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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

人界防衛騎士団の暗躍

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 エルフの青年が勾留されている城の地下深くに設けられた罪人収容用の牢屋。
 普通ならば、ここに好き好んで入りたがる者はいないだろう。だが、そこに敢えて己の目的のために足を踏み入れる男がいた。男の名はフロイド・グレンザー。短い金髪に舞台俳優を思わせるような整った容姿をした美男子だった。
 顔ばかりではない。彼は素晴らしい体格に恵まれており、その肉体は城の兵士にも引けを取らないほど立派なものだ。

 紅色の十字架を模したフードに聖職者を思わせるような黒色のロングコートを羽織った彼が手に持っていたのは十字架を思わせるようなデザインをした聖剣。
 その名は『エネミーカリバー』。剣の意味の通り敵を殺すためという意志を明確に帯びた剣だ。敵と言ってもフロイドにとっての敵ではない。人類にとっての敵だ。フロイドは城の中に潜り込んだ同志から渡された鍵でエルフの青年が閉じ込められていた扉をこじ開け、エルフの青年に向かって剣を突き立てたのだった。

 一瞬で心臓に向かってその刃を突き立てたからエルフの青年は声を出す暇もなかっただろう。
 他の拘留者に聞こえないようにフロイドは絶命したエルフの青年に向かって一言吐き捨てた。

「その命、地獄へ還るがいい」

 フロイドが立ち去るのと巡回の兵士が牢の見回りに訪れるのは入れ違いだった。
 巡回の兵士が騒いだことによって勾留されていたエルフの青年の死体が見つかることになり、事態は魔界と人界とを結ぶ大きな騒ぎと成り果てた。
 魔王は皇帝や諸王たちがこの事件に対してとった曖昧な態度を非難したが、皇帝や諸王としても犯人が不明な以上はそれ以上の追及を行うことが難しいと断言するより他になかった。
 魔王は止むを得ずに魔界執行官による事件介入を要求し、人界側が人界執行官の立ち合いを条件に受け入れることでひとまずば難を逃れたのだった。
 そのためにコクランは朝から大変な想いをしなければならなかった。

「息子は……ッ! 息子は帰ってくるはずじゃなかったんですかッ! 」

 冷たくなった青年の遺体の前で婦人の嘆く声が聞こえてくる。コクランとしては十分に同情してやりたいのだが、同様の事件がこれまでに幾度も多発しているためになんとも言えないのだ。
 コクランは事務所の前で泣き叫ぶ婦人を必死に宥めながら、彼女の息子が死亡した要因を語っていく。

「……その、お気の毒ですがミセス……今回の事件はですね。人界を騒がすある組織の仕業だとされており、我々としても犯人を捕らえようにも捕らえようがないのです」

 コクランは同情心を露わにしながら務めて優しく、宥めるような口調で言った。

「と、捕らえようがないですって!?そ、そんな……」

「えぇ、奴らは大規模な組織でしてね。人界の上部層にも奴らの内通者が紛れ込んでいるとかで、我々も手の内がないんですよ」

「……て、手の内がようない……そ、そんなじゃあ、息子の死はどうなるんです!?」

「誠に言いにくいのですが、そうなりますね……本当にお気の毒です」

 コクランは目を逸らしながら言った。窓口の前で突っ伏す婦人は業務妨害になるのだが、あまりにも哀れであるので追い返す気にもなれない。『お気の毒』などという言葉では到底片付けられないことは明白だ。
 コクランは視線を地面の下へと向けたまま婦人が落ち着くのを待っていた。
 婦人が落ち着きを取り戻し、窓口から立ち上がったのと、つばの広い黒色の帽子を被った男たちが現れたのはほとんど同時だった。

「コクラン・ネロスだな?」

「そういうあんたらは?」

「我々は魔王様直属の諜報隊『王の耳』の者だ」

『王の耳』。それは魔界における最上位の魔物たちの集まりであり、魔王直属の諜報員として各界に潜り込んでいるとされている選りすぐりのエリートたちの集まりである。
 コクランは仕事の都合上、この『王の耳』たちと幾度もやりとりを交わしたが、『王の耳』たちが持ってくる情報というのは基本的によいものではない。

 今回も大規模な騒動に巻き込まれるのだろう。コクランが密かに身構えていた時だ。
 漆黒のベーシックフードに身を包んだ『王の耳』の一人が小さな声でコクランに向かって囁くように言った。

「……我々からの極秘任務だ。魔界執行官としてフロイド・グレンザーという男を消してもらいたい」

「……そいつは人間でしょ?ならオレの範囲外だな」

「そうでもない」

『王の耳』に属している男はあっさりとコクランの反論を切り捨てたのだった。もっともな意見が塞がれてしまい唖然とするコクランに対して『王の耳』となる男はコクランに対してフロイドがどうして消えなければならないのかという理由を語っていく。

 人間と友好を結ぼうとする魔族や魔物。それのみならず魔族や魔物との共存を謳う人間でさえフロイドは手に掛け殺しているということもその一つであるが、決定的な理由は『王の耳』である男の言葉から発せられた。
 それは人間でありながらも魔族や魔物を殺すために禁忌とされる魔法を身に付けたということだ。

 全てを語り終えた後で『王の耳』である男は魔法はいざとなれば人界はおろか魔界の基盤さえもひっくり返す禁断の魔法なのだ、と付け加えた。
 全てを語り終えた後で『王の耳』だという男は人差し指を立て、コクランを睨みながら念を押していく。

「いいね?こいつだけは絶対に殺さなくちゃあいけない人間だ。身勝手な理由で我々の同胞や罪のない人間を殺し、禁忌の魔法を身に付けて世界そのものもを破壊しようとしている」

「……わかりました。どうせ、そいつを殺さなくちゃあならないのがオレの使命ですからね」

 コクランは呆れたように言った。それから銃を整備し、銃の点検を終えるとそのまま人外に向かってエルフの青年を殺した犯人を探しに向かう。
 その時だ。やけに固い格好に身を包んだ男たちの姿を目にしたのは。
 その男たちは懸命な声で身勝手な言葉を叫んでいた。

「我々の手で侵略者を抹殺しようッ! 」

「我々の手で悪魔たちを地獄の底へと押し返そうッ! 」

 男たちの言葉には眉を顰めている者がほとんどであったが、一部には男たちの言動に賛同の意思を叫んでいる者もいた。
 胸が悪くなるような光景であったが、コクランは自身の思いを隠し、あくまでも冷静な声で事件のことについて問い掛けた。

「失礼、オレは魔界執行官だが……あんたらに聞きたい。ここで暴れていたエルフの青年を昨日殺した奴らに覚えはないか?」

「その言い方だと、我々がその犯人を匿っているように聞こえるな。悪魔よ」

「率直に言う。お前たちフロイド・グレンザーという男を知っているだろ?」

「そのフロイド・グレンザーはオレだ」

 コクランと対峙していた二人の聖職者と思われる男を掻き分けて、背後から話に聞いたような美青年が姿を見せた。

 フロイド・グレンザー。人界防衛騎士団と呼ばれる人界屈指の危険勢力における最大の逸材であり、人界における反魔界の人間の中でも有名な人物であるとされている。
 コクランとフライドは広場の前で睨み合い、そしてお互いに武器を突き付けあった。
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