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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

人界防衛騎士団の誤算

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「……それで、あんたはどうするつもりだ?このままオレを殺すつもりか?」

 コクランが突然自身の前に現れた修道女に向かって問い掛けた。
 シモーヌはコクランの皮肉に満ちた問い掛けに答えない。黙ってフロイドの元へと近付いたかと思うと、その頬に向かって容赦のない平手打ちを喰らわせたのである。

 フロイドはシモーヌの平手打ちを喰らって地面の上を転がっていく。そのフロイドの胸ぐらを修道女は容赦なく締めあげていった。

「この恥晒しッ! 」

「お、オレは悪くないッ! この化け物が突然おれの聖戦を邪魔してーー」

 もう一度平手打ちが飛んだ。周りに集まった人々がその姿を見て口元を抑えて息を呑む姿が見受けられた。

「お黙りなさいッ! フロイド・グレンザーッ! あなたは人界防衛騎士団の最高戦力ではなかったのですか!?そのあなたが化け物に遅れを取るなんて恥を知りなさいッ! 恥をッ! 」

 と、凄みを利かせてフロイドを怒鳴り付けたのである。容姿端麗な戦士も目の前の修道女に掛かっては赤子同然であるらしい。フロイドはなす術もなく回復役だという修道女に殴られていた。
 修道女はひとしきりフロイドを殴った後でこの様子を見ていた人々に向かって丁寧な一礼を行うのであった。

「この場におられる皆様方に申し上げます。この度は化け物どもを仕留められなかったこと、そして身内の失態をお見せしたことに関しまして、この場をお借りしてお詫び致します」

 わざわざ『人間の』という言葉を強調しているあたり、目の前にいる修道女もフロイドと大差ない性格をしているのかもしれない。少女のような顔つきで尚且つ花畑で花飾りでも作っているかのような純粋さがあるのだが、こうした性格が垣間見えてしまっては大抵の人間は彼女を敬遠してしまうに違いない。
 だが、コクランのお節介など知る由もない彼女は淡々とした口調のまま話を続けていく。

「しかし我々人界防衛騎士団はこのようなことには屈しませんッ!必ず皆様方を化け物どもの脅威からお守りさせていただきますともッ! 」

 彼女は拳を強く握り締めながら騎士団の存在意義を訴え掛けていく。周りの人々からは歓声が湧き上がっていく。
 ただし、コクラン、ルイスそれからステンドグラスのような鎧を身に纏った馬の怪物だけは例外だった。三人は冷ややかな目で『防衛』という大義名分のもとで平然と魔界の住人に対する憎悪を煽動する修道女を見つめていた。

 修道女は自分に向けられた冷たい視線のことを理解していたのか、三人と目が合うと露骨なまでの嫌悪感を滲ませた顔で睨んでいた。だが、そのような顔では対面が良くないと判断したのか、露骨な嫌悪感を滲ませた顔を引っ込め、代わりに天使のような愛らしい顔を浮かべながら言った。

「あぁ、でもあなた方悪魔にも神からの救済が降りかかるように私の方からも祈らせていただきますわ」

 彼女は両手を組み、足の膝を地面の上に着くと、修道女が日夜唱えているであろう祈りを口にしていく。それを遮ったのはコクランであった。彼は拳銃を構え、真っ直ぐにシモーヌへと向かって引き金を引いた。しかし弾丸はシモーヌが頭を逸らしたことで地面へと落ちていく。

「クソッタレ! 」

 コクランは明らかな悪態を口に出して、二発目を放ったが、既にシモーヌは祈りをやめ、こちらへと向かってきていた。
 よく見ればシモーヌの手には修道女が使うような大きな青銅の杖が握られていた。青銅の杖には眩いばかりの光が放たれている。どうやら何かしらの魔法を使ったらしい。
 コクランが首を傾げていると、シモーヌが怪しげな笑みを浮かべながら大きな声で自らの魔法についての解説を始めていく。

「よくお聴きなさいッ! これは光の魔法ですッ!あなた方闇に住まうものを闇の底へと追い返す最強の魔法ですッ! 私はあなた方が私たちの生活を乱そうとしてきた時からこの魔法を神から授けられたのですッ! 」

「何が神だ。異種族オレたちを差別することがお前の神とやらが主張していることなのか?」

「……戯言は地獄で言いなさいッ! 」

 シモーヌが青銅の杖を構えたかと思うと光の刃が生じていき、杖の先端へと絡み付いたのだ。この瞬間シモーヌが握る青銅の杖は槍へと変貌していた。
 シモーヌは槍を振り回しながらコクランの元へと飛び掛かっていく。真上からの攻撃であったので、コクランは焦ることなく拳銃を構えて、空中から飛び掛かろうとしているシモーヌに向かって引き金を引いていった。

 だが、シモーヌにとってコクランの弾丸は全く意味をなさないものであった。シモーヌの周りには光の壁が生じていき、それぞれの弾丸を弾いっていっていたのがその証拠だ。シモーヌの光の槍は確実のコクランの頭へと突き刺さろうとしていた。その時だ。ヒヒーンという馬の鳴き声が響き渡っていったかと思うと、コクランを大きな衝撃が襲った。

 何かがぶつかった時に生じるような激しい衝撃だ。コクランが地面の上から起き上がった時に見たのはシモーヌの槍によって貫かれる馬の怪物の姿であった。
 馬の怪物は確かに武装していた。ステンドグラス状の鎧を身に纏い、頑丈な装甲で頭を覆っていた。

 だが、シモーヌの槍の前にはそれも無力であったのだ。馬の怪物は最後の断末魔を上げることすらも許されず、地面の上へと倒れ込み、そしてそのまま塵となって消えていった。後には何も残らない。
 あの怪物が生きていたという痕跡すら残らなかったのだ。それが彼の種族の特性であったのだろう。
 哀れな最期を見たルイスは涙を漏らしていた。そんな彼はまさしく人間であった。
 だが、周りにいた“モノ”は人ではなかったらしい。

「やったぞッ! オレたちを脅かしていた悍ましい化け物が死んだッ! 」

「私たち人間の勝利よッ! 」

「騎士団よありがとう! さぁ、みんな騎士団に賞賛をッ!我らの英雄に祝福をッ! そして、私たち人間が勝ち取った勝利を喜び合いましょう!! 」

 その言葉を聞いたシモーヌは満足げな表情を浮かべながら馬の怪物がいた痕跡を足ですり潰していく。
 その姿を見た時コクランの中にあった何かが切れた。それは大衆は無垢なモノであるという思い込みなのか、はたまた魔界と人界との共存が可能であるという幻想が砕かれた失望であったのかはコクランにも分からなかった。
 だが、薄れゆく意識の中でこれだけは叫んでいたことを覚えている。

「自惚れるなッ! 地獄に行くのはお前たち人間どもだッ! 薄汚い血に塗れた人間どもめ、貴様らの血でこの世界を染め上げてやるわッ! 」

 我を忘れたコクランはそう叫ぶと拳銃を地面の上に捨て、己の爪だけで殺害の実行者であるシモーヌへと向かって突っ込んでいった。
 その時のコクランからは理性というものはかなぐり捨てられていた。
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