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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』
人界執行官現る!
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コクランが続いて、エルフの青年を相手にしようとした時だ。集まっていた人々の周りがゴソゴソと動いていることに気がつく。どうやら人混みの中を誰かが走り抜けているらしい。
コクランはようやく真打ちが登場したことを悟り、大きく溜息を吐く。
「おい遅いぞ、坊主」
「すいません! 今さっきそこで強盗事件が発生して、それの対処に追われていたものですから……」
「チッ、しょうがねぇな」
コクランは忌々しげに吐き捨てた。目の前にいる坊主と呼ばれた青年は自分の仕事を全うしていたので責めることなどできないと考えたのだ。
コクランはそのまま銃を構えながら、唖然としている二人に向かって淡々とした調子で言った。
「テメェら武器を捨てろ。そうじゃなかったら今から本当にテメェらの死刑を執行するぜ」
「ふ、ふざけやがってッ! 」
エルフの青年はコクランによる一方的な処刑宣言に激昂した。頭の中は完全に怒りの感情に囚われ、理性という名の鎖を引きちぎった復讐という名の暴竜が暴れ回っていたのだ。
エルフの青年は腰に下げていた剣を抜いたかと思うと、その剣に詠唱を込め、炎の剣へと作り変えていく。
炎の剣を作り上げたばかりではない。エルフの青年はもう片方の掌に炎を作り出し、集まっていた人々を驚かせた。
コクランは炎を纏わせた剣を見るなり、地面の上に唾を吐き捨てた。それから躊躇うことなく銃口を構える。
迷う素振りも見せずに引き金を引こうとした時だ。オークの男が自身の近くに迫ってきたことに気が付いた。
コクランは舌を打ち、咄嗟に拳銃を構えた。その時だ。目の前から火の玉が迫ってきていたのだ。
コクランは咄嗟にオークの腹を蹴り飛ばし、地面の上に倒れることによって難を逃れた。慌てて起き上がろうとしたところに向かって先程のオークが武器を構えながらコナーへと飛び掛かってきた。
コクランはやむを得ずに倒れたまま拳銃を構えたが、オークはその拳銃をコナーの両手から奪い取り、地面の上に転がせていく。
頭上から飛び掛かった勢いに任せてオークが馬乗りになろうとした時だ。オークは違和感を感じた。それは自分の首が繋がっていないかのような違和感だ。そんなことがあり得るはずはない。オークが首を両手に当てた時だ。オークの首が地面の上へと転げ落ちた。
コクランは首を落とした張本人が誰であるのかを知り、苦笑した。
「おい、テメェ、もっと早く動きやがれ、ノロノロしやがってよ。テメェは亀か」
コクランは呆れたような口調で吐き捨てた。
「いやぁ、全く申し訳ないです。咄嗟に体が動かなかったもので」
先程の青年である。人の良さそうな顔を浮かべた青年はオークを殺したというのになんて事もないというような調子で笑いながらコクランの腕を取った。
コクランは青年の手を取り、起き上がると、二人のオークの死を目の当たりにしてすっかりと怖気付いているエルフの青年に向かって腰に下げていた剣を抜いて、斬りかかっていく。
既に青年に戦意というものは失われていた。彼の頭の中であれ程までに暴れていた復讐という名の暴竜もすっかりと大人しくなってしまったらしい。
代わりにエルフの青年の心の内を支配したのは恐怖という名の悪魔である。
文明誕生以来人間や多くの異種族たちを悩ませてきたこの性質の悪い悪魔はエルフの青年から士気や覇気というものをすっかりと奪い取ってしまった。そのせいか、今では闇雲に武器を振るわせ、闇雲に魔法を使わせて、エルフの青年をただの青年へと変貌させていた。
懸命に放った魔法をあっさりと交わされ、懸命に振るった剣があっさりと地面の上へと弾かれると、エルフの青年にとっての対抗手段は完璧に失われてしまっていた。
対抗手段が模失してしまうのと同時にエルフの青年は腰を抜かし、情けなくベソをかきながら命乞いを始めていく。
それは戦意も武器も奪われたエルフの青年にとって唯一自身の命を繋げられるかもしれない可能性なのだ。
目論みは無事に成功し、コクランのやる気を失わさせたのだった。
やる気を失うということはそれは即ち自身の喪失にも繋がっていく。そして自身の喪失はコクランを絶望の淵へと叩き込んだのである。それがエルフの青年の目論見だった。もし青年を捕らえに現れたのが、普通の人間であったのならばここで諦めて全てを投げ打ってしまっていたに違いない。
だが、コクランは違った。彼は絶望に追い込まれるほど、その真価を発揮していくタイプなのだ。自身を奮い立たせるため大きな声を上げたコクランは青年の頬を強く叩き、その体を蹴り飛ばした。
突然のことに唖然としてしまい、エルフの青年は微動だにもしなかった。コクランはエルフの青年の意識が付いていけていないことを見抜き、地面の上で尻餅をついている青年の腕を乱暴に掴むと、革で作られた特製の手錠をかけた。
それから息を切らしたコクランは戦意を喪失し、手錠によって身動きも自由に取れなくなったエルフの青年を国軍の兵士たちに引き渡した。何はともあれ一件落着である。
一息を吐いたコクランは境界線と呼ばれる場所に置かれている自身の事務所へと戻ろうとしたのだが、その前に先程コクランの危機を救った青年に声を掛けられたので、コクランはまだその場に留まらざるを得なかった。
億劫な態度でコクランが振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべながら手を振って青年が駆け付けてきた。
「いやぁ、さすがですね。コクランさんの腕前はいつ見ても大したものです」
「よせや、ったく……あの若僧め、エルフのくせにオークなんぞに唆されるんじゃねぇよ」
「まぁ、でもエルフ族は昔からドラゴンとも戦える腕と頭脳を持つと聞きますけど、頭の方は弱いんでしょうね。だから、簡単にオークなんかとつるむんですよ」
青年は吐き捨てるように言った。
「どうかな?エルフっていうのは魔族の中でもその頭脳を買われている一族だぜ」
コクランは心外だと言わんばかりに両目を大きく見開きながら同じ異種族であるエルフを庇い立てた。
「あんたらの王がでしょ?大体、魔王っていうのは何百年も生きているのに、エルフなんぞを頼りにする時点で終わってますよ」
青年は皮肉たっぷりに言った。コクランはその言葉には応じず、代わりに青年が声を掛けた理由を問い掛けた。
コクランの問い掛けに青年は思い出したかのように手をポンと叩いて、あっと叫んだかと思うと、顔を近付けていかにも人畜無害だと言わんばかりの柔和な顔で言った。
「そうだッ! おれ、コクランさんとお酒飲もうと思ってたんですよッ! よかったら勤務が終わった後にでも酒を飲みに行きませんか?」
「面倒くせぇし、オレの柄じゃねぇや」
コクランは面倒臭げに言った。それでもなお、青年はしつこく食い下がってきた。
「いいでしょう?人界執行官と魔界執行官が一緒に飲んだって、バチは当たりませんよ」
「わかった。わかった。ったくガキはこれだから嫌なんだ」
「今ガキって言いましたねッ! おれはこれでも二十五ですよッ! それにガキじゃありません!いい加減名前くらい覚えてくださいッ! ルイスですッ! ルイス・ペンシルバニアっていうちゃんとした名前がありますからねッ! 」
ルイスは真剣な表情でコクランに向かって訴えかけていく。コクランはルイスの真剣な表情がたまらなくなったのか、大きな溜息を吐いてからルイスを窘めていく。
コクランはルイスと改めて勤務の後に酒を飲む約束を果たし、自身の職場へと戻っていく。職場のデスクの上で本日の報告書をまとめなければならないのだ。
戦いだけでも疲れるというのにまだ報告書を書かなければならないという事態にコクランは肩を落としながら戻っていった。
コクランはようやく真打ちが登場したことを悟り、大きく溜息を吐く。
「おい遅いぞ、坊主」
「すいません! 今さっきそこで強盗事件が発生して、それの対処に追われていたものですから……」
「チッ、しょうがねぇな」
コクランは忌々しげに吐き捨てた。目の前にいる坊主と呼ばれた青年は自分の仕事を全うしていたので責めることなどできないと考えたのだ。
コクランはそのまま銃を構えながら、唖然としている二人に向かって淡々とした調子で言った。
「テメェら武器を捨てろ。そうじゃなかったら今から本当にテメェらの死刑を執行するぜ」
「ふ、ふざけやがってッ! 」
エルフの青年はコクランによる一方的な処刑宣言に激昂した。頭の中は完全に怒りの感情に囚われ、理性という名の鎖を引きちぎった復讐という名の暴竜が暴れ回っていたのだ。
エルフの青年は腰に下げていた剣を抜いたかと思うと、その剣に詠唱を込め、炎の剣へと作り変えていく。
炎の剣を作り上げたばかりではない。エルフの青年はもう片方の掌に炎を作り出し、集まっていた人々を驚かせた。
コクランは炎を纏わせた剣を見るなり、地面の上に唾を吐き捨てた。それから躊躇うことなく銃口を構える。
迷う素振りも見せずに引き金を引こうとした時だ。オークの男が自身の近くに迫ってきたことに気が付いた。
コクランは舌を打ち、咄嗟に拳銃を構えた。その時だ。目の前から火の玉が迫ってきていたのだ。
コクランは咄嗟にオークの腹を蹴り飛ばし、地面の上に倒れることによって難を逃れた。慌てて起き上がろうとしたところに向かって先程のオークが武器を構えながらコナーへと飛び掛かってきた。
コクランはやむを得ずに倒れたまま拳銃を構えたが、オークはその拳銃をコナーの両手から奪い取り、地面の上に転がせていく。
頭上から飛び掛かった勢いに任せてオークが馬乗りになろうとした時だ。オークは違和感を感じた。それは自分の首が繋がっていないかのような違和感だ。そんなことがあり得るはずはない。オークが首を両手に当てた時だ。オークの首が地面の上へと転げ落ちた。
コクランは首を落とした張本人が誰であるのかを知り、苦笑した。
「おい、テメェ、もっと早く動きやがれ、ノロノロしやがってよ。テメェは亀か」
コクランは呆れたような口調で吐き捨てた。
「いやぁ、全く申し訳ないです。咄嗟に体が動かなかったもので」
先程の青年である。人の良さそうな顔を浮かべた青年はオークを殺したというのになんて事もないというような調子で笑いながらコクランの腕を取った。
コクランは青年の手を取り、起き上がると、二人のオークの死を目の当たりにしてすっかりと怖気付いているエルフの青年に向かって腰に下げていた剣を抜いて、斬りかかっていく。
既に青年に戦意というものは失われていた。彼の頭の中であれ程までに暴れていた復讐という名の暴竜もすっかりと大人しくなってしまったらしい。
代わりにエルフの青年の心の内を支配したのは恐怖という名の悪魔である。
文明誕生以来人間や多くの異種族たちを悩ませてきたこの性質の悪い悪魔はエルフの青年から士気や覇気というものをすっかりと奪い取ってしまった。そのせいか、今では闇雲に武器を振るわせ、闇雲に魔法を使わせて、エルフの青年をただの青年へと変貌させていた。
懸命に放った魔法をあっさりと交わされ、懸命に振るった剣があっさりと地面の上へと弾かれると、エルフの青年にとっての対抗手段は完璧に失われてしまっていた。
対抗手段が模失してしまうのと同時にエルフの青年は腰を抜かし、情けなくベソをかきながら命乞いを始めていく。
それは戦意も武器も奪われたエルフの青年にとって唯一自身の命を繋げられるかもしれない可能性なのだ。
目論みは無事に成功し、コクランのやる気を失わさせたのだった。
やる気を失うということはそれは即ち自身の喪失にも繋がっていく。そして自身の喪失はコクランを絶望の淵へと叩き込んだのである。それがエルフの青年の目論見だった。もし青年を捕らえに現れたのが、普通の人間であったのならばここで諦めて全てを投げ打ってしまっていたに違いない。
だが、コクランは違った。彼は絶望に追い込まれるほど、その真価を発揮していくタイプなのだ。自身を奮い立たせるため大きな声を上げたコクランは青年の頬を強く叩き、その体を蹴り飛ばした。
突然のことに唖然としてしまい、エルフの青年は微動だにもしなかった。コクランはエルフの青年の意識が付いていけていないことを見抜き、地面の上で尻餅をついている青年の腕を乱暴に掴むと、革で作られた特製の手錠をかけた。
それから息を切らしたコクランは戦意を喪失し、手錠によって身動きも自由に取れなくなったエルフの青年を国軍の兵士たちに引き渡した。何はともあれ一件落着である。
一息を吐いたコクランは境界線と呼ばれる場所に置かれている自身の事務所へと戻ろうとしたのだが、その前に先程コクランの危機を救った青年に声を掛けられたので、コクランはまだその場に留まらざるを得なかった。
億劫な態度でコクランが振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべながら手を振って青年が駆け付けてきた。
「いやぁ、さすがですね。コクランさんの腕前はいつ見ても大したものです」
「よせや、ったく……あの若僧め、エルフのくせにオークなんぞに唆されるんじゃねぇよ」
「まぁ、でもエルフ族は昔からドラゴンとも戦える腕と頭脳を持つと聞きますけど、頭の方は弱いんでしょうね。だから、簡単にオークなんかとつるむんですよ」
青年は吐き捨てるように言った。
「どうかな?エルフっていうのは魔族の中でもその頭脳を買われている一族だぜ」
コクランは心外だと言わんばかりに両目を大きく見開きながら同じ異種族であるエルフを庇い立てた。
「あんたらの王がでしょ?大体、魔王っていうのは何百年も生きているのに、エルフなんぞを頼りにする時点で終わってますよ」
青年は皮肉たっぷりに言った。コクランはその言葉には応じず、代わりに青年が声を掛けた理由を問い掛けた。
コクランの問い掛けに青年は思い出したかのように手をポンと叩いて、あっと叫んだかと思うと、顔を近付けていかにも人畜無害だと言わんばかりの柔和な顔で言った。
「そうだッ! おれ、コクランさんとお酒飲もうと思ってたんですよッ! よかったら勤務が終わった後にでも酒を飲みに行きませんか?」
「面倒くせぇし、オレの柄じゃねぇや」
コクランは面倒臭げに言った。それでもなお、青年はしつこく食い下がってきた。
「いいでしょう?人界執行官と魔界執行官が一緒に飲んだって、バチは当たりませんよ」
「わかった。わかった。ったくガキはこれだから嫌なんだ」
「今ガキって言いましたねッ! おれはこれでも二十五ですよッ! それにガキじゃありません!いい加減名前くらい覚えてくださいッ! ルイスですッ! ルイス・ペンシルバニアっていうちゃんとした名前がありますからねッ! 」
ルイスは真剣な表情でコクランに向かって訴えかけていく。コクランはルイスの真剣な表情がたまらなくなったのか、大きな溜息を吐いてからルイスを窘めていく。
コクランはルイスと改めて勤務の後に酒を飲む約束を果たし、自身の職場へと戻っていく。職場のデスクの上で本日の報告書をまとめなければならないのだ。
戦いだけでも疲れるというのにまだ報告書を書かなければならないという事態にコクランは肩を落としながら戻っていった。
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