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第二部 王国奪還

デパートの戦争

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ヴィトは窓ガラスを拳銃で割った。粉々に砕かれたガラスが地面に落ちていく。
ヴィトはマリアが怪我をしないように自分の背後にいるように言っておき、自分も窓ガラスから身を逸らしていた。
「フゥ、よしここからなら、脱出できるぜ、さてと……行こうか、お姫様 !」
ヴィトはマリアに左手を差し伸べる。
「分かったわ !しっかりと握っててよ !」
マリアはヴィトの左手をギュッと力強く握る。
ヴィトはマリアがチャンと手を繋いでいるのを確認し、助走をつけ、窓ガラスを飛び出る。通常なら、こんな無防備な行為は止めるべきだろうと止めるだろう。だが、この二人は別である。
浮遊魔法スカイアップ・マジック !!」
ヴィトがそう叫ぶと、ヴィトの体が自在に宙に浮く。
「よし、このままキミを屋敷まで送るよ、アイツらは必ずオレが始末してやるよッ!」
ヴィトは青色のコートと同じく青色の背広を脱いで、腰に巻くと、ワイシャツの袖をめくってみせる。
「大丈夫なの?」
「安心しろよ、キミは必ずボクが守ってみせるから」
ヴィトは今「オレ」ではなく「ボク」と一人称を使ったのか、それは突然の襲撃に怯えるマリアを安心させるためである。
それから、ヴィトは下界を見渡すと、デパートの近くに喫茶店があるのを確認した。
「よし、彼処で電話を借りるとしよう !」
ヴィトはマリアの手を握ったまま、喫茶店の扉を叩く。ものの一分もしないうちに三角頭巾のついた恰幅の良く太った男が顔を現した。
「ヴィトさん!?どうしたんですかい?こんな朝早くに……」
「悪いが、電話を貸してくれッ!緊急事態なんだッ!」
ヴィトの剣幕に断ることもできずに、奥にある電話台を指差す。
「感謝するッ!」 
ヴィトはそう言って、奥の電話台へと駆け込む。
「いっ、一体何が起こったんだ !」
店主が店のカウンターに腕を置いていると、マリアが解説に乗り出す。
「決まってるでしょ!得体の知れない奴らに襲われたのよ !」
マリアは腰に手を当てて叫んだが、店主は何なのか分からずに頭をかいていた。
「えっと、それは具体的にどんな奴らなんだい?」
「分からないわ !あたし上の階で展示品を見ている間に下で何かが起こったんですもの !!!」
店主はそんな不明確な目的のために電話を使われるのかと頭を抱える。ーー彼が前までたむろしていた街のチンピラを追い出し、いじめられっ子もここに通えるようにしたのには感謝するべきだがーー
それは、それ。これは、これである。店主は元々ギャングが好きではなかったし、何より、ついこの間まではミラノリアの方に金を払っていたのに、彼らが勝ってから、彼らに払うようになった。無論、ミラノリアのように強制されたものではなく、彼らの感謝の気持ちの表れであったが……。
(電話代くらい払ってくれてもいいんじゃあないのか?)
店主は気難しい顔で腕を組んでいた。が、電話から戻るやいなや、ヴィトが腰に巻いていたコートから黒色の長い財布から、一ドル札を男に手渡す。
「えっ、これは?」
「電話代だ……緊急事態に貸してくれたからな、少し報酬の額を増やしている……釣りはとっておけ」
その太っ腹な態度に店主はヴィトに感謝を表す。その様子を見て、いけると感じたのか、付け足すように言った。
「それから、この子をファミリーの車が来るまで、見ていてもらいたい……デパートにまた連れて行くわけにはいかんからな」
ヴィトは更に二ドルを男に握らせる。
「えっ!」
「絶対に目を離すなよ、離して抗争であの子が死んでみろ、オレとファミリーはお前に必ず報復するからな」
今、店主は断ろうにも断れない状況にあった。初めは断ろうとお金を返そうとしたが、次のヴィトの言葉に断れば報復される可能性がある可能性を知り、素直にお金をズボンのポケットの中に突っ込む。
「よし、それでいい」
ヴィトは安堵したように店主の肩に手を置く。
「あんたはこれからどうするんです?」
店主が目を丸くしながら尋ねると、ヴィトは近くのアパートを指差す。
「幸い、彼処にはカタギの奴らが少ない……オレが一人であのバカどもを片付けてくるよ」
ヴィトは45口径のオート拳銃を背広から抜き出し、改めて弾倉を込め、デパートの近くへと向かって行く。

アールはデパートの一階の受付ルームの近くでゴミ箱を思いっきり蹴り飛ばした。深い理由はない、既に二階で銃声の音がしてから、もう一時間も経っていた。閉鎖された門から中々開店しない、デパートに苛立った市民たちが大勢押し寄せてきているし、周囲にカヴァリエーレの車が大勢停まっているのも確認できた。
恐らく自分が出てきたところを一斉に射殺するなり、捕縛するなりするのだろう。警察に突き出す可能性もある。
そのストレスが彼をトランプに熱中し過ぎている人が、家族や医師から禁止されているためにトランプができない人と同じくらいに苛立たせていた。
「ちくしょう !面白くない !おい、どうしたッ!何故誰もここに来ないッ!」
アールはデパートのマネキンを蹴り飛ばしながら叫んだが、その声には誰も答えない。
「おかしいな、そろそろ誰かが報告に来てもいい筈なんだが……」
アールは手元のキューバ産の葉巻を吸いながら呟く。
「まさか……」
アールの頭の中に一つの最悪の可能性が浮かび上がった。それは、全員がヴィトに殺されてしまったという可能性である。
「そんな事はありえねえ !アイツらはファミリーの腕利きばかりだ……それも十二人もいるんだッ!ヴィトの小僧じゃ一対一で勝つのも難しい相手だぞ……」
もし、この時にアールが『戦場において、油断は禁物』という言葉を知っていれば、彼のこの後の人生は大きく変わっていたに違いない。
「チッ、オレの考え過ぎか……アイツらが負けるなんて、きっと悪い夢を見過ぎていたんだ……」
その時にアールの背後に銃が突きつけられる音がした。引き金に手を当てる音も聞こえる。アールは後ろを振り返ろうとしたが、聞き慣れない男の声で、それは今の今まで彼が探していた男だと悟った。
「よう、これであんたは人質だな」
男は拳銃を向けて笑った。
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