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天使王編

天使王降臨

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今になって思えばあれは我慢していたのではないのかと思っていた。
私はジョージ・キャッスルのあの爽やかな笑顔を改めて思い返し、内心でポイゾを恨んでいた可能性を考え直した。

なぜ、こんなくだらないことを考えているかというと、ポイゾが襲撃されていたからだ。
それも単なる襲撃にはとどまっていない。なんと、ポイゾは全身を酷い目に遭わされていたのだ。

今のポイゾは虫の息といっても過言ではない。慌てて城の医療班による緊急医療処置が行われている。
ポイゾ本人ばかりではない。徹底してポイゾの部屋が荒らされていたのだ。家具は壊され、壁紙は引き裂かれ、床の床板までもが徹底的に剥がされている。
ポイゾの嫌味ぶりは私の知るところではあるが、ここまで恨みを買うこともあるのだろうか。

そう考えて、私はポイゾが狙われる動機を考えていたのだが、私の頭の中に思い浮かぶのは昨日のジョージ・キャッスルとの一件だけだったのだ。

だが、あの感じの良い青年がこんな悍ましいことをするだろうかという私の中のジョージに対する好印象の他にもその時間はティーに勉強を教えていたという確固としたアリバイがあるので彼が犯人であるということはないだろう。

私が荒らされたポイゾの部屋を眺めていると、私の肩に手を置かれていたことに気がつく。
慌てて背後を振り向くと、そこには沈痛な表情を浮かべたジョージとティーがいた。

「う、うわぁ!ジョージさんどうしたんですか!?」

「ポイゾくんが襲われたという話を聞いてね。勉強を中断してティーと一緒に部屋の様子を見に来たんだ」

「なるほど」

「……それにしても酷いな。一体ポイゾくんが何をしたというんだ……」

ジョージは拳を作り、それを震わせていた。私はこの時にジョージの拳が爪が肉に食い込んでいることに気が付いてる。
本当に怒っている姿が見えた。その姿を見ていると、ティーが私の袖を引っ張る。
それから問答無用と言わんばかりに私の掌の中にメモを捩じ込む。

ティーは口元に人差し指を当てて私に黙るように指示を出す。私はその指示に黙って首を縦に動かし、メモをジョージに見られないようにメモを服のポケットの中に入れる。

それからその場を離れて、城の中に用意された自分の部屋の中でメモを部屋の中に開けて開くと、そこにはジョージが無意識のうちにエンジェリオンを飛ばしているという旨のものが書かれていた。
だから唯一解読できないのは王様を描いた箇所である。こればかりがどうにも理解できないのだ。
王様の絵にはどんな意図が込められているのだろうか。そんなことを考えていると、扉が叩く音が聞こえた。

私が扉を開けると、そこに立っていたのはマリアだった。
青ざめた顔のマリアを招き入れ、私は彼女に椅子を勧めて要件を尋ねた。

だが、肝心のマリアは訪ねてきたというのになかなか言葉を話そうとしない。
私がその真意を尋ねると、マリアは声を震わせながらティーからもらったメモを私に渡す。

「……ティーからこのメモが渡されて……私、どうしたらいいのかなって」

「奇遇だね。私も」

私はティーから渡されたメモをマリアに見せる。その瞬間にマリアの顔が先程よりも青くなり、私は前の世界で見た艶のいい茄子を思い起こさせた。

「ティーは何を考えているのかな?どうして、自分の家庭教師にこんなことを?」

「……ポイゾ襲撃の犯人に家庭教師が怪しいからと睨んでいるからだと思うからじゃないかな?私たちに渡したのも他の人たちよりも信頼できるからだと思うね」

「孤児院からの付き合いだしね。私やハルとは特に女子同士だからって理由で仲も良かったし」

心の中で私はそれだけではないとマリアに突っ込みを入れていた。
それは4歳の時に祖父母に捨てられたティーにとって孤児院で自分のことに対する面倒を見てくれたマリアにはそれ以上の信頼を寄せているのだ、というものだ。

それに対して、私にメモを渡したのはあの計画を作成した頭脳を見込んだからだろう。
私ならばあのメモを渡されても喋らないというしたたかな考えがあってのものである。

だが、マリアにこのことを話せば彼女に掛かる負担も大きくなるだろう。
彼女の心労のことも考えて、私は彼女に対して話を合わせることにした。

「うん。恐らく他の人に見せたら面倒になると思っているから私たちに渡したんだよ。だから、このことは黙っておこう」

『黙っておく』という一言も備えておき、その私の言葉に対してマリアも首を縦に動かしたのだからティーのメモの一件はこれ以上広まることはないだろう。
私は安堵し、後はマリアと雑談でもしようかと部屋の中にあるお茶を淹れにいこうとした時だ。

不意に私の部屋の窓の前に見たこともない怪物が現れた。
それは赤い鎧に身を包んだ異形の怪物であった。窓の外にいる鎧を纏った異形の怪物は天使の象徴である白い翼を生やしているザリガニのような怪物だ。

ザリガニのような怪物は片手に鎖鎌を振り回し、窓を破壊して私たちの部屋の中に入ってきたのであった。
左腕には巨大な鎌が生えており、怪しげな光を見せていた。その蟷螂のような鎌でどうやって鎖鎌の鎌を持っているのだろう。

そんなことをぼんやりと考えていた私であるが、背後から聞こえたマリアの声で慌てて私はようやく正気に戻った。
マリアは既に腰から剣を抜いていた。私は窓の側から入り口の近くにまで移動すると、雄叫びを上げて自らの武器である鎧を纏い、部屋に現れた化け物と対峙していく。

化け物と私たちとはしばらくの間は睨み合っていたのだが、やがて痺れを切らしたのか、怪物が先に鎖鎌の分銅を放り投げて私の命を狙う。
私はその文胴を電気の短剣を使って弾き返す。

その隙にマリアが走った。机などの家具を飛び越えて、マリアは怪物の真横に立つと、怪物に振り向く暇も与えずに勢いよく剣を振り下ろしていく。
マリアの魔法を纏わせた剣を直に喰らってしまうことになったのだ。
これで怪物も終わりだろう。その証拠にマリアの剣を喰らった直後から黒い煙が上がっていた。

だが、怪物は剣を受けた自身の姿を見ても動揺することなく不敵な笑みを浮かべる。その瞬間に怪物の体から出ていた黒い煙は消失し、体が元に戻った。

その姿を見て恐怖した。というのも、その時の怪物の姿がまるで、体を替えたかのように綺麗であったからだ。先程の傷は傷跡さえも見られなかった。
その事実に恐怖する私を放って、怪物はそのままマリアの腹を思いっきり蹴り上げたのである。

その直後に私は我を忘れて駆け出す。この瞬間に私はどんなことがあろうとも、マリアにこのようなことをしでかした怪物を許してはならないと怒りに駆られたのだ。

私は正面から二本の短剣を振り上げて、怪物に立ち向かっていく。
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