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~初夜編~
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ネオン瞬くビル街に、大通りを走る車列から吐き出される排気ガスと、歩道を闊歩する人たちの楽しそうな笑い声が交じり合う。なんといっても今日は華の金曜日。それに加え、長々と続いた梅雨がようやく明けたともなれば、通りを行き交う人々の足並みは軽やかだ。
飲みに向かうサラリーマンや大学生のグループの間を掻い潜りながら、俺は腕時計に目を落とした。
「うわ、やばい。十分も遅刻だ」
俺はひとり呟き、走るスピードを速めた。ほとんど全力疾走で約束の場所の居酒屋に着くと、店先にはすでに待ち合わせの相手は立っていた。
「貴史!」
俺の声に反応して、俯いてスマホを見ていた貴史がぱっと振り向いた。
「あ、和希!」
「ごめん、遅れた!」
「全然全然~! 瑞希ちゃんの可愛い写真見てたら待ち時間なんて一瞬よ、一瞬」
「……そ、そうか」
ひょっひょっひょっ鼻を伸ばして笑う貴史は、俺の妹の瑞希のことが昔から大好きなのだ。でも付き合ってもいないというのに、ずっと写真を見ているというのはいくら親友でもかなり気持ち悪い。瑞希が可哀そうだ。……というのは遅刻した手前言わないでおくけれども。
俺たちは会話もそこそこにさっそく居酒屋の暖簾をくぐり、予約しておいた半個室の小上がりの席に落ち着いた。
「しかし会うの久しぶりだよね。三か月ぶり? 四か月ぶり?」
貴史は店員にもらったおしぼりで手をふきながら、しみじみと言う。
「そうだよな、俺が今の職場に就職してからは会ってなかったから、それくらいになるよな」
「そんなに会わなかったの初めてじゃない!?」
「確かに」
タイミングよく店員がやってきて、ビールのジョッキを二つテーブルに置く。俺たちはさっそくジョッキを手に取り、中空に掲げた。
「それじゃ、和希が無事に就職できたことに……」
「「乾杯!」」
ビールジョッキがごちん、と景気の良い音を立てる。その勢いのまま口を付け、一気に半分まで一息に飲み干す。はあぁ~っと揃って息を吐き、俺たちは顔を合わせてへへへと笑いあった。
「それにしてもいい所に就職できて良かったよね。うまくいってるんでしょ?」
「うん、すごく良くしてもらってるよ。紹介してくれた貴史のお父さんに感謝だな」
俺が答えると、貴史は「親父に言っとくわ」と安心したように微笑んだ。
「一時はどうなることかと思ったんだけど、ほんと良かったよ」
「……貴史にも心配かけたよな。ありがとう」
貴史は中学時代からの親友だ。俺のおかしな体質……所謂変な人を引き寄せてしまう性質のせいで何度も迷惑をかけたのに、今もこうして変わらずに側にいてくれる、かけがえのない存在だった。
半年ほど前に勤めていた会社で問題を起こし退職したときだって、話を聞いた貴史は、俺よりも怒り俺の代わりに泣いてくれた。貴史が側にいてくれたから、今まで腐らずにやってこれたんじゃないかと思うくらいだ。
貴史は照れくさそうにふへへと笑うと、「食べようぜ」と言って店員さんが運んできた焼き鳥にかぶりついた。
「んで、今度の仕事は家政婦さんみたいなことやってるんでしょ?」
リスのように口いっぱいに頬張る貴史の口の端にはタレがべっとりついている。お絞りで汚れを拭ってから、俺は答えた。
「いや、今は秘書見習いになった」
「ん? 秘書見習い? 和希が?」
「ああ、九月になったら、働きながらビジネススクールに通わせて貰えることになったんだ。ゆくゆくは西園寺家の上の息子さんに付く」
貴史はおおげさに「へえ~」と感心して頷いた。
「すごいね、大出世じゃん!」
「うん……、あとな、最近恋人も……出来たことは出来たんだけど」
「ええっ⁉︎ こ、恋人っ⁉︎ お前はいっつもそうやって抜け駆けしやがったな! そのうちにちゃっかり婚約して、早々結婚しやがるんだろ⁉︎ ち、ちくしょー! 俺だって、俺だってええ!」
途端に顔色を変えてどんどん妄想を走らせていく貴史に、俺は慌ててストップをかける。
「お、落ち着け貴史! 結婚なんてないない! 絶対ない!」
「え、そうなの?」
俺の全否定に貴史はパチパチと目を瞬く。じっと俺の顔を覗き込んでは首を傾けた。
「っていうかなんか歯切れ悪くない? まさかとは思うけど、また変なことに巻き込まれてたりとか……」
「それは大丈夫。相手は若いけどきちんとした人だし、ご両親に交際の許可も受けているから。……でもなぁ」
俺が思わず重いため息をつくと、貴史が眉をひそめた。
「もしや、もうその子とうまくいってないとか?」
「いや、うまくいってないとまではいかないかな。なんとなくしっくりこないときがあるだけで。まあ相手は四つも下だしまだ大学生だからしょうがないのかもしれないよな。…………ただ俺が、テクなしだと思われてるだけで」
「はぁッ!?」
貴史は目を剥いて叫んだ。あまりの大声に、隣の席のお客さんさんが何事かと衝立のかげから顔を覗かせた。そのうえ店員さんまで慌ててやってきた。俺はすみませんすみませんと周囲の人に平謝りすると、貴史に向かって「めっ」と叱りつけた。
「ちょっと貴史、静かにしないと。いくら個室だって周りの迷惑になるよ」
俺が窘めると、貴史は口をぱくぱくさせた。
「いやっ、それどころじゃないでしょうがよ!? 今なんて言ったよ?」
「え? ……ああ、その人は四歳年下で、まだ二十歳で大学生なんだ」
「そっちの方じゃなくて! なんか、その……テクなしとかなんとかって方……」
貴史はそう言って顔を赤くする。
「あれ、俺、口に出してた?」
「出してた出してた」
貴史は激しく頷くと、さらに顔を赤らめてテーブルに身を乗り出してきた。周囲にちらちら目をやりながら、口に手を当てて小声で囁く。
「あのさ、それってソッチの話だろ? その子とのエッチがうまくいかないってこと? 相性よくないの?」
核心をつく貴史の言葉に、思わず俺の口からは「はあぁ」と大きなため息が漏れ出る。
「そうなんだよ。聞いてくれるか? 貴史……」
ーーそう、問題は彼とのセックスなのである。
飲みに向かうサラリーマンや大学生のグループの間を掻い潜りながら、俺は腕時計に目を落とした。
「うわ、やばい。十分も遅刻だ」
俺はひとり呟き、走るスピードを速めた。ほとんど全力疾走で約束の場所の居酒屋に着くと、店先にはすでに待ち合わせの相手は立っていた。
「貴史!」
俺の声に反応して、俯いてスマホを見ていた貴史がぱっと振り向いた。
「あ、和希!」
「ごめん、遅れた!」
「全然全然~! 瑞希ちゃんの可愛い写真見てたら待ち時間なんて一瞬よ、一瞬」
「……そ、そうか」
ひょっひょっひょっ鼻を伸ばして笑う貴史は、俺の妹の瑞希のことが昔から大好きなのだ。でも付き合ってもいないというのに、ずっと写真を見ているというのはいくら親友でもかなり気持ち悪い。瑞希が可哀そうだ。……というのは遅刻した手前言わないでおくけれども。
俺たちは会話もそこそこにさっそく居酒屋の暖簾をくぐり、予約しておいた半個室の小上がりの席に落ち着いた。
「しかし会うの久しぶりだよね。三か月ぶり? 四か月ぶり?」
貴史は店員にもらったおしぼりで手をふきながら、しみじみと言う。
「そうだよな、俺が今の職場に就職してからは会ってなかったから、それくらいになるよな」
「そんなに会わなかったの初めてじゃない!?」
「確かに」
タイミングよく店員がやってきて、ビールのジョッキを二つテーブルに置く。俺たちはさっそくジョッキを手に取り、中空に掲げた。
「それじゃ、和希が無事に就職できたことに……」
「「乾杯!」」
ビールジョッキがごちん、と景気の良い音を立てる。その勢いのまま口を付け、一気に半分まで一息に飲み干す。はあぁ~っと揃って息を吐き、俺たちは顔を合わせてへへへと笑いあった。
「それにしてもいい所に就職できて良かったよね。うまくいってるんでしょ?」
「うん、すごく良くしてもらってるよ。紹介してくれた貴史のお父さんに感謝だな」
俺が答えると、貴史は「親父に言っとくわ」と安心したように微笑んだ。
「一時はどうなることかと思ったんだけど、ほんと良かったよ」
「……貴史にも心配かけたよな。ありがとう」
貴史は中学時代からの親友だ。俺のおかしな体質……所謂変な人を引き寄せてしまう性質のせいで何度も迷惑をかけたのに、今もこうして変わらずに側にいてくれる、かけがえのない存在だった。
半年ほど前に勤めていた会社で問題を起こし退職したときだって、話を聞いた貴史は、俺よりも怒り俺の代わりに泣いてくれた。貴史が側にいてくれたから、今まで腐らずにやってこれたんじゃないかと思うくらいだ。
貴史は照れくさそうにふへへと笑うと、「食べようぜ」と言って店員さんが運んできた焼き鳥にかぶりついた。
「んで、今度の仕事は家政婦さんみたいなことやってるんでしょ?」
リスのように口いっぱいに頬張る貴史の口の端にはタレがべっとりついている。お絞りで汚れを拭ってから、俺は答えた。
「いや、今は秘書見習いになった」
「ん? 秘書見習い? 和希が?」
「ああ、九月になったら、働きながらビジネススクールに通わせて貰えることになったんだ。ゆくゆくは西園寺家の上の息子さんに付く」
貴史はおおげさに「へえ~」と感心して頷いた。
「すごいね、大出世じゃん!」
「うん……、あとな、最近恋人も……出来たことは出来たんだけど」
「ええっ⁉︎ こ、恋人っ⁉︎ お前はいっつもそうやって抜け駆けしやがったな! そのうちにちゃっかり婚約して、早々結婚しやがるんだろ⁉︎ ち、ちくしょー! 俺だって、俺だってええ!」
途端に顔色を変えてどんどん妄想を走らせていく貴史に、俺は慌ててストップをかける。
「お、落ち着け貴史! 結婚なんてないない! 絶対ない!」
「え、そうなの?」
俺の全否定に貴史はパチパチと目を瞬く。じっと俺の顔を覗き込んでは首を傾けた。
「っていうかなんか歯切れ悪くない? まさかとは思うけど、また変なことに巻き込まれてたりとか……」
「それは大丈夫。相手は若いけどきちんとした人だし、ご両親に交際の許可も受けているから。……でもなぁ」
俺が思わず重いため息をつくと、貴史が眉をひそめた。
「もしや、もうその子とうまくいってないとか?」
「いや、うまくいってないとまではいかないかな。なんとなくしっくりこないときがあるだけで。まあ相手は四つも下だしまだ大学生だからしょうがないのかもしれないよな。…………ただ俺が、テクなしだと思われてるだけで」
「はぁッ!?」
貴史は目を剥いて叫んだ。あまりの大声に、隣の席のお客さんさんが何事かと衝立のかげから顔を覗かせた。そのうえ店員さんまで慌ててやってきた。俺はすみませんすみませんと周囲の人に平謝りすると、貴史に向かって「めっ」と叱りつけた。
「ちょっと貴史、静かにしないと。いくら個室だって周りの迷惑になるよ」
俺が窘めると、貴史は口をぱくぱくさせた。
「いやっ、それどころじゃないでしょうがよ!? 今なんて言ったよ?」
「え? ……ああ、その人は四歳年下で、まだ二十歳で大学生なんだ」
「そっちの方じゃなくて! なんか、その……テクなしとかなんとかって方……」
貴史はそう言って顔を赤くする。
「あれ、俺、口に出してた?」
「出してた出してた」
貴史は激しく頷くと、さらに顔を赤らめてテーブルに身を乗り出してきた。周囲にちらちら目をやりながら、口に手を当てて小声で囁く。
「あのさ、それってソッチの話だろ? その子とのエッチがうまくいかないってこと? 相性よくないの?」
核心をつく貴史の言葉に、思わず俺の口からは「はあぁ」と大きなため息が漏れ出る。
「そうなんだよ。聞いてくれるか? 貴史……」
ーーそう、問題は彼とのセックスなのである。
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