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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

全ての答えは闇の中にあったということらしい

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「まさか、本当に持ってくるなんてな」

 店主は金貨二十枚をポケットの中に仕舞い、家宝にしていた酒をグラスに注ぎながら言った。

「流石に多かったからな。家にまで取りに帰ったんだよ」

 コクランは酒場の店主にとって家宝であるという酒が入った模様の入ったグラスを飲みながら疑問に答えていた。

 そして家宝の酒をある程度の量まで飲み終え、グラスを片付ける酒場の店主に向かって、もう一度人界防衛騎士団が突然現れるようになった事情を問い掛けた。

「……実はこの町にある人攫いの噂を聞き付けて、あのごろつきどもが現れたんだ」

「人攫いだと?」

 コクランは両眉を顰めながら問い掛けた。というのも人界並びに魔界においても『人攫い』は犯罪であった。売り主、買い主問わずに厳罰に処せられる犯罪なのだ。

 大抵の国においては『人攫い』における刑罰の最高刑を死刑に定めている。
 これは殺人に匹敵するほどの重罪である。だが、人界や魔界の目を潜り抜けて『人攫い』の犯罪を犯す人や魔族が後を立たないのも事実だ。

 それ故に例え暗黒街の住人であったとしても積極的に手を出す商売ではなかった。もっとも任侠心から禁じているわけではない。メリットとデメリットを天秤にかけた場合、デメリットの方に比重が傾くからだ。

 そのことを例にして問い掛けてみたが、店主は何も答えようとはしなかった。
 自分は人攫いとは無関係だと主張したかったのだろう。
 ただ、意味深な反応を見せたので、何らかの形で関与していることは確かだ。
 つくづく腐っている。
 コクランは苛立ち紛れに残った酒を一気に飲み干していく。

 この時コクランはこれまでの人攫いの一件についてどのような手口で行われていったのかを思い返していく。

 海沿いの街などでは住民を誘拐し、船に待機していた仲間に引き渡すというやり方や『魔界』から『人界』に旅行に来た者を騙して誘拐するという方法で人を攫っているのだという。
 ただ、後者の場合は身代金を要求することも多いらしい。ヤルカの元に身代金が届いたのはそういう事情があったのだろう。

 ただ、そうなった場合引っ掛かるのは魔界の中でも裕福ではないヤルカの元に身代金の要求を行ったということだ。
 単なる調査不足のために起きた偶然であるのか、はたまた何か別の意図があってのことなのかは分からない。

 コクランが難しい顔を浮かべ、椅子の上で考えていた時のことだ。酒場の店主が助け舟を出した。

「そういえばあのろくでなしどもはずっとリタって小娘に報復してやりたいと息巻いてたな。リタに対抗できるような人材を欲しがってこっちに来たのかねぇ?」

 そういう事情があるのならば納得がいく。要するに報復のための人材を求めてこちらに来たのだろう。

 そうなれば、あの少年は哀れな犠牲者ということになる。どこからか攫われて、或いは騙される形でこの町に連れて来られ、あの腐った騎士崩れたちに買われてしまったのだろう。

 そして練習台に町の広場を使って演説をしていたのだろう。今後はあの少年を生かしてどこかで自分たちにとっての都合のいい演説を行わせ、リタの対抗馬にするのだ。

 そんなことを許していいものだろうか。いや、いいわけがない。コクランは険しい顔を浮かべながら店主に問い掛けた。

「おい、そのチンピラどもはどこを拠点にしてる?」

「さぁ、そこまでは分からないね」

 コクランは黙って机の上に金貨を渡す。

「チップだ。とっととけ」

 店主は下品な笑みを浮かべながら金貨を懐の中へと仕舞い込む。その後で店主は独り言のように吐いた。

「そういえば、町の南にある『テキーヤ』という宿屋に居たような気がしますね」

「『テキーヤ』か、ありがとうなッ! 」

 コクランは去り際にもう一度チップを投げ渡し、そのまま『テキーヤ』という町の南にある宿屋に向かっていく。
 南の方向に向かい、闇雲に『テキーヤ』を探していた。南にあるというだけのことしか知らないので、探すのには苦労させられた。

 だが、それでも賄賂を渡しての話し掛けなどの形で情報を集めていき、探索を続けていたので、昼前には『テキーヤ』を見つけ出すことに成功した。
 それでも念には念を入れ、『テキーヤ』という大きな看板の付いた二階建ての宿屋を観察し、騎士団の人間が出てくるかどうかを見守っていた。

 結果は大当たりだった。予想が的中するというものはいいものだ。
 コクランは前世の学生の頃、昨日のテスト勉強に出た問題がテストに出てきた時のような勝ち誇った笑みを浮かべていく。

 騎士団の人間が何かの用事で大量に出て行ったのを確認してからコクランは『テキーヤ』に向かって侵入を試みていく。
 侵入方法は『テキーヤ』の裏口から回り、宿の人間に賄賂を渡すという単調なやり口であったが、十分に実行できた。

 おまけに全ての部屋の予備の鍵まで貸してもらえた。いたせり尽せりとはこのことである。

 少し上機嫌になったコクランは宿屋の扉の前に聞き耳を立て、どの部屋で何が行われているのかを調べ上げていく。

 大体の部屋を調べ終えた後、コクランは少年が二階の一番南にある部屋の中に二、三名の見張りと共に滞在しているということを突き止めた。
 すぐに突入してもよかったが、タイミングを見計らってからの方がいいだろう。
 コクランは耳を扉に当てて、中にいる敵の会話を盗み聞きしていく。

「お願いだッ! 昨日からおれはお前たちの言う通りにしているッ! そろそろ会わせてくれてもいいだろ!?」

「駄目だ。お前はこれからエスパニオン帝国まで来てもらう。お前が元いたのもそこだったな?」

「そ、そうだけど……」

 少年は口篭った。

「なら、話が早い。リタとそこで討論してもらうぞ。心配するな、予め台本は我々が書いておくし、隣で我々がサポートするのだから」

「で、でも……」

 ジオは気が進まなかった。自分にとって良くしてくれる少女。自分や自分の家族、仲間のために戦ってくれる少女。そんな少女と自分が戦わなくてはならないのだ。
 買われたというのにまだ躊躇う姿に騎士団の見張りは業を煮やしたらしい。勢いよく壁を叩き付け、ジオを脅した。

 ジオは思わず両肩を寄せて怯える表情を見せた。
 そんなジオに対して騎士団の男は威圧させるように言った。

「図に乗るなよ、クソガキ……お前、あのゴミ溜めのような場所からお前が解放されたのは誰のお陰だと思ってるんだ?」

「そ、それは」


「お前は団長が買わなければずっとあの地下で惨めな暮らしをしてたんだぜ。そのことを忘れるなよ?ン?」

 騎士団の男はジオの額を拳の甲で叩きながら言った。
 もう一人の男は腕を組み、ジオを見下ろすように言った。

「それによぉ、この仕事ができたらお前によくしてくれたあのメスとオスのトカゲどもに会わせてやろうって言ってるんだぜ。お前にとっても悪い話じゃないだろ?」

 ジオの頭の中にあの優しいカップルの姿が思い浮かんでいく。いきなり攫われて、暗い部屋に押し込められた自分に対してよくしてくれた親切な二人組の男女。ジオはもう一度二人に会いたかったのだ。
 突然目の前で連れて行かれ、お礼の言葉や別れを言う暇すら与えられなかったからもう一度会って、お礼の言葉を伝えたかった。

「……分かりました。やります。リタと戦います」

「よし、じゃあ、今日はご馳走にしてやろうぜ」

「そうだな。あいつらが訴えから帰ってきたら近くにある高級な食事屋にでも行ってーー」

 その時だ。いきなり扉を開ける音が聞こえた。

「「何者だ!?」」

 団員たちは突然の侵入者に対して声を合わせながら問い掛けた。

「魔界執行官、コクラン・ネロスだ。テメェら今の話をもう少し詳しく聞かせてもらうぞ」

「ヘッ、お前のような化け物を相手に簡単に話すと思うか?」

 コクランがそれに答えることはなかった。無言で引き金を引き、男の左脚の脛に銃弾を撃ち込む。男は悲鳴を上げながら悶絶し、部屋の床の上をのたうち回っていく。

「や、野郎ッ! 」

 怒りに駆られたもう一人の男が剣を逆手に持って迫ってきたが、コクランはその男の左肩に向かって迷うことなく発砲した。
 男は悲鳴を上げながら倒れ込んだ。

「……さてと、聞かせてもらうぜ。テメェらはどこでそのガキを買った?」

 だが、男たちはコクランの質問に答えようとしない。痛みで悶絶してしまいそれどころではなかったのだ。
 コクランは舌を打ち、やむを得ず呆然としているリザードマン竜人族の少年に向かって詳細を問い掛けた。

 少年は礼儀としてジオという自身の名前を名乗った後にコクランの問い掛けに答えた。

「……ごめんなさい。おれも詳しい場所は知らないんです」

「そうか、ありがとうな」

 コクランは敢えて名前を名乗らなかった。先ほど、全体に自身のフルネームを紹介したからだ。
 それからコクランは少年に向かって手を差し伸べていく。
 あの時感じていた怒りなどはとっくの昔に消えていた。それ故懸命に助け出そうとしたが少年はその助けを拒絶した。

「ありがたいんですけど、ぼくはまだここに居なくちゃあいけないんです」

「なぜだ?」

「……それはおれの会いたい人に会うためです」

「誰だそいつは?」

「……おれと同族のセマーデとマテックというカップルですよ」

 コクランは絶句した。というのも、ジオが口にした男女の名前は自身が探すべき相手の名前であったからだ。
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