『みんなの』とおさんになったんだから」

マリアの言葉にノーブはつられて笑う。それから息子と同様の優しい笑顔を浮かべて、

「なるほどな。やっていることはあの時の仕事をもう少し大きくしたものだと思えばいいのか」

と、言った。その時にノーブの表情から緊張が消えて優しい顔になったのが見えた。
その姿からこれまで気を張っていたことが思われた。

「父さん。本当にお疲れ様……ぼくは父さんの晴れ姿が見れて嬉しいよ」

「こんな姿がいいのか?」

ノーブはブレードに向かって笑い掛けた。

「そういえば討伐隊の本拠地はどうなるんだ?とおさん以外の人の下で働くのにおれは少し抵抗があるっていうか……」

「それならば心配いらん!この王都に討伐隊の本拠地を置くからなッ!」

心細そうな言葉を吐くポイゾに対してノーブは胸を叩いて安心させていた。
その姿を見て笑う私たち。やはり関係が変わらないというのはいいものだ。

そんなことを考えていると、突然扉を叩く音が聞こえた。
ノーブが入室を許可すると、そこにはティーとそのティーを優しく手を置いた率直そうな男性が立っていた。

「お初にお目に掛かります。クイレル家にて前任の会計係を務めておりました。ジョージ・キャストルと申します。以後、お見知り置きを」

「ほぅ、あのジョージ・キャストルか」

先程まで身内に見せた優しい笑みを浮かべていたノーブの表情が一転し、自分にとっての面談の相手を見据える王様へとその顔を変えたのである。

「噂は耳にしておる。若くしてその才能をクイレル卿に見込まれ、クイレル卿の下で働いてクイレル家の膨大な資産を更に膨れ上がらせた人物だとな……」

「まさか、私のような者の噂が陛下のお耳に入っているとはお褒めいただき光悦至極。私のような下賎の身としてはこれ以上の名誉はありません」

「……だが、わしが耳にした報告が正しければキミは遠く離れた場所に住む娘の家庭教師などをする余裕などないはずだ。今でもクイレル卿の腹心として働いてるはずではないかな?」

「……そのことですが、私は嵌められたのです!」

その言葉に私たちの視線が家庭教師の男に注がれていく。だが、彼は私たちから集められる視線などものともせずに怒りで声と拳の両方を震わせながら続きを語っていく。

「私は出世を妬むクイレル家従来の重役たちに阻まれて、追放の寸前にまで追い込まれたのです。その時に私を救ってくれたのが旦那様です。娘の家庭教師としてほとぼりが冷めるまでミーティア王国で過ごしてくれ、と。時間が経てば迎えに来るとまで仰っていただいたのです」

「……その時間というのは十年後のことなんじゃあないのでしょうか??救ったといえば聞こえはいいけど、誰も嫌がるような仕事を押し付けただけではないのでしょうか?」

ニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべながら問い掛けたのはポイゾであった。
だが、ジョージはその言葉には動じなかった。口元を一文字に結び、鋭い瞳でポイゾを睨む。

「……誰もが嫌がる仕事だとは思いません。むしろ、私はこの仕事を旦那様から与えられたことを光栄に思っています。だって、重役に嫌われた私がクイレル家の将来を担うお嬢様の家庭教師を務めさせていただいております」

「らしいぞ。ポイゾ」

「先程は申し訳ありませんでした!」

ポイゾはノーブから強く睨まれたためか、勢いよく頭を下げた。
頭を下げた時にポイゾがジョージを睨んでいることに気がつく。

だが、ジョージはそんなポイゾの意図を知ってか、知らずか仲直りの握手を求めたのであった。
私はこの時に悟った。ポイゾの心の中が恥をかかされたことによって憎悪の炎で燃えているということに。
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