死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

振り子のバランスを支えた者

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「やめてくださいッ!フロイドさんッ!」

 ルイスは必死だった。涙を流しながらも理性を忘れて暴れようと考えるコクランを必死になって止めていた。
 だが、コクランはルイスを押し除け、シモーヌの元へと飛び掛かっていった。

「離せッ! ルイスッ! このクソ野郎どもを血祭りに上げないと気が済まないッ! 」

 本性を表したコクランに対し、人々は恐怖に囚われた。悲鳴を上げ、その場から逃げ出そうと目論んだ。
 だが、コクランはそれを許さなかった。自分を抑えていたルイスを振り解き、飛び上がることで逃げようとした人々の前に立ち塞がり、凶器のような爪を振り上げようとした。

「死ねッ! 人間どもッ! 」

 コクランの爪が降り注ごうとした時のことだ。その前にルイスが庇うように躍り出た。
 結果的にコクランの爪はルイスの体に触れてしまったのだ。ルイスの体から出血が見られた。
 この事態を見て、コクランも自身が置かれた状況を理解したらしい。

「る、ルイス!?お、お前なんて馬鹿な真似をッ! 」

「……よかった。コクランさんが人を殺さずに済んで……」

「馬鹿野郎ッ! だからと言ってお前が死んでいいはずがないだろ!?」

コクランは自身の攻撃を受けて地面の上に倒れてしまったルイスを抱き抱えながらその耳元で叫ぶ。だが、ルイスは答えなかった。正確にいえば答える余裕がなかったというべきだろう。
ルイスの体からは夥しい量の血が溢れ出ている。コクランは必死になってその傷口を手で必死に押さえ付けた。傷口を押さえ付けられた痛みでルイスはようやく目を覚ました。

それでも意識が正常に戻ったとはいえない。本能的に小さな悲鳴を上げただけだった。それを見て、コクランは思わず我に返った。先ほど人間たちに感じた怒りの情というものも引っ込んでしまう。
コクランがルイスの意識が失われないため、必死になってその耳元で呼び掛けようとした時のことだ。

「化け物めッ! その人から離れろッ! 」

と、住民の一人が家から持ち出した単発式の銃を構えていた。
銃口は迷うことなくコクランを狙っている。コクランにとってこの世界における単調な銃を交わすことなど造作もないことであった。そして、そのまま返す刀で銃を構えている人間を葬り去ることも可能だ。

だが、そんなことをすれば人間たちによる魔族に対するイメージが悪くなっていくのは避けられない。ただでさえ人間にとって悪い魔族のイメージが自分のせいで更に悪くなってしまえば本末転倒ではないか。魔界執行官であるはずの自分が怒りに駆られ、そのような愚かな行動をしてしまったのだ。このまでは百年の有効的な努力が全て無駄になってしまう。
冷静さを取り戻したコクランが心の中で冷や汗をかいていた時のことだ。銃を構えていた人間を押し除け、他の騎士団員から奪い取ったと思われる槍を持ったシモーヌがコクランの前に躍り出た。

「お退きなさい。あなたのような人ではこの男は始末できませんわ。この私がさきに始末させていただきましょう」

シモーヌの持つ槍の穂先が怪しく光る。コクランはそれを見て、再び怒りの炎が湧き上がっていく。今自分に突き付けられている槍は確実にあの馬の怪物を仕留めたものだ。
何の罪もない怪物を魔族だという理由だけで葬った武器だ。そして槍を構える女も神という大義名分をもとに公然と魔族に対する差別感情を公にしている。

コクランは決意した。今ここで目の前にいる女を葬らなければ永遠に魔族と人類とを分ける亀裂を埋めることはできない。ならば、葬るしかないのだ、と。
幸いなことにコクランの姿は先ほどと同じだ。しかし静かな怒りさえ感じているものの、激怒はしていない。頭の中は冷静なままだ。

これならば葬り去ることに不可能はない。コクランはゆっくりと深呼吸を行なっていく。自身の息を整えることで気を落ち着けさせるのと同時に相手を油断させる目的があったのだ。
コクランがチラリと確認すると、シモーヌは深呼吸する姿を見て明らかに嘲笑うような表情を見せていた。いや、口元には明らかな微笑が見えていた。こちらを見下ろすような笑みだ。

周りの人間たちも嘲笑っている。今しかない。
コクランが飛び上がろうとしたその時だ。自身の真横から「うぅ」と短い悲鳴が聞こえてきた。
コクランが慌てて悲鳴がした方向を見つめると、そこには苦しそうに呻くルイスの顔が見えた。

「る、ルイスッ! 」

この時コクランは自身の前に槍を構えられた瞬間からルイスのことが頭から抜けていたことに気が付いた。
コクランは怒りの感情を引っ込め、必死に瀕死のルイスに向かって自身の言葉を投げ掛けていく。だが、ルイスは弱々しく首を縦に動かすばかりである。
このまま何の処置も施さなければルイスが死んでしまうことは確実だ。

しかし自分は医者ではない。癒しの魔法も使えない。そのため適切な治療の方法など分からないのだ。できることといえば自身の衣類を引きちぎり、包帯の代わりにし、傷口を抑えながら意識を失わないように呼び掛けることくらいだ。コクランは自身の両手が血に染まることも顧みずに必死になってルイスの名前を呼んでいた。
その時だ。真横から殺気のようなものを感じ、慌ててその場から離れた。

その場から地面の上を転がることで何とか危を脱することができた。コクランが慌てて自身が居た場所を確認すると、そこには空を突いたシモーヌの姿が見えた。ルイスに当たらなかったのはルイスが地面の上で横たわっていたからだろう。コクランは改めてシモーヌや騎士団に対する憎悪を強めていく。

シモーヌはこちらを見て、純粋な微笑みを見せた後でもう一度槍を喰らわせてきた。
続けての第二撃で地面の上を転がるコクランを串刺しにしようと目論んでいたらしいが、コクランは飛び上がることで、不意を突き、シモーヌの背後へと回り込み、彼女の首元に爪を突き立てたのであった。

「お前の負けだ。降参しろ」

コクランは静かな声で投降を呼び掛けた。

「は、離しなさいッ! 私が誰だか分かっているの!?」

シモーヌは声を張り上げながら問い掛けた。

「誰だって?差別主義者のクソ女だろ?」

コクランの答えには明らかな毒が含まれていた。

「私が差別主義者?それにその言葉遣い……やはり化け物には人間の理屈が通じないみたいね」

「オレが間違ったことを言ったか?」

「えぇ、言ったわよ! いい?人間と化物は違うのッ! 化け物のくせに人の言葉を話し、あまつさえ人と暮らそうだ烏滸がましいったらありゃしない。そんなものは神が定めたルールに反しているわ」

シモーヌは反省の弁を述べることもなく、何の罪もない魔族の面々に向かっても薄汚いと吐き捨てたのであった。
薄汚いのはどちらだろう。コクランは怒りに震えた。できることならばこのまま差別主義者の首を掻き切ってやりたかった。

だが、怒りに任せて始末するようなことがあればこの場において不利になるのは自分だ。コクランは弱々しい息を吐きながながらもなんとか意識を保っているルイスを見遣りながらそう考えていた。
コクランは喉元を掻き切る代わりにシモーヌの首を絞める力を強め、彼女の顔を苦痛で歪めた後で集まった人々に向かって叫んだ。

「いいかッ! この女の命が惜しければルイスの手当てをするんだッ! 」

その言葉を聞いた人々は凍り付いてしまったが、コクランとしては構うことなど何もなかった。
自分にとって大事なのはルイスただ一人だ。他の人間たちなどどうなろうが知ったことではなかった。
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