死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

文字の大きさ
22 / 83
第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

クライシス・コミューン

しおりを挟む
「おはようございます。コクラン様、本日の朝食でございます」

 コクランはベッドの上で起き上がるなり、目の前に豪華な朝食が運ばれたことに驚きを隠せなかった。

 コクランの自宅は魔界執行官任命当初と同じく執行官事務所である。仕事場兼自宅として用いられている場所であるため狭い部屋となっている。

 本来であるのならばメイドが居るような場所ではない上に何もしなくても朝食がベッドの上にまで運ばれてくるような環境でもなかった。

 だが、レイチェルという元メイドが来てからというものの、コクランの生活は貴族のそれと同様の水準にまで高まったといっても過言ではない。

 レタスやトマトを使ったサラダの他に四角い形をした食用のパン、それから目玉焼きにベーコンという組み合わせの料理である。そして極め付けは切り立てのカットフルーツと淹れ立てで湯気が出ている紅茶の存在である。

 更に朝食を食べながら朝のニュースを知れるように新聞紙まで後から持ってきてくれた。いたせり尽せりとはこのことであろう。

 結果としてコクランの日常における私生活は非常に堕落したものとならざるを得なかった。コクランもその状況から脱出するつもりがないから尚更である。コクランがその日もいつも通りに食パンを齧っていると、新聞紙の紙面に興味深いニュースが載っていたことに気が付いた。

 それは七十年前に世界を騒がせたコミューンなる独立勢力が新たにヴェストリア帝国のストックラルムという田舎町で騒動を引き起こしているというものだった。
 コクランはその言葉を見て思わず食パンを手から落としてしまった。

 幸いにも食パンは皿の上に落ちたのでベッドが汚れる心配はなかった。
 だらしない主人に代わって密かに胸を撫で下ろしていたレイチェルだったが、新聞紙を握ったまま固まっている主人の様子が気になり、何を見て固まっているのかということが気になってその新聞紙を覗いてみることにした。

 しかしどうもコクランが固まっている理由が分からなかったのだ。
 何故にこの『コミューン』という文字がここまで彼を固まらせてしまったのか理解に苦しんでいた。

 レイチェルが質問してもコクランは頑なに答えようとしない。困ったものだ。
 このまま主人のためにも引き下がった方が良いのが正しい判断といったところなのだろう。
 だが、一度刺激されてしまった知識欲というのは止めようと思っても止められないアルコールのように依存性の高いものだったのだ。

 そのためレイチェルはあらゆる手段を使って主人から『コミューン』という単語のことを聞き出そうと試みていた。
 そのため渋々コクランは『コミューン』についての説明を始めた。

『コミューン』というのは今から四十年程前に当時のリーデルバウム王国に発生した魔族たちの独立勢力が名乗った名前であるそうだ。
 彼らは『クライシス・コミューン』と名乗り、リーダー不在の独立勢力を起こして人間たちからの独立を試みていたのだ。

 結果としてこの戦争は失敗に終わった。人間たちによる大規模な軍隊がコミューンの元へと派遣されたことも大きかったが、何より人界との友好を重んじる魔界の上層部が人界の軍隊たちに力を貸したということも大きかった。
 その時に魔界から派遣された魔界執行官としてコクランも鎮圧戦に参加していた。

 結果は人界側が勝利を収めた。『クライシス・コミューン』は解体に追い込まれ、主だった首謀者は処刑された。
 こうして危機は去ったものだと思われたのも束の間。以降魔族の間には人間に対する闘争心のようなものが湧き起こり、各地で反乱が多発することになった。

 これらの魔族たちの反乱の鎮圧にもコクランは駆り出されたということからその時に生じた疲労で辛かったことから思い出したくないのだ、とレイチェルは考えた。
 確認を求めると、コクランは両目を閉じて首を横に振った。

「違うな。オレが嫌なのはあいつらがせっかく居場所を作ることができたかもしれないっていうのにおれがその場所を奪っちまったことだよ……」

 コクランは鎮痛な表情を浮かべて言った。魔界執行官という役割を担っているということもあって、人界で騒動を起こす魔族たちの気持ちは痛いほど分かるのかもしれない。
 しばらくの間コクランは新聞の表題を黙って見守っていたが、やがて新聞を閉じるとベッドの上から起き上がっていった。

「こうしちゃあいられない。一刻も早くそいつらの元に向かわないと」

「お待ちください……コクラン様はどのようになさるおつもりですか?」

 そう問い掛けたレイチェルの目は真剣だった。真っ直ぐな視線がコクランを射抜いている。レイチェルはコクランに忠誠を誓い、従っているといっても彼女は人間。
 やはり人間社会の秩序を乱すような存在に自身の主人が力を貸すことは反対だと考えていた。

 そんな彼女の意思が現れてしまったのか、質問の答えを待つレイチェルの両足は無意識のうちに震えていた。
 そんな不安がるレイチェルを安心させるようにコクランは言った。

「大丈夫だ。オレは魔界執行官……テロリストなんぞに加担するような愚かな真似はしないよ」

「てろ?」

 コクランの放った意味不明な言葉に対してレイチェルは首を傾げていた。コクランはその時無意識のうちに『テロリスト』という前世の言葉を用いていてしまっていたことを意識させられた。

「いや、なんでもないんだ。すぐに向かうぞ」

 コクランはレイチェルを引き連れ、新たなコミューンが築かれた場所へと向かっていく。
 そこはヴェストリア帝国にあるストックラルムという田舎町であった。
 本来であるのならば何もないような素朴な田舎町であり、資源といえば豊富な海の幸くらいのものだった。

 そんな町を恐るべき暴徒たちが支配したというニュースは諸外国を震撼させた。
 そのため各国の騎士がこのストックラルムという街を取り囲んでいた。
 町の周りには高い城壁などない。逃げることは可能なはずだが、暴徒たちの中には優れた魔法使いがいるらしく、住民たちの行動は逐一見張られているのだそうだ。

 騎士たちは密かに町の中に潜り込ませた内通者からその情報を得ていた。
 内通者は優れたバルン王国の魔法師であり、暴徒たちの魔法もその魔法師が己の魔法を使って弾き返しているために内部事情を知らせることができたといってもいい。

 そんな内通者がいる事など知らない暴徒たちはストックラルムを占領した魔族たちは街の高台から見える各国の騎士たちの旗を見ても何も怯む様子は見せなかった。

 なぜなら彼らは町の住民たち全員を人質に取っていたからだ。
 魔法によって逃亡も不可能なので勝ったも同然だった。

 この暴挙の指揮を取っていたオーガのラルフは勝ち誇ったような笑みを浮かべて町を取り囲む騎士たちを見つめていた。
 オーガは町の町長の家で事務用の巨大な机の上に足を置き、町長の家から持ち出した酒を啜っていた。
 すると村長の家の扉が開いて同志であるエルフのアンドリューが姿を見せた。

「同志ラルフ! この町を取り囲んでいた騎士たちが矢を投げて寄越しました」

「見せろ」

 ラルフはアンドリューから一枚の手紙を受け取り、じっくりと目を通していた。
 やがて手紙から目を離すと、手紙を机の上に滑り落ちし、その上に足を乗せた。

「同志、なんと書かれていたのかお教え願えませんか?」

「フン、人質を解放する代わりに金貨をやると書いていたんだ。全くふざけた話だッ! 」

「その通りですッ!我々は金欲しさにやっているのではないというのに……」

「人質一人を殺せ、奴らに我々の真の目的を書いた手紙を添えてな……」

 ラルフたちの真の目的、それはどこの国にも属さない魔族だけの国家を作るということだった。
 統治する魔王は世襲によって決まるのではなく、その土地の魔族たちによる投票で決めるという画期的なものだった。
 魔族によって選ばれた魔王は魔族のために働き、理想的な国を作るというものだった。

 恐らく初代魔王はリーダーであるラルフが襲名するだろうが、そこから後は残された魔族たちで決めるのだ。

 それを見届けられないのは残念だが、そうした未来が見られる可能性が作れるということだけでも戦う価値があるというものだ。
 ラルフは満足気な笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...